第 3 章 インタビュー番組の談話分析に基づく日中ポライトネスの対照研究
3.4 日本語におけるポライトネス・ストラテジー
3.4.2 ネガティブ・ポライトネス・ストラテジー
3.4.2.2 ストラテジー2 質問せよ、ヘッジを用いよ
ヘッジとは、不変化詞、語、句などによる迂言的な表現である。相手に頼みごとをす るときなどにぶしつけな直接的な言い方にならないようにするため、表現を和らげるよ うな言葉をつけたりする。例えば、英語では、sort of、kind of、possibly、中国語で は「也许」などがよく使われる言葉である。日本語でもこの類の言葉が効果的に使われる 場合がよくある。
このように表現のある要素が、その内容を曖昧にする事により、聞き手との常識的な距 離を保つことが可能となる。
(114) N:私が積極的だから難しかったです。
K:そうですよね。でもうまくいって、それがいわゆる二人の結びつきの、…
(会話 B)
(115) H:安産だったので、私は一泊して、一日で出て来ちゃったんですよ。
K:それはすごいですね。
H:でも、あの、多いみたいです、アメリカでは。 (会話 L)
(116) K:これはやっぱり特技だと思いますよ。モデルの方お喋りにならない方多いで すからね。多分ね。
R:そうですね。 (会話 N)
日本語では、語彙として、(114)(115)(116)に見られる「多分」や「いわゆる」「~みた い」「~らしい」などがある。これによって相手の状態を勝手に憶測したり、勝手に決めて かかるというような態度をできるだけ避けようというのである。
また、断定的な表現を避けるという目的で、英語では guess、think などの主観的意思を 表す動詞が用いられるのに対して、日本語では、「~(だ)と思います」が用いられる。
(117) K:あなたはもういい人というのがどういう、
W:なんですかね。どういうのがいい人なんだろうな。でも、適当に厳しい人い いじゃないかと思いますね。 (会話 O)
「思う」のこのような用法について、森山(1992)は、「個人的な意見であることを示す ものになっている」と説明している(p.113)。実際に、「思う」のこのような「主観明示 用法」は、話者の主観的な意見にすぎないことを示すことによって、話者の限られた確 信を伝えている。よって、話者の主張という発話内の力が弱められる。
また、メイナ-ドは、1992 年国会での佐川急便スキャンダルに関し、証人として立った 首相の答弁を分析し、「と思う」という表現が頻繁に使われていることを報告している。証 人喚問での竹下首相の実際の発言をみてみよう。
正真正銘、私がその具体的なことを問いただす環境にはなかったというふうに御理解い ただきたいと思います。 (メイナ-ド 1994:82) もし、上の発言の最後に「と思います」がなかったなら、聞き手には話し手(竹下首相) があまりにも直接的、あるいは横柄・傲慢であるといったふうに映ったかもしれない。こ の意味で、「と思います」は「ヘッジ表現」として雰囲気を和らげるために効果的に使われ ていると言えよう。
3.4.2.3 ストラテジー4 負担 Rx を最小化せよ
これは聞き手に不当な要求や、異常な負担をかけないように配慮する方策である。
(118) K:ちょっともう一回(写真)を見せていただけます? (会話 D)
(119) K:…、ちょっと紅白にお歌になった「さくら」をちょっとここで披露いただいて よろしいかしら、ちょっとだけね。 (会話 O)
(118)(119)のような表現は、聞き手へ要求する時、相手への負担を減少させるために、
よく用いる表現である。「ちょっと…」や「…だけ」などは、英語の「just」、中国語の「一 点、一下(少し、わずか)」という表現に当たり、これにより、話し手の聞き手に対する要 求の負担を最小限に食い止めるのに効果のある表現となっている。
3.4.2.4 ストラテジー5 敬意を示せ
B&L は「相手との社会的地位の差を、言語レベルにより表現している」と指摘している。
この点については、中国語の分析を通して検証された。敬意を表す表現は殆どの言語に存 在しているが、中でも特に日本語は敬語が非常に高度に発達した言語の一つである。日本 の社会構造は主としてタテ型だと言われている(中根 1967)。さらに「内・外」という要因 も複雑に関与してくるので(Lebra1976)、日本語は文脈依存性の極めて高い言語だともされ ている。日本語の敬語はとても複雑であるが、大きく分けて、話題の人物に対する敬意を 表す素材敬語、聞き手に対する敬意を表す対者敬語がある。現在は、尊敬語、謙譲語、丁寧 語の三つに分けるのが一般的である(辻村 1989)。
基本的には、敬語が使われる場合は次のようにまとめられる。
①目上の人と話す時
②知らない人や親しくない人と話す時
③改まった場面で話す時
こんなに敬語を使う情況がとても複雑な日本語において、B&L に挙げられた「Give deference(敬意を払う)」ストラテジーを応用できるかどうかは不明である。
<自分より上の人に対する発話>
(120) K:塩沢さんとは、お会いしたいと思っていたんです。ご病気をしてらっしゃるな んて知らなかったんです。 (会話 A)
<自分より下の人に対する発話>
(121) K:あなた、大学にお入りになって、… (会話 T)
(122) K:全然今のあなたと違う感じで司会してらっしゃいますよね。 (会話 U)
<自分と親しくない人に対する(自分よりかなり年下)発話>
(123) L:もう本当に女優さんの仕事はもう結婚と同時に、
K:お辞めになってらっしゃった。 (会話 Q)
以上のわずか数例からも分かるように、敬語体系が非常に高度に発達した日本語では敬 意の表現が社会習慣として構造的に組み込まれ、敬語が広範囲にわたって繰り返し用いら れている。
現代の敬語において、話題主に対する敬語の多くは通常丁寧語を伴って用いられ、丁寧 語を用いる必要のない聞き手には用いられない場合が多いという傾向があるが、その一方 で、(123)のように、普通体の会話でありながら、聞き手に対して尊敬語が用いられる場合
がある。滝浦(2008)はこのような尊敬語がある種の親しさのニュアンスを感じさせるのは、
尊敬語そのものが親しさを表すことができるからではなく、丁寧語が用いられた場合に比 べ相対的に話し手と聞き手の距離が小さくなることから生ずる含みであると述べた。そし て、親しさを敬語に内在する機能と見るのは、丁寧語の不使用の効果を尊敬語使用の効果 と取り違えた錯覚であり、敬語はあくまでも距離の表現であるとする。滝浦によれば、こ れは比較的年配の話し手が同輩や年下の相手に用いるケースが多い表現だということであ る。これは筆者の観察と一致している。
日本語の敬語はその使用頻度においても使用方法においても B&L が挙げる「敬意を払う」
というストラテジーに当てはめることはできず、単なるストラテジーとしての取り扱いは しにくいと考えられる。
3.4.2.5 ストラテジー6 謝罪せよ
謝る(謝罪)というのはまず自分に非を認めることであろう。これにより、相手に無理強 いしない感を与えるのである。つまり、話し手が謝罪を伴う発話をすることにより、話し 手の聞き手に対する要求を最小限に抑えることを意味する。聞き手を侵害しないことを前 提にして、このような方法によって相手への FTA を最小限に抑えることが可能になるので ある。
(124) K:ね、それ、あなたずいぶん声大きい方ですね。普段大きい声出してるんかな。
G:え?それ注意ですか。
K:いえいえ、全然。
G:すみません。 (会話 U)
(124)では、自分の誤りを認め、聞き手に謝罪言葉を発するにより、聞き手への侵害を最 小限にすることになる。
(125) K:どっちが、すまないことを伺いますけど、どっちが結婚しようっていうふうに、
(会話 B)
(126) K:私のほう聞いて頂いて本当に悪いんですけど、これトークの番組って分かって るんですけど、やっぱり見せていただきたい、前田さんのどんなものがすごい
のかを見せていただきたい、よろしいですか。
M:わかりました。 (会話 J)
(125)(126)において相手のプライバシーを聞く事は、ある意味で相手の私的領域に踏み 込む行為であるので、謝罪表現の使用によって、相手の侵害を最小限に止める効果がある といえるだろう。
(127) K:そこではじめてのお客様という事で、
T:結構はでな格好で、すみません。
K:{笑}
T:ハンバーガーシャップのベテラン店員みたいですけども。 (会話 C)
ここでは、話し相手との関係は親しくないため、「ジョーク+謝る」というような発言で 場の雰囲気を和らげる効果があるといえるだろう。
こういう意味でここでは「謝罪表現」という形で表されるが、実際、こういう場合は「謝 る」という本来の意味より、「相手に声をかける」や「話をさらに順調に進める」などの意 味合いが強いといえるであろう。
3.4.2.6 ストラテジー7 S と H を非人称化せよ
一般に日本語では主語の省略が普通である。敢えて主語を省くこと、或いは非人称主語 を用いることの効果は、中国語のようにはっきり現われていないので、あまり議論の対象 にならないとよく言われる。例えば、
(128) K:ねー、あれからご結婚なされて 10 年ですってね。 (会話 Q)
(129) K:ご本名は?川島さん?
G:川島省吾です。 (会話 U) 例から分かるように、日本語では動詞や接頭辞などの使用によって、「自分と他人」の関 係をはっきり表せるため、主語を省略するのが一般的である。
しかし、本研究で用いられたインタビューデータを分析すると日本語ではほかの要素を 変えることにより、中国語や英語において人称を変えることで期待されるのと同様の効果 を果たすことができる事が分かった。例えば、
[不定人称を用いる]
日本語では相手と対面して会話する時に主語の省略が普通であるが、しかし、相手のこ とを特定していない最も一般的な情況をさす時、「不定人称」が用いられる。日本語の場合、
不定人称としては、「皆」「人」などが一般に用いられる。
(130) Y:…。連絡先ももちろん、電話番号もメールアドレスも教えるけれども、絶対に 連絡はないんですよ。
K:どういうんでしょう。あなたみたい可愛い人あってね。
Y:やっぱりこの年でひくんでしょうね。皆さんね。 (会話 I)
(131) R:そこはやっぱり暖かく応援してくれるんですよね。
K:だから、本当は素敵なのようって、あの、皆ね。
R:男性の目線がちょっと冷たいですけど。 (会話 N)
「皆さん」のほうが、あるグループ全体を表わすのに適しており、話し手の言葉の説得 力を増す効果があると言えるだろう。
[非人称化する]
「って」は五つの用法があるが21、ここであげたいのは、<伝聞>という用法である。これ は「人から聞いて得た情報であること(伝聞)」を表す。つまり、聞いたことを持ち出し、
聞き手に確認の問いかけをする表現である。
一般に日本語では主語の省略が普通である。あえて主語を省き、語尾に「って」という 形を用いることによって、「今言っている情報はほかの人から聞いたもの」「皆そう思って いる」というような意味を表し、話し手である「私」の存在を曖昧なものにし、話し手の 主観的意志ではないということを強調する効果があると言えるであろう。
(132) K:なんか最近長嶋さんお会いになったって。
T:そうなんですよ。偶然だったですけど、… (会話 C)
(133) K:指きれいにして、爪先はきれいにしてらっしゃるんですって。
M:あ、えーと、これですね。最近、あの、皆様ご家庭で大画面テレビをご覧にな
21『日本語文型辞典』1998 くろしお出版。