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第 2 章 水災害に対する危機管理対策の現状と課題

2.1 水災害に対する危機管理対策の現状

2.1.4 合意形成プロセスに関する既往研究

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DCPの計画策定ステップの代表的な既往研究として,磯打44) は,本研究と同じフィール ドの土器川流域における取組をもとに,図2. 15に示すように,流域DCP策定ステップを「1) リスクの洗い出し,2) 地域インパクト分析,3) 流域重要機能の選定,4) 目標復旧時間の設 定,5) 地域継続対策・DCM の実施」と仮定して,計画策定プロセスの概要を示し,多様な 地区防災計画制度の展開の可能性を示している.

図 2.15 流域DCP策定ステップ44)

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り住民参画を促し,住民・関係者等との協働の下で,事業の公益性および必要性について適 切な判断を行う等,より良い計画となるよう取り組んできている46).この住民参加の手続き

では,図2. 16に示すように,市民参加プロセス(PIプロセス)と言われる合意形成プロセ

スの一手法が用いられ,行政が主体となり住民への情報提供,住民からの意見把握,住民意 見の計画への反映を行う手順となっている.その後,国土交通省においては,公共事業の構 想段階における計画策定プロセスのあり方について,標準的な考え方を示すことにより,透 明性,客観性,合理性,公正性を向上させ,より良い計画づくりに基づく円滑な社会資本整 備を推進することを目的として,「公共事業の構想段階における計画策定プロセスガイドラ イン」を2008年4月に策定している47).このガイドラインにおける関係主体の位置づけを図 2. 17に示す.

図2.16 住民参加手続きガイドラインの概要46)

図 2.17 計画策定プロセスガイドラインにおける関係主体の位置づけ 47)

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PIプロセスによる合意形成プロセスについては,既往研究において,藤井48) の集団意志決 定におけるプロセスの重要性,谷口49) の制度・システムの観点からの知見,長町50) や澤田ら

51) のPIプロセスとその達成度などが示されている.

藤井48) は,集団意志決定におけるプロセスの重要性を指摘しており,利己的な存在である 人々の合意形成を望むことが難しいこと,人々の論理性を呼び覚ます「決め方」が合意形成 への道を開くことを示している.

谷口49) は,集団意志決定における制度・システムの観点から,情報処理のための客観的な

(モデル的)諸手法(レベル 1),多少の不合理はあっても話を進める(決める)ための仕 組み(レベル2)が制度として必要と提案している.

長町50) は,住民参加に関連ある人間行動の心理学的原則に基づき,参加者・関係者の満足・

ミッションを最大限に実現する参加型感性工学の手法を提案している.その手法では,表2. 9 に示すように,「情報提供」「参加」「グループ構成」のプロセスを提案し,「参加」の度 合いを「理解度1」から「理解度5」の評価軸で示している.

澤田ら51) は,長町の参加の度合いを,参加者の意識変化・行動変化からなる主体的変化と とらえ,PIプロセス達成度の評価方法を提案している.その評価方法では,表2. 10に示す ように,意識と行動の変化過程が評価軸のステップ(理解度1~5)毎に「第一段階:きっか け」「第二段階:場の有無」「第三段階:結果」から構成されるとして,PIプロセス達成度 のチェックリストを示している.

これらの既往研究で示されるように,PIプロセスにおいては,計画内容に対して,地域住 民(参加者)が理解を深め,意識変化を伴う意志決定まで到達することが望ましい.しかし,

地域住民は,自己における過去の経験や立場に基づいて意見する傾向にあり,計画の内容や 他者の意見に対して理解はできても,本当に納得できる結果(合意)を得ることは難しい.

また,公共事業における計画策定プロセスでは,計画策定者(行政)が主体となって計画を 作成するため,PIプロセスにおいて,地域住民が共通の意志(目的)や新たなアイデア(計 画,行動)を創造することにはならない.

表2.9 参加型人間工学によるコンセンサスづくり技術のプロセス(長町による)51)

プロセス 内容

Ⅰ.情報提供 共有化

Ⅱ.参加 ■理解度1:情報提供/知らせる・見せる,■理解度 2:疑問解消/疑問を持つ,■理解度3:自我関与/

意見陳述,■理解度4:アイデア提供/具体案・建設 への関与(文化・ニーズ・考え方),■理解度5:変 化をつくる/意志決定への立て役者(住民による意 志決定)

Ⅲ.グループ構

・グループ発見,・リーダー指導(リーダーをつく る,育成),・リーダーに接触・行動(価値観の育 成),・イベント構成(住民の輪を広げる),・行 政はあくまで黒子

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表2.10 参加者の心理や行動からみたPIプロセスのチェックリスト(澤田らによる)51) 長町による PI

原理 【第1段階】

意識:情報提供や きっかけ/行動:

きっかけ

【第2段階】

意識:理解する場 の有無/行動:行 動の場の有無

【第3段階】

意識:理解による 意識変化/行動:

行動の結果 理解度1:

情 報 提 供 - 見 せ る・知らせる

●情報提供・きっ かけ

●情報発信の場 ●フィードバック

理解度2 疑問解消-疑問を 持つ・歩み寄る

●疑問解消の情報 提供・きっかけ

●疑問・質問の場 ●疑問の解消

●フィードバック 理解度3:

自我関与-意見陳 述・議論参加

●意見議論のため の情報提供・き っかけ

●意見・議論の場 ●意見の有無

●フィードバック 理解度4:

アイデア提供-具 体案・設計への関

●アイデア募集の 情報提供・きっ かけ

●アイデア募集の

●アイデアの有無

●フィードバック

理解度5:

変 化 を 造 る - Self-Designing

●参加者による意 志決定のための 情報提供・きっ かけ

●PI 参加者の意

志決定の場 ●意志決定の有無

●フィードバック

(2)WS を軸とした住民協働型の大規模水害対策に関する既往研究

水災害分野では,河川管理者が主体となって計画を進める河川整備計画などの法定計画の 策定とは別に,大規模水害の発生に備えて,住民が主体となった実践研究として,加藤・石 川52) や片田ら53) の WS を軸とした住民協働型の大規模水害対策に関する研究・取組などが 行われている.また,海外では,大原ら54) のフィリピンの洪水常襲地帯を対象としたコミュ ニティの危機管理計画手法に関する研究などが行われている.

加藤・石川52) は,WSを軸とする大規模水害に備えた住民協働型の対策検討の取組を行っ ている.その取組は,「広域ゼロメートル市街地」を対象とし,市街地側からの対策のあり 方,それを進めて行くための方法論を実践的な活動を通して明らかにしていくことを目的と している.具体的には,東京都葛飾区新小岩北地区を対象地区とし,図2. 18に示すように,

2006年から2009年の 4年間において,WS,イベント,シンポジウムなどの取組を行って いる.一連の取組の目的と進め方は,①問題意識の醸成,②対策の枠組みの理解,③対策の 検討と実施の三段階の構成となっている.この取組の特徴として,NPOと研究会という行政 ではない第三者が主導的な役割を担った点を挙げている.今後の課題としては,WS プログ ラムの標準化に向けた取組を進めるとともに,近隣の地域へ展開させる必要があると述べて いる.

片田ら 53) は,防災 WS を通じた大規模氾濫時の緊急避難体制の確立に関する研究を行っ ている.その研究では,埼玉県戸田市危機管理防災課と連携し,地域住民が参加する防災 WS を活用して,荒川氾濫時の緊急時一時避難体制の確立を目指した取組を実践している.

具体的には,2007(平成19)年度に,戸田市内の5 町会を対象として WSを開催し,「屋

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内避難・垂直避難」のための緊急一時避難場所の選定について検討を行っている.また,2009

(平成21)年度に,3町会を対象としてWSを開催し,災害時要援護者の避難支援方法,一 般町会員への周知(リーフレット作成)について検討を行っている.さらに,WS 成果をも とに,取組の他町会への波及方策として,WS実施フォーマット(ひな形)を作成している.

今後の課題としては,防災 WSを地域の防災計画づくりに活用していくために,実施方法に ついて継続的に検討する仕組みが必要と述べている.

図 2.18 実施したWSおよび地域イベント52)

大原ら54) は,洪水常襲地帯のコミュニティの危機管理計画作成手法に関する研究を行って いる.その研究では,地域コミュニティの協力により必要なデータを補完することで,科学 的根拠に基づいた災害リスクアセスメントの実施と事前計画の立案を行うことを提唱してい る.具体的には,アジアの洪水常襲地帯の一つであるフィリピン共和国パンパンガ川流域を ケーススタディエリアとした 2年間に渡る活動に取り組み,日常的・既往最大・最大規模の 3 種類の洪水を想定したリスクアセスメントの結果に基づき,コミュニティレベルで,科学

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的根拠に基づく危機管理計画を作成する方法を提案している.その計画策定プロセスは,表

2. 11に示すように,①現状認識,②リスクアセスメント,③地域インパクト解析,④地域の

対応戦略の策定,⑤危機管理計画の策定,⑥危機管理計画の共有という 6 つのステップで構 成している.また,パンパンガ川流域の洪水常襲地帯のコミュニティを対象とした実践活動 を通して,提案手法の検証を行っている.WS実施後には,表2. 12に示す構成によるコミュ ニティの危機管理計画を住民自らが作成している.今後の課題としては,行政とコミュニテ ィのそれぞれが科学的根拠に基づく危機管理計画立案を進めていくことや,他地域を含めて 堤案手法を現地に根付かせるための方法・活動が必要であると述べている.

表2.11 6つのステップに対するコミュニティおよび行政機関の役割54)

表2.12 コミュニティの危機管理計画の構成54)