第 5 章 日本語とタイ語における自称詞の種類
5.6 日タイ語の自称詞の対応関係の具体例
5.6.2 親族名称系自称詞
親族名称に関して言えば、以下の例(5)と(6)で示す通り、日本語とタイ語の両言 語はともに親族名称を自称詞として使用することができる。
(5)場面:父親が8歳の息子に言った台詞
〈日:原〉おとうさん、電話しておくから
〈タ:訳〉
เดี๋ยวพ่อจะโทรศัพท์ไปบอกลุงเขา
diǎw phɔ̂ɔ cà thoorasàp pay bɔ̀ɔk luŋ khǎw すぐ 父親 未来 電話する 補 伝える 伯父 再帰 (お父さんはすぐ伯父さんに電話して伝える。)
(6)場面:伯母が8歳の甥に言った台詞
〈日:原〉さあ…おばちゃん、わかんないよ。
〈タ:訳〉
เอ้อ...ป้าไม่รู้หรอก
ʔə̂ə pâa mây rúu rɔ̀ɔk さあ 伯母 否定 知る 終 (さあ、お伯母さんは知らないよ。)
「角筈にて」より
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しかし、日本語では親族名称を自称詞として用いることは、聞き手が小さい子どもの 場合が多く、下位者である聞き手が成長するとこの傾向は弱まり、自称詞としては人称名 詞系自称詞を使用することが多い(岡本 2010: 57)。これに対し、タイ語では聞き手の年 齢に問わず、聞き手が成長し、大人になってもそのまま親族名称を自称詞として使用する ことが一般的である。よって、例 (7) と(8)のように日本語では人称名詞系自称詞が用 いられているが、対応しているタイ語は親族名称になっているときがある。
(7)場面:高校2年生の姉である百合子が高校1年生の妹である姫子に言った台詞
〈日:原〉わたしは先にかえってるからね。
〈タ:訳〉
พี่กลับก่อนละกันนะ
phîi klàp kɔ̀ɔn lá kan náʔ
年上 帰る 先に ~しよう 終
(お姉さんは先に帰るね。)
「なみうちぎわ」より
(8)場面:14歳の姉が12歳の弟に言った台詞
〈日:原〉わたしには構わないで、お前一人で逃げなくては。
〈タ:訳〉
ส าหรับพี่น่ะไม่เป็นไร น้องต้องหนีไปคนเดียว
sǎmràp phîi nàʔ mâypenray
にとって 年上 強 大丈夫
nɔ́ɔŋ tɔ̂ɔŋ nǐi pay khon diaw 対 ~しなけてはならない 逃げる 行く 一人で
(お姉さんにとっては大丈夫。*弟は一人で逃げて行かなければならない。)
「山椒大夫」より
また、日本語とタイ語の両言語とも、「虚構的用法52」で家族外の人に対しても親族名 称を自称詞として用いることができるが、日本語では聞き手が子どもの場合に用いること が多いのに対しも、タイ語ではそのような年齢制限の傾向が見られない。例えば、年がや
52 「虚構的用法」とは、実際には血縁関係のない他人に対し、親族名称を使用して呼ぶことである(鈴
木1973: 158)。
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や離れている近所同士、職場や学校の先輩が後輩に対してはもちろん、例(9)のように 恋人同士で年上の男性が年下の女性に対して自分のことを “phîi”(兄、姉、年上)と自称 することができる。さらに、日本語では、外部から身内になった姻族に対しては、親族名 で自称詞したりすることが割に少ない(ケェンチャック 1989: 66)。これに対し、タイ語 では、例(10)のように姻族に対しても、親族名称で自称することが多い。
(9)場面:恋人同士で男性の「チャン」が女性の「ニット」に言った台詞
〈タ:原〉
เธอเข้าใจดีแล้ว ไม่ใช่พี่ ไม่เชื่อน ้าใจเธอ
thəə khâw cay dii lɛ́ɛw mây chây phîi mây chɯ̂a nám cay thəə
対 分かる よく もう 否定 年上 否定 信じる 本心 対
( 君もうよく分かっている。お兄さんは君の本心を信じていないわけではない。)
〈日:訳〉僕が決して君の本心を信じていないわけではないことは、君もよくわかってい るだろう?
「暗闇の隅」より
(10)場面:岳父が婿に言った台詞
〈タ:原〉
พ่อชอบคนที่รู้จักช่วยตัวเอง
phɔ̂ɔ chɔ̂ɔp khon thîi rúucàk chûay tuaʔeeŋ
父親
好き
人 関係 わきまえている
自分で自分の面倒を見る
(お父さんは自分で自分の面倒を見ることをわきまえている人が好き。)
〈日:訳〉わしはね、人に頼らず何でも独力でやる気構えの男が好きなんだ。
「人に頼らず」より
親族名称を自称詞として使用することは、聞き手の視点を取ることに関わっている。日 本語とタイ語における自称詞としての親族名称の用法の違いに関しては、さらに考察する 必要があるが、詳細は5.7で述べる。
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