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自称詞の機能の違い

第 4 章 日本語とタイ語における自称詞の出現数

4.4 日本語とタイ語の自称詞の出現数の差の要因

4.4.3 社会・文化の違いによるもの

4.4.3.2 自称詞の機能の違い

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以上の例(43)と(44)は両事例とも子どもが親と話している場面で、(43)は息子の 台詞、(44)は娘の台詞である。日本語では、両事例とも自称詞が非明示となっているが、

タイ語の(43)では男性が目上に使用する “phǒm” が(44)では女性が目上に使用 “nǔu”

が使用されている。この二つの文ではタイ語でも自称詞を明示しないことが可能であるが、

聞き手が目上の場合丁寧な自称詞を明示することによって、聞き手に対する敬意を表すこ とになり、文の意味合いが和らぐ。一方、日本語の自称詞はタイ語のような機能がなく、

聞き手に対する主観的態度は文末表現などで間接的に表すことになる。この点について次

節の4.4.3.2で自称詞の機能の違いをさらに見ていく。

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るため、目上に対して使用すると敬意を表すことになる。逆に、ぞんざいな人称名詞系自 称詞など丁寧ではない自称詞を使用すると、聞き手を侮辱することになる場合もある。

上述の通り、聞き手との関係によって、日本語では尊敬語、謙譲語、丁寧語、普通体を 使い分け、動詞の活用で間接的に聞き手との関係を示すことができる。一方、タイ語では 丁寧接尾辞の “khàʔ”(女性)“khráp”(男性)しか存在せず、聞き手は目上か目下かを問 わず、丁寧な表現にしたい場合はどのような聞き手に対しても使用できる。このように、

タイ語では動詞の活用や文末表現で聞き手との関係を示すことができず、自称詞を通して、

聞き手との関係を示すことになる。つまり、“phǒm” や “nǔu” のように丁寧な自称詞で目 上の聞き手に敬意を表すほか、親族名称系自称詞や固有名詞系自称詞などを使用すること によって聞き手に対する親しさを示すことができると考えられる。このように、タイ語で は自称詞は聞き手との関係を示す機能を持っているからこそ、自称詞を明示することによ って、その関係が確認されるため、自称詞が明示されることが多いと考えられる。そして、

自称詞を明示しないと硬いニュアンスになるのも、聞き手が話し手と自分の関係を確認で きないからであると考えられる。この機能から発展し、タイ語では聞き手に相応しい自称 詞を明示することによって表現をやわらげることになると考えてよいだろう44

タイ語のデータでは一つの文に一回以上自称詞を明示する用例が多くある。一回明示 すれば、話し手が明らかであるにも関わらず、自称詞を明示することが多い。また、自称 詞の明示化はタイ語で自称詞を明示することが好まれていることを反映していると言えよ う。日本語では、一つの文に日本語では自称詞が一回しか明示されていないのに対し、タ イ語では以下の例のように、二回以上自称詞が明示されている事例がある。

タイ語が人称名詞系自称詞の場合

(45)場面 「アムヌワイ」という男性が会見者に言った台詞

〈タ:原〉

อันเป็นรายได้ที่ผมคงจะหาไม่ได้ในกรุงเทพฯ ถ้าหากผมกลับมาพร้อมกับวงศ์ญาติ

ʔan pen raay dây thîi phǒm khoŋ cà hǎa mây dây nay 関係 繋辞 収入 関係 自 推量 未来 稼ぐ 否定 可能 中

44 ルンキーラティクン(2017: 49)では、自称詞と対称詞を用いることに関して、1.個人的な感想や意

見を主張する機能、2.表現をより丁寧に、やわらげる機能があると述べているが、その背景については 述べていない。

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kruŋtêep thâa hàak phǒm klàp maa phrɔ́ɔm kàp woŋsǎakanaayâat バンコク もし 自 戻る 一緒に 親戚

(もし私が親戚と一緒に戻れば、私がバンコクで稼げない収入だ。)

〈日:訳〉これはもし私が家族と一緒にバンコクに戻っていれば、およそ手にすること ができないような金額です。

「チャムプーン」より

(46)場面 恋人同士で女性が男性に言った台詞

〈日:原〉あなたは私が初めて好きになった人だし、あなたと一緒にいるだけですごく楽 しかったの。

〈タ:訳〉

เธอเป็นผู้ชายคนแรกที่ฉันชอบ เพียงแค่ได้อยู่ร่วมกับเธอฉันก็มีความสุขมากแล้ว

thəə

pen

phûu chaay

khon rɛ̂ɛk

thîi

chǎn

chɔ̂ɔp phiaŋ khɛ̂ɛ

対 繋辞

男性 初めての人 関係

好き ただ

dây

yùu

rûam kàp

thəə chǎn

kɔ̂ɔ

mii

khwaam sùk

mâak

́ɛw

可能 いる 一緒に 対 自 だから ある 幸せ とても 過去

(あなたは私が初めて好きになった男性、ただあなたと一緒にいることができる だけで私はすごく幸せだった。)

「我らの時代のフォークロア―高度資本主義前史」より

(45)と(46)では日本語は「私」が一回明示されている。これに対し、タイ語の

(45)では “phǒm”、(46)では “chǎn” がそれぞれ二回明示されている。“phǒm” は上述 の通り、聞き手に対する敬意を表すことができる。“chǎn” は女性が同等の相手に対して 使用する人称名詞系自称詞である。自称詞を一回明示しても文法的に間違いはないが、タ イ語では聞き手との関係を示すために自称詞を二回以上明示することはよくある。

タイ語が固有名詞系自称詞の場合

(47)場面 恋人同士の会話で、男性が女性に言った台詞

〈タ:原〉

และจ าไว้เสมอด้วยว่าเอมรักคุณยิ่งกว่าทุกสิ่งทุกอย่างในโลกนี้ที่เอมรัก

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lɛ́ʔ cam wáy samə̌ə dûay wâa ʔeem rák khun

そして 覚える ~ておく 常に 依頼 と 自(固) 愛する 対

yîŋ kwàa thúk sìŋ thúk yàaŋ nay lôok níi thîi ʔeem rák より すべてのもの 中 世界 この 関係 自(固)

愛する

(そして、エム(ニックネーム)はエムが愛するこの世界の中のすべてのものよ

りもあなたを愛していることを常に覚えておいてください。

〈日:訳〉そして、あたしがこの世界のどんなものよりもあなたを愛しているってことを、

いつも覚えていてくださいね。

「エムオン娘のいたずらな愛」より

(47)では「あたし」が一回明示されている。これに対し、タイ語では“ʔeem”とい う固有名詞が二回明示されている。“ʔeem”は女性の主人公のニックネームである。タイ 語では、特に話し手が女性の場合その人の年齢を問わず、両親、親友、交際相手など親し い聞き手に対してニックネームをよく用いる。ニックネームを自称詞として使用すること によって親しさを示すことができ、頻繁に用いれば、その親しさを強調することになると 一般的に考えられる。しかし、日本語ではニックネームを自称詞として使用するのは話し 手が子どもの場合が多く、大人の間では一般的には用いられない。そのため、対応してい る日本語は「あたし」になっていると一般的に考えられる。上述の通り、日本語の自称詞 は特に親しさなどを示す機能がないため、「あたし」は一回しか明示されていないと考え られる。

タイ語が親族名称系自称詞の場合

(48)場面 男性が交際相手に言った台詞

〈タ:原〉

พี่จะจากเมืองไทยไปอย่างคนขวัญดีไม่ได้แล้ว ถ้าคืนนี้พี่ไม่ได้จูบลาโลมใจ

phîi cà càak mɯaŋ thay pay yàaŋ khon khwǎn dii mây 年上 未来 離れる

タイ 行く のように 人 幸福 否定 dây lɛ́ɛw thâa khɯɯn níi phîi mây dây cùup laa loomcay 可能 補

なら 今夜 年上 否定 可能 キス 別れ

(お兄さんはロムチャイ(固有名詞)にお別れのキスができないなら、お兄さん は幸福の人としてタイから離れることができない。)

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〈日:訳〉今夜、もし君にお別れのキスができないなら、僕はとても不安で、まさに死ぬ ような思いでタイを旅立つことになる。

「暗闇の隅」より

(48)では男性が交際相手であるロムチャイに話す場面である。日本語では「僕」が 一回明示されているが、対応しているタイ語では “phîi”(年上、兄、姉)という親族名称 系自称詞が二回明示されている。タイ語では親族名称を用いることによって親しさを表す ことができるが、日本語では普通体などで親しさを示し、親族名称自体にそのような機能 がない(Ratitamkul & Uehara 2012)。加えて、日本では交際相手に対して、親族名称を用 いる習慣がない。そのため、日本語では人称名詞系自称詞が使用され、一回しか明示され ていないが、タイ語では親族名称系自称詞が使用され、親しさや聞き手との関係を強調す るため、自称詞が二回明示されていると考えられる。

以上の例から分かるように、日本語では自称詞は特に機能がないため、明示する場合で も、同じ文で二回以上明示することはあまりないが、タイ語では自称詞は話し手と聞き手 との関係を表す機能があり、敬意や親しさを表すことができる。そのため、タイ語では自 称詞を頻繁に明示しても自己主張が強い印象を与えず、むしろ表現を和らげる効果にもつ ながる。このように日本語とタイ語の自称詞の機能の違いも両言語の自称詞の出現数の差 に影響する一つの要因だと言えよう。

なお、以上の例では「日本語:人称名詞―タイ語:人称名詞」、「日本語:人称名詞―タ イ語:固有名詞」、「日本語:人称名詞―タイ語:親族名称」など様々な対応関係がある。

この自称詞の種類の対応関係については第 5章の「日本語とタイ語の自称詞における種類 に関する考察」で詳しく論じる。

4.4.3.3「ウチ・ソト」の概念の有無

社会・文化の違いの一つとして、「ウチ・ソト」の概念の有無も両言語における自称詞 の明示・非明示に影響を与えていると考えられる。

言うまでもなく、日本語では「ウチ・ソト」の概念があり、同じ意味の親族名称は「ウ チ」と「ソト」の二つに分かれている。例えば、同僚と話す場合、自分の母親について言 及するとき、「母」を用いるが、同僚の母親を指す場合は「お母さん」を用いるのが一般 である。一方、タイ語の親族名称では「ウチ」と「ソト」の区別がない。このことについ