東北大学埋蔵文化財調査年報1
著者
東北大学埋蔵文化財調査委員会
雑誌名
東北大学埋蔵文化財調査年報
巻
1
発行年
1985-10-11
URL
http://hdl.handle.net/10097/45603
東北大学埋蔵文化財調査年報
1
東北大学埋蔵 文化財 調査委員会
1985
東北大学埋蔵文化財調査年報
1
東北大学埋蔵 文化財 調査委員会
1985
カ ラ ー 図 版 1. 東 北 大 学 川 内 地 区 キ ャ ン パ ス (南 か ら)
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i 、体 J 嘉永六年二の丸図玄関 、小広 間 、馬場座敷部分 マ ー ▲ D F ・ ﹂ ▼ ‘ ︰ i g ● お げ ■ ︱ 燕↓
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陶 器 皿 カラー図版4
陶器土 瓶序
近年国内各地 において、先人の貴重 な遺跡や有形文化財の調査 と発見が、新聞等の報道 によ リー般社会 に周知 されているところであるが、 これ らの追跡等の埋蔵文化財の学術研究は、考 古学や歴史学、 さらに関連諸科学分野の発展 に寄与す ることは疑 いない。 本学敷地内 にも、埋蔵文化財包蔵地 があることから、文化財保護法の趣 旨を尊重 し、埋蔵 文 化財の保存・活用 を図 る目的で、昭和58年 11月に、東北大学埋蔵 文化財調査委員会 を設置 し、 調査班 を組織 して文学部史学科考古学講座 の指導 を受け、爾来意欲的 に活動 している。 このたびの報告書は、川内地区伊達家累代の居城仙台城二の 九跡の発掘調査の成果をまとめた ものである。発掘調査 な らびに報告書の刊行 にあたっては、関係各位の御協 力、御努力を賜 っ た。 ここに御礼申 しあげる。 本書が斯界 に多 く活用 され、 もって史学発展の一勘 となれば幸甚である。 最後 に調査研究 にあたっては、今後 とも学内 。学外の御指導 と御協 力をお願 いす る次第で あ る。 昭和60年 3月 東北大学埋蔵文化財調査委員会委員長 東 北大 学長 を 口 ″ 各 旅口
1,本
年 報 は東北 大学埋蔵 文化財 調査 委員会 力湘召和 58年4月か ら同59年3月までに調査 と保存 を実 施 し、その後 引 き続 き整理作 業 を終 了した東北 大学川内地 区の二の九跡 に関す る報告書である。2.調
査 は埋蔵 文化財調査委員会 の委嘱 を うけ埋蔵 文化財 調査班 が行 った。3.遺
跡 名 は略 号 で示 した。(1)二
の 九第1次
調査(NMl)
修)二
の九第2次
調査(NM2)
O)二
の 丸第3次
調査(NM3)
4.遺
構 ・遺 物 の作 図 、挿 図 、図版 の作 成 は梶 原 洋 ・佐川正敏・大場拓俊 ・佐 久間光平 ・佐藤 広史 ・山田 しょ う・前 沢聡 央・市村 賢則・ 山田富士子・相 川美子・ 門脇 弘子 ・菱沼 孝志 が行 った。写真撮 影 には、梶 原洋・佐 川正敏 ・山田 しょ う 。菱沼 孝志・ 門脇 弘子 が あた り、 引 き 伸 しは菱 沼 孝志 ・門脇 弘子 が行 った。 5。 本 文 の執筆 は、梶 原 洋 ・佐 川正敏 。大場 拓 俊 ・佐 久間光平 ・ 山 田 しょ う 。前 沢聡 央・ 市 村 賢則 ・ 山田富士子 が行 った。 執筆 者名 は文末 に( )で
記載 した。6.佐
藤 巧(東北 大 学工 学部 教授)・ 蟹 沢聰 史(東北 大学教 養部 教授)・ 竹 内貞子(斉藤 報恩会 自 然 史博物 館)。 内藤 俊彦(東北 大学附属植物園)・ 高橋 理(東北 大学 文学部 考古学研 究 室)の 各 氏 には玉稿 を賜 った。 ガ ラスの分析 で は旭硝 子株 式会社 か ら全面 的 な往,協力 を賜 った。7.表
紙絵 の二 の 九玄 関 と広 間 は、佐藤 巧 教授 の原図 によ る。8.芹
沢長介 氏(東北 大学 名誉 教授 )に は陶磁 器 の同定 につ いて 多大 な御協 力 を賜 った。9.NM2は
保存措 置 が とられ、将 来の調査 に委 ね られ ることとなった。10.発
掘 調査 か ら報告書作 成 に至 る過程 で次 の方 々か ら御指導・御助 言 を賜 った。 ここに記 し て お礼 申 しあげたい。 (敬称略 順 不同) 伊 東信 雄 ・渡辺信 夫 。今 泉隆雄 ・難 波信雄 ・志村宗 昭 ・池 田圭 介・ 広 川吉 之助 ・青 山忠 正 ・ 藤 沼 邦彦 ・佐藤則 之・嘉藤 美代子 ・千葉 考弥 ・高倉敏明・松根 努・吉 田行雄・ 大沼二郎 。大 沼典 治 ・加藤 吉男 ・吉川 昌治 ・野津芳・坪 倉晴利 ・伊藤 延行・池 田栄次 ・池 田民哉 ・ 」ohnF,Morris・
Richard L.Rcece・ Ivan F.Dornon・
Louise Cort・ 佐藤 弥市・佐藤達 夫・松根 金 之助 ・伊藤 嘉章 。前川要 ・藤澤 良祐 ・高橋 良一郎 。佐藤 正 己・東北 大学考古学研究室 ・ 東北 歴 史資料館 。宮城県 多賀城跡 調査研 究所 。仙台市博物館 ・仙台市歴史民俗 資料館 ・ 多賀 城 市 教育 委 員会・稲垣服飾株式会社 ・栃木県 陶磁 器指導所 ・福島県窯業試験所 ・千葉製作所・
相,碍大堀焼協 同組合 ・瀬戸市歴史民俗 資料館 ・Freer Gallery of Art・ 阿子 島香・ 月ヽ林
正 史・佐藤 和男 。早坂 正 治
例
凡
1.原
則 として遺物 の実側図は縮尺/(瓦
は/)写
真は/に
統一 した。 他の縮 尺 の ものはそれ ぞれに明記 した。2.注
は各章 ごとにまとめて章末 に記載 した。引用文献はまとめて本文の木尾 に記 した。埋 蔵 文化 財 調 査 委 員 会
(組
織
) 委員長石田名香雄 委 員 青葉山地区協議会委員長 (薬学部長
)
南原利夫 川内地区協議会委員長 (法学部長)
廣 中俊雄 星陵地区協議会委員長 (医学部長)
星野文彦 片平地区協議会委員長 (科研所長)
小島 浩 文学部教授渡辺信夫 文学部助教授
須藤 隆 理学部助教授
中川久夫 工学部教授
佐藤 巧 幹 事 施設部長
小村一郎 調査員 文学部助手
梶原
t洋
佐川正敏(昭和59年2月16日か ら) (昭和59年3月 現在) 発掘調査整理が加者 桑 月 鮮菱 沼 孝 志 佐 藤 広 史
相 川 美 子 鈴 木 博 子
門 脇 弘 子 高 橋 理
堀 千 香 子 林
努
宮 脇 康 朗 馬 場 保 之
村 田 章 人 藤 田 淳
青 山 和 夫 前 沢 聡 央
井 出 隆 一 郎 松 山 聡
川 口 哲 男 山 田 し ょ う
ナII崎 俊 彦 山 田 富 士 子
川 村 剛 大 場 拓 俊
鈴 木 真 一 郎 高 橋 邦 仁 高 橋 千 秋 高 橋 康 幸 高 橋 学 田 村 裕 彦 田 村 幸 敬 中 川 浩 之 長 田 治 中 村 和 人 野 村 真 也 早 田 直 彦 平 野 信 行 福 山 義 幸 星 野 晃 増 井 啓 太 九 山 規 之 森 永 宏 喜 安 井 英 斉 安 川 洋 生 吉 澤 正 荒 川 努 田 中 譲 二 斉 藤 直 昭
次
目
文
本
序 例 言 目次 図 目次 表 目次 図版 目次 第 二章 昭和 58年 度 調査 の概 要 Ⅲ………… …… …… …… ………。11.
は じめ に 中………・・中中………・・中…………●・中●●1
2.調
査 に至 る経過 ・………・ 2 第 Ⅱ章 チII内地 区二 の九跡 の調査 ………… ……… … ……… ……… ………・ 51.遺
跡 の立地 と歴史的背景 。………… …… ……… …… ……… ………・ 52.二
の 丸第1次
調査(NMl)…
… ……… …… …… ……Ⅲ…… …… …… …… …………・ 6(1)調
査 方 法 と経過 ・………6(2)層
序 …… … …… ………… ………… …… …… …… ………… …… …… …… ……… … … 100)東
区の遺構 ………・…1014)NMlの
遺物 ・………12 (5)ま とめ 。中“¨―………。163.二
の九第2次
調査(NM2)・
………17(1)調
査方法 と経過 ………17(2)層
序 ………。170)遺
構 ・………17(4)主
な遺構 の変遷 ・………1・。………26 “)NM2の
遺物 ・………301)遺
物出土状況 ………Ⅲ302)江
戸時代末期 から明治時代初期 の陶確器 ………・・30①
茶碗・……・
・
30② 皿・…・
・
43③ 土瓶………
56
④ 徳利…
72⑤
急須・油脂・蓋 。香合・甕…
74
⑥
土鍋…
76⑦
土師質土器・瓦質土器 ―
・
783)明
治時代初期以降の陶磁器 ・………834)NM2の
陶磁器の まとめ ………・835)木
製品 ・………88①
建築材…
89③
竹製品 中
097②
箸
…
97④
その他 ‥
・
976)金
属 製 品 ・………・ 987)そ
の他 の遺物 ・………・1018)瓦
・・………1049)墨
書 陶器 につ いて 。… ……… …… ………。1084.二
の九第3次
調査(NM3)。
…… …… …… ………・110(1)調
査 方法 と経過 ・………。1102)層
序 ・……… … …… ……… ……… …… …… ……… ……… ……… …… …… … …… …。1100)遺
構 ……… … …… ……… ………… …… …… …… ……… 110(4)NM3の
遺物 ………・1201)陶
磁 器 ・… …… ……… ……… …… …… …… ……… ……… ……… …… ………・1202)そ
の他 の遺物 ・………。1203)瓦
…… …… …… ……… 123 5。NM2礎
石建物 と二 の九建 造物 …… …… …… ………131 (1)二の九 におけ るNM2・
3の位 置 ……… … ……… ……… ……… …… …… … …… …・131 修)NM2の
石 敷遺構 ・………・・1320)NM3と
二 の九の位置 ………・1326.二
の 九の焼 失 につ いて い………1387,NMl・
2・3調
査 の意義 ………Ⅲ…140 第 Ⅲ章 仙台城二の九の小広間 について 第Ⅳ章 仙台城二の九跡 か ら出上 した陶磁器の化学組成 について蟹沢聰喫 ・………162 第
Vtt NM2の
石敷遺構 から出土 した植物種子および果実 第Ⅵ章NM石
敷遺構の花粉分析の結果について 第Ⅶ章NM2出
土の動物遺存体 第Ⅷ章NM2出
土の熔融ガラスの分析結果 内藤俊彦 ・………166 竹内貞子 ・…………。174 高橋 理 ・…………。175 旭硝子株式会社 ・…。178 引 用 文 献 … …・。中0●●●…・・・・…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・中●… ●●●・・中●●●●―・・・・…・・・・・・・・… ・・・・・・・ 182Summary中
………"・・………・・………¨中中¨い中………Ⅲ184
図 版 ……… … …… …… …… ……… …… …… ……… ……… ……… …… …… … …… …… 194図
目
図1
東北 大 学 と埋蔵 文化財・………3 図2 NMl試
堀 区 の配置 … ………… … 7 図3 NMl発
掘 調査 区 の位 置 ………… 8 図4 NM l1983年
度発掘調査区の概 況 … 8 図5 NMl土
層 断面 図…… ……… …… 9 図6 NMl遺
構 変遷 図 (1983年 度)中●11 図7 NMl出
上 の遺物 ……… 13 図8 NMl出
土 の瓦(1)… ………。■4 図9
ク(2)。
……… ………。15 図10 NM2・
NM3発
掘区・試掘坑配置図・…18 図1l NM2土
層 断面 図… ………… …… 20 図12 NM2遺
構 配置 図・ 断面 図 膠]13 図 14 図 15 図 16 図 17 図 18 図 19 曖]20 じ]21 膠]22 膠]23 図 24 膠]25 膠]26 膠]27 図 28 2層上 面…………21 ″4層
上 面………… 22 ク5。
6層 上面……… 23 ク7層
上 面………… 24 石敷遺構 内遺物 出土状 況・…………27 石敷遺構 の平 面図 と断面図……… 27 陶磁 器 の部 位 名称 と計測部 位 …… 29 茶碗 と小形茶碗の外形プロファイル… 34NM2出
土 の茶碗(1)…… ………・・35NM2出
土 の茶碗 骸)……… …36NM2出
土 の茶碗(3)……… …37NM2出
土 の茶碗 他)… ………38NM2出
土 の小形茶碗 ………Ⅲ…・・39NM2出
土 の陶器皿類 ¨・…………53NM2出
土 の磁 器皿類(1)……Ⅲ…・・54NM2出
土 の磁 器皿類(2)……Ⅲ…・・55NM2出
土 の磁 器皿類(3)中●…… ●●56次
図29 NM2出
土の上瓶(1)…… … …… … 62 図30 NM2出
上の上瓶(2)…… … ……… 63 図31 NM2出
土の土瓶(3〉…… … ………64 図32 NM2出
土 の土瓶 と急須………… 65 図33 NM2出
上 の土瓶 の蓋 ……… 66 図34
土瓶 と小形茶碗 の実容積比較 …… 67 図35
各遺跡出土の土瓶 。急須の実容積 ¨・68 図36 NM2出
土 の徳利 ……… 75 図37 NM2そ
の他 の陶磁 器……… 77 図38 NM2出
土 の土鍋 ……… 80 図39 NM2出
土 の土師 質・瓦 質土器……81 図40 NM2出
土 の炭櫃 ・蚊遺 中●…… …82 図41 NM2出
土 陶磁 器 の(Fe OttMnO十CaO+M富
0)+(Na20+K20)関
係 85 図42
器種 ごとにみた産地別出土数の比較…86 図43 NM2出
土 の産地 別陶磁 器一覧表・87 図44 NM2出
土 の本製 品(1)… …………91 図45 NM2出
土 の木製 品(2〉… …………92 図46 NM2出
土 の木製 品(3〉… ……… …93 図47 NM2出
土 の木製 品(4)・…………・94 図48 NM2建
築材解 説図……… 95 図49
定義如 来五重塔屋根柿葺詳細 図… 96 図50 NM2出
土 の金属製 品(1〉…… ……99 図51 NM2出
土 の金属製 品修〉・………100 図52 NM2・
3出 土 の和釘長 さグラフ…100 図53 NM2出
土 の その他 の遺物・……。102 図54 NM2出
土 の軍靴 の底…………・・103 図55 NM2出
土 の瓦(1)… ………・106 図56 NM2出
土 の瓦(2)… ………。107図
57 NM3発
掘 区土層断面図・石垣平面 図及 び断面図……… 112 図58 1FB立 柱建物 I柱配置図と柱穴計淑陪b位…… 113 図59
打込 は ぎ石垣 実測 図 ……… ……… 114 図60 NM3遺
構 変遷 図(1)・・………。115 図61 NM3遺
構 変遷 図(2)・・………。116 図62 NM3各
遺構平面図及び断面図(1)…H7
図63 NM3各
遺構平面図及び断面図(2)。…118 図64 NM3各
遺構平面図及び断面図 僧)・…119 図65 NM3出
土 の陶磁 器(1)・……… 122 図66 NM3出
土 の 陶磁 器(2)・…… …… … 123 図67 NM3出
土金属製 品他………・125 図68 NM3出
土 の瓦(1)・・………・128 図69 NM3出
土 の瓦(2)。・………。129 図70 NM3出
土 の瓦(3)・・………'130 図71 NM2・
3発掘区・現雄 物と二の丸違構・■33 図72
礎 石・石敷機 能 時 の配置(NM2)…
133表
表1
昭和58年度の事前調査 と立会…… 表2 NMlの
調査経過 …Ⅲ……… 表3 NMlの
層序・遺構・……… 表4 NMlの
遺物の分布 ……Ⅲ………… 表5 NMlの
瓦の属性表 ……… 表6 NM2の
調査経過 ……Ⅲ…………・・ 表7 NM2出
土遺物の分布表 ………… 表8 NM2茶
碗 の分布 ………・………… 表9 NM2小
形茶碗 の分布 ……Ⅲ……… 表10 NM2出
土の茶碗 の属性 表 ……… 表1l NM2出
土の小形茶碗 の属性 表 中● 表12 NM2出
土の皿類の器形分類 …… 二 の九小広 間付近 の変遷(1〉… …'134 二 の 丸小 広 間付近 の変遷(2〉……・135 二 の 丸小 広 間付近 の変遷(3)… …・136 二 の 丸小 広 間 と周辺 の建 築図…・・160 二 の九表主要建物復原立面図…・・161 仙台城二の九跡出土陶磁器の化学組成・…・165 ヒメグルミおよびオオモミジの生育地 と 石敷遺構の位置………・……168 サ クラ属 の核 の大 きさ…………・・170 エ ドヒガ ンの果実の散布 ………・・170NM2石
敷遺構 出土 の植物 種 子 …173 分析 試料写真・………。181 現況建物・道路とこの九建造物との関係 御二 の九御指 図 嘉永 六 年・御二 の丸御城 中並 中奥 下水 抜溝御絵 図次
表13 NM2出
土 の皿 類 の文様分類・・… 46 表14 NM2陶
器皿 の分布 … …… …… …47 表15 NM2磁
器 皿 の分布 ……… … … …47 表16 NM2出
土 の陶器皿 属性 表… ……57 表17 NM2出
土 の磁 器皿属性 表… …… 58 表18 NM2出
土 の土 瓶 の属性表 ……・69 表19 NM2出
土 の土 瓶 の蓋属性表 …・70 表20 NM2土
瓶 の出土 分布 表 … …… …71 表21 NM2出
上の上瓶の蓋の出土分布表 ……・・71 表22 NM2そ
の他 の陶磁 器属性表 ……77 表23 NM2出
上の上師質・瓦質土器の分布・-79
表24 NM2出
土 の木製 品 の分布 ………89 彊]73 図74 図 75 図76 膠]77 図78 膠]79 屁]80 彊]81 優]82 図83 付 図1 付 図 2 付 図 3目
2 6 0 2 6 9 8 0 1 0 1 5 1 1 1 1 2 3 3 4 4 4表
25 NM2出
土 の金属製品他 の分布 …lo3 表26 NM2出
土 の瓦の分布 ………lo5 表27 NM3遺
構新旧関係表 …Ⅲ…………110 表28 NM3調
査経過 …Ⅲ………111 表29 NM3柱
穴計測表 …Ⅲ………113 表30 NM3出
土 の陶磁器の分布 ………121 表31 NM3出
土 の陶磁器観察表 ¨……123 表32 NM3出
土の木製品。金属製品他の分布……。124 表33 NM3出
土 の瓦属性表 ……Ⅲ………127 表34
仙台城二の丸建築関係年表………137 表35
年始御礼 と建物 との関係…………148 図版l NMl全
景 と断面図 ………・195 図版2 NMl東
区遺構(1)………196 図版3 NMl東
区遺構(2)…Ⅲ………197 図版4 NM2発
掘区全景 と遺構 …………198 図版5 NM2作
業風景 。遺物出土状況 …199 図版6 NM2の
遺構(1)…Ⅲ………200 図版7 NM2の
遺構(2)………Ⅲ………201 図版8 NM2の
断面 ………202 図版9 NM3発
掘区全景 ……Ⅲ………203 図版10 NM3の
遺構(1)・………204 図版1l NM3の
遺構(2)………Ⅲ………205 図版12 NM3の
遺構(3)…Ⅲ………206 図版13 NM2出
土の茶碗(1)・・………・207 図版14 NM2出
土の茶碗(2)………Ⅲ………208 図版15 NM2出
土の茶碗(3)………209 図版16 NM2出
土の茶碗14)………210 図版17 NM2出
土の小形茶碗 ………211 図版18 NM2出
土の陶器IL11)………212 表36
月次御礼 と建物 との関係 ………… 149 表37
主 な る年 中儀 式 と建物 との関係 … 149 表38
接見、拝命、御礼 と建物 との関係…… 151 表39 x線
粉末回折法 による鉱物同定結果…163 表40 NM2出
土陶磁器および地球化学的標準試 料の分肺 果…… …… …… ………… …164 表41 NM2石
敷遺構から出土した植物種子 および果実………・・…………。167 表42
花粉百分率 表………Ⅲ… ……174 表43 NM2動
物 遺存体二 覧表 。・……… 。177 表44
溶 融 ガ ラスの成分 (組成)・… ………179 表45
軟化温 度 お よび比重 …… …。・・…… 179 図版19 NM2出
土の陶器IL12)………213 図版20 NM2出
土の陶・磁器皿…………214 図版21 NM2出
土の磁器皿(1)………Ⅲ……215 図版22 NM2出
土の磁器皿(2)・…………-216
図版23 NM2出
土の磁器IL13)……・……中217 図版24 NM2出
上の磁 器IL14)……… 218 図版25 NM2出
土の土瓶(1)………219 図版26 NM2出
土の土瓶(2)………220 図版27 NM2出
土の上瓶(3)・・………'221 図版28 NM2出
土の土瓶(4)………222 図版29 NM2出
上の土瓶(5)………223 図版30 NM2出
土の土瓶(6)………224 図版31 NM2出
土の土瓶・急須 。蓋 ……225 図版32 NM2出
土の土瓶の蓋(1)…………226 図版33 NM2出
土の土瓶の蓋(2)……Ⅲ……227 図版34 NM2出
土のイ絣1とその他の,師,器・・中●●228 図跡お5 NM2出
土の土鍋とその他の陶磁器 ・中●●229 図版36 NM2出
土の土鍋と土師質・瓦質土器 …230次
目
版
図
図版
37 NM2出
上の土師質・瓦質土器 … 231 図版38 NM2出
上の瓦(1)………232 図版39 NM2出
上の瓦(2)。………。233 図版40 NM2出
土の本製品(1)……… 234 図版41 NM2出
上の本製品(2)……… 235 図版42 NM2出
土の本製品(3)……… 236 図版43
定義如来五重塔の柿葺作業………237 図版44
定義如来五重塔の軒付・………238 図版45
柿葺屋根 と道具………239 図版46 NM2出
土の金属製品 ………。240 図版47 NM2出
土の金醜 品 ガラスボタンと伊達家績の矢'・¨中中¨中●●●241 図版48 NM2出
土のその他 の遺物 ………242 図版49 NM2出
上の軍靴の底と軍靴の見本…。243 図版50 NMl出
上の瓦 と銅輪 ………244 図版51 NM3出
土の陶磁器 ………245 図版52 NM3出
土の瓦(1)………246 図版53 NM3出
上の瓦(2)………247 図版54 NM3出
上の瓦 とその他 の遺物… 248第
I章
昭和58年度調査の概要
│よじ
め
に
川内地区、 青葉 山地区、 富 沢地 区 には、 東北大学埋蔵 文化財調査委員会 が設置 され、 埋蔵 文化財調査班 が調査 を実施す る以前 から周知 の遺跡 が存在 し、小規模 な調査 も実施 されて きた (図 1)。 この中で川内地区はかつての仙台城二の九 とその周辺 に広がる武家屋敷であ り、近世の歴史 学・考古学 にとって重要 な遺跡 である(附図1)。 昭和49年の文系厚生会館建設時 には仙台市教育委員会 によって、工事 に伴 う事前調査 が実施 され、石敷の濤状遺構 が発見 されている。 また昭和52年には、川内図書館本館裏の排水路建設 の際、石敷の遺構 に併 い陶磁器・警(かんざし)。 斧(こ うがい)な どが発見 されたため、文学部 考古学研究室 によ り小規模 な緊急調査 が行 われた。昭和54年1月 には、教養部 プール新築工事 の際 に、井戸や ピッ トが発見 されたため、再 び考古学研究室の手 によって緊急調査 が行 われた。 井戸内 からは、江戸初期 に遡 る陶磁器類の他、種 々の木製品等 も発見 された。 このよ うに川内地区では、小規模 な緊急調査 が実施 されて きたものの保存や事前調査 を計画 的 に実施す る機関がなかったため、充分 な調査 と保存 は行 われてこなかった。 青葉山地区は、東北大学植物園 に連 る広大 な地域 で あり、昭和47年、工学部 の各学科 がこの 地域 の南半部 に移転 した。 しか し、工学部移転 当時、遺跡 の存在 は知 られてお らず、発掘調査 が実施 されたこともなかった。 しか し、青葉 山地区 に隣接す る青葉台では、昭和46年頃、後期 旧石器時代の追跡 が発見 され た(青葉 山A遺
跡)他、昭和55年には金属博物館前の露頭で も石器が採集 された(青葉 山C追
跡)。 この よ うなことか ら当大学の青葉山地区内 にも旧石器時代の追跡 の存在す る可能性 が指摘 され、 文学部 考古学研究室は昭和56年か らこの一帯の分布調査 を実施 した。 その結果、昭和57年に薬 学部 に通 じる露頭断面 か ら後期 旧石器時代の石器 を3点
採取 した(青葉 山B追
跡)。 さらに青葉 台で も新 しい追跡 を 1ケ 所発見 し、旧石器時代の追跡の分布密度はかな り高いことが明 らかに なった。 また露頭の観察 か ら後期 旧石器時代ばか りでなく、3万
年前 より古 い前期 旧石器時代 に遡 る可能性 も明 らかになった。 富沢地区の周囲 には、縄文時代前期の集落跡である三榊筆追跡、三神峯古墳、土手内横穴古 墳群、金 山窯跡、富沢窯跡 などが群在 してお り、仙台市内で ももっとも遺跡 の密集度の高い地 区の一つである。 昭和 52年 には、富 沢地 区 の東北大学構内のグランド造成予定地区で遺物 が採集 され、考古学研究室 が緊急調査 を行 った結果、縄文時代、弥生時代、平安時代の複合集落遺跡であることが 判明 し、金山遺跡(声ノロ遺跡)と して登録 された。
2.調
査 に 至 る 経 過 (日召和58年度調査の概要) 昭和58年 (1983年)度 に行 われた発掘調査 は、事前調査4作
、試掘調査1件である。また立会 調査 は8件
にのば る。発掘調査5作
の内訳 は、川内地区二の丸跡の事前調査 が3件
、青葉山地 区の事前調査 が1件で ある。青葉山地区では、試掘調査 が1件
行 われた(表1)。 調 査 地 点 康 調 査 期rll 実 働 日 面 積 平 均 深 度 時 期 事 前 調 査 川 肉二 の 丸弟1沢調 食 (NMl, 文 系 棟 新 築 工 事 H召58年8/1∼9/14(32) 1501n 32m 近 世(江戸│ 第2次調査(NM2) 10/31∼ 11/30(24) 60ポ 10m 第3次調査 NM3) 12/1∼ 1/9(27) 70rド 12m 青 葉 山 F地 10/14∼ 10/27(10) 50∬ 20m 後Itl日石器時代 試 掘 調査 青 葉 山 B地 点 I析 11/21∼ユ〃21(″ 4, 100∬ 25m 立 除 害 施 設 10/4∼6 進構 道物をt 川 内 教 養 部 厚 生 施 設 をV25∼ 川 内 二 の 丸A地 点 北 側 共 同 満 埋 設 昭59年 1/12∼20 近 世(江戸) 排 水 管 理 設 1/1824∼26 除 吾 施 設 1/27、 28 青 葉 山 工 ■ 喜Ⅲ資源 工学 横 tll究 棟 新 築 2/′14 遊構 遺物なし 青葉 山理学部サ イクロ トロ ン横 焼 封〕lP作業 璽ilF築 2/25 川 内 教 養 部 十 ノ カ 場 排 水 管 埋 設 3/2628∼30 近世(江戸以降) 表1
昭和58年 度 の事前調査 と立会Tables. 生 Rescue excavations in fisical year 1983
(1)川
内 地 区 の 調 査 (付図1) 8月 1日 か ら9月14日 にかけて文系棟新築工事 に伴 う事前調査 を実施 した。 この地区は、旧 二の丸の西端 にあた ると推定 された(二の九 第1次
調査NMlと
略記す る)。 10月 31日か ら11月30日 までは、文系厚生施設の除害施設建設 に伴 う事前調査 を実施 し、二の 九、小広間附近 と推定 される遺構 を発見 した。 この遺構 の重要性 が明 らかになった ことから全 掘せず に保存のための措置 を講 じることとなった(二の九第2次
調査NM2)。
このための代替地 として、さらに南西側 に発掘区 を移 し、ひ き続 き12月 1日から翌年1月9日ま で調査 を行 った。 その結果 この地区からも、二の九南端 を画す と考 えられる石垣 が発見 された。 その重要性 を考慮 して、石垣部分 を除いて施工す ることとし、残 りの部分について記録保存の ための調査 を行 った(二の九第3次
調査NM3)。
12)青
葉 山 地 区 の 調 査 10月14日 から10月 27日にかけて、理学部・薬学部厚生施設の除害施設建設 に伴 う事前調査 を城
耐
呵
嗚・崩
n
呵
遺
帖
囀
勢
城
荘
蛙
荘
嘘
帷
遺
鰐
譴 遺 遺翻
削
細
帥
釧
釧
前
珈
打
倖
台
却
却
却
却
却
蜘
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講
隷
講
静
講
静
北
岬
キ
郵
址 浮亦 跡 P亦 rll 跡 跡 跡 跡 跡 跡Ruin of Sendai Castle AObayama B Site ク C Site ク A Site ク D Site ク E Site ″ F Site Kitamae Site
Yamada UenOdai Sie
Ashinokuchi Site M ikamine Site 図 1 Fig。 生 Archacological
識鈴 辮
1ヒ訂
… Ⅲ
傑 恐
ぱ
オ
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;市,こ伊
Fを ')実施 した。 その結果、後期 旧石器時代 に属す る石器の集中地点が発見 され 、周知の遺跡 である 青葉山
B遺
跡 はこの部分 まで広 がっていることが半J明した(青葉山F遺
跡:AOF)。
さらに11月 21日か ら12月 21日 にかけて、東北大学附属図書館北青葉山分館の新築に伴 う試掘 調査 を実施 し、後期 旧石器時代 に属す る礫等 を発見 した他、基本層序 を確認 し、本調査 に備 え た。 また 3月 1日 からは、同地点の本調査 を開始 した(青葉山B遺
跡:AOB)。
俗)立
会 調 査8作
の立会調査 は、青葉山地区3作
、川内文系地区4作
、川内教養部地区1件
である。 立会調査 は、掘削作業 を監視 しなが ら、必要 に応 じて調査員 が、スコップ等で断面 。平面 を 削 り、図面 を製作・写真撮影す ることを原則 とした。 (梶原 洋)第 Ⅱ章
川 内地区二の丸跡の調査
1.遺
跡の立地 と歴史的背景
東北大学文系四学部・教養部植物園一帯 は、旧仙 台城 二の九跡 とその周辺の武家 屋敷跡、お 裏林 などに相 当す る(図1、 付図1)。 川内地区は、広瀬川 に向かって西か ら東へ、ゆ るやかに傾斜す る海抜50∼70mの
上町段丘上 にある。西 か ら南へ と大 きく蛇行す る広瀬川 に囲 まれるよ うに位置 し、広瀬川が仙台城 の外堀 として機能 していたことが推測で きる。南側 には、海抜140m前
後の仙台城本九が控 え、 西狽」 一帯 には、東北大理学部・工学部の研究棟の立 ち並ぶ、仙台市内で もっとも高位の段丘である 青葉山段丘 が城の背後 を守 るかのよ うに連 っている。川内地区の東側 には市街地 が広が り、一 望 の もとに見渡す ことがで きる(図 1)。 伊達政宗の仙台城築城以前 については、詳細 は明 らかでないが、国分氏 によ り城 が築かれて いた可能性 が‡旨摘 されている(伊東1979)。 また、 この地 には現在、新寺小路 にある龍川院があった とも伝 えられている(伊東1979)。 慶長5年
(1600年)、 政宗 によって、現在の本丸部分の築城 が開始 されたが、 その当時、現二 ゃヽろ は の九部分 には、政宗 の長女五郎八姫の居住す る西屋敷や、後 に宇和島藩主 となった政宗 の四男 宗泰の屋敷 があった と言 われている(伊東1979)。 仙台城二の九の歴史 をふ りかえると、当初木丸で行 われていた仙台藩 の諸行事 は寛永15年 (1638年)二 代 目忠宗 によって、二の九の造営 が開始 されるとともに、二の九 に移 された。 その 後、網村代の元録年間には大規模 な改築が行 われたこ とが知 られている(佐藤巧 1962)。 当初南側 に片寄 っていた二の九敷地は、やがて政宗時代の西屋敷の全て をとり込み、北側 に 拡張 され、 この部分 に奥向 きの建物 が立 ち並ぶ ことになる(佐藤巧1962)。 このよ うに二 の 丸 は仙台藩の行政の中心であるとともに、藩主の居館 としてもその威容 を誇 って きた(付図1)。 成辰戦争の動乱の後、仙台藩 は大幅 にその所領 を削 られ、藩 主 は知 藩事 とな り、それと共 に二の九 には藩の勤政庁が置かれ た。明治4年
(1871年)の
廃藩置県以後 は明治政府の管轄下 におかれ、東北鎮台(仙台鎮台)の本営 として使用 された。 しか し明治15年 (1882年)失 人のため にその建物のほぼ9割
が失 われた。 その後、 この地 には、第二師団司令部 が置 かれ、第二次世 界大戦後 は、米軍の駐留す る地 となった。昭和32年 (1957年)1こ至 り、米軍 よ り返還 され、東北 大学の管理下 に入 り教養部 。理学部附属植物園 として使 われ、昭和47年 (1972年 )以降は文学部・ 教育学部・法学部 。経済学部 。図書館 が置 かれた。 ” と2.二
の丸第
1次
調査
(NMl)
(1)調
査 方 法 と 経 過 経済学部の西側新築 される文系棟 の建設 に伴 な う事前調査 として、昭和57年 (1982年 )11月 12 日∼11月 22日までの実質 8日 間の試掘調査 を行 なった。発掘区は建築予定地の範囲内に十字形 に設定 し、調査 を実施 した。調査面積は110言である(図 2)。 昭和58年 (1983年)8月1日か ら前年度試掘調査区の北側 に、9×4mの
発掘区 を設定 し、 その 内部 を3×3mの
グリッドに区分 し調査 を開始 した。大学建設時の盛土 を排除 した力\ 地 山が確 認 で きないため、南側 に2×lmの
深掘区 を設定 し調査 を進 めた結果、約3mの
盛土層下で江 戸時代 に属す ると考 えられる包合層 を確認す ることがで きた(図 3)。 その所見か ら、人力での排土は不可能 と判断 し、建設機械 を使用 して、15× 10mの
範囲 を3m掘
り下 げ調査 を進め ることとした。期間中降水 と湧水 によ り、 しば しば グリッ ド上端 まで 満水 とな り、調査 は著 しく難行 したが、4時
期 にわたる溝や ピッ トを検出 し(図 4)、 9月 14日 に調査 は終 了 した(表 2)。 830801 排土作業。湧水 ひどく、ポ ンプ使用。1982年度 とは異 る方向の暗渠 あ り、北束すみに一部旧表土 あり。や り方用貫板すみ打 ち。 830802 排土作業継続、排水作業継続、北束すみ旧表土清掃 、1セント銅貨(1953年 )出上、陶磁片出土。 830803 耳し東隅2M× 3Mの区 を深掘 り、北西区2M×2M深掘 り。溝 と追薦確認 、遺物(瓦 )出土。 830804 耳ヒ東区 ―耳ヒ西区の トレンチ設定、北西区南側 ガ リ ノド拡張、北西区深掘継続、20∼30 cnほど全体 レベ ル下 がる、平枚 にて地形測量 、杭 う ち。経済学部棟南面の延長線 を基準 とし、発掘 区南倒 に基準杭 設定、 3M×3Mグリ ッドとす る。 830805 平板測量、遺構 の観察。 830806 米軍暗渠等の攪舌いよげ しいので層位的な掘り下十ずをやめ、A・B―ょ北東区)の深棚 りlJ刀りかえる。A3・ 4(北内1と,湧水のため放棄。 830808 平板測量、西倒コンタ入れ。北束区深掘り続行、U字形土管測暗渠出土、水はけ悪く米軍盛土唇はグライ化している。 北東区深掘り続行、接瓦、破片出土、上のグライ化激しく、沼か池のような部分力ちB34こ2M× 2Mの深掘り設定、平板測量西側コンタ入れ。 830810 tM雨、PMlt業、北東区浜編 り、3M下でグライ上ぅ針金、コ ンクリー ト、新 しい瓦 など出土。 830814 北 東 区深 稲 りで 、演 構 の肩 を出 した。 黒FTJ色土 層 肉 か ら丸見等 出主 。 830818 Pll作業、水抜 き作業、平板 にグリ ノ 深福区 を入れる。原点移動 し、新原点設定。 830819 水抜 き作業、平板実測、暗渠 を入れ る、 ユンボ で西半分 を掘削、湧水 多 く水抜 き必要。 ユンボ で東半分 を3M下黒色土 面 まで掘 削。西半汚水 多 く、ポ ンプ炭でつ まる。 830822 tll作業中止、PM、 水抜 き、17:00ころ大型ポ ンプ来 る。 830823 削東半分排水終 了、Pl、 東半分の清掃 と壁削 り、グライ土からレンガと磁器片(新、黒褐色土 から、丸瓦、磁器片出上。) 830824 雨天のためhMのみ、東倒壁崩落、ユンボ 使用で きず、北側セ クション写真 をとり、崩落 に傭 える。 830825 水抜 き3回、雨天中止。 830826 830827 830829 ユンボ使用、東半分、西半分を掘肖1清掃、東区深掘 り黒掲色土排上、グライ土(8層)を出す。 830830 東 区浜 稲 り内 で溝 状 漫 構 発 見 、 ベ ル コ ン導 入 、馬 作 成 。 830831 東区J'上、溝 の続 き確認、西区清掃 、地 山 とグライの境 を出す、ベ ルコン2台運転。 830901 東区、排土後清掃、溝確認、西区溝確認後 一部掘 る。 830902 東区遺構写真掘 りあげ、平瓦、丸瓦出土、 高1からは陶磁器出上、 ビ ノ1 2範囲確認。 830903 ピット2セクション、レベルとる。 830905 ビ ノト1・2・3掘り上 げ後、図面完 了、溝1ほぼ掘 りあけ、西区肩線 入れ。 830906 ビ ット1、 終 了、 ピ ット1に 切 られる、 ど ノト4を発見、 ビ ット3セクションレベ ル、濤2確認。 830907 南壁の土砂 くずれ を清掃 、 ビ ット4構掘 りあげ、期限延長 を決定。 830908 ビット4実 測、ダメ押し、溝1ダ メ押し、ビット5掘 りあげ、溝 2掘 りあげ開始。 830909 濤 24Lり あけ実測 、東Ⅸ】ヒ壁セ クション与具J 8309 0 雨 中止。 8309 2 雨 の ち く〈Jり、爛7FN抜き作 業 、PM、 粟 tX北 壁 セ ク シ ョ 8309 3 西壁(東区)セク シ ョ ィエ記柊 了 8309 4 徹収作業。 表2
Table.2 A wOrkNMlの
調査経過経済学部棟
N③
上 上
OS P.E HP 2+ 図2 NMl
試掘 区 の 配 置 (昭和57年度) Fig。 2 Excavation at NWll in 1982…
N 69. 68,0 66.5 VЮ 1982年度 調 査 区 二至・文教棟 図3 NMl(1982・
83年 )発掘調査区の位置Fig.3 LocatiOn of excavations(1982,1983)and elevatiOns at NM生
図
4 NMl 1983年
度発掘調査 区の 概況 Fig。 4 Excavation at NM tt in 1983N
⑥
二 の 九 西 端 斜 面♀
!1・?1や
1.ピッ ト3 木炭層 卜5 10 つ
。 コンクリー ト塊 5
′
一
干
郊
11ユピット
5埋■
2ぁ 4.東区北壁 込 ピット4埋上2 12ピット班埋± 4 0 1m llllll l 土 管 巷3薫痛色r
ア.文系共同研究施設の建設に伴 う削平区の南壁セクション図 63.5m l上 NMl 盛 り上 図5 NMl土
層断面図Fig。 5 Cross sectiOns of NM l
0 1 2m
2.東区西壁
(2)層
序
(図
5)1)東
区 表土 か ら約2m50cmの
深 さまでは、明治時代以降の盛土層 と考 えられる。1層は大学建設時 の もの、2層
か ら5層までは、米軍 による整地 (共同濤設置)層、6∼
7層 (煉瓦・セメント片 を含む)は 、旧軍隊の盛土 と考 えられる。 それ以下 には、ガラス・煉瓦・セメン ト等の混入は な く、陶磁 器類 か ら見ても、江戸時代の包合層 に相 当す ると推定で きる。8層か ら11層までの うち、10,11層
は自然の推積 によるものではな く、盛土層 と考 えられる。12層は地山の粘土層 である。以下砂質土 と粘土が交互 に堆積 してお り、部分的 に小礫 もまじる。2)西
区 (図
5-5)
東区 と同様9層 までは、明治以降の盛土層 と考 えられる。10層が江戸期の層で、東区の8層 に対応す る。11層以下 は自然層である。 11層以下 を切 って斜面が作 られてお り、10層の下部 には、斜面 にそって石 が置 かれていた。3)I区
南側断面 (図5-7)
建設 に伴 う削平の結果、南側 に連続 した断面が形成 され、当該地区の大 まかな地形 が把握 で きた。約2.5mの盛 り土の下 に本の根 などを含む黒褐色 シル ト層が存在 し、この層の上面が、か つて地表面だったことが推定で きる。 さらに地 山の 自然層が、幅8.5mに渡 って掘 り込 まれ、 堀状遺構 の存在が予想 される。黒褐色 シル ト層はおそらく東区の7層 もしくは8層に対応す る と考 えられる。 以上の所見から、従来、大規模 に 削平 されていると考 えられていた文教棟・経済棟 がある 平坦面でも包合層は削除 された としても、表土直下 に遺構 が残存 している可能性 が高 くなった。13)東
区 の 遺 構 (図 6) 8層以下 が、江戸時代以前 に相 当す ると考 えられる。遺構 としては、 基検出 された。掘 り込み面 と違構 との関係は、表3にまとめた。1)8層
上面①
ピット
2は、発掘区南西隅にあり、半分は区外である。楕円形を
呈 し、長径
2.2m、深さは約
30cmである。 埋土中に径
10cm程の小礫を
含み、人為的に投げ込まれたと考えられる。濤
1を切っている。
②
ピット
6は平面では確認されておらず、断面にのみ残っている。
第
3表NMlの
層序。
遺構
ピ ッ ト2よ りも新 しい遺構 で ある。 Table.3 Strata andfeatures at N ll
2)10層
上面 ① 濤 1は 発掘区の中央を南北 に走 り、幅約80cm、 深 さが約30cmで ある。内部 に5∼10cmの礫 濤が2本
、 ピッ トが6 層 溝 ツ ト 8 2 10 ] I 4 5 12 21,12層上面から掘 り込 まれた追構 11層上面から掘 り込 まれた遺構(ピッ ト4を除 く) 二 の 九 西 端 斜 面 3 8,10層上面から掘 り込まれた遺構(ピット2は 8層 上面から
) 9 1
ζ0 4
見m 図6 NMl遺
構 変 遷 図 (1983年 度)が詰め込 まれてお り、人為的 に埋 めたと考 えられる。傾斜 は北 が高 く南が低 い。暗渠 と推定 さ れる。 ② ピッ ト1は、東区耳ヒ東隅で確認 されたが、大部分 が区外 にある。確認部 の大 きさは 2.2× 0。9m、 深 さは約25cmである。 全体 を推定すれば、方形の竪穴状遺構 となろ う。 壁の立上 りは 明瞭であ り、床面 も平坦である。柱穴等は確認 されなかった。 白山四丁 目遺跡 に類似の遺構 が 見 られ、 その中ではごみ穴 と推定 されている。 しか し当遺構の場合は、遺物 がほ とんど見 られ ないため性格 は不明である。 ③ ピット3は、ピット2の北側 に位置 し、一部試掘抗 によって切 られているが、ほぼ円形 に近 い外形 をもつ(図 6)。 径は約1.5m、 深 さは約10cmである。 遺物 として埋 土 中 か ら瓦片 が発見 された。 ④ ピット4は、 ピット1の直下 にある。外形はピット1と同 じくほぼ隅九方形 と推定 されるが、 西側 に約50cmは り出 し、深 さも50cmと ピット1よ り深い。 このピットは一時期開日していた も のが後に人為的に埋め戻されたと推定される。埋± 2層 から本片、 3層 から陶磁器片が発見さ れた。形態 と方向から考えてピット1は 、 ピット4の 存在が明確だった時期 に作 られたと推定 できることから、両遺構の時間差はほとんどないと考えられる。 ⑤ ピット5は、ピフト4に切 られており、全体の形は不明である。深 さは約18cmと浅い。
3)12層
上面 濤2は、濤 1と 同 じく、南】ヒ方 向 に伸 び る。幅 は濤1よ り広 く、約1,4m、 深 さはやや浅 く25 cmであ る。北 か ら南 に向 って階段状 の傾斜 をもつ。(4)NMlの
遺 物 (図 7、 図版50、52-5。
6)1)陶
磁器類、金属器類、木製品類、 自然遺物 いずれも破片であ り、 かつ少量のため、遺構・層序 との関係 を中心 にして、 それを表 として 示 し(表4)、 ここでは簡単 な解説 にとどめる。①
東
区
3層 1953年アメリカ合衆国発行の 1セ ン ト銅貨 が出土 した。裏面 には リンカー ンの横顔 が描 かれ 遺 物 出土地点 陶 器 磁 器 土 帥 質 命 属 器 目遺然物 続 lL 土 放 徳 利 その他 碗 皿 土 瀬 その他 皿 その他 鉄 器 その他 3層 層 中 7●層 層 中 1 1 1 2 8層 層 中 1 ピ ッ ト2 6 10層 溝 ユ 4 ] 1 1(貫) 不 明 ビ ン ト3 1 1 1 1 1(IFl 不 朗 1(山水文 H擢絵) 表4 N Mlの
遺物 の分布 Table.4 Distribution of artifacts at NM l選勒イ
匡
]Vア
ヤ9畷
謂鰻
3◎
2 0 5cm 0 4
図
7 NMl出
上 の遺物 Fig.7 Artifacts from NM lて い る。 米 軍 宿 舎 の整 地 層 上 か ら出 土 して い る(図
7-3)。
7層 磁 器:
内 面 に蕨 手 唐 草 文 を配 し、 外 面 に も唐 草 文 を配 した皿 の破 片 (図7-1)の
他I↓留寸 の碗 と皿 の破 片 が各1点
出 土 した。 陶器:
外 面 に鉄 釉 をかけ、周囲 に数条 の沈 線 を廻 ら した徳 利 と推 定 され る破 片 の他 に、本 灰 釉 を掛 けた大堀 の皿 (図7-2)が
出土 して い る。 8層 陶器 :層 中 か ら灰 釉 を掛 けた皿 の高台部 分 の破 片 が1点
出土 してい る。畳 付 の部 分 は露胎 と な って お り、釉掛 けの際の指痕 も見 られ る。 土 師質土器 iピ ッ ト2か ら灯 明皿 の破 片 が4点
ま とまって出土 した他 、胎土 に2∼ 341mの礫 を合 む異 った土器 が2点
発 見 されて お り、時代 が遡 る可能‖生が あ る。 10層 磁 器:濤 1か ら染付茶碗 の破 片 が4点
、皿 の破 片 が1点出土 した。皿 の内面 には文様 の一部 が あるが、全体 の構 成 は不明で あ る。裏面 は唐草 文の末端 が見 られ る。 陶器 :同 様 に濤1から唐津 産 の内面 に刷 毛 目の施 された鉢 の破 片 が出土 してい る。 土師 質土器 :濤 1か ら灯 明皿 の破 片 が1点
出土 した。 不 明層 陶器 :ピッ ト3か ら茶碗 の 口縁 部破 片 が1点、徳 利 の体部破 片 が1点
出土 して い る。茶碗 に は木灰 釉が、徳利 の外 面 には吹掛絵付透 明釉・内面 には木灰 釉が掛 け られてい る。 金 属製 品 :鉄製 の輸 が1点
出土 した(図7-4)。
ピット2。 3出土 の礫 :な お、 ピット2。 3の埋 土 には、 谷大 か ら人頭大 の礫 が多数含 まれて お り、 これ らを採 集 して観察 したが、人為的 な加 工 および使 用の痕跡 が見 られ るもの は無 かっ た。仙台市今泉城(山田 1983)や 多賀城 市 新 田遺跡 北 寿福 寺地 区(多賀城 市教 委 近刊)で
は、 中 世 の礫石 器 や石製 品 が数 多 く出土 して お り、時 代 的 な違 い を感 じさせ るが、江 戸時 代 の こ うし た礫 の性 格 も今後 明 らかに しなければ な らない課題 のひ とつ で あ る。一 為 圏 鰤 磁器 としては、招絵 の (梶原 洋)
¨]
ff: 図8 NMI出
上 の瓦(1)Fig.8 Ceramic rOOf tiles from NMl(1) ② 西 区 層不明だが、陶器 としては大堀の山水土瓶の体部破片 が
1点
出土 し、 染付皿 の破片 が1点
出土 した。2)NMI出
上の瓦 (図8・ 9、 図版50、52-5・
6) 破片総数 は123点と発掘区の面積 に比べて少 ない。丸瓦・平瓦・軒平瓦・桟 瓦 が出土 している が、図示 で きるものはほ とんどな く、軒平瓦2点
、九瓦2点
、桟瓦1点
、F「の押された平瓦片1点
の計6点
のみである。全体 に共通 して、胎土は小石 まじりで粗い(表5)。 ① 軒平瓦 (図9-1。
2)
唐草文様 をもつ もの2点
のみの出土である。2点
とも瓦当部の 破片であ り、 しかも少片で、 全体の文様はわからない。 調整は瓦当部の表は型づ くりのま ま。瓦当部の裏、凹面はヨコナデ調整 され、平滑である。凸面は粗いヘ ラケズ リされ、 ざらざ らしている。文様のある瓦当の表面 には、型 から抜 くの を容易にす るためか、砂 が付着 している。 ② 丸瓦 (図9-3・
4)
図示 した2点
の他 に破片が10点ある。 調整は3・ 4と もに凹面 は布 目と布 目に切 られた横方向の筋 目が見 え、凸面は玉縁部、体部 ともヨコナデで仕上 げ られ ている。凹面の筋 日は型 に入れる以前 に、粘土塊 か ら1個体分の粘土 を切離す際 についた もの と思 われる。他 に凸面 をヘ ラ ミガキで仕上 げている破片、凹面 に棒状 の もの をさしこんだよ う な圧痕 を残す破片が ある。ti暮
欝
1 4
図
9 NMl出
土 の瓦(2)F ig。 9 Ceramic roof tiles from NMl(2)
]]
一
十
一
十
一
図 出土区層位 種 類 残存部位 法量(単位鰤) 色 土 焼 成 備 考 図 版 表 面 割 れ 日 -1 1号濤戻区選土中 千平五比当』 長(145) 幅(30) 灰 色 N8/]灰r]色 小石混 じりの粗い胎土 唐草文 9-2 中央区深掘 り 長 (62) 幅54 10Y7/1灰「1色 9-3 西 区10層 丸 瓦 幅 ︲55 長 305 厚 20 一 高 79 2 5GY4/1暗 オリーブ灰 色∼10GY7/1明様反色 10Y6/1灰 色 良好 9-4 攪 乱 中 売 瓦 2901156 灰 色 N5/1 良好 8-1 北 東区 グライ 瓦 長2771幅 1301厚 18 10Y7/1灰日色 裏血 に櫛 日あ り 平瓦片 表
5 NMlの
瓦 の属性表Table 5 Attributes list of ceramic roof tiles trom NM生
③ 桟瓦 (図
8-1)
西区斜面の明治以降の盛土層か ら出土 した ものである。型 づ くり の後、 調整はほ とん ど加 えられていない。凹面 には櫛 目が施 される。 ④ 平瓦片 (図8-2)
「富」のF「が押 されている。 平瓦は出土 しているが、図示で きるものはない。図9-3は
西区10層、図9-4は
カクラン から出土 している。図9-1は
濤1の埋土、図9-2は
試掘深掘出土で8層相 当層か ら出土 し てお り、仙台城二の九 と関連 ある遺物である。 (前沢聡央)(5)ま
と
め 遺構 は、
4時
期 にわたる。 まず、12層上面(自然層)に濤 2を 構築 し、人為的 に埋 め戻 した後 (も しくは同時 に)、 11層を盛土 し、そこにピット5を掘 る。 さらに10層 を盛土 し、 ピット4→
ピット1→
濤1を構築す る。 その後9層 。8層 を盛土 し、 ピット2→
ピット6(ピ
ット3は切 りあい な し)を構築 している。濤1と2が
同一方向に走 り、 ピット1と4が
同一位置 に同 じよ うな形態 で構築 されている事実は、盛土 による断続 はあるものの、 これ らの遺構 のそれぞれの位置関係 がはっ きりと知 られている程度の時間内で、次 々と構築 されたことを示 している。 二の九絵図中、享和三年(1802年)図
をもとにした旧二の丸と四学部建築物 との関係位置図 (付図1)を か照すれば、当該地区は、二の丸の最西端 を画す る堀状 の部分 にあたってお り、 濤 1・2が
それに相 当す る可能性 もある。 しか し、 いずれの濤 も幅 が1,4m、 そ して0.8mと 細 く、 図 に示 された堀 (1/1000と して幅約4m)ほ
ど広 くはない。 この堀 についてはむしろ工区断面 に 現 われた、幅8m程
の落 ち込み部 が相 当す る可能性 がある(図 5-7‐)。 ピットにつ いては、 絵 図中にそれ らしきもの を見出す ことはで きない。 また、西区では断面図 に見 られ るよ うに斜面 となってお り(図5-5)、
これは絵図中に見 られ る観音堂へ至 る階段 で示 され る斜面 に比定 さ れる可能′性が高い。絵図中に見 られるよ うに、 この部分は、二の九の建物区域外であり、恒 久 的 な建物 などがあったとは考 えられない。 しか し、臨時的な建物 が存在 していた可能性 は充分 に考 えられる。 この地点では、瓦がやや多 く出土す るものの、 その他の遺物 は極 めて少な く、 時代 を明確 に判定で きるものはない。 この ことは、 この地点が二の丸の中心部 か ら外れていた こ とと関連 す ると考 えられ る。 (梶原 洋)3.二
の 丸 第
2次
調 査
(NM2)
(1)調
査 方 法 と 経 過
調査区は、川内地区の南端 にある文系厚生施設の東側 にあたる。厚生施設の建物 に平行 して 調査区 を設定 した。長軸の方位 はN16°E、 大 きさは東西5.5m、 南北10mで
ぁる。これをさら に3mの
小 グリッドに区画 し、南北方向 をA∼
D、 東西方向 を1∼2と した(図10)。 試掘 の結果、 約lmの
厚 さで盛土があ り、 その下 に二の九の建物跡 が確認 された。 バ ックホーによって盛土 層 を排土 し、調査 を開始 した。調査 の経過は表6に示 した。遺物 は、区(小グリット)。 層・遺構 構 ごとに収納 し、実測は遣形 を使用 した。(2)層
序
(図 11) 基本層序は、大別す ると次の通 りである。1層 (盛土層)は 、大学建設時のla層
と、米割駐 留時 と考えられる。粘土を主体 とするlb層
と、 その下のlc層
か らなる。2層は焼土直上の砂 層で、整地層 と考 えられる。3層は基本的 に火災による焼土層である。一部 は火 災直後 に整地 を受けていると推定 される。4層は、3層直下の火災による炭層、 もしくは炭化物 を多量 に合 む層である。5層 。6層・7a層
は、砂・粘土 からなる層で、盛土層 と判断 される。7b層
以 下 は、 自然堆積層である。 儒)遺
構 3層 (焼土整地層)を境 に、大 きく二の九焼失以後 と以前 にわけ られる。1)2層
上面 (二の九焼失以降の盛土層 図12) 2層 を掘 り込 んで作 られている遺構 としては、8基
の ピッ トが確認 された。 ピット7・ 8。 10 は外形 がほぼ正方形 に近 く、内部 に丸石が詰め込 まれ、埋土 として砂 が入 ると ピッ ト6。 12は 九石 はないが、埋土 しての砂 が入 る。 これ らは礎石の掘 り方 と判断 されるが、建物 の規模・ プ ランは復元で きなかった。 ピッ ト9と 11の性格 は不明である。2)3層
上面 (二の九焼失後、焼土整地層 図13) 遺構 としては、主 にピッ トが検出 された。 ピット1・ 2・ 4・ 5。 24は焼土 を含む埋土 を持つ。 この中で特にピット1には、炭化骨片力W昆じっ ていた。 ピッ ト24からは、焼 けた骨片が多量 に検出 され、種の同定が行 われた(本文第Ⅶ章)。 ピット13。14,15。 16・ 17・23は焼土 を合む不定形の ピットであるが、下部 か ら根石 と思 われ る 礫群 が検出 され、礎石の抜 き取 り痕 と判断 された。3)5層
上面 (二の九焼失面 図14) 主 な遺構 としては、帯状 の焼 け面 とピッ トが検出 された。 帯状 の焼 け面は、礎石抜 き取 り痕 の間 を結ぶ よ うに広がる。周囲 に縁石 を持 ち、径5 cm程のロー タリー (至大手門) 区 坑
翻
趨
囲 T 図10 NM2・ NM3発
掘 区試掘 坑 配 置 図Fig.10 Grids sho、 ving location of excavations and test pits at N 12 NM2 and NM3 ie Location 2 and 3 of N,2ο ttα″
"(SCCondary C iaclel)of
and NM3
11/1 11/2 11/4 n/5 H/7 11/8 11/9 n/1o 11/11 n/12 11/14 11/15 11/16 11/17 n/18 11/19 H/21 11/22 11/25
麟
鞭鵬
嚇赫 婢 閣螂
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螂 藩 即 ぬ げ 卸 ぬ r ︼ 市 能 , ③9 渭 ω l鉤=
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11/26 11/28 H/29 H/30 1〃 23 12/24 l〃26 12/26 1〃 27 1〃 28 12/29 1〃30 12/3ユ 1/7 1/9 1/17 N M 祉 姓 朔 ′ ヽ ァ u ” 黎 わ 膊 ぃ的 萱 表6 NM2の
調査経過「 「 ―J― ± 4 1号 溝 石敷 遺 構 Pit 36 ‖
N水
糸 絶 対 高 615m 2a 5a バコンクリート︶ ︲a、4カクラン︱
︱
︱
︱
︱
︱
︱
︱
︱
︱
︱
︱
︱
︱
︱
︱
I
I
I
L
F
!
5a 5b 6a db 4亀
25b
1号 溝 図1l NM2土
層 断 面 図 Fig.生生 Cross sections of excavation at NM2
水 糸 絶 対 高 615m 2a 埋 ± 1 埋 ± 2 層 名 色 調 上 貿 内 容 黒 脇 色 瀑 工 果 ぢ 伝 茸 ♂ ザ 歪 =常 1 黄 掲 色 砂 礫 +粘 土 灰 色 砂 質 土 上 下 に酸 化 鉄 を 含 む砂 層 灰 褐 e 砂 質 土 酸 化 鉄 を 合 む 鶉 幅色 砂 質 十粘 土 l em以 下 の 礫 を 合 む 青 灰 色 砂 土 資 土 炭、 酸化 鉄 を 含 と 赤 褐 色 砂 質 土 能 土層 、 炭、 逸 物 を 含 む 4 黒 径 炭 化 物 炭も しく は、 焼 土面 、 遺 物 を 合 む〕焼 け 面 明 灰 色 砂 質 土 上 部 熟 によ る変 色 、酸 化 鉄 斑 を 岩 干 含 む 嬌 色 ル ト 質 土 黄 掲 色 砂 質 格 土 5 灰 色 砂 質 土 部 分 的 に腐 植 土 を 含 む 黄 掲 色 砂 礫 土 鉄 全 よ 】 セ 氣 譲 ど 群 う 毛 ‐ 青 灰色 砂 質 土 部分 的 十こ存 在 黒 褐 色 砂 質 土 粘 土 を 含 む、 部 分 的 貢 褐 砂 賞 土 2cmの 小 際 を 多 く 合 む 祠 砂 質 主 酸 化 鉄 を 多 く 合 む 黒 褐 色 シ ル ト質 土 黒 色 の植 物 遺 体 から 成 る l 仄 掲 色 ルト 質 粘 土 11 青 灰 色 砂 質 粘 土 植 物 遺 体 を ま ば ら に含 t カ ク ラ ン la 深 堀 区
♀
11 11 lm「
g ︰ ね ∞ \ , (Hへふ今 一 ‐) 「 一●代ふ 'トヘ ∞ ︼ こ 石 や ヽ 重 o お ω > d O X o 中 0 の 質 0 一や O Φ ∽ め め o ︼ 0 ︶ 引 日 ・的 ′ 山 図 回 麺 幽 引 銀 Σ z 一 r 図 挫 中 出 わ Φ 卜 ︲ 凶 熙 雖 ︲0 ↓ ︲4 ・ 9 ト 埋 ±2 ピッ トlo ︲6 ・ お 濡 d 引 即 吊 と 、 杓 (理 ェ 戸 ― 引 ピット6 ピット8 埋 ■2 め 卜9 埋 ± 3 ピッ ト11 ピット7 1エ ピッ ト6 磐 8 6主 ビッ トH 第1図 埋 土 色 司 土 質 備 考 ひノト6 1 灰 褐 砂 ヒトット7 1 灰 褐 巴 7」 ピット8 l 炊 褐 色 す.Tウ 確つ多 蒸(―百よrt●。灰1ヒクを 少 二 2 黄褐 色 シルト質粘土 セ│ント9 1 黄褐 色 粘 土 2 赤 褐 色 砂質ロー ^ 鶏 彎 とす る。 し ま り務 ど /rt 3 灰 褐 色 シルト質粘上 ピット10 1 灰 褐 色 2 黄4 ビット12 1 責4 シルト質粘土 貢 褐 ンル隈 猛土 ピット7 ピット12 ピット12 0 1m I山 [II I 図12 NM2遺
構 配置 図・断面 図(2層上面)焼 け壁 焼 け壁
〇
15T0
ピット17 ピッ ト15 ピット18 ピット14│
・
1 1 2ド
25ピッ ト24 埋 ±5 埋 ±1 埋■7 ピット23≧豊か
6 14 -4 埋±8 埋 ±2 8 引 7 ト 5 ト ピッ ト16 Ю ↓ 9 ト 11 12 卜 Jサ
ピ ント5 埋 ±1 ピッ ト17 13 15 ト 埋 ±4 ︲6 ・埋±
1ヽ重
こ
当
Z多と±
2 ピッ ト4 ピッ ト22甦
≧
軽
2 ピット18 埋 ±2 ︲8 ↓ 9 ト ピットユ 25 卜 引 \くこ井埋±1 ピット24 0 1m !!1111 1 図13Fig。 13 DistributiOn and
NM2遺
構配置図・ 断面図 (4層上面)cross sectiOns Of features on stratum 4 at NW12
ピット14 ピット13 ピッ ト15 ピッ ト17 ピッ ト17 4土 色 調 土 質 備 考 ピ ッ 1 2 3 4 5 6 7 8 色 色 色 色 色 色 色 色 衛 褐 褐 掲 掲 褐 褐 褐 亦 赤 黄 灰 黄 灰 灰 灰 砂 質 ム 砂質ローム 砂質ローム 粘 土 粘土質rl―ム 格土質ローム 砂質 粘 土 粘 土 慶 怒 骨8干土 と 焼 ■(粗砂 )と が 不 均 資 に 示 穣 '咤 多 こ 境t 木 炭 粒 が 不 均 質 に 混 じ り ピット14 1 赤 褐 色 砂質ロー祢 査燈務 )で潮斎デ■ =芦夏 にしまりの良い燒土 赤 褐 色 砂質 ローム ピット13 1 赤 褐 色 砂質ローム
継評幾肇
F'脇た
喪ら
縦臨致
ピット15 赤 褐 色 砂質ローム 遺 構 埋 土 色 調 土 質 備 考 ピット5 赤 褐 色 ビット4 赤 褐 色 砂質ローム 黄 掘 色 シル ト ピット17 赤 掲 色 赤 褐 色 灰 褐 色 砂費ローム 砂質ローム 砂質ローム 砂 ピット2 赤 褐 色 砂質ローム 範甚卜嘉駅三二離どきき争とする。木辰粒を含む。 ビット1 赤 褐 色 ピット18 暗 褐 色 砂質ローム 黒 純粋なホ炭層 ピント24 赤 褐 色 砂質ローム 倉答とと疫帯え善★券うてとこ…
ぜ
t、】
穂 、
キめ
千撃
0149憲
恭
ピット17 ピット23 礎石12 第3図 図14 Fig.生4 Distribution and埋 ±1 1号礎 石 16 → 埋 ±3 17 卜 埋 ±1 埋 ±1 ピット28 埋 ±1 埋 ±2 10 → とも 層 埋 ±2 埋 ±3 ピット33 焼 土 焼 け面遺構 4 → 理±2 18 埋 ±2 2 . ト 24 引 23 ト S ピット10 ︲2 ↓ ピット31 25 29 ト 0 1m I!!III I
NM2遺
構配置図・ 断面 図 (5層 。6層上面)cross sections of features on strata 5 and 6 at Nヽ 12
埋 ±2 ピット29 ピット15 ピット20 ピット22 埋 ±1 ピット30 遺 構 哩 土 色 調 土 質 稲 性 しまり 傭 考 ピット23 1 赤 褐 色 ル ト 良 こ■Υ 2 青 褐 色 ル ト 強 ビット14 1 赤 褐 シル ト 良 娑浅Υ rtを台も。jI■‐2の政 青 TS ンル ト 強 ビット1 1 暗tFJ色 やや良 2 赤 掲 色 粘土質ローム 良 3 オサーブ青 砂 質 粘土 ビット2( 1 黍 褐 色 砂 質 粘 土 ケ供露三年兜嵯▼3■│1夢駕乞寒笠1 1 砂 質 柏 土 ピットP 1 赤 褐 砂質 格 土 やや弱 やや不良 2 茶 掲 シルト質FLi やや弱 やや不良 3 暗 灰 色 帥 方 砺 え 1 暗 褐 色 ,レト印―ム 2 暗 褐 色 シルト質ローム 遮 構 理 土 色 調 土 質 挙占‖生 しまり 備 ビット 陪 裾 負 やや不長 2 陪 福 色 沙旨ローム 不 長 暗tS色 絆 を転 不 良 ピy卜 20 暗 鶴 色 弱 不 良 ピット22 隠費褐色 やや強 不 自 暗 褐 色 褐 色 砂質ローム 不 良 ビット3( 灰 褐 色 粘 土 やや良 ビット31 ピット32 1 仄 掘 色 ピット13 赤 掲 色 砂
図 ・ 1 ト 面 一断 溝 21 ■
G
(_メ
√
埋±2 itti:1 1 第15図NM2澄
構配置図・断面図.(7層 上両Fセ,15 Distributtm.れ d cr“ s seciOns of featuFes on Sttthm‐ 7■
離 狙 土 質 粘 牲 しまり 備 考
溝2 1 踏 鶴1色 撼 '‐
弱 不 良
鰈 磯 留 鰹 瑠 爛 解
Z 暗 猛 色 砂賓 格1 良 やや屋
柱痕 も見 られ る。 これ らは地 覆 と呼 ばれ る礎石間 を結 ぶ木材 が焼 けた痕跡 と推 定 され る。(注)。 ピット19。 20。 22・ 33は 、南耳し方向の礎石抜 き取 り痕 と平行 に位置す る。埋 土 は2重の構 造 を も ち(図14)、 上部 の ピットの埋 土 は焼 土 が入 り壁面 が焼 けてい る。 それ と重複 す る下部 の ピ ッ ト は、