雇用関数
*1
原文:http://bit.ly/p5TMwF
セクション I
第3章(p.16)で、総供給関数Z=ϕ(N)を定義しました。これは雇用Nをそれに対 応した供給総額と関連づけるものです。雇用関数と総供給関数のちがいは、それが実質的 には逆関数で、賃金単位に基づいて定義されているというだけです。雇用関数の目的は、
ある企業、産業、または全産業に向けられた有効需要の量(賃金単位で測定)を雇用の量 と結びつけることです。つまり、その有効需要の量に対応する産出の供給価格を出すこと です。ですからある企業や産業に向けられた有効需要の量Dwr (賃金単位で計測)が、そ の企業や産業において雇用量Nrを必要とするなら、雇用関数はNr=Fr(Dwr)となりま す。あるいはもっと一般化して、もしDwr が総有効需要Dwの固有関数だとするなら、
雇用関数はNr =Fr(Dw)となります。これはつまり、産業rでは有効需要がDwのと き、Nr人が雇われるということです。
本章では、雇用関数のいくつかの性質を展開してみましょう。でもそれが持つ各種の興 味とは離れて、通常の供給曲線にかわりこの雇用関数を代替することが、本書の手法や狙 いと親和性を持つ理由は二つあります。まずは、それが関係する事項をあらわすのに、私 たちが己に課すと決めた単位で表現していて、怪しげな定量的性質を持った単位はまった く導入しないということ。第二に、それは通常の供給曲線に比べ、ある環境における個別 の産業や企業の問題ではなく、全ての産業や総産出の問題を扱いやすくしてくれます̶̶
その理由は以下の通り。
ある商品についての通常の需要曲線は、世間の人々の所得について、ある想定に基づい て引かれており、所得が変われば弾き直す必要があります。同様に、ある商品についての 供給曲線は、その産業全体の産出についてある想定に基づいて引かれており、その産業の 総産出が変われば供給曲線も変わることになります。ですから、個々の産業が総雇用の変 化にどう反応するかを検討しているとき、考慮したいのは単一の供給曲線に対応した産業 ごとの個別の需要曲線ではなく、ちがった想定の総雇用のそれぞれに対応した、二つの曲
*1(正当にも)数学のお嫌いな方は、この章のセクションIを飛ばしても大した損はしません。
線群なのです。でも雇用関数の場合、全体としての雇用変化を反映した全産業についての 関数を導くのは、ずっとやりやすくなります。
というのも、(まず手始めに)第18章で所与としたものに加えて、消費性向も決まって いるものと想定しましょう。そして、投資率変化に対応した雇用変化を考えます。この想 定だと、賃金単位で見たどんな有効需要に対しても、それに対する総雇用があり、この有 効需要は消費と投資の間で決まった比率で分けられます。さらにそれぞれの有効需要水準 は、所定の所得分配に対応しています。 ですからある総有効需要に対応して、それが個別 産業に分配される一意的なやり方もあると想定して問題ないでしょう。
すると、個々の産業での雇用量と、一定の総雇用との対応関係が決められます。つま り、総有効需要(賃金単位で測ったもの)の各水準に対して、その産業の二つ目の雇用関 数、つまり上で定義したNr=Fr(Dw)を満たすような個別産業の雇用量が得られるので す。ですからこの条件下だと、個々の雇用関数は加算可能となります。つまりある有効需 要水準に対応した全産業についての雇用関数は、個別産業の雇用関数の総和に等しいとい う意味です。つまり以下が成り立ちます:
F(Dw) =N =∑
Nr=∑
Fr(Dw)
次に雇用の弾性を定義しましょう。ある産業の雇用弾性は以下で与えられます:
eer = dNr dDwr
Dwr Nr
なぜならこれは、ある産業で雇用されている労働ユニット数が、その産出購入に支出さ れると予想される賃金単位の変化に対してどう反応するかを測るものだからです。全産業 の雇用弾性は次のように書けます:
ee= dN dDw
Dw N
産出を測るそこそこ満足のいく手法が見つかるのであれば、産出の弾性または生産の弾 性とでも言うべきものを定義しておくと便利です。これはその産業に向けられる有効需要 が増えたとき、個別産業の産出が増える割合を測るものです。つまり以下の通り:
eor = dOr dDwr
Dwr Or
もし価格が限界原価に等しいと想定できるなら、以下のようになります:
∆Dwr = 1 1−eor
∆Pr
ただしここでPrは期待利潤です*2。ここから、もしeor = 0,つまり産業の産出が完全 に非弾性的なら、増えた有効需要(賃金単位で計測)はすべて事業者に利潤として行き、
つまり∆Dwr = ∆Prとなります。一方、eor = 1、つまり産出の弾性が1なら、、有効需 要増分はまったく利潤とはならず、そのすべてが限界原価の要素に吸収されます。
*2なぜかというと、pwrが賃金単位で測った産出1ユニットの期待価格とすれば、
さらに、もしある産業の産出が雇われた労働Nrの関数ϕ(Nr)なら、以下のようになり ます*3:
1−eor
eer =− Nrϕ′′(Nr) pwr(ϕ′(Nr))2
ただしpwr は、産出1ユニットの期待価格(賃金単位で測定)です。つまりeor= 1と いう条件はつまり、ϕ′′(Nr) = 0、すなわち雇用が増えると収益は一定ということになり ます。
さて、古典派理論は実質賃金が常に労働の限界的な負の効用に等しいと想定するし、雇 用が増えると後者が高まると想定するので、実質賃金が減ると、他の条件が同じならば労 働供給は減ると考えます。これはつまり、実際には賃金単位で見た支出を増やすことは不 可能だと想定していることになります。もしそうなら、雇用の弾性という概念はまったく 適用しようがありません。さらに、この場合にはお金で見た支出を増やしても、雇用を増 やすのは不可能になります。というのも名目賃金は、増えた金銭支出に比例する形で増え るので、賃金単位で見た場合には支出が増えることはなく、つまりは雇用が増えることも ありません。でももし古典派の想定があてはまらなければ、金銭的な支出を増やすことで 雇用を増やすことは可能です。やがて実質賃金は労働の限界的な負の効用と等しくなり、
そこでは定義の上から見ても完全雇用が実現されます。
もちろん通常は、eor はゼロと1の間の値になります。金銭支出が増えるときに物価が
(賃金単位で見て)どこまで上がるか、つまり実質賃金がどこまで下がるかは、したがっ て賃金単位で測った支出に対する産出の弾性値によります。
期待価格 pwr の有効需要 Dwr に対する弾性値、つまり dDdpwr
wr
Dwr
pwr は e′pr と書きま しょう。
Orpwr=Dwr なので、以下のようになります。
∆Dwr= ∆(pwrOr) =pwr∆Or+Or∆pwr
=Dwr
Or
∆Or+Or∆pwr
だから
Or∆pwr= ∆Dwr(1−eor) あるいは
∆Dwr=Or∆pwr
1−eor
となる。
しかし
Or∆pwr= ∆Dwr−pwr∆Or
= ∆Dwr−(限界原価)∆Or
= ∆Pr
したがって
∆Dwr= 1 1−eor
∆Pr
*3なぜなら、Dwr=pwrOrなので、
1 =pwr
dOr
dDwr
+Or
dpwr
dDwr
=eor−Nrϕ′′(Nr) (ϕ′(Nr))2
eer
pwr
dOr dDwr
Dwr Or
+ dpwr dDwr
Dwr pwr
= 1 あるいは
e′pr+eor= 1
これはつまり、有効需要(賃金単位で計測)の変化に対する物価と産出の弾性値の和は 1に等しいということです。有効需要は、この法則にしたがって一部は産出を変え、一部 は物価を変えるのに費やされます。
全産業の話をしていて、産出全体を測れるような単位を想定してよいなら、同じような 議論があてはまり、e′p+eo= 1となります。rのついていない弾性値は全産業について のものです。
では賃金単位ではなくお金を使って価値を測り、いまの結論を全産業について拡張しま しょう。
労働1ユニットの名目賃金をW とし、全体としての産出1ユニットの期待価格がp、 ep(= DdppdD) がお金で測った有効需要変化に対する名目価格の弾性値、ew(= DdWW dD) がお 金で測った有効需要変化に対する名目賃金の弾性値とします。するとすぐに以下が出てき ます。
ep= 1−eo(1−ew).*4
この等式は、次の章で見るように、一般化された貨幣数量説への第一歩です。
もしeo= 0あるいはew= 1なら、産出は変わらず物価はお金で測った有効需要と同 じ割合で上昇します。それ以外の場合、上昇の割合はもっと小さくなります。
セクション II
では雇用関数に戻りましょう。これまでで、有効需要のどの水準に対しても、個別産業 の製品の間に、有効需要の一意的な分布が対応しているのだ、と想定しました。いまや総 支出が変わっても、それに対応する個別産業の製品への支出は一般に、同じ割合では変わ りません̶̶理由の一部は、個人は所得の増加につれて個別産業の製品買い物を一様に増
*4というのもp=pwW でD=DwWなので、以下のようになります:
∆p=W∆pw+ p W∆W
=W.e′ppw
Dw
∆Dw+ p W∆W
=e′p(p/D)(∆D−(D/W)∆W) + (p/W)∆W
=e′p(p/D).∆D+ ∆W(p/W)(1−e′p), よって
ep=D∆p
p∆D =e′p+ D p∆D
∆W p W (1−e′p)
=e′p+ew(1−e′p)
= 1−eo(1−ew).
やしたりはしないからで、またもう一つの理由は、各種商品の価格は、それらに対する購 買支出が増えたときに、反応の程度がちがうからです。
ここから出てくるのは、いままで使ってきた想定、つまり雇用の変化は総有効需要変化
(賃金単位で計測)だけに依存するという想定は、所得増の使い道が一つではないという ことを認めるのであれば、せいぜいが一次近似でしかないということです。つまり、総需 要の増分が各種の商品にどう振り分けられるかという想定が、雇用量にかなりの影響を与 えるのです。たとえばもし需要の増分が、主に雇用弾性の高い製品に向けられたら、雇用 弾性の低い製品に需要が向かった場合に比べて、総雇用の増分は大きくなります。
同様に、総需要がまったく変わらなくても、需要の方向性が雇用弾性の比較的低い製品 に流れてしまったら、雇用は下がってしまいます。
こうした検討事項は、特に短期的な現象を考える場合には重要となってきます。つまり ある程度事前に予測できないような、需要の量や方向の変化を問題にする場合です。一部 の製品は生産に時間がかかるので、その供給をすぐに増やすのは現実的には不可能です。
だからもしそれらの製品に追加の需要が向いたら、雇用の弾性は低くなります。でも十分 前に予告があれば、その雇用弾性は1に近づくかもしれません。
まさにこれとの関連で、生産期間の概念がきわめて重要になってきます。私の好きな表 現なのですが*5、ある製品が生産期間nを持つというのは、雇用の最大の弾性値を与え るために需要変更連絡が時間ユニットn回前に行われなくてはならないということです。
明らかに消費財は、全体として見れば、この意味では最長の生産期間を持ちます。という のもあらゆる生産プロセスにおいて、それは最終段階となるからです。ですから有効需要 増加に対する初の衝動が消費の増加からくるなら、初期の雇用弾性は、その衝動が投資増 からきた場合に比べて、その後の均衡水準よりずっと低いものとなります。さらに、もし 需要増が比較的雇用弾性の低い製品に向けられたら、その増分のかなりの部分は事業者の 所得を太らせることとなり、賃金労働者やその他原価要因に行く比率は小さくなります。
すると考えられる結果としては、事業者が賃金労働者よりも所得増分を貯蓄にまわす率が 高いので、その影響は支出増には少し不利になるかもしれません。でもこの二つの例のち がいをあまり大げさに言うべきではありません。というのも反応の大部分は、いずれの場 合でも大差ないからです*6。
需要の変化見込みがどれほど事前から事業者に与えられていたとしても、ある所与の投 資増加に対応した初期の雇用弾性が、ある程度時間がたったあとの均衡値ほど大きくなる ことはあり得ません。例外は、生産のあらゆる段階で余剰の在庫や余剰生産能力がある場 合だけです。一方で、余剰在庫の取り崩しは投資増加を相殺してしまう効果があります。
もし最初の時点であらゆる段階にある程度の余剰があると想定するなら、初期の雇用弾性 は1に近くなるかもしれません。そしてその在庫が使い果たされ、生産の初期段階から の供給増が到着するまでの期間では、弾性値は急落します。そして新しい均衡に近づけば 1に近づきます。ですがこれには但し書きが必要です。雇用が増えるにしたがって、経費 をもっと吸収してしまうレント要因があったり、あるいは金利が増えたりする場合には話 がちがってきます。こうした理由から、変化が常である経済では、物価の完全な安定は不 可能です̶̶むろん、消費性向がちょうどよい具合に確実に変動するような、風変わりな
*5これは通常の定義とはちがいますが、この考え方で重要な点は含まれているように思います。
*6いまの点についてのさらなる議論は、拙著『貨幣論』第IV巻にあります。