第 8 章 学級風土改善に対する提言
第5節 教育制度の改革
1.受験制度の改革
学級風土について日中比較を行った結果,学級風土のポジティブ因子である「学級への 満足度」,「学級活動への関与」,「規律正しさ」,「学習への志向性」,「自然な自己開示」に おいては,国の差が見られ,いずれも日本より中国のほうが高い事が分かった。学級風土 のネガティブ因子である「学級内の不和」においては,国の差が見られ,中国より日本の ほうが高い事が分かった。また「学級への満足度」においてはキャリアと国の交互作用が 見られ,初任教師については差がないのに対し,中堅教師,ベテラン教師については日本 より中国のほうが高い事が分かった。これらの事から,教育制度などの影響で,日本より 中国のほうが肯定的な学級風土につながると言える。
藤澤(2013)は70年代と90年代における学習の主体,テスト準備,授業活用,受験準 備について比較した。学習の主体について,70年代は学習意欲のある学習者本人であった
が,90 年代は学習者が通う塾の指導教師になった。テスト準備について,70 年代は試験 範囲が教科書を超えるため,教科書やノートの要点をまとめたものの利用,暗記材料の利 用,点検道具としての問題集の利用などが挙げられたが,90年代は試験の出題内容が事前 に分かっているため,定期テスト対策のような学習者の考える工夫を省けた単なる作業に なるものの利用が挙げられた。授業活用について,70年代は授業を真面目に受けると学習 内容の理解度が上がり,試験準備が楽になり,授業の価値を実感できるので授業参加度が 高かったが,90年代は学業成績に反映できるのが授業参加度ではなく,トレーニング教材 を使う定着作業量になったため,授業の価値を実感できなくなり,授業参加度が低くなっ た。受験準備について,70年代は受験準備のため学習塾を通い,受験に関する情報を獲得 した。主に学習内容の弱点診断と補強,教科書を超える出題範囲の知識の習得,進学情報 の獲得などの事学習者が必死に学力をつけていたが,90年代は学習指導要領の改訂によっ て学習内容が減り,試験問題が易しくなったと同時に少子化の原因で競争も低下して来た ため,学習者の受験準備が楽になった。これらの変化が起こった原因について,80年代に あふれている学校の授業を受けなくても定期テストで楽に点数が取れる有害な教材が学習 の魅力を薄れたからである(藤澤,2013)。
90年代の中国では日本の受験戦争と呼ばれる70年代・80年代と同じような受験制度を 実施している(第6章第3節2で紹介した通り)。現代の日本では「ゆとり教育」の原因 で学力低下の問題を引き起こし,「脱ゆとり」を実施しているのに対し,現代の中国では「応 試教育」(詰め込み教育に相当)の過ちを立ち直るため「素質教育」(ゆとり教育に相当)
を実施している。これらの事から,日本の子どもは「ゆとり」から「脱ゆとり」の最中で,
学力を身につけるための学業の負担が高くなり,新制度の下の学校環境に適応するのに時 間がかかると思われる。それに対して,中国の子どもは「ゆとり」(素質教育)の最中で,
学業の負担が減り,学級活動が増加し,子どもが学級にいると楽しく感じるようになった と思われる。それが日本より中国のほうがより肯定的な学級風土につながる原因だと考え られる。しかし,それはあくまでも調査時点(2014年5月~12月)の結果であって,ま だ国の教育制度などの影響で変わっていく可能性も考えられる。日本と中国の受験制度は それぞれの国の歴史沿革や社会的価値観に合う制度であり,一概にどちらが良いとは言え ないであろう。但し,同じ儒教思想の影響を受け,同じような教育制度の改革の流れを有 し,同じ国民の生涯学習の目標を持つ隣国同士として,お互いの経験・教訓を取り入れ,
受験制度の改革に取り組む事が望ましい。
2.授業形態の改革
中国の教師のリーダーシップと学級風土において,旧来の一斉授業とアクティブラーニ ングの高効授業の授業形態の差について検討した結果,リーダーシップP行動における授 業形態の差が見られなかったが,リーダーシップM行動における授業形態の差が見られ,
一斉授業より高効授業のほうが高い事が分かった。本章第1節で紹介したように,教師の リーダーシップM行動の発揮は重要であるので,そのM行動を高める高効授業の授業形 態は推薦すべきと思われる。また,学級風土の「学級活動への関与」,「規律正しさ」にお ける授業形態の差が見られ,一斉授業より高効授業のほうが高い事が分かった。この事か ら,アクティブラーニングの高効授業の授業形態は教師のリーダーシップM行動を高める 一方,子どもの学級活動に参加する熱意,学級のルールの遵守などの学級風土のポジティ ブ因子を高める効果もあると言える。
崎濱(2017)によれば,一斉授業は不特定多数の学習者に同時に同じ内容を一つのまと まった話として伝える事ができるというメリットがある一方,学習者一人ひとりの学習到 達度にばらつきが出るのデメリットや,学習者が元々持っている学力や興味関心などの違 いによっては,その講義を受ける事がメリットになる場合もデメリットになる場合もある。
これらのデメリットを克服する方法として,有意味受容学習(川上・渡辺・松本,2009), 大福帳の利用(佐藤,2013),BRD(Brief Report of the Day; 当日ブリーフレポート方式)
の提案(宇田,2005)などが挙げられた(崎濱,2017)。
一斉授業は教師が主体になって一方的な「教え」に対し,アクティブラーニングの高効 授業は学習者が主体になって「学び」を目的とする授業形態である。人は学びたい事しか 学ばない(藤澤,2017a)ため,子どもの能動性を引き上げるアクティブラーニングのよ うな授業形態は子どもの学習意欲・学業達成感・自己効力感を高める効果があると思われ る。
森(2017)はアクティブラーニングの手法として,生徒に基礎知識のインプット(内化)
と生徒の思考をアウトプットさせる(外化)の往還が必要であり,従来の「内化」ばかり の一斉授業と比べて逆にアクティブラーニングの授業は「外化」しすぎる事を要注意と指 摘し,内化(簡単に基礎知識を教える)―外化(グループワークを基盤とした演習活動)
―内化(生徒の疑問や葛藤の解明及び生徒の思考より一段高い認知レベルでの解説・総括 を行う)の順で授業を進めていく事を推薦した。更にアクティブラーニングの授業の具体 例としては,「協同学習」,「シグソー法」,「反転授業」を紹介した。いずれも子どもの深い
学びを促し,子どもと他者(教師,クラスメート)の関わりを深くし,子どもの学級にい る楽しさを増し,「わかった」,「できた」で子どもの自己効力感を高めるなどに効果的な授 業形態である。更に,アクティブラーニングの授業におけるグループワークによる協同・
共同作業を通して子どもの「協調性」,「統制性」の性格特性の育成も期待できると考えら れる。
以上より,国の教育制度や学校の教育理念・方針に沿って,旧来の一斉授業と並行して 子どもの能動性や知恵を培うアクティブラーニングのような授業を実施すべきだと思われ る。