原文:http://bit.ly/pUK2lp
セクション I
ある所得の中で消費にまわる金額に影響する要因には、もう一つのカテゴリーがありま す。それはある賃金単位で見た総所得と、前章で見た各種の客観的要因が同じ場合に、消 費されるお金を決める主観的、社会的なインセンティブです。でもそうした要因の分析に 目新しい点はないので、詳しい説明はなしで、重要度の高いものだけ一覧すれば十分で しょう。
人が所得の支出を控える主要な動機や目的は、主に八つあります: (i) 予想外の出来事に備えて準備金を蓄える
(ii) 所得とその人や家族のニーズの関係が、将来は今とちがってくると思われるときの 準備。たとえば高齢化への備え、家族の教育費積み立て、扶養家族の生活資金など。
(iii) 金利収入や財産価値上昇を享受するため、つまり目先の小さな支出よりも将来の大
きな実質消費のほうが望ましいから。
(iv) 支出をじわじわ増やしたいとき。そうすることで、生活水準がだんだん下がるより 上がるのを期待するというありがちな直感が満足される。これは、享受する能力が 将来衰えても同じ。
(v) 独立性と自分で何かをやる力を享受するため。その際に、具体的な行動についての 明確な考えやはっきりした意図はない。
(vi) 投機的な事業プロジェクトを実施するための準備金を確保するため。
(vii) 財産を遺贈したいから。
(viii) 純粋なケチ根性を満たすため。ケチ根性とは、合理性はないのに消費行動を消費だ
という理由だけでしつこく嫌うこと。
こうした八つの動機はそれぞれ、用心動機、予見動機、計算動機、改善動機、独立動機、
事業動機、自尊心動機、守銭奴動機と呼べるかもしれません。そしてそれに対応する消費 の動機一覧も挙げられるでしょう。たとえば享楽動機、近視眼動機、鷹揚さ動機、計算ミ ス動機、虚栄動機、大盤振る舞い動機、といった具合です。
個人が貯め込む貯蓄以外に、英米などの現代工業社会における総蓄積の三分の一から三
分の二は、中央政府や地方政府、団体や企業などが抱えている所得の一部です ̶ その動 機は個人を動かすものと同じではありませんが、概ね似たようなもので、主に次の四つ です。
(i)事業動機 ̶ 債務を背負ったり、市場で資本調達をしたりすることなしに、もっと資 本投資を行うためのリソースを確保する;
(ii)流動性動機 ̶ 緊急事態やトラブルや不景気のために流動性あるリソースを確保する
(iii)改善動機 ̶ 所得が着実に増加するようにすること。これは同時に経営陣が非難を
かわすにも有益。というのも蓄積による所得改善は、効率性改善からくる所得改善 とあまり区別されないことがほとんどだから。
(iv)財務堅実性と「黒字側」動機 ̶̶ 利用者費用やその他費用を上回る財務手当を用 意しておくことで、負債を減らして資産費用を実際の摩耗や陳腐化よりも先回りし て償却し、「黒字側」にいるようにする。この動機の強さは資本設備の量と性質、お よび技術変化の速度におおむね依存。
所得の中からの消費を控える動機の裏返しとして、所得以上の消費をもたらす動機も ありえます。上に羅列した、個人の貯蓄増をもたらす動機のいくつかは、後にそれに対 応したマイナスの貯蓄が意図されています。たとえば家族の将来ニーズや老後の備えな どです。借り入れによる失業救済などは、マイナスの貯蓄と考えるのがいちばん適切で しょう。
さてこうした動機の強さは、想定している経済社会の制度や組織に応じてすさまじく変 わります。それは人種、教育、慣習、宗教、現在の道徳、現在の希望や過去の経験、資本 設備の規模や技術水準、その時点での富の分配や確立された生活水準などに左右されるで しょう。でも本書での議論では、大幅な社会変動の結果や、世俗変化のゆっくりした影響 は、たまに脱線するとき以外は考慮しないことにします。つまり貯蓄や消費それぞれの主 観的な動機の主な背景については、決まっているものと考えましょう。富の分配は、概ね 社会の永続的な社会構造で決まる部分が大きく、これまたいまの文脈では所与のものとし て扱い、長期的にゆっくりとしか変わらないものと考えることにします。
セクション II
そういうわけで、主観的・社会的なインセンティブの背景はゆっくりとしか変わらない し、また金利などの客観要因変動の短期的な影響は二次的な重要性しかないことが多いこ とがわかりました。すると消費の短期的変動は、主に所得(を賃金単位で測ったもの)を 稼ぐ速度の変化のせいであって、ある所得に対する消費性向の変化によるのではない、と いう結論が残ります。
でも、一つ誤解には気をつけましょう。上で言っているのは、金利のちょっとした変化 が消費性向に与える影響は小さいのが普通だということです。だからといって、金利変化 が実際の貯金額や消費額に小さな影響しか与えないということではありません。正反対で す。金利が実際に貯蓄される絶対額に与える影響はきわめて大きいのですが、その方向性 は通常考えられているのとは正反対です。というのも、高い金利によって将来所得が増え るという魅力が消費性向を減らしがちだとしても、金利上昇で実際の貯蓄額は減るのがほ ぼ確実だからです。というのも総貯蓄を左右するのは総投資です。金利上昇は(それに対
応して投資の需要
スケジュール
関 係 が変わって相殺されない限り)投資を減らします。ですから金利 上昇は、所得を引き下げて貯金も減らし、投資と同じ水準にまで引き下げる効果を持つは ずです。所得は投資よりも減少の絶対額が大きいので、金利が上がれば、消費比率も下が るというのは確かに事実です。でもだからといって貯蓄の分が増えるということにはなり ません。反対に、貯蓄と消費はどっちも下がります。
ですから、所得一定なら金利上昇で社会の貯蓄は増えますが、金利が上がると(投資の 需要
スケジュール
関 係 がよい方向に変わらない限り)実際の総貯蓄はほぼまちがいなく減るはずで す。この議論を進めると、金利が上がったときに(他の条件一定で)所得がいくら下がる かもわかります。所得の減少額(または再分配額)は、そのときの消費性向の下で、金利 上昇が(そのときの限界資本効率の下で)投資を減らすのとまったく同額だけ貯蓄を減ら す金額となります。この側面についての詳細な検討は次の章でやります。
まあケインズはこんないやらしい、関係代名詞に条件節がたくさんぶら下がっ た文を山ほど書くので、わかりにくいと言われるのはしかたないところ。でもこ れはあきらかに悪文の一種であって、名文とか美文とかでは絶対にあり得ない:
For incomes will have to fall (or be redistributed) by just that amount which is required, with the existing propensity to consume to decrease savings by the same amount by which the rise in the rate of interest will, with the existing marginal efficiency of capital, decrease investment.
金利上昇は、所得が変わらなければもっと貯金を促すかもしれません。でも金利が上 がって投資が減退すれば、所得は理屈上でも実際面でも変わります。絶対に所得は下がっ て、貯蓄余力が低下し、それが高金利による貯蓄刺激を完全に相殺します。人々が立派 で、倹約家で、国や個人の財務において頑固に保守的であるほど、金利が資本の限界効率 に比べて上がったときの所得低下幅も増大します。そこで頑固になっても、罰があるだけ でごほうびはありません。というのも、この結論は不可避なのです。
したがって結局のところ、総貯蓄と総消費の比率は用心動機、予見動機、計算動機、改 善動機、独立動機、事業動機、自尊心動機、守銭奴動機には依存しません。美徳も悪徳も 無関係です。資本の限界効率を考えたとき、金利が投資にどれほど有利かで決まるので す*1。いいえ、これは言い過ぎなどではありません。もし金利が継続的な完全雇用を維持 するように統括されていれば、美徳がその勢いを取り戻すことでしょう̶̶資本蓄積の度 合いは、消費性向の弱さにかかってきます。ですからここでも、古典派経済学者が美徳を やたらに重視したがるというのは、金利が常にそのような形で統括されているという隠れ た前提を示すものなのです。
*1このセクションの一部には、第四巻で導入されるアイデアをあらかじめこっそり入れておきました。