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磁 器 皿

ドキュメント内 東北大学埋蔵文化財調査年報1 (ページ 63-71)

角    皿

B. 磁 器 皿

a.製

作 上 の特徴

胎 土 :白 色 ない し灰 白色 を呈 す級 密 な もの。 ただ し、

 12類

の一部 にはやや青味 を帯 び、

 

黒色 粒 (鉄分

?)が

比較 的 多 く含 まれ るもの がある。

成形

:3手

法 み られ る。

I類

は ロ クロ水挽後 、外 面 口縁部 か ら底部 まで ロ クロ削 りを施 こ し、

高 台 (蛇 ノロ高台 も含 む)を ロクロ回転 によって削 り出す。 Ⅱ類 は ロ クロ水挽 によって素形 を作 り、 その後「型打 ち」を行 い、高台 をロ クロ回転 によって削 り出す。 Ⅲ類 は「型起 し手 法」。 なお、 11・

12類

の玉縁 口縁 は折 り返 しによ る。

  文 様

 

 

前 火 災 時 ・ 直 後

試掘 そ の他    総 計

ピット1? Aユ B2 Cl C2 区不Hl

I

Aa l Ab l

Ac

Ad 1 )

Ac 1

B 1

C 1

無文 2 2

ω 7 1 2 ] 11

4 1 l 2 l 1

12 無 文 ]

K 1 l

無 文 6

l l 2

2 l

l 1

1 1

不 明 1 3 2 3

()を

付 した ものは推定 を意 味す る。

( )内に数字

が入 る場合は内 敷。

14 NM2・

的器皿 の分布

Table14 Distribution of dishes at NM2

  文様 火 災 前 そ の 他

   総 計

遺 構 Aユ A2 Bl Cl ピット1( ピント2〔

式掘

I

11 G l 1

12

B 3 l 1 3

1 lЦ 7)

4 l l ]

K l

l 2 l l 1 1 2

13

H l 1

I 2

6

(無) 2 2

1 1 2

E 1 l 3

F 2 2

無 文 ]

1 1

I14 ]

1 1 2

9 1 1 1

,a― 3 1 4 1

Ja― 4 3

1 l

lJa 1 1

不 明 l 1 l 3

15 NM2

Table 1 5 Distribution

磁器皿 の分布

Of porcelain dishes at NM2

文様 :呉須 染付(11・ Ⅱl類)、 呉 須染付 と筒描 (Ⅱl類の一部)、 印刻 と呉 須染付

(13類

)、 型 起 し成形時 の浮 文(凸文

)(Ⅲ

類 )な どがあ る。

 

2、3、 Ⅱ4類は無 文、

 13・

l・

4類

にはいわゆ る口紅 が施 されてい る。

釉薬 :全て石灰 釉 とみ られ る。

12類

の高台内及 びH2・ Ⅱ

3類

の見込部 では蛇 ノロ釉ハギがなさ れ てい る。

焼 成 :目 跡 は

4個

(12・ Ⅲ類)、

 5個 (12類 )付

く例 があ る。12・ Ⅱ

4類

で は貫入のみ られるも の が あ る。

b.各

器 形 ごとの諸特徴

I類

(図

26‑1〜

6、

27‑1〜

5、 図版

20‑5〜

9、

21‑1〜

6、

22‑1〜

8)

11・

12類

は折 り返 しによ る玉縁 口縁 をもつ。蛇 ノロ高台 をもつのは

12類

。量 的 に最 も多い の は

12類

39(26)個

体 、11・

13類

1個

体 の みの出土で ある。

11類

(図26‑1、 図版

20‑5)

1個

体 の みの出土。図

26‑Hよ 12類

と比較 す ると小形 で浅 く、高台 も低 い。胎土 は自色 、釉 は 明緑灰色 を呈 す るが、焼成 が不良 なため か釉の一部 が白っぽ く(白斑状 )浮 き出 てい る。外 面 には源氏香文、内面 には竹林仙 人図

:G類

が施 文 されてい る。

12類

(図

26‑2〜

6、

27‑1〜

3、 図版

20‑6〜

9、

21‑1〜

6、

22‑1〜

6)

磁 器皿 の中では出土数 が最 も多 く

39(20個

体 。大 きさの変異 は小 さい。 この器形 の皿 は、釉調・

呉 須色調 。日跡 の数 な どか ら

2群

に分離 す ることが可能 で ある。 ひ とつ は、胎 土 が総 じて青味 が かった灰 白色(黒色 粒―鉄分

?の

合 有量 が他 の磁 器 と比較 す る と多 い)、 釉 は明 オリーブ灰 〜 明緑 灰色 を呈 し、釉面 は自斑状 にな る例 が多 く全般 的 に透 明感 に乏 しく、やや くす んだ調子 の 一 群 で あ る。 目跡 は

5個

、蛇 ノ ロ高台内 は輪状 に釉ハ ギがな され(蛇ノロ釉ハ→ 、 その部分 の み鈍 い橙 色 に発色 して い る。 これ らの特徴 に加 え、器形 の歪 み をもつ比率 が高 い とい う傾 向 も もつ。内面 に呉須染付 によ る同心円文 (1本、3本、1本)と 笹 文 。鳥 文

(マ )を

描 いた

Da類

(図

26‑2〜

4)、 笹 文 を描 いた

I類

(図

27‑3)を

もつ もの があ る。他 の一群 は胎土 が黒 色 粒 が 少 ないた め前者 よ り白味 が強 く、釉面 は白斑状 になるのは稀 で ある。 したが って透 明感 をもっ て い る。 日肋 は

4個

、蛇 ノ ロ高台内 は輪状 に釉ハ ギがな され るが、前者 の よ うに橙 色 に発色 し て い ない。 この一群 には、

Da類

と同様 の文様構 成(笹文)を もつ が笹 の展 開方 向 が逆 で、 その 単位 数 が異 な る(前者 は4つ )文様

(Db類

)をもつ もの(図

27‑5'6)、

同 心 円文 と山形 に武 田 菱 文 を描 いた

B類

(図

26‑1・ 2)を

もつ もの が あ る。

器形・ 文様 のモティーフ、高台内蛇 ノロ釉ハ ギの点 な どで共 通点 力壻忍め られ る一方、胎土、釉 調 、 日跡 の数 な どに相 違 をもつ これ ら

2群

は、後述 す るよ うに異 なった生産地 の製 品で あ るこ

とを示 してい る。

13類

(図

27‑4、

図版

22‑7)

1個

体 のみの出土。図

27‑4は 11類

と同様小形で浅 く、高台 も低 い。 底部 は厚手 だが 日縁 部は薄 い。萩文

(?)を

印刻後、 その部分 に呉須 を染付

(H類

)しているが、

 

この施文手法 が 認 め られるのはこれ

1点

のみである。口唇部 にはいかゆる口紅 が施 されている。

不明 。その他 (図

27‑5、

図版

22‑8)

27‑5は

他の九皿 と比較す るとやや日径 が大 きい。胎土は黒色粒の合有量 が比較的多 く、

青味 がかった灰色 を呈す。釉は明緑灰 ない し緑灰色 を呈す る。胎土・釉調の特徴 は、後述の12・

13類

の無文の輪花形九皿 と類似す る。おそらく高台 をもつ浅 い九皿で、見込 には蛇 ノロ釉 ハ ギがなされるものであろ う。他 に

2個

体同様の資料 がある。

Ⅱ類 (図

27‑6〜

13、 図版

22‑9、 23‑1〜

8、

24‑1・

2)

成形 は、ロクロ水挽後、型 に入れて仕上 げる「型打 ち」。

 

高台は蛇ノロ高台 も合 めていずれも ロクロ削 りによ り作出 されている。「花弁数」により細分 され る。花弁 を模 した波形 は、 Ⅱl・

2類

や Ⅱ

3類

では底部 と体部 の境界付近 か ら認 め られる(輪花形)のに対 し、 Ⅲ

4類

は見込中央 部 か ら1よじまる(菊形)。

Ⅱl類 (図

27‑6・

7、 図版22‑9、

23‑1・

2)

4(1)個体出土。同 じ構成の山水文

(F類

)を もつ皿 が

2個

体あるが(図27‑7、 図版

23‑2)、

焼成不足のため、図

27‑7は

釉の一部 が自斑状 になりやや不透明、呉須は灰青ない し暗灰青色 を呈す。両者 とも「日紅」が施 されている。図27‑61よ 呉須染付 と筒描 によって梅花文

(E類 )が

配 され、やは り口紅 が施 されている。いずれ も蛇 ノロ高台内は輪状 に釉ハギがなされている力\

13類

の一部 の資料のよ うに輪状 の無釉部 が橙色 に発色 している例 はない。

2類

(図27‑8、 図版

23‑7・

8)

5(3)個体出土。胎土はやや青味 がかった灰 白色、釉は明緑灰色 を呈 し、いずれも無文。

11類

や後述す るⅡ

4類

のよ うに口紅 が施 されることはない。

 

見込部は輪状 に釉ハギ(蛇ノロ釉ハギ)

がなされている(この釉ハギは、重ね焼 きの際 に皿 と皿 が釉 を媒体 として融合す るものを防ぐた めである)。

Ⅱ3類 (図27‑9、 図版

24‑1)

2(1)1固体出土。無文で、見込 は蛇 ノロ釉ハギ、口紅 が施 されないなどⅡ

2類

と共通 した特 徴

をもつが、花弁 が

4枚

多 く、釉 もやや灰色味 が強い点などが異 なる。

 

高台内 もⅡ

2類

に比 し少 々高 目である。

14類

(図27‑10、 図版

24‑2)

1個

体のみの出土。菊形 九皿。 胎土は白色、釉 も白色で無文、口紅 が施 されている。蛇 ノロ 高台内は輪状 に釉ハギがなされている(橙色 には発色 していない)。 他類の磁器 と異 な り細 かい

貫 入 が あ る。

不 明・ その他 (図

27‑11〜

13、 図版

23‑3〜

6)

27‑11〜

13はいず れ も輪花形 ・菊形 九皿 で あ るが、

 

l、 12、 Ⅱ3、 Ⅱ4類の い ず れ か の器形 で あ るの かそれ以外 で あるの か不明で あ る。図

27‑11は

青磁 の 口縁部破 片 で、本遺跡 で は単独 の出土 品で あ る。

Ⅲ類 (図

28‑1〜

3、 図版

24‑3〜

13)

18個 体 出土。形状 は斉一 的で、平面形態 は隅切 のほぼ正方形 をなす が、各辺 はやや内弯 気味 。 型起 し成形 時 に浮 文(凸文)が施 され る。 松葉 にふ くら雀文 :」

a類

(図

28‑1・

2)と 、

 

全体 の モテ ィーフは不明で あるが幾 何学的文様 :」

b類

(図

28‑3)を

もつ もの の

2種

類 がみ られ る。

前者 には さ らに浮 文 の周辺部 を呉 須 によって染付 す る もの:」a―口 類(図

28‑2)と

染付 しないも

:Ja―

イ類(図

28‑1)が

あ る。

C.陶

・ 磁器皿各類 型 ごとの 出土状況

皿 類 の出土 した遺構 ・層 を、二の九火 災前・火 災後 に分 け、 その出土点数 を各類 型 ご とに示 した(表14・ 15)。 この表 か らい くつ かの傾 向・特徴 が うかがわれ る。

まず平面分布 をみ ると、火 災前 では陶 。磁 器 とも石敷遺構埋 土 か ら出土 した資料がほ とん ど で あ り、他 には ピ ッ ト36出 上の もの がご くわず かあ るにす ぎない。 これは、火 災前の時期 の皿 は各類 ともほぼ例外 な く石敷遺構廃絶後 、

 

そ こに 一 括 廃棄 された もので あ るこ とを示 してい る。焼 失時 では

A‑1区

C‑1区

か らの出土 がやや 多いが、特定 の類 型 に限って分布上 の偏 在 性 が強 く認 め られ る とい うこ とは ない。 た だ し、磁 器 Ⅲ一」

a―

ィ類(手塩皿 )は 、

C‑1区

にや や集 中す る傾 向 を示 してい る。

次 に各類 の時期 別分布 をみ ると、明瞭 な時期 差 を示 す類型 が認 め られ る。 陶器 では、 Ⅱ類 の 油皿 の うち Ⅱl類が全て石敷遺構 出土 で あるの に対 し、 Ⅱ2、3、 Ⅲ4類の油皿 は石敷 遺構 か ら 出土 した もの は

1点

もない。

 

一 方 、

 

陶器

11類

は全 て石敷遺構 と関連 をもつ よ うで あ る。

 

磁 器 では

13類

の 山形 に武 田菱 文

(B類

)を もつ一 群 、

 

及 び Ⅲ類 の松葉 にふ くら雀文 と呉 須 染 付(」a―口類)を もつ一群 は、石敷遺構 か らは出土せず いずれ も3層 と4層出土 で あ る。

石敷遺構 はニ ノ丸火 災時 よ り古 い時期 の もので あ るか ら、

 

この出土状 況 は、

 

磁 器

12 B

類 及 び Ⅲ一」a―口類 、

 

陶器 Ⅱ2、

 

3、 Ⅱ4類が他 の陶・磁 器 よ り時期 的 に新 しい ことを示 唆 し て い る と言 える(注3)。 つ ま り、江戸時代末期 か ら明治時代初期 にかけての時期 でも陶器 Ⅱ2

〜 Ⅱ4類、磁 器

12 B類

・ Ⅲ一

Ja―

口類 は、 よ り後 半 の時期 に帰 属 させ ることが可能 で ぁ る。

D。 生 産地 につい て

東北地 方 及 び その周辺地域 では、近世 か ら近 代 にかけての窯跡 の調査例 は ほ とん どな く、公 表資料 も少 ない ことか ら生産地 の同定 は困難 で あ る。 今回胎土分析 を実施 し、 よ り客観 的 に生

産地の同定 を行な うことにも努めたが、皿類 は分析資料が少な く、 また継続分析中の資料 もあ るため一部の分析結果 しかか考にで きなかった(注4)。 したがって、今回確 実 に生産地 が同定 で きた資料は一部の ものに限 られている。

陶器では、相,焉大堀産(福島)、 磁器では、切込産(宮城)。 平清水産(山形)。 伊万里産・瀬戸 産 と推定 される資料群が抽出で きる。

相馬大堀産 とみ られるのは、

 

陶器

11〜 13類

(図

25‑1〜

11)、l、2、3、

4類

(図

25‑12〜

15)で ある。ただ し、陶器で最 も出土量の多い

11類

の資料は、一部 あるいは全て、磁 器 とともに陶器 も製作 していた平清水産の可能′陛もある。図41に示 した胎土分析 にお いて、11 類破片

(2点

)は大堀産の土瓶、徳利 などの グループか らやや離 れて位置す るし、

 

また平清水焼 窯址 から、A、 B、

C類

の文様 をもつ

11類

と全 く区別のつか ない特徴 を持つ破片 を採集で きた か らである(注5)。 また、

 

平清水産 とみてほぼ間違 いのない磁器

12類

の九皿 に用い られてい る 山 形 に武田菱文

(B類 )が

、陶器

II類

にも施文 されているとい う事実 も平清水産 とす る 裏 づけとなる。

 

平清水産の製陶技術 には相馬大堀の影響 もあ り(高橋 1977)、

 

両窯で全 く共通 した 特徴 をもつ製品 を生産 していた とも当然考 えられる。陶器

11類

は、それぞれの窯跡出土 資料 と 本 遺跡出土資料の肉眼 による多 くの属性 の対比、

 

胎土分析 デー タ間の対比 から判別 し

なければならない一群であろ う。

磁器皿

12類

の一部

(12類

の記述の中で前者 とした一群

)(図 26‑2〜

4、 27‑3)、2・3

類の輪花形 丸皿(図

27‑8・

9)、 Ⅱ類不明 。その他 とした丸皿(図

27‑5)は

切込産 とみて間違い ない。胎土分析 を行 なった

12 I類

12 Da類

(各1点)はいずれ も切込産のグループに属する。

これ らの資料 と同様の ものは、切込の工房址 か らも大量 に出土 している(芹沢 1976、

 

芹 沢編 1978)。

12類

の説明の中で記述 したよ うに、総 じて胎土は青味 がかった灰自色で、また焼成技 術の影響 か釉面は白斑状 〜白濁状 にな りくすんでやや失透調、蛇 ノロ釉ハギがなされている12 類(高台内)、2・ Ⅱ3類 (見込部)の露胎部は鉄分 が反応 して鈍 い橙色 に発色す るとい う特徴 を

もつ。

平清水産は、磁器

12類

の一部(後者 とした一群

)(図 26‑5・

6、

27‑1・

2)、 及びⅢ類の角 皿(手塩皿

)(図 28‑1〜 3)で

ある。 Ⅱl類 の輸花形丸皿 も胎土・釉調・蛇 ノロ高台の形態など か ら平清水産 と考 えてよいかもしれない。胎土分析 は、

12 B類

、 Ⅲ一」a― 口類各

1点

ず つ 行 なったが、そのデー タはいずれも平清水産 として問題はない。 なお、平清水産の

12類

の 一 群 には、切込焼の一群 と器形 が全 く同 じで、用い られる文様のパ ター ンが類似 した例 (図26参 照

)が

あり、 これは平清水窯 と切込窯の技術的交流の一端 を示 している。

伊万里産 とみ られるのは磁器

II類

の玉縁 口縁 をもつ丸皿(図

26‑1)で

ある。 単独 出土 で、

釉調、呉須色調は他の磁器製の もの とは異 なる。灰青色 ない し暗緑 青色 を呈す呉須染付 による

竹林仙人図は伊万里特有の ものである(注6)。

瀬戸産 と推定 される磁 器皿 も散見す るが(図

27‑4・

12)、 不明な点が多い。

以上の よ うな結果か ら、

NM2出

土皿類の生産地のあ り方 として、 陶器 が相馬大堀産、磁器 が切込産、 平清水産で大半 を占め、 伊万里産、

 

瀬戸産

(?)な

どの西 日本の磁器 皿 がわず か に入 りこんでいる様相 をとらえることがで きる。

E。 年代について

前述 の茶碗類のよ うに、北海道自老陣屋跡出土資料 と対比 しうるものはな く、 また、年代の わかる他遺跡 の資料 と比較で きるもの もないため、比較資料 による年代の限定はで きないが、

江戸時代末期〜明治時代初期の時期 に位置づけ られる

NM2出

土皿類 は、

 

その出土状況 を検討 す ると年代が さらに狭 くおさえられるものがあるよ うである。

皿類の中に、

 

この時期の中で もよ り後半 に位置づけ られるものに、

 

磁器製では山形 に武田 菱文の玉縁 口縁 丸皿

(13 B類

)、 呉須染付のあるふ くら雀文の手塩皿(Ⅲ一」a―口類)、

 

陶器 製では油皿(Ⅱ2〜 Ⅱ4類

)が

あることは前述 したが、 これ らの陶 ・磁器皿類は、

 

石敷遺構 から

は全 く出土せず、全て火災時(明治15年 )の地層である3・ 4層出土で あることか ら、

 

江 戸時 代 末期 まで遡 ることはな く、明治時代初期の もの と限定 しうる。陶器製の花 文・紅葉 に松棄文 を もつ玉縁 日縁九皿

(11‑Aa̲e,C類

)、 油皿(Ⅱl類)、 また、磁器製の笹文 をもつ玉縁 口縁丸 皿

(12 Da・ Db類

)、 輪花形・菊形 丸皿(Ⅱ

E・ F、2・

4類

)、 ふ くら雀文の手塩皿(Ⅲ―

」a―イ類)な どは前者 よ り時期的 に古 く位置づけ られるよ うであるが、

 

これ らについては 年 代 をよ り狭 く限定で きず、江戸時代末期 か ら明治時代初期の年代幅でおさえざるを得 ない。

これ ら

NM2出

土皿類 を生産地 との関連で考 えると興味深 い様相 がとらえられる。 前述 した よ うに、

NM2出

土皿類 のほ とん どを占める生産地 は、

 

磁器皿 が切込産(宮城)、 平清水産(山 形)、 陶器皿 が相1焉大堀産(福島)であるが、

NM2出

土皿類の中で 時期的 により後半 に位 置 づ け られるとした磁器皿 はいずれも平清水産で、 陶器製は相,焉大堀産である。

 

つ まり、後半期 に位置づけ られる磁器皿 の中には切込産の皿類は認 め られない。他方、 これ らの皿類 より古 く 位置づけ られる皿類 には、切込産・平清水産 。相馬大堀産の製品がみ られる。

ところで、平清水窯、相馬大堀窯は明治 に入 っても生産 を継続 しているが、仙台藩の御用窯 としての切込窯は、幕藩体制の崩壊、つ まり明治維新 とともに廃窯へ と向か う(芹沢 1981)。

この生産地の状況は、 まさに

NM2出

土皿類のあ り方 に対応 している。すなわち、 明治維新後 まもな く煙 を絶つ に至 った切込窯の磁器皿 は姿 を消すが、なお生産 を継続 し、その製品 を供給 していた平清水窯、相馬大堀窯の皿類 はその後 も利用 されていたのである。

NM2出

土皿類 の 出土状 況 は、 当時 の生産地 の あ り方 を反映 してい る と考 えられ る。 (佐久間光平)

ドキュメント内 東北大学埋蔵文化財調査年報1 (ページ 63-71)