第 3 章 量子化学計算によるエステル油の熱分解による
3.3.1 熱分解過程のモデル化
(1)パラフィン系炭化水素の熱分解
変圧器内での過熱によるガス発生過程について考える。油中で過熱による絶 縁油の分解を考えた場合、単純な熱による分解(熱分解)と油中の酸素と反応し て起こる酸化反応の過程が考えられる。開放型以外の変圧器の場合、絶縁油中の 酸素は非常に少ない状況であり、劣化防止機構の不具合などの特別な原因がな い限り、酸素の供給は遮断されている。したがって本検討では、酸化による分解 反応は考慮せず、純粋な熱分解による過程について解析することとした。
パラフィン系炭化水素化合物の熱分解過程について様々な研究がされ、Race が提唱したラジカルが関与した熱分解過程で起こると一般的に考えられている [14]。この過程では、C-C結合が切断されて2つのラジカルが生成することを起 点としている。このラジカルがどのような反応を引き起こすかによって生成物 が決まる。C-C 結合は C-H 結合に比べて非常に弱いことが分かっているので妥 当な見解であると考えられる。
白井ら [15]は、鉱油系絶縁油の熱分解過程を熱力学的に検討している。この 中でパラフィン系炭化水素の熱分解過程を過去の石油化学系の知見から、元の
0.00 0.05 0.10 0.15 0.20
0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0
RelativeEnergy[Hartree]
Bond length [Å]
uHF6-311+G(2d,p) uB3LYP6-31Gd
uB3LYP6-311+G(2d,p) uAPFD 6-31Gd
uAPFD 6-311+G(2d,p) uMP2 6-311+G(2d,p) uCCSD 6-311+G(2d,p)
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炭化水素が分解して一次分解生成物と元の物質の平衡状態にある一次分解と、
一次分解生成物がさらに分解する二次分解の 2 つの過程であると考えて解析し ている。さらに変圧器内での過熱部分への接触時間が短い場合や過熱温度が低 い場合は、一次分解が支配的であると予測している。一次分解過程では、まず C-C結合の切断と脱水素過程の2種類が起こる過程を想定している。
高分子化学の分野においても熱分解過程に関して結合の切断過程が考えられ ている。高分子は、各種モノマーが重合した化合物である。分子量の範囲は異な るが、炭素鎖を持つ物質である点で熱分解過程は、絶縁油と共通していると考え られる。文献 [16]によると、ポリマーの熱分解では、主鎖の切断による低分子量 化から起こると述べられており、主鎖が無作為に切断されるランダム分解と解 重合とに分けられる。解重合は、最初の切断が起こるとモノマーがジッパーのよ うに次々とはずれているもので、このような分解過程を持つポリマーに限られ る。したがって、通常はランダム分解となる。ポリマーの大部分は、ランダム分 解によって生成するラジカルによるもので、分解過程において結合解離エネル ギーが大きな意味をもち、熱分解のしやすさや解離する場所に影響を及ぼすと される。
石油化学的知見、絶縁油の熱分解過程、高分子化学の知見から炭化水素系化合 物の熱分解を見てきた。分野の違いや対象としている化合物に違いはあるが、分 解の起点は、結合の切断であるという点が共通している。このことから炭化水素 系の化合物の熱分解過程においては、分子内の結合が熱エネルギーにより切断 し、それによって生じるラジカルが連鎖的に引き起こす反応であるということ が共通の認識であると考えられる。したがって、反応生成物は、どの結合が切れ やすく、それによってどんな種類のラジカルが生成するかに支配されていると 推測される。
(2)エステル油の熱分解
エステル油の熱分解を考える。エステル基の熱分解については、β-水素引き 抜き反応があり、β水素を持つエステルでは、この反応によって比較的低い温度 で分解する [17]。この反応では、カルボン酸とアルケンが生成する。これらの分 解生成物は、さらに分解し、COやCO2などの生成に関与していると考えられる。
β-水素がないエステルにおいても熱分解による生成物が調べられており、酢酸 メチルの分解実験の例では、メタノール、エタノール、アセトン、水、メタンの 他、COや CO2が生成している [18-21]。熱分解によるエステルの分解では、こ のような反応の結果、エステル基が分解し、アルコールやケトン、カルボン酸な どのエステル基由来の化合物の他、エステルの炭素鎖由来の炭化水素が生成す ると考えられる。エステル基の分解物は、さらに分解し、COやCO2を生じ、エ ステル油の加熱試験で認められた CO や CO2の生成は、主にこれらの反応によ
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るものと推測される。一部炭化水素系ガスも生じるが、これはエステルの炭素鎖 に由来するもので、炭素数が大きいものであると考えられるため、油中ガス分析 で利用されるCH4やC2H6、C2H4、C2H2などの炭化水素ガスは直接生成しないた め、これらのガスの生成にあまり寄与しないと考える。
エステル油の分解においても、脂肪酸やアルコールの炭素鎖の結合の切断に よる分解反応は生じると考えられる。これらは、炭化水素ガスや水素ガスなどの 生成に関与していると推測される。エステル油の化学構造からその分解過程を 推察する。
エステル油の化学構造のうち脂肪酸エステルの一般式を図 3. 3 示す。中央に エステル基があり、その両端に脂肪酸とアルコールに由来するアルキル基がつ いている。つまりエステル油の化学構造は、エステル基以外の部分は炭素鎖であ り、炭化水素のそれと同様である。したがってアルキル基の部分の熱分解は、パ ラフィン系炭化水素の熱分解と同様の過程を経ると考えられる。つまり、アルキ ル基の分解は、ランダム分解によるものと推測される。
図3. 3 脂肪酸エステルの化学構造一般式
以上のことから、エステル油の熱分解は、①エステル基の熱分解、②アルキル 基の結合切断によるランダム分解の 2 つの分解過程が考えられる。油中ガス分 析で利用されるガスを対象とした場合、①では、主に CO や CO2の生成に関与 し、②では、炭化水素ガスや水素ガスの生成に関与していると推測される。
(3)エステル油の熱分解過程モデル
今回の解析の対象として、主に油中ガス分析で異常診断に用いられる H2、 CH4やC2H6、C2H4、C2H2の生成過程について検討する。これらのガスは、エス テル油のアルキル基の結合が切断し、ラジカルが生成する過程から反応がスタ ートすると考えた。そこで今回は、エステル油の熱分解過程を以下のように仮定 した。
① 結合の切断によるラジカルの生成
結合が切断されることで2つのラジカルが生成する
② ラジカルによる反応
R C O
O R’
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ラジカルが他の分子と反応し、その過程でガス成分を生成する。
③ ラジカルの消滅
ラジカル同士が反応し、ラジカルが消滅する。