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第 2 章 先行研究概観と本研究の位置づけ

2.6 本研究の位置づけ

以上、ポライトネスに関わる重要な理論の概要と、その理論を用いて分析を行っている 先行研究について概観した。どれも言語使用の分析に有効な概念であり、援用している研 究も多い。しかし、これらの研究を俯瞰してみるに、いくつかの問題点が浮かび上がる。

第 1 に、多くの研究において「ポライトネス」の定義が一定していない点である。本研 究では「ポライトネス」の定義を「円滑な人間関係を確立・維持するためのストラテジー」

とする。

定義と関連して、異文化の人とコミュニケーションをする際、どのストラテジーを選び、

どのように「円滑な人間関係」を築くかについての問題がある。松村・因に指摘されるよ うに、実際日本語の会話におけるポライトネスを考察すると、身内的関係ではない成人同 士の会話では、特に注意すべきことは、対話者間の相対的地位や社会的状況の読み取りで あろう。例えば、学生が先生に「先生、今日の授業、なかなかよかったです」ということ ができないのは、相手が目上である点が一番大きな要因であろう。但し、「相手の物事がよ い、相手に好ましいという気持ちを伝えるために働きかけたい」という意図は相手との上 下関係に関わらず持ちうるはずであり、実際、例えば学生が先生に「先生、今日はお元気 そうですね」と言う場面は、日本語においては想像しうるものである。しかし、話の内容 が肯定的で好意的であっても、先の先生に対する「相手に評価を下す」というような誤り を犯さないためには、母語の干渉を避け、相手との社会的地位や親疎関係を十分考慮する 必要がある。相手と円満なコミュニケーションをすることを意図する場合に、日中両言語 において、それぞれどのような方法やストラテジーをとるのかといった本研究の観点は、

先行研究にはあまり見られないものであり、日本語教育の観点からも意義のあるものだと 考えられる。これについては第 3 章で詳しく分析していきたい。

第 2 に、「ポライトネス表現」の諸条件との関連についての問題がある。先行研究の中に は、人間関係や対象などの条件(社会的変数)を全く考慮に入れていないものもある。生田 (1997)によると、「ポライトネスは大きく敬語などの表現形式の選択に現れるポライトネス

·ストラテジーとインタラクションに現れるポライトネス·ストラテジーがあり、前者は人 間関係によるものが多く、後者は負荷の度合いによるところがおおい」という。ポライト ネスは人間関係に基づくポライトネス、すなわち、親疎関係、上下関係、談話参加者の情

報量によるポライトネスとインタラクションにおける負荷の度合いに基づくポライトネス に分けることができる。それぞれの人間関係に対して、ポライトネスの表現形式も異なる。

「ポライトネス表現」を考える際に、特に人間関係が重要であることから、この視点は無 視できない。そこで、本稿では、実際の会話を「相手」、「場」、「内容」、「表現方法」、「表 現意図」の五種の観点から分析し、「相手」(人間関係)に応じた会話の「内容」(対象)、ポ ライトネス意識の「表現方法」、「表現意図」を中心に考察することにする。本研究では、

日本語学習者のポライトネス習得研究の一環として、従来の敬語表現や待遇表現における 言語形式ないし言語運用の研究とは異なり、学習者のポライトネス意識を把握し、諸条件 を複合して多角的に分析することによって、難しいとされる日中両国のポライトネス意識 の異同点の実態に迫ることができると考える。

第 3 に、日本語教育現場における指導の問題がある。

2001 年中国で颁布された『高等院校日语专业基础阶段教学大纲』が「要克服只重视语言 形式和结构,忽视语言功能的偏向(今まで日本語教育における言語形式と構造だけを重視し、

言語の実用性を軽視する現象を克服すべきだ)」(2001:7)と指摘した。これは事実上、日本 語教育における「言語形式と構造だけを重視している」事実への批判である。先行研究で は、ポライトネスに関して、ほぼ言語表現にとどまっており、意識上の問題には言及され ていなかった。しかし、学習者の「ポライトネス」という一つの言語行動の実現を考えて いく際、日中両言語のポライトネス表現の異同点を分析するだけでなく、日本語教育現場 でのポライトネス使用で状況は実際どうなっているのか、日本語学習者のポライトネス意 識がどこまで働いているのかを分析する必要がある。

本研究は実証検証の立場から中国人の誤解しやすいポライトネス表現が運用レベルでの 実態の解明に焦点を当て、日中両言語のポライトネスの異同点を談話レベルで究明したい。

さらに、分析結果から、中国人日本語学習者の日本語のポライトネス表現使用におけるポ ライトネス意識についての誤解が明らかになれば、これからの中国における日本語教育、

日中異文化間コミュニケーション能力の養成に資することが期待される。