第 4 章 対人関係からみる日中ポライトネス意識Ⅰ
4.6 日本語教育への示唆
以上分析してきたように、CL が日本人とコミュニケーションする際、母語の干渉により、
相手に違和感のある言語行動を行う可能性がある。例えば、会話例(3)で見たように、中国 人学生が同じ学校の疎且つ上の事務の人と話すとき、親しさを示そうとして普通体を使用 したことが、失礼であると捉えられてしまうことも稀ではない。
本章で明らかになった日中ポライトネス意識の差異は、「上下」「親疎」という対人関係 の視点から、「相手」、「場」、「内容」、「表現方法」、「表現意図」を考慮の上、会話を分析し て得られたものであり、語用論的知識としても重要であるといえるだろう。そこで、日本 語教育において、中国人日本語学習者にポライトネス・ストラテジーの選択やポライトネ ス意識の同異点を指導する際、言語形式の説明や羅列に止まらず、「上下関係」と「親疎関 係」がポライトネス表現にどのように影響を与えるかを認識させることが必要である。そ の際、様々な場面における、相手との関係によるポライトネス・ストラテジーの選択につ いての日中の違いを具体的に提示しながら説明したほうが効果的であると考えられる。日 本語教育の観点から、以下のようなポライトネス意識を指導する上での注意点を提示した
い。
(1)日本人のポライトネスの中では、上位者が比較的自由に言語形式の丁寧度を選択する ことができ、(上位者の普通体の使用に対する)社会の容認度が高いが、下位者が普通体を 使い始めると無礼に感じられることが多い。この点については、指導していく必要がある。
(2)日本語のポライトネスの中で、地位が上の人であっても、地位が下である人物に対し て、公的な場面においてまたは疎である関係を持つ場合、自分と相手との社会的距離と、
聞き手の話し手に対する力および話し手の特定の行為によって聞き手が持つ負担の度合い、
という要素を考慮して、基本的に丁寧体や敬語を使う。一方、私的な場面においては、上 位者は必ずしも下位者に対して普通体を使うわけではない。したがって、様々な場面を学 習者に提示し、それぞれの場面で、何故丁寧体又は普通体を使っているか、尊敬語・謙譲 語を使っているかについて、文脈に沿って指導していくことが効果的だと考える。
(3)「場」の認識については、個人差が大きく、また個別の状況によっても異なるが、<
改まり-くだけ>という点での類型化をすることで、「場」の位置づけを分かりやすくさせ ておく必要があるだろう。
(4)日本語を教える時、日本人が「自然」と思う会話を大量に用意して学習者に示し、学 習者が、相手が社会的ルールに違反していると感じたとしても、すぐさまそれだけでマイ ナスの評価が下されるわけではないことを理解させる必要がある。また、聞き手は、発話 に何か特別な意図が含まれているのかなど、話し手の意図を探りつつ、総合的に対話を評 価すべきであると学習者に提示する必要がある。「意図」は重要なものであるが、客観的に は発話者以外には見えないものである。そのため、学習者にポライトネスの視点から様ざ まな会話の分析を行わせるといった方法を授業に導入することが重要である。その際、「場」
と「相手(人間関係)」に応じた会話の「内容」、ポライトネス意識の「表現方法」「表現意 図」に焦点を当てた教師による分析を学習者に提示することが重要である。このように、
母語との対照を通して、日中ポライトネス意識の違いや、学習者自身の発話を日本人がど のように受け止めるのか、を学習者は認識することができる。このような授業は、学習者 に自己の日本語使用について内省させる効果もあり、コミュニケーション教育に有効であ ると考える。