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第3章 言語外文化的指示の翻訳ストラテジー

3.4 考察と結論

ECR全体の翻訳ストラテジーの分布と忠実度は以下の通りである(括弧内は注釈の数)。

表3.24 ECR全体の翻訳ストラテジーの分布 公式

等価 保

留 音

訳 直

訳 特 化

一 般 化

換 省

略 合 計

日本 語

延べ

語数 1 1975

(170) 3 70

(2)

110 (3)

402 (5)

157 (4)

1004 (1)

3722 (185) 異なり

語数 1 197

(25) 3 41

(2)

30 (2)

204 (3)

49 (2)

111 (1)

636 (35) 中

国 語公 式 字 幕

延べ

語数 16 227 (6)

23 (2)

79 (1)

63

(1) 90 71 17 586

(10) 異なり

語数 12 122 (6)

15 (2)

44 (1)

27

(1) 53 33 7 313

(10) 中

国 語 フ ァ ン サ ブ

延べ 語数

8 (1)

246 (4)

34 (1)

79 (1)

69

(1) 62 54 34 586

(8) 異なり

語数 5 (1)

140 (4)

14 (1)

48 (1)

23

(1) 40 24 19 313

(8)

表3.25 ECR全体の忠実度比較

忠実 非忠実 合計 忠実度

日本語

延べ語数 2159 1563 3722 58.01%

異なり語数 272 364 636 42.77%

中国語 公式字幕

延べ語数 408 178 586 69.62%

異なり語数 220 93 313 70.29%

中国語 ファンサブ

延べ語数 436 150 586 74.40%

異なり語数 230 83 313 73.48%

日本語字幕では、延べ語数、異なり語数の双方において最も多く使われる三つのストラ テジーは保留、一般化、省略である。保留は延べ語数では五割以上、異なり語数でも三割 以上を占めている。日中間では漢字が共通しているので、保留だけでも日本の視聴者が理 解できることが多いからであろう。また、ECRに関する注釈は保留と併用されることが多 い。省略の延べ語数は全体の四分の一を超えているが、異なり語数では比較的少なく、全 体の六分の一程である。一般化は延べ語数では一割しかないが、異なり語数では三割以上 を占め、最も多く使われるストラテジーである。

延べ語数から見れば、日本語字幕はECRに関して両極端の戦略が見られる。物語と深く 関わり、延べ語数が多い語は漢字が共通していることを利用して保留されている。最初は 分からなくても、物語の進み具合により、理解できるようになる。延べ語数が多くなると ECRは保留されることが多いが、字幕を読みやすくするため、省略される場合も少なくな い。(3.23)の「郡主」がその例である。異なり語数から見ると、一般化の割合が増大する 一方で、省略の割合は減少する。即ち、物語との関連が薄く、延べ語数が少ない語(特に 物品や社会知識)はただ省略されるのではなく、視聴者が物語に集中できるように一般化 されるのである。

直訳、特定、置換の3つのストラテジーは、延べ語数も異なり語数も比較的少ない。置 換が少ないのは、中国のものを他国のものに置き換えると中国の特徴が失われるからであ る。また、字幕の内容は画面と一致しなけれなならないので、そのECRが画面にあると、

完全に異なるものに置換することができないということもある。

公式字幕と音訳は数例しかないので、特例として扱う。

全体としては、延べ語数の忠実度は 60%弱であるが、異なり語数の忠実度はおおよそ

40%である。字幕翻訳者は視聴者が字幕に気を取られず、作品に注目して物語を楽しむこ とを目的としているとすれば、物語にとって重要なECRを忠実なストラテジーで、重要で はないECRを非忠実なストラテジーで翻訳していることも説明がつく。

中国語字幕では、延べ語数、異なり語数の双方において、公式字幕とファンサブの両方 とも保留が圧倒的に多く、どちらも四割ほどである。直訳、特化、一般化、置換はほぼ同 程度である。公式等価と音訳は少ない。省略は非常に少なく、省略されたECRのほとんど が(3.48)(3.79)(3.105)のような画面の中に出現する文字である。台詞の中のECRが省 略されることはまずない。日本語字幕と違い、中国語字幕では、ECRの翻訳ストラテジー 選択とその延べ語数に関連性が見当たらない。全体的に、公式字幕とファンサブの忠実度 は70%ほどである。

中国語の公式字幕とファンサブ、日本語字幕と中国語字幕におけるECR翻訳の忠実度の 有意差検定を表3.26に示す。

表3.26 ECR全体の忠実度の有意差検定

P値 延べ語数 異なり語数

中(公)-中(フ) 0.0789 0.4237

日-中(公) <0.0001 <0.0001

日-中(フ) <0.0001 <0.0001

まず、中国語の公式字幕とファンサブを比べてみよう。八つの領域の内、五つの領域で 中国語のファンサブが公式字幕より忠実度が高い。全体を見ても、ファンサブの忠実度が 高い。同じECRに対して、公式字幕とファンサブはほぼ同じストラテジーを取る。(3.33)

(3.34)(3.61)(3.76)(3.97)のように、ファンサブが忠実なストラテジーを取り、公式 字幕が非忠実なストラテジーを取る ECR もあるが、逆に(3.37)(3.63)(3.64)のように 公式字幕が忠実なストラテジーを取り、ファンサブが非忠実なストラテジーを取ることは

珍しい。Massidda(2015:62)が言うように、ファンサブは公式字幕より忠実度が高いが、

その違いは小さすぎて、両者に有意差が見られない。これは中国における字幕の発展の仕 方による結果であると思われる。中国のファンサブグループは十数年かけて経験を積み、

自分なりの翻訳規準を形成した。また、中国の視聴者は長い間ファンサブを見て、ファン サブグループの翻訳方法に慣れている。それに対して、公式字幕はまだ歴史が短く、経験

も少ない。視聴者がすでに慣れた翻訳方法があるなら、それに従って翻訳すればよい。そ のため、公式字幕は大きくファンサブに影響されることになる。

日本語字幕と中国語字幕を比べると、日本語字幕は中国語字幕より忠実度が低い。特に 異なり語数の忠実度の差は延べ語数より大きい。

Gottlieb(2009)は、多くの人に知られる文化を川の上流に、知られていない文化を川の 下流に喩え、下流から上流に翻訳することをアップストリーム(upstream)、その反対方向 をダウンストリーム(downstream)と呼んで、アップストリームはダウンストリームより 忠実度が低いという仮説を立てた。そして、英語を上流とし、デンマーク語を下流として データを集め分析してこの仮説を立証している。つまり、デンマーク語から英語への翻訳

(アップストリーム)は忠実度が低く、英語からデンマーク語への翻訳(ダウンストリー ム)は忠実度が高いのである。

これを日本語と中国語に当てはめると、日本の文化が上流で、中国の文化が下流の位置 にある。即ち、日中両国の視聴者で互いの文化についての理解度が違うのである。日本の 視聴者が中国の文化をよく知らないのに対して、中国の視聴者は日本の文化をよく知って いる。ファンがファンサブを作る目的の一つに、自分の国で好きな作品を広めたいという ことがある。そのため日本の文化を視聴者に堪能させようと、原文に忠実になる。中国の 視聴者が長い間ファンサブを見て、徐々に日本の文化を知るようになると、人々の交流に より視聴者ではない一般人にも日本の文化が伝わる。それがまたファンサブの忠実度を高 めることにつながり、それにつれて公式字幕の忠実度もまた高くなる。

それに対して、日本では輸入される中国の映像作品が比較的少ないので、中国の文化を 知る人も少ない。そのため、字幕が忠実になりすぎると、日本の視聴者が字幕の理解につ まずき、作品を享受できない恐れがあり、日本語字幕の忠実度が低くならざるを得ない。

両国の字幕が自分の視聴者の相手の文化への理解度に基づいて忠実度を調整しているの は、機能主義の予測するとおりである。