利子とお金の本質的な性質
原文:http://bit.ly/pdhJ85
セクション I
すると、お金に対する利率は、雇用水準に限界を設けるにあたり、奇妙な役割を果たす ようです。というのもそれは、資本的資産が新設される場合に実現しなければならない、
限界効率性の基準を設定してしまうからです。そんなことが起こるというのは、パッと見 には、とても変な話に思えます。他の資産に比べてお金の特殊性がどこにあるのか、利率 を持つのはお金だけなのか、非貨幣経済では何が起こるのかについて考えてみるのは自然 なことでしょう。こうした問題に答えない限り、私たちの理論が持つ意義の全貌は明らか になりません。
金利、お金につく利子の率というのは̶̶改めて申し上げますが̶̶たとえば一年後の 先物提供契約した金額が、その契約のために支払われたお金の現金価格、またはスポット 価格とでも言うべきものに比べて、どれだけ多いかを比率で示したものでしかありませ ん。だからどんな資本的資産についても、金利に相当するようなものが あるように思え ます。たとえば、一年後に提供される小麦のある絶対量は、今日の「スポット」物の小麦 100クォーターと同じ交換価値を持つからです。もし前者の量が105クォーターならば、
小麦の利率は年5パーセントだと言えましょう。それが95クォーターなら、マイナス5 パーセントです。ですからあらゆる耐久商品について、それ自身で測った利率が得られま す̶̶小麦の利率、銅の利率、家屋利率、鉄鋼工場利率なんてものさえも。
小麦などの商品の「先物」と「スポット」契約の価格差は、市場で公表されており、小 麦の利率とは直接的に関連していますが、先物契約は先物提供の金額で表記されており、
スポット物の小麦量では表示されていませんので、金利が持ち込まれています。厳密な関 係は以下の通りです。
仮に、小麦のスポット価格が100クォーターあたり100ポンドだとして、一年後に提供 される小麦の「先物」契約は100クォーターあたり107ポンドだとして、金利は5パー セントだとします。小麦利率はいくらでしょう?100ポンド分のスポット物現金は、先物 の現金105ポンド分を買えます。そして105ポンドの先物現金は 105107100(= 98)クォー ターの先物小麦を買えます。あるいは、100ポンドのスポット現金は、100クォーター のスポット物小麦を買えます。したがって100クォーターのスポット小麦は、98クォー
ター分の先物小麦を買えます。そこから、小麦利率は年率マイナス2パーセント、という ことになります*1。
ここから、商品がちがえばその利率が同じであるべき理由はないことになります̶̶小 麦利率と銅利率は同じでなくてもいいはずです。スポット物と先物契約の関係は、市場価 格を見ると、商品ごとにずいぶんちがうことで悪名高いのです。これから見るように、こ れこそが求めているヒントにつながります。というのも、こうした自己利率(とでも呼び ましょう)のうち最大のものがすべてを牛耳ることになるかもしれないのですから(なぜ かというと、資本的資産が新たに生産されるためには、限界効率がそうした自己利率の最 大のもの以上でなくてはならないからです)。そして、お金の利率こそが最大のものにな るべき理由があるのです(それは、これから見るように、他の資産の自己利率を引き下げ るように働くいくつかの力が、お金では作用しないからです)。
付け加えると、いつでも商品ごとに利率がちがうように、外国為替のディーラーならば お金の種類がちがえば(たとえばポンドとドル)金利がちがうこともよく知っています。
ここでも、外貨の「スポット」価格と「先物」契約の差は、外貨ごとにちがうのが普通な のです。
さて、こうした商品基準のそれぞれは、資本の限界効率を測るにあたり、お金と同じ機 能を提供してくれます。好きな商品を選びましょう。たとえば小麦です。そしてあらゆる い資本的資産の見込み収益を、小麦価値で計算するのです。そしてその資産から生じる一 連の年間小麦量収益を、その資産の現在の供給価格の小麦表示と等しくするのが割引率 で、それがその資産の小麦で測った限界効率です。この二つの基準の相対的価値がまった く変化しないと期待されていれば、どちらの基準で測っても、資本的資産の限界効率は同 じです。限界効率を測るときの分母も分子も、同じ割合で変わるだけだからです。でも、
どちらかの基準が相対的に価値が変わると予想されるなら、資本的資産の限界効率もどち らの基準で測っているかに応じ、同じ比率で変わります。これを例示するために、別の基 準の一つである小麦が、お金で見たとき毎年ある一定の比率aパーセントで価格上昇する ものとしましょう。そして、ある資産の限界効率は、お金で見てxパーセントだとしま す。すると、その資産の小麦で見た限界効率はx−aパーセントとなります。あらゆる資 本的資産の限界効率は同じ率で改定されるので、それらの大きさの順番は、どんな基準を 選んでも変わらないことになります。
もし厳密な意味で代表的と考えられるような複合商品があったらい、利率や資本の限界 効率をこの商品を基準に測って、それがある意味で問答無用の利率と問答無用の資本の限 界効率として一意的に決まると考えることができます。でもこれだともちろん、価値の一 意的な基準を打ち立てようという場合と同じ障害が出てきます。
つまりここまでの話では、利率をお金で測ったものは、他の商品に基づく率にくらべて 独自性はまったくなく、まったく同じ立場にあります。でもお金で見た利率はこれまでの 章で、圧倒的に実用面での重要性を与えられてきましたが、その原因となる特異性はどこ にあるのでしょうか? なぜ産出量や雇用は、小麦利率や家屋利率よりもお金の利率と密 接にからみあっているのでしょうか?
*1この関係を最初に指摘したのはスラッファ氏、『エコノミック・ジャーナル』1932年3月, p. 50です。
セクション II
たとえば一年の期間を考えたとき、各種の商品利率がどのくらいになりそうか考えてみ ましょう。基準としてそれぞれの商品を順番に考えるので、それぞれの商品の収益はこの 文脈では、その商品自身で測ったものだと考えてください。
それぞれの種類の資産は、以下の三つの属性をちがった度合いで保有しています。つ まり:
(i) 一部の資産は、何らかの生産プロセスを支援したり、消費者へのサービス提供を支 援したりして、収益や産出qを生み出します。
(ii) お金以外のほとんどの資産は、それが収益を生み出すのに使われるかどうかにかか わらず、単に時間がたつだけで、多少の滅失を生じるか費用がかかります(これは 相対的価値の変化とはまったく別に生じます)。つまり、それ自身で計測した保有 費用cがかかります。ここでは、qの計算前に差し引く費用と、cに含める費用と でどこに一線をひくか、厳密なことは気にしなくてかまいません。以下ではいつも q−cしか考えないからです。
(iii) 最後に、その期間中に資産を処分できるということは、潜在的な便利さや安全を提
供してくれます。この処分のしやすさは、当初は同じ価値の資産でも、種類がちが えば変わってきます。これについては、期末に産出の形で何か示せるわけではあり ません。でも、人々はこれにいくらか支払おうとします。 この処分力からくる潜 在的な便利さや安全に人々が支払いたがる額(その商品自体で測ったもの)を、そ の商品の流動性プレミアムl と呼びましょう(これはその資産に伴う収益や保有費 用とは別物です)
すると、ある期間に資産の所有から得られると期待される総利益は、収益から保有コス トを引いて流動性プレミアムを足した物、つまりq−c+lとなります。つまりq−c+l はあらゆる商品についての自己利率なのです。このq, c, l はいずれもそれ自身を基準に計 測されています。
装置的な資本(たとえば機械)や消費資本(たとえば家)は使われている場合には、そ の収益が保有費用を上回るのが常で、流動性プレミアムはたぶん無視できる程度です。流 動的な財や余剰で寝かせてある装置や消費資本の在庫は、それ自身で測った保有コストは ありますが、それを相殺する収益はありません。この場合の流動性プレミアムも、その在 庫がほどほどの量を超えれば通常は無視できる程度でしょう。でも特殊なケースでは、か なりの額になるかもしれません。商品によっては、それ自体の中でも流動性プレミアムの 度合いがちがうこともあるし、お金も多少は保有費用がかかることもあります。たとえ ば、安全に預託しておく費用などです。でもお金と他のあらゆる(またはほとんどの)資 産との本質的なちがいは、お金の場合には流動性プレミアムが保有費用をはるかに上回 る、ということです。これに対して他の資産だと、保有費用が流動性プレミアムをはるか に上回ります。たとえば例示のために、家屋の収益はq1で保有コストと流動性プレミア ムは無視できるとします。そして小麦の保有費用はc2で、流動性プレミアムは無視でき ます。さらにお金だと流動性プレミアムはl3で、収益と保有費用は無視できるとしましょ う。つまり、家屋利率はq1、小麦利率は−c2、l3はお金の利率、ということになります。