本節では、科博本館で採用された 5 つの補強手法のうち、①「耐震壁の新設」、②「既存 壁面への増し打ち」、③「柱鋼板巻き」について、同じ効果が得られる他の手法が、科博本 館の構造補強において代替案として取り得たのか検証する。なお、「既存開口部の閉塞」、「接 合補強」については同じ効果が得られる他の手法が今のところ見当たらない。
① 耐震壁の新設
科博本館で実施された「鉄筋コンクリート耐震壁」の代替案として「プレキャストCB」
と「鉄骨ブレース」がある。それぞれの手法における、「見せ方」と「可逆性」及びその他 の評価について整理した(表 4-4)。
これら 3 つの手法について「見せ方」と「可逆性」という観点からは、鉄筋コンクリー トとプレキャストCBが「隠す」、「可逆性が低い」手法であり、鉄骨ブレースは「見せる」、
「可逆性が高い」手法となる。科博本館では、1 階の両翼展示室に鉄筋コンクリート耐震壁 を選択している。これは、空調機械室の間仕切り壁として利用されている。新設の壁面に は周囲の壁面と同化するような塗装仕上げが行われている。仕上げを行うことを考慮すれ ば、プレキャストCB耐震壁の採用もあり得たが、壁面にダクト用の貫通孔を設けること が難しい。これにより鉄筋コンクリート耐震壁が採用されたと考えられる。ただし、いず れの手法も柱頭の装飾は撤去せざるを得ない。また、柱頭装飾の保存を考慮すればコスト 面はかかるが、補強の形状を工夫することで鉄骨ブレースの選択もあり得たと考えられる。
また、閉塞する材料を変えることで内部空間に与える影響は異なる。空間の連続性を維 持するという点からいえば鉄骨ブレースは他の手法より効果が高いといえる。ただし、仕 上げにより補強材を隠すことで、「見せ方」については他の手法と同等の評価を得ることも 可能である。
「可逆性」という観点から見れば、補強材の取り外しは鉄骨ブレースが最も高いと考え られる。一方鉄筋コンクリート耐震壁は、既存躯体と同等の材料を使用し一体化している ことから、撤去が困難であるため可逆性が最も低いといえる。
科博本館では可逆性を犠牲にしても、空調機械室を新設するという理由から手法が選択 された。このように様々な条件がある中でどのような考え方で手法を選択したかが重要と 考える。いずれの手法を採用しても柱頭の装飾は失われたであろうが、展示室内部の全て
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の柱頭からすれば、ごく一部が失われたに過ぎない。この部位を犠牲にすることで他の装 飾が保存できたとも考えられる。
したがって、展示室内に配置された空調機械を隠すために鉄筋コンクリート耐震壁を選 択することが合理的であったと考えられる。
科博本館採用 代替案 代替案
手法 鉄筋コンクリート プレキャストCB 鉄骨ブレース
空 調 機 械 室 の 壁 面として使用
機械室内部 見えない 機械室内部 見えない 機械室内部 見える
柱頭装飾 補強設置面 装飾撤去 補強設置面 装飾撤去 補強設置面 装飾撤去 見せ方 見える-隠す
(透過性:×)
見える-隠す
(透過性:×)
見える-見せる
(透過性:○)
ただし、仕上げにより 見える-隠す
可逆性 低い 低い 高い
② 既存壁面への増し打ち
「既存壁面への増し打ち」のうち、科博本館でも実施された「鉄筋コンクリートによる 増し打ち」の代替案として「壁鋼板補強」、「壁炭素繊維シート補強」が考えられる。それ ぞれの手法における、「見せ方」と「可逆性」及びその他の評価について整理した(表 4-5)。
補強としての「見せ方」という観点からは、いずれも見える手法ではあるが、鋼板や炭 素繊維など、補強材として既存の躯体と異種の材料を使用する際は空間の用途に伴い、補 強を隠すための仕上げが施される。科博本館では事務室で増し打ちが採用されている。内 部空間の広さを考慮すれば炭素繊維シートや鋼板を採用する方がより広い空間として活用 できる。また、コンクリートの増し打ちを行うよりも施工性は良い。以上から科博本館で 採用された鉄筋コンクリート増し打ちは、鋼板や、炭素繊維を使用する手法の選択もあり 得たと考えられる。
科博本館では補強材と壁面との一体化を図るため、また、周囲の壁面や躯体と同じ仕様 での仕上げが容易であることなども考慮した上で、あえて躯体と同じ材料による補強手法
表 4-4 科博本館の耐震壁新設に関する検証
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の選択が行われたと考えられる。以上からコンクリートの増し打ちでは、他の効果よりも、
より仕上げによる「見せ方」を考慮した結果の手法の選択であったといえる。
科博本館採用 代替案 代替案
手法 既存壁への増し打ち 壁鋼板補強 壁炭素繊維シート補強
材料 鉄筋コンクリート 鋼板 炭素繊維
耐火性 良い 良い 鉄筋コンクリート、鋼板よ
り劣る
施工性 悪 やや劣る 良い
室面積 狭い やや狭い 改修前とほぼ同
見せ方 見える-隠す 見える-隠す 見える-隠す
可逆性 低い 低い 低い
③ 柱鋼板巻き
科博本館では独立柱の補強として「柱鋼板巻き」が採用された。この補強の代替案とし て「柱炭素繊維シート補強」があげられる。さらに、歴史的建造物の構造補強の事例とし ては確認できなかったが、柱の補強として考えられる材料として「鉄筋コンクリートの増 し打ち」を取り上げた。それぞれの手法における、「見せ方」と「可逆性」及びその他の評 価について整理した(表 4-6)。
「柱鋼板巻き」は 3 つの手法のうち、耐火性では鉄筋コンクリートよりやや劣り、施工 性では炭素性ンシート補強よりやや劣る。柱断面は、既存の断面より大きくはなるが、鉄 筋コンクリートよりは小さい。最も小さい柱断面で仕上げるには炭素繊維補強が有効であ る(図 4-23)。このように、科博本館で採用された補強は、特定の評価の良し悪しではなく、
全ての評価において中位の手法の選択が行われた。
いずれの手法も仕上げにより「隠す」、「可逆性が低い」手法となるが、炭素繊維シート は、鋼板巻きよりも補強の厚さを抑えることが可能である。そのため室容積を大きくとり たい室内の柱に採用するには有効な手法といえる。鉄筋コンクリートによる増し打ちは、
補強材の撤去を考慮すると最も可逆性が低く、柱断面の増分が他の 2 つの手法よりも大き いため、内部空間は狭くなる。今回、柱鋼板補強が実施された箇所は地下 1 階の主要な入
表 4-5 科博本館の増し打ちに関する検証
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口から新館(現地球館)に抜けるメインの動線にあたるため、より広い空間が求められた と考えられる。
柱鋼板巻きと柱炭素繊維補強の手法のうち、内部空間の活用を考慮すれば、より広い空 間が確保できる炭素繊維の方が有効な手法であったと考えられる。しかし、鋼板巻きは炭 素繊維シートに比べ火気に強く、軸力に対してより大きな効果が期待できるとの判断から 採用されたと考えられる。
科博本館採用 代替案 代替案
手法 柱鋼板巻き 柱炭素繊維シート補強 -
材料 鋼板 炭素繊維 鉄筋コンクリート
耐火性 鉄筋コンクリートより やや劣る
鉄筋コンクリート・鋼板よ り劣る
良い
施工性 炭素繊維補強よりやや劣る 良い 悪い
柱断面 既存より大きい 既存とほぼ同じ 最も大きい
見せ方
:室容積
見える-隠す
:既存より小さい
見える-隠す
:既存とほぼ同じ
見える-隠す
:最も小さい
可逆性 低い 低い 低い
表 4-6 科博本館の柱鋼板巻きに関する検証
図 4-23 材料の違いによる柱断面のイメージ