名目賃金の変化
原文:http://bit.ly/r4sCPu
セクション I
名目賃金の変化の影響に関する議論は、もっと前の章で論じられたらよかたかもしれま せん。というのも古典派理論は経済システムの自己調整特性なるものを、名目賃金の変動 性を想定するだけですませるのが習慣だからです。そしてそこに硬直性があったら、その 硬直性は調整の失敗が悪いとされるのです。
でも、私たち自身の理論が十分に展開するまでは、この話を十分に議論するのは無理で した。というのも名目賃金の変化の結果はややこしいからです。名目賃金は、一部の状況 では古典派理論の想定通り、産出を刺激するのにかなり有効です。この理論と私の理論の ちがいは主に分析上のものです。ですから、読者が私の手法になじむまでは、はっきりと 説明できなかったのです。
私の理解する限り、一般に認められた説明は、とても単純なものです。以下に議論する ような、もってまわった影響などに依存しません。議論は単純に、名目賃金が下がれば、
他の条件は一定として最終製品の価格が減るので需要が刺激され、したがって産出と雇用 は増え、というものです。そしてその増え方は、労働が受け容れることにした名目賃金低 下分が、産出増(設備一定)に伴う労働の限界効率低下で相殺されるところまで増えるの だ、というわけです。
一番粗雑な形だと、これは名目賃金が下がっても需要には影響しないと想定しているの に等しくなります。需要に影響が出るはずがない、と固執する経済学者もいるかもしれま せん。総需要は、お金の量にお金の所得速度をかけたもので決まるんだし、名目賃金が下 がってもお金の量や所得速度が変わるべき明白な理由なんかない、というわけです。ある いは、賃金が下がったら利潤が必然的に上がる、という主張さえあるかもしれません。で も、名目賃金が下がったら、一部の労働者の購買力は下がるので、総需要にだってちょっ とくらいは影響があると合意するほうが普通だとは思います。ただ、他の労働者たちの実 需は、所得が減っていないので、物価下落に刺激され、労働者自身の総需要は雇用増大の 結果として増えるのがほぼ確実です。むろん、名目賃金変化に対する労働の需要弾性が1 以下ではないとしての話ですが。ですから、新しい均衡では他の場合よりは雇用が増えま す。異様に限られた場合には別かもしれませんが、それはたぶん実際にはまったく現実性
がないでしょう。
私はこの手の分析とは根本的にちがっています。あるいは、上のような主張の背後にあ るとおぼしき分析とちがっていると言うべきでしょうか。というのも上は、多くの経済学 者たちの主張や著作をかなりよく表していますが、その根底にある分析が詳しく記述され たことはほとんどないからです。
でもどうやら、こうした発想は以下のように到達されるようです。任意の産業で、言い 値と売れる量とを関係づけた、一連の需要
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関 係 があります。そしてこれらの
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関 係 同士 の相互関係により、他の費用が変わらない(ただし産出変化の結果としての変化は別)と 仮定した場合に、その産業における雇用量と賃金水準とを関係づけた需要
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関 係 が得られ ます。そしてその曲線の形はどの水準であれ、労働の需要弾性を与えるものとなります。
この概念は、こんどは本質的な変更なしに、あらゆる産業全体に転用されます。そして同 じ理由づけにより、あらゆる産業全体についても、各種賃金水準と雇用の量を関係づける 需要
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関 係 があるのだ、と想定されます。この議論は、名目賃金だろうと実質賃金だろう と目に見える違いはまったくないとされます。名目賃金の話をしているなら、お金の価値 変化は補正しなくてはなりません。でも、それは議論の一般的な傾向は変えません。とい うのも、物価はまちがいなく、名目賃金の変化とまったく同じ割合で変わったりしないか らです。
もしこれが、古典派議論の根底にあるなら(そしてそうでないなら、何が根底になって いるのかわかりません)、これは明らかにまちがっています。ある特定産業の需要
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関 係 は、他の産業の需要
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関 係 と供給
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関 係 、および総有効需要の量についての固定した想 定がなければ構築できないからです。ですからこの議論をあらゆる産業全体に適用するの は、総有効需要が固定されているという想定も適用しない限り、無効です。でもそんな想 定はこの議論を論点相違の虚偽にしてしまいます。名目賃金の削減に伴って総有効需要が 以前と変わらなければ、それは雇用増に結びつくという想定を否定したいと思う人はいな いでしょう。でも問題となっている質問は、正確には名目賃金削減により、お金で見た総 有効需要は変わらないのかどうか、ということだし、少なくとも、名目賃金削減の比率に 全面的に等しい総有効需要削減比率につながらないのか、ということ(つまり賃金単位で 見たときどちらが少し大きいか、ということ)なのですから。でも古典派理論は、ある特 定産業についての結論を、比喩としてあらゆる産業に拡張させてもらえないなら、名目賃 金削減が雇用にどんな影響を与えるかについて、まったく答えられないのです。というの もこの問題に手をつけられるような分析手法を持ちあわせていないのですから。ピグー教 授の『失業の理論』は古典派理論から、引き出せる限りのものと引き出したように思えま す。そしてその結果は、実際の雇用総量を決めるのが何かという問題に適用したとき、こ の理論は何一つ提供できないという驚くべき実例になっているのです*1。
セクション II
では、この問題を答えるのに、私たち自身の手法を適用してみましょう。それは二つの 部分に分かれます。(1)名目賃金の削減は、他の条件が同じなら雇用を増やす直接的な傾 向があるでしょうか? ここでの「他の条件が同じなら」とはつまり、消費性向、資本の
*1本章のおまけでピグー教授『失業の理論』は詳細に批判されています。
限界効率の
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関 係 、金利が社会全体で前と同じということです。そしてもう一つは、 (2) 名目賃金の削減は、この三つの要因に対する確実または見込みの高い影響を通じて、雇用 をある特定方向に動かす確実または見込みの高い傾向を持っているでしょうか?
最初の質問には、これまでの章ですでにノーという答を出しました。というのも、雇用 の量は賃金単位で測った有効需要と一意的に相関しており、有効需要は期待消費と期待投 資の和なので、消費性向と資本の限界効率
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関 係 、金利がどれも変わらなければ、有効需 要も変われないことを示したからです。これらの要因が変わらないのに事業者たちが社会 全体の雇用を増やそうとしたら、その売り上げは必然的に供給価格を下回ります。
名目賃金を引き下げると「生産費用が下がるから」雇用が増える、という粗雑な結論を まず論駁しておくとよいでしょう。この仮説の中で、新古典派の見方にもっとも有利な事 態の流れをたどるとそういう話になります。つまり、事業者が当初、名目賃金を引き下げ るとこういう影響が出ると期待するのだ、という話です。確かに、個々の事業者は自分の 費用が下がったのを見て、当初は自分の製品の需要に対する影響を見すごし、以前よりも 大量の生産物を儲かる形で売れるようになる、という想定に基づいた行動をとるかもしれ ません。もし事業者たちみんながこの想定に基づいて行動するなら、本当に利潤増加を実 現できるでしょうか? そうなるのは社会の限界消費性向が1に等しく、所得増分と消費 増分にギャップがない場合だけです。あるいは所得増分と消費増分のギャップを埋めるだ けの投資増があってもいいでしょう。でもこれは、資本の限界効率が金利との見合いで増 加した場合だけにしか起こりません。ですから増えた産出で得られる売り上げは、事業者 たちをがっかりさせて、雇用はまた以前の水準に戻ります。ただし限界消費性向が1だっ たり、あるいは名目賃金削減が、金利に比べて資本の限界効率
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関 係 を高める̶̶ひいて は投資を高める̶̶効果をもっていれば話は別ですが。なぜならもし事業者たちが、期待 どおりの価格で産物を売れる場合に人々の手にする所得が、当期投資より多くの貯蓄をう ながすような水準となるだけの雇用を提供するのであれば、事業者たちはどうしてもその 差に匹敵する損失を出すしかありません。そしてこれは、名目賃金の水準などまったく関 係なしに成り立ちます。せいぜいが、運転資金の増分に充てられた投資がそのギャップを 埋めている間、がっかりする日が少し先送りになる程度です。
ですから名目賃金削減は、社会全体の消費性向に影響を与えるか、資本の限界効率
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関 係 に影響するか、金利に影響するかしない限り、長期的に雇用を増やす影響は持ち得 ません。名目賃金削減の影響を分析するには、それがこの三つの要因に与えるかもしれな い影響をたどるしかないのです。
これらの要因に対する最も重要な影響は、実務上は以下のものになりそうです:
(1) 名目賃金の削減は、多少は物価を引き下げます。ですからそれは、実質所得のある 程度の再分配をもたらします。(a)賃金労働者から、取り分が減らされていない他 の限界原価に含まれる要素へ、(b)事業者から、一部の所得が名目値で保証されて いる金利生活者へ。
この再分配が社会全体の消費性向に与える影響はどんなものでしょうか? 賃金 労働者から他の要素への移転は、たぶん消費性向を下げるでしょう。事業者から金 利生活者への移転は、はっきりしない部分があります。でも金利生活者たちが全体 に社会の豊かな人々をあらわし、その生活水準があまり柔軟でないとすれば、その 影響はやはりマイナスに働くでしょう。いろいろ考えて差し引き結果がどうなるか