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2.3.1 新科学博物館建設までの状況

関東大震災後の帝都復興の動きの中で、東京教育博物館も仮設建築を解消し、本格建築 による再興を目指すことになる。このとき前提となったのは震災以前の予算要求の内容で あった。

『東京科学博物館要覧』では、大正 13 年(1924)に復旧概算要求として 3,473 坪の建築 面積の鉄筋コンクリート造 3 階建ての陳列館を有する博物館の建設予算を要求をし、大正 13 年 8 月に以下のように実行予算が決定された。これによると、新営費として 1,459,250 円が あげられ、内訳が示されている(表 2-2)。内訳によると、「陳列館事務室等:鉄筋混凝土造三 階建、図書閲覧室並講堂室:鉄筋混凝土造二階建、書庫及倉庫:鉄筋混凝土造二階建」のよ うに 3 棟の建物についての構造形式が記述されており、当時はそれぞれが別棟の計画であっ たことがわかる。

建物の機能としては「陳列館事務室、図書閲覧室並講演室、書庫及び倉庫」が上げられ、

後の科博本館の施設の原型が示されている。

しかし、時の財政整理の影響その他の理由により、すぐさま着工に至ったものではない。

表 2-2 東京博物館震災復旧諸費内訳

この間に、本格的な自然科学系博物館を構想し、新博物館建設の中心となったのは、文 部省督学官であり東京高等工業学校教授の秋保安治であった。秋保は大正 13 年(1924)12 月 12 日付けで退職した前館長棚橋源太郎(1869〜1961)の後任として、館長を辞める昭和 13 年(1938)までの 14 年間に渉り当時の東京博物館(旧東京科学博物館の前進)の館長を 勤めた10

科目 金額 内訳

単価 小計

新営費 1,459,250 陳列館事務室等 鉄筋混凝土造三階建 1,800 650 1,170,000 図書閲覧室並講堂室 同上二階建 200 400 80,000

書庫及倉庫 同上 200 350 70,000

給水電燈装置 129,250

地平均排水等 10,000

設備費 420,000 移転費 10,000

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秋保は、大正 14 年(1925)の『東京博物館一覧』において、

来ル大正十五年度ヨリ起工三ケ年完成ノ事ト成リ目下其設計進行中ニ属スル ヲ以其詳細ヲ確ムルヲ得ズトイエドモ大体本館ト別館トノ二大建築ヲ建設シ 本館ニハ主トシテ自然科学ニ属スル標本機械電気等ニ関スル応用工芸参考品 ヲ陳列シ、別館ニハ鉄道、電車、航空機、船舶及土木建築ニ関スル科学応用 標本ヲ陳列スルノ外、本館内ニハ研究室、図書室、調査室、印刷室、宿直室、

講義室等ヲ設ケテ特殊ノ研究者ニ便シ更ニ一大講堂ヲ設備シテ列品ニ関係ア ル講演会、講習等ヲ開催シ又一般学術上ノ集会ニ便ヲ与フルノ計画タリ

としている11

即ち、大正 14 年には設計の途中であったこと、本館と別館の 2 棟から構成されていたこ と、更に展示室だけではなく研究室や図書室、調査室、大講堂などの施設がこの当時から 計画されていたことが明らかになる。震災前の計画を発展させ、具体化したものといえる。

この計画段階で作成されたと考えられる、「東京博物館復興建築設計図 秋保私案(以下、

「秋保私案」とする。)」12(図 2-5~13)が国立科学博物館に所蔵されている。上記の「本 館」に当たる建築物の図面には、展示室(図 2-6~8)のほか、図書室(図 2-7、8)や小研 究室(図 2-7、8)、講義室(図 2-7、8)が見え、中央の展示室の奥には大講堂(図 2-7)が 描かれている。また、大正 13 年 8 月の計画の時点で別棟の建物として考えられていた「図 書閲覧室並講演室、書庫及び倉庫」についても、図書閲覧室と書庫は 1 階中央奥(図 2-6)、 講演を行うであろう講堂は 2 階、倉庫は地下 1 階(図 2-5)に配置されており全ての機能が 1 棟に集約されていることがわかる。

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図 2-6 東京博物館復興建築設計図 秋保私案(1 階平面図) (※部屋名 筆者加筆)

(1 階平面図)

図 2-5 東京博物館復興建築設計図 秋保私案(地階平面図) (※部屋名 筆者加筆)

(1 階平面図)

図書閲覧室 書庫

倉庫

倉庫

陳列室 陳列室

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図 2-7 東京博物館復興建築設計図 秋保私案(2 階平面図) (※部屋名 筆者加筆)

(1 階平面図)

図 2-8 東京博物館復興建築設計図 秋保私案(3 階平面図) (※部屋名 筆者加筆)

(1 階平面図)

大講堂

陳列室 陳列室

図書室

小研究室

講義室

陳列室 陳列室

図書室 小研究室

講義室

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