第 4 章 対人関係からみる日中ポライトネス意識Ⅰ
4.4 考察
前節では、「上下」「親疎」という対人関係の視点から、日中ポライトネスの意識調査の 結果をまとめ、「相手」、「場」、「内容」、「表現方法」、「表現意図」の五つの面から会話の分 析を行ってきた。以上の分析より、ポライトネス表現に影響を与える要素に対する認識の 違いから、日本語と中国語では、「上下関係」「親疎関係」に対する敏感さが異なることが 分かった。
以下において、それぞれの分析結果に基づいて、「相手」(人間関係)に応じた会話の「内 容」、ポライトネス意識の「表現方法」、「表現意図」を中心に考察を行い、「日中ポライト ネス意識について,どのような共通点や相違点があるのか」を究明したい。
4.4.1「上下関係」に関する日中対照
ここでは、日本語と中国語におけるポライトネス意識に対する認識の違いを分析する。
図 2 と図 3 は、会話例(1)(2)における、上の人が下の人に丁寧体や敬語を使うことに対し て、「自然」と感じるか「不自然」と感じるか、という質問に対する答えの日中対照図であ る。
図 2
図 3
図 2 と図 3 から、上位者が下位者に対して丁寧表現また敬語を用いることに関して,日 本語と中国語では大きな差があることが分かった。
表 4-1.1.1 と表 4-2.1.1 の中国の被験者が書いた理由29からわかるように、CL にとって、
話題や場面を問わず、年齢や地位が上の人が下の人に対して、敬語を使うことを不自然と 感じていた。
第 3 章の分析結果からわかるように、日本語のように相手との年齢或いは地位の差を言 語レベルによって表現するのとは異なり、中国語では上の人と話をする場合、相手との差 は、主に相手に対する呼称や語彙的意味を加味した表現によって表される。例えば、「您(あ なた様)」「老」などの敬辞が広く使われている30。つまり、中国語の敬語表現は形態論的な 手段をとるのではなく、単語をある特別な組み合わせの中におくことを通して、敬意を聞 き手に伝えようとするものである。
しかし、中国語は、下の人に対する、表現形式による敬語体系が日本語のように複雑で
29表 4-1.1.1(p.110)と表 4-2.1.1(p.114)参照
30第 3 章 p.68 を参照。
29.50%
90%
70.50%
10%
0.00%
20.00%
40.00%
60.00%
80.00%
100.00%
中国 日本
不自然 自然
27.30%
100%
72.70%
0.00%
20.00%
40.00%
60.00%
80.00%
100.00%
中国 日本
不自然 自然
はない。中国語では、下の人(相手)へ敬意や配慮を表明する場合、話者が発話する際に どの語を選択するかということよりも、どのような方法で表現するかといった「運用レベ ル」や「言語行動レベル」がより重要になると考えられる。このような場合、中国語では、
相手への配慮を敬語ではなく、婉曲的な表現で表す傾向がある。この場合、能願動詞31を用 いた文型が多用される。中国語では、能願動詞が動作主の意志を捨象することができるた め、“能不能~(できるかできないか)”などの構文は、聴者がその行為を実現することが可 能かどうかを聞いている。「ある動作・状態の実現の可能性が能力ととりまく条件との相互 作用のうえになりたつ」(奥田 1986:190)ため、このような構文は、相手に、改善行為を実 行する主体的な条件(意志と能力)が揃っているかどうかを尋ねると同時に、意志と関わ らない客観的な条件により、自分の願いを実現することが可能かどうかという意味も含ん でいる。この「客観的な条件により可能かどうか」という含意から、話し手は聞き手に理 由説明や弁解する余地を与え、相手の積極的フェイスへの侵害(快諾することへの心理的 負担)を弱めることができる。
例えば、
(1)小李,能不能给我帮个忙啊?
(李さん、ちょっと手伝っていただけますか。)
まず、「李」という名字の前に「小」という言葉をつけることによって、相手が自分より
「下」であることを明示している。また、「能不能(できるかできないか)」のような、選 択する権利を相手に与える言葉の使用によって、自分の意見を相手に強制的に押し付けて いることを感じさせないように、相手の意見を重視している気持ちや相手を尊敬している 気持ちを表す。
対人関係においては、年齢と地位を重視する中国人にとって、このような場合に、「上」
の人が「下」の人に敢えて敬語を使うと、皮肉な意味になってしまう可能性が高い、ある いは、何か特別な意図が含まれているのではないかと考えられる。
そのため、多くの CL は会話(1)と会話(2)が「不自然」であると判断した。
このように、中国人母語話者は、日本社会の中では文脈における詳細は「表現意図」や 相手との「人間関係」によって丁寧体や敬語が使用されることをうまく理解できない可能 性が高く、このことが日中両言語のポライトネス表現に影響を与えたのだと考えられよう。
中国人母語話者と反対に、殆どの日本人被験者は年齢や地位が上の人が下の人に対して、
31「能願動詞」は「認定助動詞」とも言う。「主に動詞の前に立って、願望、意欲、当為、許可、
可能性など 認定を表すことばをさします」(藤堂・相原 1985:119)。
敬語を使うことを「適当な言葉遣い」と認めている32。日本語の場合、もちろん自分より下 や親しい人より地位が上の人や親しくない人に対して敬語がより多く使われている。それ にもかかわらず、中国語とは違って日本語の敬語は、目上の人に敬意を表すだけでなく、
知らない人や親しくない人と話す時や、改まった場面で話す時などにも使われ、敬語の使 用が社会的習慣、社会的ルールとして構造的に組み込まれ、広範囲にわたって使用されて いる。日本語の敬語の用法は多様化している。それは単に固定的な社会的上下関係や年齢 差によって決定されるのではなく、インターアクションの参加者間の関係について、その 場その場で見積もられた距離が敬語使用を決定する重要な要因となっている。それ故、社 会的に下位、あるいは年齢が下の者だけが敬語を使うのではなく、両者が相互に敬語を使 い合うことが普通である。敬語が重要な役割を担っている日本語のコミュニケーションに おいても、狭義の敬語以外の言語行動もまた、場面に応じた対人関係調整の機能を果す。
また,そのような言語行動には、社会的関係や負荷度などによる社会的規範、またはスト ラテジーとして選択される部分があり、敬語の使用が対人行動の中で大きな役割を果たし ている。
以上のことから、JN にとって、丁寧語や敬語の使用は社会的慣習、社会的ルールとして、
広く認められているので、それを学習することが重要だと言えるだろう。
また、「敬語が社会的慣習、社会的ルールとして上下を問わず広く使われていることが自 然である」という日本人母語話者の考えと違い、一部の CL は会話(1)と会話(2)の「場」、
「人間関係」、「発話内容」などを考慮して、聞き手は何か特別な意図を含ませているので はないかなど、話し手の意図を探りつつ、総合的に評価し、本来見えない「発話意図」を 推測し、話し手の各ポライトネス表現の使用について理由づけを行っている。一部の中国 人日本語学習者が日本人母語話者と同じ判断を下した理由は、そのように説明できよう。
以上、上位者の下位者に対する敬語使用についての日中ポライトネス意識の違いを見て きた。次に、普通体を使う会話例を見てみることにする。
図 4 は、会話例(3)における、「疎」である関係の上の人が下の人に普通体を使うことに 対して、「どのように感じるか」という質問に対する答えの日中対照図である。
32表 4-1.2.1(p.112)と表 4-2.2.1(p.115)を参照
図 4
図 4 に示すように、JN の意見は二種類に分かれているのに対して、CL の意見は四種類に 分かれている。中国語母語話者にとって、日本人のポライトネスの中で、上位者の用いる 丁寧表現と同様に理解されにくいのが、上位者が相手を気遣って用いる砕けた表現である。
中国人被験者が書いた理由33からわかるように、CL の 38 人(27.3%)が①(普通)を選んだ。
その理由として、③(親しさを示す)を選んだ 47 人(33.8%)と同じく、「上下」という観 点から、被験者は事務の人が「上」であるため、普通体で十分であると判断した。
また、49 人(35.3%)が、公的な場面で丁寧体を使うべきだという理由から②(失礼)を 選択した。CL のうち、3.6%の人は、事務の人の話し方に、失礼とはいえないが、丁寧体が 最も相応しいという理由で④(その他)を選んだ。
以上のことから、この会話において、「上下」という視点から、計 61.1%(①+③)の CL は「上」である人が普通体を使うのが適切であると判断したのに対して、38.9%(②+
④)の CL が「場」を重視して「不適切」を選んだ。
以上の分析から、図 4 は以下の図 4'のようにまとめることができるだろう。
図 4'
33表 4-3.1.3(p.117)を参照。
27.30%
35.30%
40%
33.80%
60%
3.60%
0.00%
20.00%
40.00%
60.00%
80.00%
100.00%
中国 日本
その他 親しい 失礼 普通
61.10% 60%
38.90% 40%
0%
20%
40%
60%
80%
100%
中国 日本
不適切 適切