• 検索結果がありません。

第5章 注釈

5.2 日本語字幕における注釈

日本語字幕で注釈があるのは、『唐山大地震』と『琅琊榜』だけである。『唐山大地震』

には1例、『琅琊榜』には243箇所ある。

『唐山大地震』の(5.1)は毛沢東の葬式のシーンである。注釈は図5.1で示している通 りである。このシーンが毛沢東の葬式であることが日本の視聴者でもすぐ分かるが、「1976 年9月」は映画にない情報である。唐山大地震の発生時間は1976年7月28日で、毛沢東 もその年なくなっている。このシーンは1976年が中国にとって災厄の一年であったことを 示すもので、この意味を表すために、その日付を付けたものであろう。

(5.1)

図5.1 『唐山大地震』44:59

次は『琅琊榜』にある注釈を分析する。同じ注釈が複数出現することがあるので、延べ 語数と異なり語数の両方とも数える。注釈の分布は表5.1に示す。

表5.1 『琅琊榜』にある注釈の分布

延べ語数 異なり語数

言語外的指示の説明 242 38

比喩表現の説明 0 0

言語システム表現の説明 0 0

出典の説明 1 1

合計 243 39

『琅琊榜』にある注釈は1例が出典の説明で、残りは全て言語外的指示である。言語外 的指示の説明の大多数はECRを説明するもので、第3章ですでに多くの例が示した。本節 では他の例を挙げて分析する。異なり語数のうちECRを対象にした注釈は32例もある。

例えば(5.2)と(5.3)は「刑部」と「中书令」に関する注釈の例である。字幕では漢字 表現が保留され、注釈で簡単にそれぞれの機能や責務を紹介している。

(5.2)

原文 日本語字幕

沈追根本不把我放在眼里 刑部的蔡荃

更是当面跟我作对

(『琅琊榜』 第29話 15:09)

沈追は私に目もくれず 刑部の蔡荃は

面と向かって噛みつく 刑部…司法を司る部門

(5.3)

原文 日本語字幕

原来这就是中书令 柳澄大人的孙女啊

(『琅琊榜』 第47話 2:05)

あなたが中書令 柳澄殿の孫娘なのね 中書令…政令の起案担当

注釈が使われる時、大多数のECRは保留されるが、例外もある。(5.4)の注釈は原文に ある「避讳」に対する説明だが、その語は字幕で省略されている。「避讳」という語は物語 にとって非常に重要な概念である。主人公は母の幼名と同じ地名を書くときわざと字の画 数を減らす。主人公の母の幼名を知る人がその故意に誤った字を見たら、主人公の正体に 気づく可能性がある。そのため、字幕では画数を減らす理由を説明しなければならない。

(5.4)

原文 日本語字幕

先母的闺名

和书中某处地名一模一样 我批注遇到时

就会按照以前的习惯减去两笔 用来避讳母亲的名字

(『琅琊榜』 第26話 2:37)

母の幼名だ

書にある地名と同じなので 注釈をつける時は

画数を減らして書いていた

君主・先祖の名前を書くことを避ける習慣

また、注釈が付けられるのは台詞でなくてもよく、画面に出現する文字でも構わない。

例えば、(5.5)では篆書体の「天牢」が扁額に書かれている。天牢はこのドラマでも多数 出現する機関なので、保留され注釈が付けられている。

(5.5)

図5.2 『琅琊榜』 第24話 18:48

また、注釈はただ説明するだけではなく、他の用途もある。(5.6)は「榛子酥」の「榛 子」を説明する注釈である。「酥」とは中国の伝統的なクッキーの一種であるが、日本では 知られていないため、「菓子」と一般化されている。問題は前の「榛子」に対する処理であ る。「榛子」自体は文化的なものではないが、日本語ではこの植物名は漢字では書かないの が普通である。しかし、本作品は中国の時代劇であるため、理解できる人は限られるとし ても、字幕では漢字で「榛子」として雰囲気を残し、読みの「ハシバミ」は注にまわして いる。

(5.6)

原文 日本語字幕

给景琰的榛子酥早已经做好了 你找人给他送去吧

(『琅琊榜』 第2話 21:42)

榛子し ん しの菓子を景琰けいえんに届けて

榛子…ハシバミの実

ECR以外の言語外的指示の注釈は、本ドラマの独自の架空の設定を説明するためにも用 いられている。中国文化に詳しくない日本の視聴者には、そもそも架空の設定と史実の区 別がつかない。例えば、(5.7)の「悬镜司」はこのドラマでの架空の機関であるが、如何 にも実在したような機関の名称である。この架空の機関は物語において重要なので、原文 表現をそのまま保留して、設定された機能を説明している。

(5.7)

原文 日本語字幕

悬镜司的掌镜使办案 一向奉的是密旨

(『琅琊榜』 第2話 15:14)

懸鏡司は秘密裏に調査する 懸鏡司…皇帝直属の調査機関

物語の進行により出現する注釈もある。(5.8)の「献王」と呼ばれる人物は元皇太子で ある。第34話では皇太子であった蕭景宣が献王に降格された。この例の前に献王という語 が出現したのはその1回きりである。ここで献王について説明するのは視聴者が1回しか 出現していない語を忘れている可能性があるからであろう。

(5.8)

原文 日本語字幕

而要论到送到苏宅去的礼物 排头位的

也应该是献王兄和誉王兄

(『琅琊榜』 第37話 17:42)

礼品の数だけでも

献王と兄上には かないません 献王…蕭景宣(廃太子)

最後に、出典の説明をした唯一の例を挙げる。(5.10)は主人公が玉蝉の意味を問われ、

曹植の「蝉賦」の一節を詠む場面である。曹植は蝉を「高潔な生き物」として描写し、自 分と照らし合わせる。字幕はほぼ意味と形式の両方を保留しつつ翻訳し、出典を提示する ことによって、この台詞が古典からの引用であることを示し、中国古典文学に関心を持つ 視聴者の便に供している。

(5.9)

原文 日本語字幕

实澹泊而寡欲兮 独怡乐而长吟 声皦皦而弥厉兮 似贞士之介心

(『琅琊榜』 第12話 3:21)

“利 求めず無欲にして 独り詩歌を吟じる”

“その声 高らかで力強く 不屈の士の心なり”

そう·しょく曹 植

「蝉賦」より

『琅琊榜』にある注釈はほぼ全て保留と共起する。しかし、どの注釈も短く、内容も単 に対象を紹介するだけである。このドラマはテレビで放送されるので、注釈を長くすぎる と、視聴者への負担となり、かえってドラマを楽しめなくなってしまう。一般的に考えれ ば、翻訳者が注釈を使用するのは異文化要素を視聴者に伝えようとするからである。その 結果、注釈により忠実度が上がる。

しかし、中国時代劇である『琅琊榜』の場合、状況が少し異なるのではないか。日本語 と中国語は漢字が共通しているので、翻訳しにくい文化的指示を処理する時、保留ストラ テジーで漢字表現をそのまま残すのが最も楽な方法である。(5.2)の「刑部」を例にして 保留以外のストラテジーを見よう。刑部は司法を司る中国古代特有の部門で、直訳すると

「司法部門」となるが、これでは現代物のようで、時代劇の雰囲気を壊す。刑部という語 は意味が限定されているので、これ以上特定できない。また、物語と強く結びついており、

数十回も登場する言葉であるため、一般化や省略で逃げることはできず、音訳や公式等価 も使えない。結局、保留が最適な選択となる。しかし、単なる保留では、日本の視聴者に は理解できない恐れがあり、注釈が必要となる。そこで「刑部」を保留すると、「刑部」と 並ぶ「礼部」や「吏部」などが保留されないと全体のバランスが悪くなる。結局全てに注 釈が必要となる。すなわち、注釈が忠実度を高めるのではなく、漢字が共通するが故に、

多くの文化的指示を保留せざるを得なくなるものの、保留だけでは日本の視聴者が理解で きないので、翻訳者はやむをえず注釈を入れることになる。

ただし、注釈が公式字幕に出現すること自体は大きな変化であるとも言える。