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第 5 章 対人関係からみる日中ポライトネス意識Ⅱ

5.3 ポライトネスに関する問題意識の日中対照

前節では、JN と CL のポライトネス意識に関するアンケート調査結果を踏まえ、ポライト ネス表現の実例を語形と運用の二つの面から分析した。

以下では、母語話者と学習者の訂正した文を対照して、CL のポライトネス意識に関する 問題点をまとめ、日中両言語におけるポライトネス意識の差異を究明する。

5.3.1 語形上の問題における日中対照

ここでは、日本人母語話者と中国人日本語学習者の敬語を訂正した文について、語形上 の問題の分布状況を調べ、日本人と中国人日本語学習者の敬語形式上の差異を比較する。

メール(1)(2)(3)における語形上の誤りを訂正した文の日中の対照図は以下の図 8、9、

10 のようである。

図 8 メール(1)における日中の訂正の正確率の対照

図 9 メール(2)における日中の訂正の正確率の対照

図 10 メール(3)における日中の訂正の正確率の対照

70% 68%

0%

20%

40%

60%

80%

100%

テンスの問題④

日本 中国

90%

16%

0%

20%

40%

60%

80%

100%

単語の意味上の誤用②

日本 中国

85%

30%

0%

20%

40%

60%

80%

100%

敬語の誤用⑥

日本 中国

メール(1)の時制の誤りについて、日中でほぼ同じ訂正率を保っている。上級学習者に とって文の意味を理解するのに妨げがほとんどないので、時制を正しくすることは大きな 問題にならないと言えるであろう。

メール(2)の「感謝差し上げます」は明らかに単語の誤用で、日本人全員が正しく訂正 したのに対して、CL の正解率は 16%しかない。相手に感謝を示すとき、「感謝を言う」と いう定型文を使うべきで、この時、相手へ敬意を払うならば、「言う」をその謙譲語である

「申し上げる」に変換する必要がある。多数の CL が、この場合、自分の動作を低くして 、 謙譲語の使用が適切であると認めながらも、「差し上げる」を「あげる」の謙譲語と考え、

「感謝を差しあげる」という文が不適切であることには気付いていない。

『大辞林』40は「拝読」を「読むことをへりくだっていう語。つつしんで読むこと」と説 明している。「拝読する」は「読む」の謙譲語として使われる。メール(3)においては、

⑥の「お読みいたしました」は「読む」の謙譲語の形の誤用で、全ての母語話者は「読む」

の正しい謙譲語「拝読」に訂正したり、また、「読ませていただく」という「相手に許しを 請うことで動作を行う」という形を使った。

日本人被験者は、「拝読」と「読ませていただく」というような相手との恩恵関係を表せ る謙譲表現を使うことによって、相手から恩恵を受けて、自分が「読む」ことができると いう感謝の意を表そうとしていることが分かった。

50 人の CL の内、35 人は「お~する」が謙譲語の形なので、自分の動作を低くするため、

「お読みする」という謙譲表現が適切だと考えているようである。これは一見単純な敬語 の語形上の問題に見えるが、実は CL は日本人母語話者のポライトネスにおいてこのような

「恩恵意識」を含ませる表現用いることの重要性を理解できていないため、このような不 適切な敬語使用をしてしまったのだと考えられる。

中国の大学の日本語学科のカリキュラムには「総合日本語(精読)」(日本語の文章を文 法上から細かく教えること)という科目があり、週に平均 4 コマ、1 年生から 4 年生の前期 までその授業が続けられる。このことから、被験者である上級日本語学習者は、三年間(ア ンケート調査を行った時点で)の勉強を経て、文法知識は十分身に付けていると考えられ る。また、本調査においても、CL が書いた訂正文には、文法や時制に関しての間違いは少 なく、大きな問題はなかった。

しかし、日本語教育現場の中で、学習者が日本語でコミュニケーションする際、特に文 章やメールを書くとき、文法の問題は少ないが、違和感のある表現や失礼な言い方をする

40松村明編集(1995)『大辞林(第二版 机上版)』三省堂。p.2049

ことがしばしばある。したがって、上級日本語学習者にとって、日本人とのコミュニケー ションにおいて問題を引き起こす要因の多くは運用面での誤用である。以下では、運用上 の日中両言語の違いについて考察を行う。

5.3.2 運用上の問題における日中対照

ここでは、JN と CL の訂正文をみながら、運用上における各問題の分布状況を調べ、日本 人と中国人日本語学習者のポライトネス意識の差異を比較対照する。

メール(1)(2)(3)におけるポライトネス表現の運用上の誤りを訂正した文の正解率の 日中の対照図は以下の図 11、12、13 のようである。

図 11 メール(1)における日中の訂正の正確率の対照

図 12 メール(2)における日中の訂正の正確率の対照 100%

70% 65%

0%

34% 34%

0%

20%

40%

60%

80%

100%

自己中心的な表現⑤⑦ 話し言葉の使用① 話し言葉の使用②

日本 中国

85% 80%

6% 8%

0%

20%

40%

60%

80%

100%

失礼な表現⑤ 自己中心的な表現⑦

日本 中国

図 13 メール(3)における日中の訂正の正確率の対照

図 11、12、13 から分かるように、中国人上級日本語学習者の場合、ポライトネス表現の 運用上の誤用の割合が、語形上の誤用の割合よりも高い。また、訂正された文の正確率も 低い。

まず、メールでの出現率が一番高い誤り「自己中心的な表現」から検討する。

前節の分析からわかるように、メール(1)とメール(2)は、「自己中心的な表現」が使われ ているという理由から、不適切であると判断された。また、前節で語形上の問題として取 り扱われたメール(3)の⑥も同じ理由で、不適切と判断された。

熊田(2001)では「待遇意識を強く働かせるべき相手」の場合「てもらう」系の使用率 が高いと述べられている。また、依頼行為の負担度が大きい場合も「てもらう」系の使用 率が高いと指摘されている。益岡(2001)、仁田(1991)、高見(2000)は日本語の「~て もらう」構文は恩恵性を持つと述べている。蒲谷・川口・坂本(1998:105-108)は、「いた だく、書いていただく、お書きいただく」のような、いわゆる「謙譲語」の中の、「動作の 主体を高くしない+動作に関係する人物を高くする+動作に関係する人物の恩恵を表す」

敬語を「恩恵間接尊重語」と呼んで、従来の「尊敬語」や「謙譲語」の中でも「恩恵」の 要素のあるものとないものを概念的に区別している。また、動作の主体を高くすると同時 に動作の主体からの恩恵を受けたことを表す、「くださる、書いてくださる、お書きくださ る」のような「恩恵直接尊重語」(蒲谷他(1998:49))もある。この「恩恵直接尊重語」は、

従来いわゆる「尊敬語」と呼ばれた語群の中で「恩恵」の要素のあるものを一分類として おり、恩恵の要素が加わった敬語として扱うものである。「恩恵直接尊重語」は、話者に動 作主体から恩恵が与えられたという認識や意識があるとき、「くださる、~てくださる」の 使用によってその認識・意識を表す行為となり、同時に話者のそうした認識・意識を表す ための表現形式となって働く敬語である。このように、日本語の敬語の中には「恩恵」を 弁別要素とした語群があり、恩恵・利益の授受がもたらす際の人間関係に対する認識を敬

75% 75%

40%

12%

0%

20%

40%

60%

80%

100%

丁寧度が低い表現⑤ 自己中心的な表現⑦

日本 中国

語体系に組み込んで、恩恵を与える側と受ける側について敬語体系の中で弁別している。

菊地(1997)は相手(または第三者)から許可を得た場合、また、相手(または第三 者)より恩恵を受けた場合に「~(さ)せていただく」を使うのが適切であると指摘し ている。

JN はこのような「恩恵意識」を持ち、「ていただく」や「~(さ)せていただく」のよう な形の使用によって、相手と自分との「恩恵関係」をはっきり示した。他方、CL はこのよ うな「恩恵行為に対する配慮意識」が低いことから、訂正文の正確率が非常に低い。

メール(3)の⑦も同じように、「恩恵」を意識せず、92%の CL は正しく訂正することが できなかった。

次は、丁寧度の低い表現について、日中両言語の差異を対照する。

メール(3)の⑤の先輩からもらった論文を「送った論文」と称することについて、15 人 の日本人被験者が「不適切」と判断している。そのうち、14 人(70%)が「送っていただ いた論文」というように「被動作主(即ち論文を受け取った人)を高くしない+動作主(即 ち論文を送った人)を高くする+動作主である人物からの恩恵を表す」恩恵間接尊重語を 使うことによって、相手への配慮を示している。しかし、CL は、「ここでは尊敬語を使うべ き」であるという理由から、「送られた」、「お送り」、「お送りになった」のような直接相手 の動作を高くする尊敬語を用いたのだと考えられる。

中国人日本語学習者が訂正した文から、もう一つの特徴が明らかになった。

第 3 章で、日中ポライトネス・ストラテジーの特徴と同異点を分析することによって、

文脈依存性の極めて高い日本語の敬語と違い、中国語の敬語表現は、その文字通りの概念 的な意味をそのまま持っているので、対人関係の待遇的な意味効果は、文字通りの意味を 介して二次的に含意されたものになる。日本語のように相手との年齢或いは地位の差を言 語レベルによって表現するのとは異なり、中国語では相手との差は、主に語彙的意味を加 味した表現によって表される。このことから、母語の干渉により、メール(1)の①②⑥、

メール(2)の③、メール(3)の②の訂正文がいずれも語彙的意味を加味した表現で、中 国語の敬語使用における語彙中心の特徴がみられた。メール(4)も全体的に文法や語彙の 誤りがなく、敬語の使い方も誤っていない。日中両国の被験者共に、このメールの文全体 は問題ないと認めている。しかし、学習者は、上位の相手に対しては語彙的により高いレ ベルの敬語を使うことによって相手に敬意を払おうと努めている姿勢が見られた。