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価値観のずれへの恐怖―B さん

第 4 章 駐在員配偶者の日常生活実践

4.4 駐在員配偶者の妻・母としての立ち位置

4.4.3 価値観のずれへの恐怖―B さん

Bさん(50代)は、次女の学校生活のことを案じ、夫と価値観がずれないように夫婦 のコミュニケーションに留意して駐在生活を送る。

Bさんは、商社に勤める夫の駐在で、渡独前に、英国に1年半、サウジアラビアに3 年の駐在経験がある。2015年渡独時には、長男(23歳、英国ロンドン生まれ)はロン ドン大学院、長女(18歳)は日本で大学1年で、小学5年生の長女のみ帯同する。日本 人集住地区のオーバーカッセル地区より離れた市の中心部に近い地区に住む。

Bさんは、総合職で就職してから、休職してフランスのビジネススクールに1年2か 月留学する。商社マンの夫と結婚するが、夫はアルジェリアに駐在になる。その時、B さんは日本に残り仕事を続けるが、夫がアルジェリアからロンドンに横移動になった時 に、夫の駐在期間が長くなるとのことで、Bさんは仕事をやめて渡英する。英国で長男 を出産し、1年半の滞在を経て日本に帰国する。そして帰国後に、次女を出産し、サウ ジアラビアの赴任時には、7歳の長男、4歳の長女を帯同する。また、サウジアラビア から帰国後、何か仕事に結びつくかもしれないと思い、アラビア語の勉強を始め、2年 間学校に通い、その後、在日サウジアラビア大使館で働く。数年後に次女を出産するが、

保育園の空きもなかったり、長女の中学受験や登校拒否などもあり「仕事より大事なも のがある」と思い、大使館での仕事をやめる。その時を「人生を考える時期」と捉える。

B:体調も悪く、なんだかうつ病っぽくなって。そんな時に通信販売の仕事を紹介 されて、その仕事が楽しくなって。続けていく仕事として考えました。会社の製品

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を自分で使って、(その製品を)勧めたり、使い方などを教える仕事で。研修もあ ります。ドイツに来る前、日本で5年ほどしていました。

さらに B さんは、「主婦の役割は報われにくいもの」で、「経済的に自分に力がほし い」「経済力があって初めて自立できると思う」と強く語る。そして、Bさんの母親が、

B さんの祖母のお世話をする時、「自分のお金がないとお父さんに申し訳ない」と言っ ていたことを話し始めた。「(私の母は)女性の経済力はとても大事とよく言っていまし た」と話す。そして自分の親も80代になり体も弱ってきており、「親の面倒をきちんと 思いのままみる為にも経済力は大きい」としみじみ語る。

B:お金がない為に(親の面倒をみることが)できない事実。お金があったらできる ことがたくさんあります。年をおうにつれてひしひしと感じています。経済力を 持っていたいと思いました。夫のお金は使いにくいですし。

自分の「経済力」に重きを置くBさんは、夫のドイツ赴任が決まった時は、通信販売 の自分の仕事があり、仕事が「中断はされる」ことになり「悩んだ」が、帰国してから も続けられるし、ドイツでクライアントを増やすこともできると考えなおす。ドイツで は、現地に居る日本人駐在員配偶者や国際結婚した日本人永住女性に製品を勧めたいと 思っている。また、小学校の登校拒否の次女にとって「良いチャンス」になるというこ とが夫に帯同する大きな理由でもあった。次女の通う地元の公立小学校は、クラスが荒 れ「崩壊状態」で、勉強できる状況ではなく、次女は登校拒否になり、学校を変えるこ とも考えていた。そのような状況の中で、ドイツ行きは、次女にとり「チャンス」であ った。

渡独後、本人の希望で、日本人学校ではなく、二つあるインターナショナルスクール のうち、ノイスにあるインターナショナルスクール(ISR)に決める。ISDの方は、夫の 会社の子弟が多く通い、日本人が多いということや、ISRの方が「小規模」であること も選択理由であった。

Bさんは、現地の生活も半年余り経ち、どのような日常生活を送っているのであろう か。

Bさんが生活の中の「軸」として「プライオリティ」として考えているのは、「会社の 奥様たちとのお付き合い」である。実際にはそれほど会う機会は多くはないが、「何か あれば」出かける。そして、もう一つの軸は、インターナショナルスクールに通う次女 の学校関係である。学校の行事である「ハロウィーン」、学内のコンサート、インター ナショナル・フェスティバルなどでのお手伝い、また、図書館などのボランティア活動

80も必要があれば参加する。学校行事の参加は「娘の様子も分かるし」と肯定的に捉え

80 インターナショナルスクールでは父母によるボランティア活動がいろいろあり、その一 つである図書ボランティアは、2時間ほど学校にいき、傷んだ本の修理や整理などを行

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今は、日本で登校拒否だった次女は「(学校が)楽しい」と言う。B さんは、次女が

「落ち着いてきて、元気で学校に行っていることが一番嬉しい」と語る。そして「子ど もって一大プロジェクトじゃないですか」と笑って話す。子育てを「一大プロジェクト」

と考えるBさんが、次女が学校になじみ、ほっとしている気持ちが伝わる。

二つの軸はあるものの、生活の中で「一番長い時間を過ごしている」のは、日本人向 けのドイツ語の学校である。週2回通い、授業後に時々日本人駐在員配偶者たちとお茶 をして帰ることもある。しかし、そこでは、「グループで動く」ことが多く、なかなか 個人的な深いお付き合いには発展しづらい。仲良くなりたい人がいても、「結局みんな に声かけないとなんかいけないような感じ」で、難しさを感じると話す。

*:グループで動くとは。

B:私はひとりを誘ったつもりでも、その人がお茶行くからって。別に(他の人たち に)広めてほしくないんだけど、かといってクラスのみんなで一緒に終わるのに、

私たちがって。そういうのやりにくくないですか。

B さんは友だちになりたい人への声掛けの難しさに、筆者に同意を求めるように言 い、語り続けた。

B:他の人が嫌なわけじゃないですよ。でもお話って2人でするお話と大勢でするお 話と違うわけじゃないですか。(中略)声の掛け方が。誘っても「一斉メール状 態」。クラスの人みんなにランチいかがですかって誘って、じゃ全員はそろわな いけど3人で行こうって。その繰り返し。だと人間関係って深まらないですよね。

そして「微妙に4、5 人だったりすると、ここであった話は、そっちにももちろん伝 わるみたいな」とも話し、人間関係の難しさを感じる。デュッセルドルフでは、うわさ が広まりやすいことにも言及しているのであろう。今までの駐在地であるロンドンやサ ウジアラビアではそのような形での日本人同士の付き合いはなかったという。

また、週1回、現地に長い日本人の先生にヨガも習うが、そこでは友だち同士で来て いる人が多く、知り合ってもあいさつをする程度だという。

人間関係における大変さを嘆くBさんだが、一方、「丸見えな生活は息苦しいかなっ ていうのがありますね」とも話す。さらに日本人駐在員が多く暮らす日本人コミュニテ ィは、「安心感」もあり「最初は有難い」と感じていたが、今は会社や他の駐在員配偶 者たちに頼らなくても「自分で解決」できるようになり、日本人駐在員配偶者たちとの 接点は特に必要とは感じていないように見える。

しかし、日本人学校に通っていない次女に関しては、「日本の子との接点があると嬉

う。

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しい」、「(インターナショナルスクールに)日本人の児童がいて良かった」とほっとす る。さらに「日本人の大人との接点が少ないので、お稽古事は日本人の先生です」とき っぱり言う。娘の為に日本人の子どもだけでなく日本人の大人との接点まで配慮する姿 勢に、筆者は少々驚きを感じた。そして、「(次女が学校に)満足しているので、できる だけここにいっしょにいたい」という語りから、ドイツでの生活が「良いチャンス」に なったと受け止めている様子が伝わる。

渡独を決めたのは、次女のこともあるが、夫との「気持ちのずれが生じる」ことへの 懸念もある。Bさんは次のように語った。

B:日本にいたって、ものすごく(夫)と密に話すわけではないですけど、用事がほ とんどで、用事ばっかりなんですけど。それでもあのー、それでもずれている気 持ちがあるのに、ここで(夫と)離れたら、取り返しのつかないっていう、私に は恐怖感がありましたね。今回の駐在は。まあ、駐在、2回とも一緒に行ったか らかもしれないけど。

そして「駐在に行くのも面倒くさいけど、デュッセルはいいとこだし、行こうかって いう気持ちもあったので」と話すが、「やっぱりその夫婦のコミュニケーションが一番」

と言葉を強める。「子どもは寂しいかもしれないけど、夫婦間ということを考えてなる べく一緒に」という。「同じ空間で暮ら」さないと「価値観がずれていく恐怖」がある。

また、「夫婦関係が良ければ、親の相談もしやすい」とも話す。Bさんの語りから、

娘を心配する母の顔、「夫婦のコミュニケーション」を重視する妻の顔、そして自分の 親を思う娘の顔が見えてくる。