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最終弁論一もう一つの認識

1.弁護側から見た日本陸軍と武藤章

  東京裁判におけるもう一つの認識とは、弁護側が主張する、または被告本人が語る、

 目本陸軍像と武藤章像であり、弁明である。これを検討して、本節で提示することに  よって、第四節までの対外観分析と併せて、第二章以下に続く対外観追究の基礎とし  たいと考えている。

  弁護側が主張する目本陸軍像と武藤章像を求めるにおいては、1948(昭和23)年3  月2目から4月15日まで行なわれた「弁護側最終弁論」の内容を主に利用する1)。

 最終弁論は「一般弁論j2)と「個人弁論」に分かれていたが、「一般弁論」8目間に対  して、「個人弁論」24目と、「個人弁論」中心に構成されていた。

  これは、弁護側が、被告個人に対する最後の弁護機会であるとして示した熱意の表 れであるが、弁護側の主張を見るにあたっては注意を要する点である。被告は法廷の  場にあっては、死刑を免れるために当然ながら自己に有利な証言や解釈を提示するし、

担当弁護人は、それに基いて最良の弁論を構築しようとするのである。そのため場合  によっては、事実を過剰に表現することもあり得る。それ自体を何ら責めることはで  きないが、歴史認識の分析対象としては注意を要するものである3)。

2.もう一つの認識一日本陸軍

  検事論告が、日本の国家行動を侵略行為とみなし、被告たちを一様に侵略主義者と  決めつけているのに対して、一般弁論における各弁護人は、日本はむしろ挑発された  被害者であり、満州事変以降の戦争は、やむを得なく行なった自衛戦争であり、侵略  戦争は行っていないと主張している。そこに展開された事実論の内容を、第四節にお  ける判決文分析の項目にしたがって検討・整理したい。ただし、論告文や判決文と違  って、一般弁論においては、国家行為の主体はr日本」と表現されており、r日本陸軍」

 を主体とは限定していない。これは、弁護側としては、国家行為の責任論にもかかわ  る重要点であるので当然と考えられる。そのため、ここでは「目本」を「目本陸軍」

 を含めた概念としてとらえ、特に目本陸軍に関係が深いと考えられる事実を中心に検  討することにしたい。

① 日本(陸軍)は、当時の国際体制をどのように考えていたか。

 日本を含めた当時の国際体制は、やはり「九ヵ国条約体制(ワシントン体制)jと「不 戦条約体制」に代表させることができると考える。中国との関係において、目本は九 ヵ国条約違反を問われているが、弁護側は、締結後22年を経過し、中国を中心とし た国際情勢は大きく変化したことを指摘し、「目本が此の條約に拘束せらるるは甚だし き不合理であるなかりでなく、中國側の挑戦によって已むを得ず自衛的戦闘行動に出 た日本が、文字通り九ヵ國條約に拘束せらるべき筋合ではないと考えた」(『東京裁判 却下未提出弁護側資料』4)第7巻,p.324.以後はぺ一ジ数のみ記載。)として条約違反 ではないと主張している。

 また、盧溝橋事件自体が中国共産分子の陰謀であって、以後の目本の軍事行動は、

中国軍の全面的攻勢を受けて行なった、自衛のための行動であるから、不戦条約の規

定する自衛権行使にあたり、r此の種軍事行動は條約の違反ではありませぬ。」(p.313.)

と、不戦条約違反を否定している。とにかく弁護側の主張は、目中戦争にかぎらず太 平洋戦争においても、自衛のための行動だったと強調する。独立した小見出し「自衛 戦論」(pp.384−428.)によれば、アメリカを中心とした、武力の誇示を伴った経済封 鎖は、目本を国家存亡の淵まで追い込み、挑発された目本は自国存立のため最後の手 段をとった、というのである。

 論告文・判決文では犯罪的国家行為の主役となった目本陸軍については、小見出し r陸海軍の戦争準備」「第一部 陸軍の戦争準備」(pp.430−442.)において、侵略目 的はなかったと主張している。近隣の中国・ソ連の軍備増強に対抗して、防衛力を整 備することは指導者の任務であって、しかも、太平洋戦争前の日本陸軍の軍備は、質・

量ともに侵略的なものではなかった。

 「B二十九號に比すべき大飛行半径を有つ航空機を建造したとか、乃至は原子爆弾 の製造を研究したとかいふ謹擦は未だ曾て提出せられて居りませぬ。…」(p.435.)と 言い、また、目本陸軍は米・英と戦争する事を考えておらず、そのための準備も整備 されていなかったことを、西浦進らの証言から断言している。そして、判決文が、共 同謀議の証拠として最も重要視した「國策の基準」についても、「國策の基準」は、世 界中の国家が持つ国防方針であったとして、「唯當年の列強の覇道政策に鑑み、東洋の 平和を確保するため目本の使命を強調したものに外なりません。」(p.441−442.〉とそ の侵略性を否定している。

0 目本(陸軍)は、日中戦争、太平洋戦争においても自衛のための軍事行動をと  っただけで、侵略戦争を行っていない。よって不戦条約には違反していないし、

 中国との関係においても、目本を九ヵ国条約で拘束するのは不合理であり、目本  が国際秩序を一方的に無視したとはいえない。

O 目本陸軍が支持した「国策の基準」は、アジアの平和を目的とした国防方針で、

 侵略性はないし、陸軍の軍備自体、防御的なもので侵略目的の軍備ではなかった。

 また、目本陸軍は、アメリカと戦う計画を持っていなかった。

②日本(陸軍)は、ドイツ・アメリカをどう評価していたか。

 日米関係については、弁護側は「目米交渉」(pp。460−554.)に重点をおいている。

アメリカの交渉目的を「時を稼ぐ」ためと結論付け、具体例を展開している。アメリ カが提示した四原則は教条主義的で、具体性に欠け、実際の討議を妨害したこと、目 本の近衛内閣・東条内閣における譲歩(三国同盟問題、中国撤兵問題)も、アメリカ の不誠意な対応で、全く無意味に帰したこと、特に最後のハル=ノートについては、

「右の封比の示す如くハル・ノートの諸鮎は『既に繰返し為された』提案ならざるの みならず全然新規なものであり、他の諸黙も亦従来の米國の主張を箸しく強化して居 る」(p.534.)、「ハル・ノートは日本を満洲事攣以前より遥かに劣った地位に否目露戦 争以前の状態に戻すことを要求したものであり、即ち亜細亜の大國としての目本の自 殺を要求したものであった。」(p.536.)とその不当性を訴える。そして、弁護人は、

これらの背景となっているのが、アメリカの目本に対する猜疑心であり、目米交渉は

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所詮アメリカのヨーロッパ戦争を考慮した時間稼ぎにすぎなかったというのである。

O 目米交渉において誠意のない対応をしたのは、アメリカの方であり、東条内閣  においても目本は、妥結のため相当なる譲歩を行なっている。はじめからアメリ  カを敵視し攻撃する方針を持っていたわけではない。

O アメリカは日本に強い猜疑心をもっており、単に時間稼ぎを目的とした交渉で  目本を翻弄した。真珠湾攻撃に関しては、不注意によって通告文が遅延したので  あって、悪意はない。

 日独関係については、「目濁伊三國同盟關係」(pp.322−388.)において、防共協定 問題も含めて、三国同盟中心に弁護を行なっている。結論的には、目独伊による世界 支配など論外であり、三国による協同・協力も何らなく、共同謀議などあり得ないと いうのである。先ず、防共協定については、共産主義に対する防衛が目的で軍事同盟 ではなく、秘密協定の目標がソ連にあったとしても、それだけで国際法違反とはなら ない、と主張する。さらに、1938(昭和13)年からの防共協定の強化に関しても、「侵 略目的のためではなく外交的重味として利用せんとするのが、目本の指導者達の意図 でありました。」(p.345.)と侵略性を否定している。

 そして、独ソ戦は目本に対する不信行為であり、目本も日米交渉の経過や真珠湾攻 撃についてドイツに知らせていない、また、目本陸海軍は開戦にあたってドイツから 何ら軍事的補助を期待していないことなど、すべて目独間に協同・協力がなかったこ とを示すというのである。さらに、戦争勃発後も同様で、r実際目濁は別個の戦争をし て居りました。」「霧しい言登糠物件を以て辮護側は、三國條約による諸混合委員會は機 能を発揮しなかった事を立謹しました。」(p.359.)と、目独間に共同謀議などなかっ たことを強調している。

 それでは目本の同盟締結の目的は何であったかというと、弁護側は近衛の回顧録を 引用し、「米國の欧洲戦争参加阻止」と「日露間の親交を確保すること」であり、目・

独・ソの連合のみが、「英、米の聯合に封して日本の発言権を強力化し得るものであり、

又目支紛争解決を容易ならしめるものである」(p.350.)としている。

O 防共協定も含め三国同盟は、侵略的性格を持つものではなく、三国間には世界  支配といった共同謀議などなかった。日独間においても協同・協力はなく、ヒト  ラーのドイツと日本との信頼関係は薄かった。

O 目本とっての三国同盟の目的は、日中戦争解決とアメリカの参戦阻止であり、

 対英米戦を考えてドイツと軍事協力したわけではない。陸海軍も、ドイツから何  の軍事的援助も期待しておらず、目独は別々の戦争を行ったのである。

3、もう一つの認識一武藤章

  個人最終弁論の武藤弁論は、1948(昭和23)年3月23目に行なわれた。検察側論  告及び判決でも中心となった軍務局長時代の活動に対する反駁に重点を置いていたが、

 この弁論の最大の特徴は、その冒頭において検察側証人田中隆吉元少将の証言を徹底  的に攻撃している点である。弁護人は、田中が「當法廷に出廷せる唯一人の職業的謹