• 検索結果がありません。

第 3 章 理論的枠組み及び研究方法

3.4 その他の概念

以上では自称詞の明示・非明示と自称詞の種類に関する理論について概説した。本節で は、日本語とタイ語における親族名称系自称詞と人称名詞系自称詞の使い分けの違いを考 察するのに用いる「話者中心性」、「対話的言語」「独話的言語」、「役割語」について説明 する。

3.4.1 話者中心性

日本語と話者中心性についてKuno & Kaburaki(1977: 634)は以下のように述べている。

One can characterize Japanese, especially colloquial Japanese, as a speaker centered language, in that actions that have taken place around the speaker often must be described as actions toward or away from him, and/or as actions that have affected him favorably or adversely.

(Kuno & Kaburaki 1977: 634)

つまり、日本語は、話者のまわりで起こる行為を、話者に向かうか話者から離れる行為 として、あるいは、話者に恩恵、または被害の影響を与える行為として説明しなければな らない場合が多い点で、話者中心的言語と特徴づけることができるという(澤田2014)。

Kuno & Kaburaki(1977: 634)は以下の通り、具体例を示している。

(6)a. ジョンがぼくを訪ねた。

b. ジョンがぼくを訪ねてきた。

c. ジョンが僕を訪ねてくれた。

d. ジョンがぼくを訪ねてきてくれた。(Kuno & Kaburaki 1977: 634)

42

上記の例(6)の通り、英語の “John’s visiting him.” を日本語にするのに日本語では「訪 ねる」をそのままで表現することができない。(6b)のように話者の方に向かうことを表 す直示動詞の「来る」を使用するか、(6c)のように話者中心性のある動詞「くれる」を 使用するか、(6d)のように「来る」と「くれる」の両方を使用して表現しなければなら

ないとKuno & Kaburaki(1977: 634)は述べている。

本研究では日本語とタイ語における親族名称系自称詞の用法の違いはこの「話者中心性」

で説明できると論じる。

3.4.2 ダイアローグ的談話とモノローグ的談話

池上(2000: 353)によれば、「聞き手にとって復元可能」というのは、話し手と聞き手 がいて、その間で「ダイアローグ」(dialogue)、つまり「対話」が進められるような場合 に典型的に前提として動く原則であるのに対し、「話し手にとって復元可能」というのは、

いわば「モノローグ」(monologue)、つまり、話し手だけの「独白」の場合に働く原則と 考えることができる。日本語の談話には、本来「モノローグ」を特徴づける原則に基づく 振る舞いが多かれ少なかれ入り込む傾向があり、しかもそれがかなり許容されうると池上

(2000: 353)は指摘している。独り言が多い日本語について、中川(2005: 17)は次の例 を挙げている。タクシーの順番待ちをしていて、ようやく自分の番になろうとしたとき財 布を忘れていたことに気がついたとき「財布を忘れた」とつぶやきながら列を離れる日本 人がいるのに対し、大半の中国人はだまって立ち去る(中川2005: 17)。

上原(2016b: 83)は日本語とタイ語の違いについて、痛みを表す語彙を取り上げて次 のように説明している。

日本語の「痛(い)」は、他者への伝達を目的とした描写モードでも、独り言を含 む詠嘆モードでも使うことが可能であるが、前者の時に独り言でないことを明確に 示すために「よ」等の有標の形式を伴うことさえある。対照的に、タイ語のcèpは、

描写モードでのみ使用が可能で、詠嘆モードでの使用は不自然である。

(上原2016b: 83)

以上のことから、日本語の方が独話的・モノローグ的であり、タイ語はその形式が聞き

43 手を想定した表現になっている(上原2016b: 84)。

本研究ではこのダイアローグ的かモノローグ的かはそれぞれの言語における人称名詞 系自称詞の使い方にも影響を与えていることを第6章で論じる。

3.4.3 役割語

先述の通り、役割語は金水(2000, 2003)によって提唱された概念であり、役割語の定 義は以下の通りである。

ある特定の言葉遣い(語彙・語法・言い回し・イントネーション等)を聞くと特定 の人物像(年齢、性別、職業、階層、時代、容姿・風貌、性格等など)を思い浮か べることができるとき、あるいはある特定の人物像を提示されると、その人物がい かにも使用しそうな言葉遣いを思い浮かべることができるとき、その言葉遣いを

「役割語」と呼ぶ。

(金水2003: 205)

金水(2000: 326)によれば、範疇化に際して、我々はその範疇の典型(prototype)を作 りだす傾向があり、典型とは、「いかにも○○らしい○○」という表現によって指し示さ れるような集合である。例えば「わし」は〈老人〉を想起させるなどである。役割語はこ のような典型的な人間の類型が持っている言語的特徴だと捉えることができると金水

(2000: 326)は指摘している。また、役割語が人間の範疇化の一指標であるとするなら ば、どのような社会にも役割語は存在するという(金水2000: 333)。

さらに、役割語に類似の概念として、金水(2003: 36)は「位相」を取り上げて説明し ている。位相とは社会的な集団や階層、あるいは表現上の様式や場面それぞれにみられる 言語の特有な様相のことである(田中 1999: 1)。位相と役割語の違いについて、金水

(2000: 37)は「言葉の位相は『現実』(リアリティ)における様相・差異を学者が研究 することによって得られるのに対し、役割語は、私たち一人一人が現実に対して持ってい る観念であり、いわば『仮想現実』(ヴァーチャル・リアリティ)なのである」と述べて いる。よって、役割語は現実の位相差と対応しているものもあるが、全く虚構としか言え

44

ないものもある(金水2000: 327)。つまり、役割語は言語上のステレオタイプ16 であると 言える(金水 2003: 35)。役割語の歴史的な形成・継承・拡散の過程について金水(2014:

ⅩⅢ)は次の図を提示している。

3-5 役割語の歴史的な形成・継承・拡散の過程(金水2014:ⅩⅢ)

役割語の歴史的な過程は上記の通りである。絵本やアニメ作品などには、役割語があ ふれており、日本人は幼児のときから日常的に触れる絵本やアニメ作品などを通じて役割 語についての知識を身に付ける(金水 2011: 37)。日本人は話し方と人物像を結びつける 知識を共有しているため、金水(2014: V)によると、日本で育った日本語の母語話者な らほとんど次のクイズに答えることができる。

(7)クイズ:うしろに話し手のリストが付いているので、どの台詞をどの人物が話した か、結びつけてみてください。

a. おお、そうじゃ、わしが知っておるじゃ。

b. あら、そうよ、わたしくしが知っておりますわ。

c. うん、そうだよ、ぼくが知っているよ。

16 我々は日常生活の中で人間を性別、職業、年齢、人種等で分類しがちであり、ステレオタイプとは その分類(カテゴリー)に属する人間が共通して持つと信じられている特徴である(金水2003: 35)。

45 d. んだ、んだ、おら知ってるだ。

e. そやそや、わしが知ってまっせー。

f. うむ、さよう、せっしゃが存じておりまする。

話し手リスト:1関西人 2老人 3男の子 4武士 5田舎者 6お嬢様

(金水2014: V)

上記の例は同じ内容を表しているが、話者の人物像によって表現が異なっている。上 記の通り、人物像を想起させる言葉遣いは様々であるが、話し手自身を表す自称詞が重要 であるとされている。従って、本研究で分析する役割語の表現は「自称詞」に限定する。

第6章では日本語とタイ語の人称名詞系自称詞がどのように訳され、両者の間にずれは ないかを調べる。そして、認知言語学の観点から両言語における役割語を中心に両言語の 人称名詞系自称詞の使い分けを明らかにする。