前節では、構造補強の手法について、メリットとデメリットを把握し、「見せ方」と「可 逆性」の観点から評価してきた。
本節では同じ効果を得られる他の手法について検討する。
① 構造計算を容易にする効果
煉瓦壁など現行の基準上では、構造計算が困難な構造について、構造計算を可能とする構 造補強の手法としては、「壁式構造置換補強」と「ラーメン構造置換補強」があげられる。
構造形式は、煉瓦造から鉄筋コンクリート壁式構造または鉄筋コンクリートラーメン構 造へと異なる構造となる。いずれも煉瓦造の外観の保存を優先とした手法であるが、当初 の躯体の保存という観点からすると保存の考え方が異なる。
前者は木造の床組みは撤去するが、小屋組と間仕切り壁の大半は残し、その上で煉瓦の 外壁内側及び間仕切壁、基礎などの煉瓦躯体に対しては、鉄筋コンクリートを打設してい る。これにより、既存の煉瓦躯体は鉄筋コンクリートにより隠蔽されてしまうが、壁面の 位置は当初と変わらず保存された。また、既存の壁に鉄筋コンクリートを打設したぶん、
撤去は困難であるため可逆性は低く、内部空間は当初から比べると小さくなる。これを、
鉄筋コンクリートラーメン構造により置換すれば、既存の木造トラス、および間仕切り等 の煉瓦躯体を全て撤去することになるため、当初の主要構造材が失われてしまう。このため、
建物における文化財的価値は現状よりも損なわれる可能性が大きいと考えられる。
後者は、煉瓦造の外壁を残すのみで、全ての木造躯体(柱・梁・小屋組)は撤去されて いる。鉄筋コンクリートで新たな架構を新設したことにより、柱数は減ったものの、その 分柱径は大きくなるが、柱間を大きくとることが可能となり大空間を所持することが可能 となった。一方で、当初の木造躯体は全て撤去してしまった上に躯体を変更したため、空 間を復するといった視点から可逆性は低いといえる。
科博本館では、既存の構造体は構造計算が可能なものとして扱い得る。また、内外部に おいて意匠を有しており、これらを失うことは避けるべきである。構造体置換補強を採用 すれば科博本館の文化財的価値である、空間や意匠の大半が損なわれたと考えられる。
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② 面外方向への水平力の耐力の向上効果
水平力への耐力を向上させる効果として、「屋外鉄骨バットレス」、「屋外鉄筋コンクリートバ ットレス」、「屋内鉄骨バットレス」、「屋内鉄骨埋設補強」、「屋外鉄骨埋設補強」があげられる。
屋内鉄骨バットレス及び屋内鉄骨埋設補強は、主に内部からの鉄骨補強となるため外観 を保存するには有効な手法である。補強材の設置については、前者は壁面と鉄骨をアンカ ーボルトで緊結しているが、後者は躯体を一部欠きとった上で鉄骨を埋め込んでいる。し たがって、屋内鉄骨バットレスは、屋内鉄骨埋設補強より、可逆性は高く、補強材は内部 に露出するため、内部空間が著しく変化する。ただし、活用に伴い間仕切り壁として利用 したり、補強の廻りに仕上げを行うことで補強材を隠すことも可能となる。
一方、屋外鉄骨バットレス及び屋外鉄筋コンクリートバットレス、屋外鉄骨埋設補強は 内部の意匠や空間を保存するには有効な手法といえる。
これらの手法のうち、屋外鉄骨バットレスと屋外鉄筋コンクリートバットレスは外部に 露出するため、外観は著しく変化するが、後者はバットレスの表面に仕上げを施しており、
隠すという意識が強く現れているといえる。また、鉄骨バットレスは、鉄筋コンクリート バットレスより、容易に撤去できるため可逆性は高い。ただし、鉄骨バットレスの設置に 使用されるアンカーボルトの数量が多くなると、撤去の際に補強箇所が増えるため可逆性 が低くなる場合もある。
屋外鉄骨埋設補強は鉄骨を躯体内部に埋め込んでいるため、外観へ及ぼす影響は最も小 さい。屋外鉄筋コンクリートバットレスのように外部に設置された補強でも、仕上げ材を 考慮し補強を隠すことで、外観への影響を低減する方法も考えられる。
鉄骨埋設補強は、外観、内部空間の見え方に配慮した補強手法であるが、屋内外いずれ の場合も、鉄骨を埋設するため一度仕上げ材を撤去したうえで、復旧しなければならない ため、仕上げ、材料に対する可逆性は最も低い。
科博本館は、建物の外観や外壁スクラッチタイルの保存、内部空間における意匠や材料の 希少性に評価があると認められ、また、バットレスが内部に現れることは展示空間としての 活用にも支障がある。バットレス及び鉄骨埋設補強は採用すべきでない手法と思われる。
③ 面外方向への曲げ耐力の向上効果
面外方向への曲げ応力を向上させる手法としては「煉瓦壁体鉄筋挿入補強」と「ピンニ ング」があげられる。いずれの手法も補強材は壁体内部に設置され、屋内外部に露出しな いため、内外観は改修前の状態を維持できるが、施工性が異なる。前者は鉄筋を煉瓦壁体
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の頂部から垂直に挿入するため、施工難度が高く、建物の構造によっては一部解体などの 工事が伴うおそれがある。一方、後者は煉瓦壁体に対して斜めにピンを挿入するため、各 箇所の施工痕は小さいが必要耐力を得るためには広範囲に一定の密度で施工する必要があ る。煉瓦壁体鉄筋挿入補強の上部からの鉄筋挿入に比べ、施工性は高いが、多数の穿孔痕 が見えることになる。この痕跡は仕上げにより隠すことも可能となるが、仕上げを行うこ とで内部空間は変化する。また、仕上げの材料によっては少なからず室容積が小さくなる ことも考えられる。
科博本館は、鉄筋コンクリート造であり面外方向への曲げ耐力の検討は必要ない。ピン ニングや煉瓦壁体鉄筋挿入補強は不要な手法である。
④ 目地の引張り及びせん断力に対する耐力向上効果
煉瓦壁の目地の引張り及びせん断力を向上させる手法としては、「アラミドロッド挿入目 地置換補強」と「ピンニング」があげられる。
アラミド繊維補強は既存の煉瓦壁の目地に対して加工を行うことで、補強材の露出を抑 えることができると同時に、外観及び内外観も当初のまま保存することが可能となる。ピ ンニングは煉瓦壁体に対して斜め方向にピンを挿入し煉瓦壁を一体化させる手法であるた め、後処理を実施しても煉瓦壁面には多少のピンを挿入した痕跡が残る。壁面に対して一 部の痕跡であれば見せ方に支障はないが、これを隠そうとして仕上げを行うことで、より 可逆性を低くしてしまう場合も考えられる。アラミド繊維もステンレスピンも補強材が内 外部に露出することはないため外観、内観ともに当初の状態で保存することが可能となり、
両者とも室内空間の活用に大きな支障はないと考えられる。
一方、補強材の設置および撤去を考慮すると、前者は目地の一部は撤去されるが、煉瓦 には直接手を加えることなく施工が行える。後者は目地および煉瓦にステンレスピンを挿 入することになるため補強材の撤去は困難となり、不可逆な行為となり得る。
科博本館は鉄筋コンクリート造であり、目地補強は必要ない。しかし、鉄筋コンクリー ト造の建造物におけるラーメン構造の場合、その壁面に設ける開口部の外周にアラミド繊 維を配置しモルタルで埋め込む手法は、今後の新たな補強の一手法として考えられる。アラ ミド繊維の特性を活かすことで、鉄筋コンクリート造の補強に対する可能性が見込まれる。
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⑤ 煉瓦壁面を一体化する効果
煉瓦壁面を一体化させる手法としては「壁鋼板補強」、「アラミドロッド挿入目地置換補 強」及び「ピンニング」があげられる。壁鋼板補強のみ、鋼板が設置した面に露出するが、
周囲と同種の材料で仕上げを行うことで完全に隠すことも可能である。一方、アラミド繊 維補強は目地内部にアラミド繊維を埋め戻し、また、ピンニングは煉瓦壁体内にステンレ スピンを挿入することから、壁面の内外部への補強材の露出を避けることが可能となる。
また、鋼板補強は、鉄筋コンクリートの増し打ちと比較すると仕上げは薄くなるため、仕 上げを含めても内部空間に及ぼす影響は小さくなる。後者の 2 手法は補強前と変わらない 内部空間を維持できる。ただし、これらの補強の代替とし鋼板補強を採用するとなると、
空間に鋼板が露出するため何らかの仕上げを行わなければならない。
これら 3 つの手法は、壁面を当初の状態に戻すことを考慮した場合、何れも可逆性が低 い手法である。なかでも、アラミドロッド挿入目地置換補強は、目地のみの切削により補 強材の撤去は可能であるが、ピンニングは、煉瓦壁体内に挿入し固定したステンレスピン の撤去は、困難であり、不可逆な行為といえる。
科博本館は、鉄筋コンクリート造であり、壁面の一体化する必要はない。
⑥ 拘束による軸耐力の向上効果
柱に対して軸耐力を向上させる手法としては、「柱鋼板巻き」と「柱炭素繊維シート補強」
があげられる。それぞれの手法についてのメリットとデメリット、「見せ方」と「可逆性」
について評価した(表 4-1)。
「柱鋼板巻き」は柱に設置する鋼板の厚みにより耐力を補うため、当初の柱断面より大 きくなる可能性がある。一方、炭素繊維シートは材料の厚みが薄いため、鋼板巻きよりも 仕上がりの柱断面の増加は比較的小さい。したがって、柱に炭素繊維シート補強を採用し た内部空間は、工事前とほぼ変わらない。また、材料が繊維状であるため、柱の位置や大 きさに柔軟に対応でき、現場での施工性も高い。
柱鋼板巻きは鋼板設置に伴い既存の仕上げ材などは撤去しなければならないため、当初 の仕上げ材を復することは難しいと考えられる。一方、柱炭素繊維シート補強は、鋼板よ り材料の厚みを抑えることが可能である。そのため、仕上げ後の柱断面の増分は鋼板を使 用する場合よりも小さい。ただし、炭素繊維シートは鋼板よりは耐火性が劣るため、表層 をモルタル等の不燃材料で仕上げる必要がある。