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第4章 言語内文化的指示の翻訳ストラテジー

4.4 考察と結論

ICR全体の翻訳ストラテジーの分布と忠実度は以下の通りである(括弧内は注釈の数)。

表4.7 ICR全体的翻訳ストラテジーの分布

借用 直訳 類似置換 相違置換 言い換え 省略 合計 日本語 1 33 29 48 265 83 459 中国語

公式字幕

20 (4)

32

(8) 14 49 91

(1) 6 212

(13) 中国語

ファンサブ

13 (3)

41

(6) 14 56 85 3 212

(9)

表4.8 ICR全体の忠実度比較

忠実 非忠実 合計 忠実度

日本語 63 396 459 13.73%

中国語公式字幕 66 146 212 31.13%

中国語ファンサブ 68 144 212 32.08%

日本語字幕の場合、メタ言語表現のICRに占める比率が非常に低いので、ストラテジー の選択傾向や忠実度は比喩表現で決まる。最も多く使われているストラテジーは言い換え で、およそ全体の六割を占める。次に多いのは省略で、全体の六分の一ほどで、相違置換 は約一割である。直訳と類似置換は比較的少なく、借用は1例しかない。このように、非 忠実なストラテジーが忠実なストラテジーを圧倒しており、忠実度は13.73%である。

日本語には中国語から輸入した慣用句や諺が多いが、字幕翻訳において、そのまま置換 すとことができない。その原因の一つは字幕の文字制限にある。中国語の慣用句や諺は比 較的短く、四字熟語が最も多いが、それに対応する日本語の比喩表現は長い場合が多い。

(4.14)の「入乡随俗」は四文字で、対応する「郷に入っては郷に従え」は十文字である。

(4.18)の「对牛弹琴」も四文字で、「牛に対して琴を弾ず」に直訳すると九文字になる。

(4.13)の「铁板一块」を「一枚岩」と直訳できるような例は珍しい。また、似てはいて も意味が微妙に異なることもある。例えば(4.1)にある「打草惊蛇(草を打って蛇を驚か す)」に対して、日本語にはそれと類似する「藪をつついて蛇を出す」という言い方がある。

原文では敵(蛇)を誘き出して叩くことを言っているので、不用意なことをして悪い結果

(蛇)を招いてしまうことを表す「藪蛇」とはニュアンスが違い、安易に置換することが できない。

また、中国語字幕には(4.10)の「马不知脸长(馬は自分の顔が長いことを知らない、

転じて自分の力量をわきまえていない)」や、(4.11)の「塞翁失马(塞翁が馬)」のような 例が多く、元の台詞から比喩表現を削除しても、残りの部分で十分意味が伝わる。このよ うな比喩表現を翻訳しても何のメリットもなく、かえって視聴者に対する負担となりかね ない。視聴者にとって最も重要なのは作品を楽しむことである。翻訳者も視聴者を楽しま せることを目的としている。従って、鑑賞の邪魔になる冗長な情報を削除するのは妥当で あると考えられる。

メタ言語表現の数は少ないが、日本語字幕は漢字を共有していることだけでなく、発音 の類似性をも利用している。これは日本語と中国語の間でしかできないことであろう。

中国語字幕では、公式字幕もファンサブも言い換えが多く、全体の四割程度を占めてい る。次に多いのは相違置換で、全体のおよそ四分の一である。借用、直訳、類似置換はそ れなりの数があるが、省略は非常に少ない。全体的に、公式字幕とファンサブの忠実な翻 訳ストラテジーの使用率は30%ほどである。ICRの特徴を考えれば高い数値であると言え よう。

ただし、比喩表現とメタ言語表現の翻訳ストラテジーは完全に異なる。比喩表現は非忠 実なストラテジーで翻訳されることが多いが、メタ言語表現は逆に忠実なストラテジーで 翻訳されることが多い。比喩表現については、中国語には日本語から輸入した慣用句や諺 はほぼない。また、中国語の視聴者は日本の昔の文化をよく知らない。そのため、借用、

直訳と類似置換が少なく、言い換えや相違置換が多い。省略が非常に少ないのは、日本語 にあるほぼすべての比喩表現が文の構成要素であり、重要な意味を持っており、省略する と、文として成立しなくなってしまうためである。メタ言語表現については、中国語字幕 は多彩な方法でこの翻訳問題を処理している。公式字幕もファンサブも、共通する漢字や 類似する発音を利用するほかに、借用しまた直訳したあと、注釈を使って言語システム表 現を説明している。このため忠実度はさらに上がる。

表4.9 ICR全体の忠実度の有意差検定

P値

中(公)-中(フ) 0.9168

日-中(公) <0.0001

日-中(フ) <0.0001

比喩表現でもメタ言語表現でも、中国語公式字幕とファンサブの忠実度はほとんど変わ らず、有意差が見られない。メタ言語表現の忠実度に関しては、公式字幕がファンサブを 上回る。特に(4.47)(4.48)(4.49)(4.51)(4.52)(4.53)では、公式字幕はファンサブよ りファンサブらしいとも言える。これは公式字幕がファンサブから多大な影響を受けてい るためである。例えば、振り仮名の形式をなぞって字幕の上にローマ字で発音を表したり、

他の説明を入れたりする手法は、もともとはファンサブに特有の翻訳方法だったが、公式 字幕がそれを取り入れ、うまく利用している。これは前章の末尾でも述べたとおり、中国 の視聴者がすでにファンサブの翻訳に慣れているためである。公式字幕が中国の視聴者を 楽しませる最も簡潔な方法は、視聴者の習慣に合わせることである。

日本語字幕と中国語字幕を比べると、日本語字幕の忠実度は中国語字幕より低く、有意 差がある。比喩表現については、日本語には中国語から輸入した慣用句や諺が多いが、逆 に中国語には日本語から輸入した慣用句や諺はほとんどない。しかし、日本語字幕の文字 制限が中国語字幕より厳しく、意味が類似する比喩表現にも微妙な違いがある上に、中国

の作品にある多くの比喩表現が重要な意味を持たず、省略しても全体に影響がない。

総じて、日本語字幕の比喩表現の忠実度は中国語のそれより低い。メタ言語表現に関し ては、中国語字幕の忠実度がかなり高いが、日本語字幕にある例が少ないため、有効な比 較ができない。今後の課題とする。