原文:http://bit.ly/mPVL6r
セクション I
第一巻が終わったところで、手法と定義の全般的な問題を扱うためにちょっと脱線しま したが、これでもとの話に戻る用意ができました。本書の分析の最終目的は、雇用量を決 めるのが何かをつきとめることです。今のところ、雇用量というのは総供給関数と総需要 関数との交点で決まるんだ、というとりあえずの結論は確立できました。でも、総供給関 数のほうは、供給の物理的な条件で主に決まります。だからおなじみでない考慮事項はほ ぼありません。式の形は見慣れないかもしれませんが、その根底にある要因は目新しいも のではないのです。総供給関数は第二十章でまた検討します。そこでは、その逆関数を雇 用関数という名前で議論します。でも全体としては、これまで見すごされてきたのは総需 要関数の果たす役割です。ですから、第三巻と第四巻では、総需要関数に専念します。
総需要関数は、ある雇用の水準を、その雇用が実現するはずの「収益」と関連づけるも のです。「収益」は、二つの量の合計で構成されます̶̶一つは雇用がその水準にあると きに、消費にまわされる金額と、投資にまわされる金額です。この二つの量を左右する要 因は、ほとんど別々のものです。この巻では、前者を検討しましょう。つまり、雇用があ る水準のとき、消費にまわる金額を決めるのはどんな要因か、ということです。そして第 四巻では、投資にまわる金額を決める要因に進みましょう。
雇用が決まっているときに、いくら消費にまわるか決めたいわけですから、厳密にいえ ば消費量 (C)を雇用(N)に関連づける関数を考えるべきです。でも、ちょっとちがう関 数を考えたほうが便利です。それは、賃金単位(W)で測った消費 (Cw)と、賃金単位で 測った所得(Yw)との関係を示す関数です。(Yw)はNだけで決まるわけじゃないぞ、と いう反論はあり得ます。Nはすべての状況で同じはずですから。なぜかというと、Ywと Nの関係は雇用の細かい性質に(たぶんごくわずかでしょうが)依存するからです。つま り、ある総雇用N の中に二種類の雇用があったとき(これは個々の雇用関数の形がちが うことから起きます̶̶これについては20章で扱います)、その分布が変われば、Ywの 値が変わるからです。これを考慮した特別な措置が必要な場合も、実際に考えられます。
でも一般に、YwがN で一意的に決まるというのは、よい近似です。したがって、消費性 向というものを、Yw (賃金単位で見た所得)とCw (その所得水準での消費支出分)との関
数関係χとして定義することにしましょう。つまり:
Cw=χ(Yw)またはC=W χ(Yw)
(訳注:ここらで理解不能になる人が多いのでちょっと説明。まず、賃金単位っ て何? これは4章でささっと出てきた、一人あたりの平均賃金(ホントは時給だ が日当でも月給でも年収でも可)。で、それで消費を割ったり所得を割ったり、と いうのは具体的にどんな話? はい、それはですね、いまの日本の総所得 (GDP) が470兆円で、年平均賃金が470万円なら、日本のGDPは1億賃金単位、とい うふうに表現しよう、ということ。年間賃金単位の単位として「年賃」というもの をでっちあげると、いまの日本では、1年賃=470万円で、日本のGDPは1億年 賃です、という具合。タイのGDPは10兆バーツ。一人当たり年収(=賃金)は 20万バーツ。だからタイでは1年賃=20万バーツ、タイのGDPは5千万年賃で す、ということになる。
この背景は4章とその注を参照。そこにも書いた通り、実用的にはこれは要する に、名目金額を実質化していると考えればほぼOK。むろん、賃金と一般物価との 上昇率がちがう可能性等々、細かい話はできる。でも、ケインズはここで、これが 近似だと書いている。だったら、それ以下の細かい話は、とりあえず気にする必要 はない。)
社会が消費に使う額は、明らかに以下の三点に左右されます。(i)一部は、その所得の 量に左右されます。(ii)一部は、それを取り巻く客観的な状況によります。(iii)一部は、
それを構成する個人の主観的なニーズと心理学的傾向や習慣、そして所得がそれぞれに仕 分けされるときの原則(これは産出が増えると変わりかねません)に左右されます。お金 を使ういろいろな動機は相互に作用しあうので、それを分類しようとするのは、実際には 存在しない区別になってしまう危険はあります。それでも、それを大まかに二つの見出し で分けて、主観的な要因と客観的な要因と呼びましょう。主観的な要因は、次の章でもっ と詳しく検討しますが、人間生来の心理的特性や、社会的慣習や制度を含みます。後者は 変えられないわけではないけれど、異常事態や革命でもない限り短期では大きく変わりに くいものです。歴史的な研究や、ちがった社会システム同士を比較する場合には、こうし た主観的要素が消費性向にどう影響するかを考慮する必要があります。でも一般に、主観 的要因は所与のものとしましょう。そして消費性向は、客観的要因の変化だけに左右され るとしましょう。
セクション II
消費性向を左右する主な客観的要因は、以下のもののようです。
(1)賃金単位の変化 ̶ 消費(C)は当然ながら、名目所得よりは(ある意味で)実質所得 の関数である面がずっと強いのです。ある一定の技術、嗜好、所得分配を決める社 会条件の下で、人の実質所得は労働単位(訳注:つまり所得を賃金単位で割ったも の)をその人が変えることで変動します。ただし産出の総量が変わると、実質所得 は(収穫逓減が効くので)賃金単位で測った所得に比べ、比率的には上がり方が小
さいはずです。ですからとりあえずの近似として、賃金単位が変われば、ある水準 の雇用に対応する消費支出も物価のように同じ比率で変わる、と想定しても問題は ないでしょう。ただし、賃金単位が変わると事業者と金利生活者との実質所得分配 が変わってくるので、それが総消費に与えかねない反応も考慮すべき場合もあるか もしれません。消費性向は賃金単位で測った所得で定義しているので、これ以外の 点では、賃金単位変化はすでに反映されています。
(2)所得と純所得の差の変化 ̶ 消費額は、総所得より純所得に依存すると述べました。
人が消費の規模を決めるときに主に念頭におくのは、自分の純所得だからです。他 の条件が同じなら、この両者の間にはかなり安定した関係がありそうです。つま り、それぞれの所得水準を一意的に、対応する純所得と関連づける関数があるとい う意味です。でももしそんな関数がなければ、所得変化のうち純所得に反映されな いものはすべて、無視されなくてはなりません。それは消費にまったく影響しない からです。そして同様に、純所得の変化の中で所得には反映されないものも算入す べきです。でもかなり例外的な状況でもない限り、こんな要因が現実的に重要にな るとは思えません。所得と純所得との差が消費にどんな影響を与えるかについて は、この章のセクションIVでもっと詳しく採り上げます。
(3)純所得の計算に算入が認められない資本価値の予想外の変化 ̶ これらは消費性向の 変化にとってずっと重要です。というのもそれは、所得の量と安定した規則性のあ る関係は一切持たないからです。富を保有する階級の消費は、その財産の金銭価値 が予想外の変化を遂げたら、きわめて大きく変動しかねません。これは消費性向の 短期変化をもたらしかねない、大きな要因の一つと考えるべきです。
(4)時間割引率の変化 ̶ つまり、現在の財と将来の財との交換比率の変化です。これは 金利とはちょっとちがうものです。予測できる範囲でのことではありますが、割引 率には将来のお金の購買力変化も含まれるからです。また将来の財を享受するほど 長生きできないとか、収奪的な課税にあうとかいった各種のリスクも考慮されてい ます。でも近似としては、これは金利とほぼ同じと見なしてよいでしょう。
この要因が、ある所得の支出比率に与える影響には、いろいろ疑問の余地があり ます。古典的な利子理論*1は、利子が貯蓄の需給を均衡させる要因だ、という発想 に基づいていました。だから他の条件が同じなら、消費支出は金利変化とは負の相 関があり、金利があがれば消費は目に見えて減ることになります。でも昔から認識 されていたことですが、金利変化が支出意欲に与える総合的な影響は複雑ではっき りせず、それを左右する各種の性向には相反するものもあります。貯蓄の主観動機 のうち、一部は金利上昇で満たされ安くなり、一部は逆に弱まるのです。長期的に 見ると、金利が大きく変われば社会慣習もかなり変わって、主観的な消費性向にも 影響します̶̶でもそれがどちらの方向を向くかは、実際の体験を見ない限りはっ きりしません。でも、よくある短期的な金利変動は、プラスマイナスいずれの方向 だろうと、支出に大した直接的な影響はないでしょう。総所得が変わらなければ、
金利が5パーセントから4パーセントに下がったからといって、暮らしぶりを変え ようという人はあまりいません。間接的な影響はいろいろありますが、その方向も 様々です。一定所得からの支出意欲に対する影響として最も重要なのは、証券など
*1Cf. 14章。