博 士 ( 医 学 ) 横 式 尚 司
学 位 論 文 題 名
実 験 的 高 血 圧 性 肥 大 心 に お け る
致 死 的 虚 血 性 不 整 脈 発 生 機 序 の 電 気 生 理 学 的 解 析
―肥 大退 縮 によ る致 死的 不 整脈 の予 防効 果―
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
I゛研究目的
高血圧性心肥大が進展すると,心筋梗塞などの心血管病の合併に加え,突然死を含む心臓死が 増加するといわれている。突然死の原因と考えられる心室頻拍(VT),心室細動(Vf)ナょどの 致死的不整脈は,心筋梗塞発症早期に最も惹起され易い。すなわち,高血圧性心肥大患者で突然 死が高頻度である原因として,虚血状態に陥り易いことに加えて,虚血早期の致死的不整脈の発 生頻度が高いことが推定される。近年,各種降圧薬の長期投与による心肥大の退縮が報告されて いる。しかし,肥大退縮が突然死を減少しうるかという点は不明である。そこで,本研究では,
高血圧性 心肥大のモデルとして高血圧 自然発症ラット(SHR)を選び,この肥大心で虚血状態 を惹起した場合の致死的不整脈の発生を観察し,これに対する降圧薬慢性投与による心肥大退縮 の影響を検討した。更に,肥大心および肥大退縮心の左室乳頭筋の活動電位を記録し,虚血類似 条件の及ぼす影響も検討した。
II実験方法
1.降圧薬慢性経口投与
既 に心 肥大 を 生じ ている12週齢のSHRを,captopril投与 群(SHR―C),hydralazine投 与 群(SHR−H), 薬剤 非投 与 群(SHR)の3群 に分 け ,更 に正 常血 圧 群と してWistarーKy‑
oto rat(WKY)を用いた 。Tail−cuff法により薬剤投 与(6週間)前後に血圧,心拍数を測 定し,18週齢のラットを対象として実験を行った。薬剤投与は,captopril100mg/kg/日,hy‑
dralazine12mg7kg/日を水に溶解し,飲水として与えた。
2. Langendorff法による心筋虚血時の不整脈の検討
ラ ッ ト 摘 出 心tま Langendorff法 によ り ,95%02十5%COユ 混 合 ガス で 飽 和 し たTyrode液 (NaCl 129,KC14,MgClz0.5,NaH2P04 1.8,CaClz 2.7,NaHC03 20,glucose5.5 mM) で 灌流 し た(37℃ ) 。 血 圧が 異 な る こ と を考 慮 し , 灌 流圧 を 正 常 心 (WKY) で は70cニn1 H:0, 肥 大 心(SHR)で はlOOcmH:0と し , 正 常 血 圧 に 降 圧 さ れ た 降 圧 群 (SHR―C,SHR
―H) で は70cmHよ0と し た 。自 発 拍 動 下 で灌 流 し, 心拍が 安定し た後, 左冠 動脈を 結紮し ,30 分 間 に 発 生す る 不 整 脈 を心 電 図 に 記 録 した 。 結 紮 前 後の 左 室 重 量 当た り の 冠 流 量(ml/g/ min), ま た 心 肥 大 の 指 標 とし て 左 室 重 量/ 体 重(mg/g) を 算出 し た 。 不 整 脈観 察 後 ,Evans blueを 含ん だ灌流 液で灌 流し結 紮に より生 じた非 灌流域(risk area( %))の範囲を確認した。
3.微 小電極 法によ る電気 生理学 的特 徴の検 討
摘 出 した 左 室 乳 頭 筋を 灌流槽 に置 き,一 端に連 結した 張力transducerによ り発 生張カ を測定 し つつ, 微小電 極を刺 入し 細胞内電位を記録した。標本はO. 5Hzの電気刺激で駆動し,950i002十 5%CO: の 混 合 ガ ス で 酸 素 化 し たKrebs―Henseleit液(NaCl 119,KC14.8,CaClよ2.5, MgSO。1.2,NaHCOユ24.9,glucose 10. OmM)で 表 面 灌 流 (33土1℃ ,10ml/min) し た 。 ま ず対照 となる 活動電 位, 収縮張 カを記 録し, 次い で虚血 類似条 件での 変化を30分間検討した。
虚 血 類 似 条 件 は , 灌 流 液 を95%N2十5%C02の 混 合 ガ ス で 飽 和 し たglucose無添 加 のKrebs
‑ Henseleit液 に変更 する ことに より作 成した 。
m実験 結 果
1.降 圧 効 果 お よび 心 肥 大 の 退縮
12 ‑‑‑18週 齢 の 収 縮 期 血 圧 は ,SHRで はWKYよ り 高 か っ た が , 薬 剤 投 与 群 のSHR−C, SHR―Hで は14週 以 降 ,WKYと 同 程 度 ま で 降 圧 さ れ た 。 心 拍 数 は ,SHR―Hで 頻 脈 が み ら れ た 。 左 室 重 量 , 左 室 重 量 / 体 重 は ,SHR,SHR―Hで は ,WKYに 比 し て 大 き く, 心 肥 大 を 示 し てい た 。 す な わち ,SHR一Hで は 降 圧 にも か か わ ら ず, 十 分 な 肥 大退縮 は得ら れなか った 。 一 方 ,SHR―Cで は , 左 室 重 量 , 左 室 重 量 / 体 重 と もSHRよ り 小 さ く ,WKYと ほ ば 同 程 度 ま で心 肥 大 は 退 縮し た 。
2. Langendorff法 に よる 虚 血 性 不 整 脈
WKYで は 期 外 収 縮 , 非 持 続 性 の 頻 拍 は み ら れ た が ,VTやVfは ほ と ん ど な く ,19例 中 , VTが1例 (5% ) の み で あ っ た 。SHRで はVTま た はVfを 生 じ る 例が 多 く (63% ) ,19例 中 , Vf了 例 ,VT5例 で あ っ た 。 肥 大 退 縮 心(SHR―C)で は ,VT,Vfは み ら れ な か っ た(n二 ニ 二 11)。 一 方 , 肥 大 退 縮 し な か っ たSHR一Hで は ,11例 中 ,Vf2例 ,VT3例 と 高 頻 度(45% ) で
あっ た。 なお, 結紮前 後の灌 流心の心拍数,冠流量,更にrisk areatま,各群間に差はなかった。
3.微小 電極法 によ る電気 生理学 的特徴
酸 素化 条 件 で は ,肥 大 心(SIIR,SHR一H)は正 常心 (WKY)に比 して静 止膜電 位(RMP) ,活 動 電 位 高(APA) に 差 は な か っ た が 活 動 電 位 幅(APD) が 延 長 し て い た 。 一 方, 肥 大 退 縮 心 (SHR―C) のAPDは ,WKYと 同 程 度 で あ っ た 。 虚 血 類 似 条 件 で のRMP,APAの 変 化 ( 滅 少 ) も 各 群 間 に 差 は な か っ た 。 一 方 ,APDは , 肥 大 心(SHR,SHR―H) で は5分 後 か ら 著 明 に 短 縮 し た が , 肥 大 退 縮 心(SHR―C) で ばAPDの 短 縮 率 は 小 さ か っ た ( 虚 血30分 後 の APD75の 短 縮 率 :SHR 53% ゛ * * ,SHR―H47% い ,SHR−C32% ,WKY 34% , * * pく O. 005vs. WKY)。なお,虚血類似条件での収縮張カならびにV″ ,の変化率は,各群間に差は なか った 。
IV考 察
肥 大 心(SHR,SHR―H) で 致 死 的虚 血 性 不 整 脈が 頻 発 し た こと は , 高 血 圧 性心 肥 大 で は 心 筋 梗 塞 急 性期 の 致 死 的 不 整脈 に よ る突然 死のり スク が高い ことを 示唆す る。一 方, 肥大退 縮心 (SHR―C) で は ,虚 血 期 の 致 死的 不 整 脈 は 著明 に 抑 制 さ れ た。 し た が っ て, 高 血 圧 性 肥大 心 の 突 然 死 の予 防 に は , 肥 大退 縮 が 重 要 と考 え ら れ た 。Captoprilとhydralazineで退 縮効果 に 違 いがあ ったが ,心 肥大の 形成や 退縮に 血圧以 外の 要因が 関与していると推測された。Captopril がrenln―angiotensin系 を抑制 する ことか ら,心 臓での 局所的 なangiotensinII形 成の 抑制が , 肥 大 退 縮 に関 与 し て い る と考 え ら れ た 。一 方 ,hydralazineでは, 反射 性の交 感神経 活性化 を き たし十 分な退 縮が 得られ ないと 思われ た。
ラ ッ ト肥 大 心 に てAPD延 長 が みら れ た が , その 膜 電 流 系の解 析は 十分に なされ ていな い。 ネ コ 右 室 肥 大で は , カ ル シ ウ厶 電 流 の 減 衰過 程 の 遅 延 ,遅 延整 流外向 き電 流量の 減少な どがAPD 延 長に寄 与して いる と報告 されて いるが ,ラッ ト心 室筋の 活動電 位再分 極過 程には 一過性外向き 電 流 (If。 ) が 重 要 であ る こ と から ,I´。に よる外 向き 電流が 小さく ,APDが延長 して いる可 能 性 が あ る。 降 圧 の み で肥 大 退 縮 し なか っ たSHR―Hで は ,APDは 延 長し , 肥 大 退 縮 心(SFIR
−C) で は ,APDは 正 常 化 し た 。 こ の こ と は 肥 大 心 とAPD延 長 と の 関係 を 裏 付 け る もの で あ り , 蛋 白 合成 亢 進 お よ び その 形 質 変 化 が著 し い 肥 大 心筋 細胞 ではion channelやその 制御機 構 に 変化を きたし ,APDが延 長して いる可 能性が ある 。
心 筋 梗塞 急 性期の 心室細 動,心 室頻 拍など の発生 機序は ,reentryが主 体と 考えら れてい る。
虚 血 心 筋 細胞 で は ,RMP, ヤ ″ ロ ェの滅 少に起 因する 興奮 性,伝 導性の 低下に 加え ,APDは短縮
する 。虚 血 領域 内, あ るい は健 常 部と の間 に 生じ るAPDなら び に不 応期 の 不均 一性 の 増大 は,
reentry発 生 を 助 長 す る 。 肥 大 心(SHR,SHR一H) で は ,APDの 延 長 が み ら れ , 虚 血 類 似 条 件 に な る とAPDは 著 明 に 短 縮 し ,WKYに 比 べ てAPDの 短 縮 率 が 大 き か っ た 。 す な わ ち , 肥 大 心 で は 虚 血 領 域 と 健 常 部で のAPDの不 均 一性 が増 大 して いる こ とを 意味 し ,reentryによ る 不 整 脈 を 起 こ し 易 い と 考 え ら れ た 。 一 方 , 肥 大 退 縮 心(SHRーC) で は , 虚 血 時 に お け る APDの 短縮 率が 低 下し ,同 時 に致 死的 不 整脈 が著 減 した 。こ れ は, 肥大 心 でみ られ た 虚血 時の 電 気 的 不 均 一 性 が 改 善 さ れ た た め と 考 え ら れ た 。
主 副 副
学位論文審査の要旨
高 血 圧性 心肥 大 が進 展す る と, 心筋梗塞な どの心血管病の合 併に加え,突然死 を合む心臓死が 増加 す るが ,その 原因は不明である 。突然死の原因と 考えられる心室頻拍 (VT),心室細動 (Vf) など の 致死 的不 整 脈が 最も 起 こり やすいのは 心筋梗塞の急性期 であることから, 心肥大患者では 虚血状態に陥り 易いことに加えて ,虚血早期の致死 的不整脈が高頻度で あると推定される 。近年,
各種 降 圧薬 の長 期 投与 によ る 心肥 大の退縮が 報告されているが ,肥大退縮が突然 死発生に及ばす 影響は不明であ る。そこで,本研 究で撒,高血圧性 心肥大のモデルとし て高血圧自然発症 ラ゛ナト (SHR) を 選 び , 虚 血 状 態 に お ける 致 死的 不整 脈 の発 生を 観 察し ,そ の 致死 的不 整 脈発 生に 対 する 降 圧薬 慢性 投 与に よる 心 肥大 退縮の影響 ,更に,電気生理 学的解析により肥 大心における致 死的虚血性不整 脈の発生機序を検 討した。.
既 に 心 肥 大 を 生 じ て い る12週 齢 のSHRを ,captopril投 与 群(SHR−C) ,hydralazine投 与 群(SHR―H) , 非 薬 斉l亅 投 与群(SHR)の3群 に 分け ,更 に 正常 血圧 群 とし てWystar, ーKy, oto rat(WKY) を 用 い た 。Tailーcuff法 に よ り 薬 剤 投与 (6週 間) 前 後に 血圧 を 測定 し,18 週 齢 の ラ ッ ト を 対 象 と し た 。 (実 験1)Langendorff法に よ り摘 出心 を 灌流 し, 左 冠動 脈結 紮 後30分 間の 不整 脈 を記 録し た 。心 肥大 の 指標 には 左 室重 量/体重を用い た。(実験2)微小電極 法に よ り, 酸素 化 およ び虚 血 類似 条件 下 (低 酸素 ・ 無glucose)での左室乳頭筋 の活動電位を30
顕 從
巳
正 勝
畠 舘
崎
北 古
宮
授 授
授
教 教
教
査 査
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分間記録した。
そ の結 果 ,12〜18週齢 の収 縮 期血 圧は ,SHRで はWKYよ り高 かっ た が,薬剤 投与群の SHRーC,SHR―Hでは14週 以降 ,WKYと 同 程度 まで 降圧された。左室重量,左室 重量/体 重は ,SHR―Hで は,WKYに比 して 大き く ,心 肥大 を示していた。すなわち,SHR―Hでは 降圧にもかかわらず,十分な肥大退縮は得られなかった。一方,SHR―Cでは,左室重量,左 室重量/体重ともSHRよ り小さく,WKYとほぼ同程度 まで心肥大は退縮した。Langendorff 灌流心での左冠動脈結 紮後30分間の不整脈は,WKYでは期外収縮,非持続性の頻拍はみられ た が ,VTやVfは ほ と ん ど な く ,19例 中 ,VTが1例 (510)で あ っ た 。SHRで はVTま た はVfを生 じ る例 が多 く(63% ),19例 中Vf7例 ,VT5例 であ っ た。 肥大 退縮心 (SHR―C) では,VT,Vfはみられ なかった(n=ニ11)。一方, 肥大退縮しなかったSHR一Hで は,11例 中,. Vf2例,VT3例と高頻度(45%)であった。微小電極法による電気生理学的解析では,酸 素 化 条 件 下 の 肥 大 心(SHR,SHRーH) は 正 常 心 (WKY)に 比 し て 静止 膜電 位(RMP), 活 動電 位高(APA)に 差は な かったが,活動電位幅(APD)が延長していた。一方,肥 大退縮心 (SHR―C)のAPDは ,WKYと 同 程 度 で あ っ た 。 虚 血 類 似 条 件 で は , 肥 大 心(SHR, SHR―H)のAPDは 著 明 に 短 縮 し た が , 肥 大 退 縮 心 (SHR―C)で は 正 常 心 と 同 様 にAPD の短縮率は小さかった。
以上より,高血圧性肥大心では致死的虚血性不整脈が頻発したが,その原因は虚血領域での APDが健常部に比べて著明に短縮することによると考えられた。一方,肥大退縮心では,虚血 によるAPDの短縮度は正常化し,致死的不整脈は著明に減少した。したがって,高血圧性肥大 心の突然死には,虚血時の心筋内での電気的不均一性に起因する致死的不整脈が関与し,その予 防には心肥大退縮が重要であることが示された。
口頭発表の審査会において,宮崎教授(薬剤部)より,降圧薬としてcaptoprilとhydralazine を選択した理由,特に アンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬の中でもSH基を有するcapto‑
prilを選択した理由,Ca拮抗葉など他の薬剤での心肥大退縮効果,更に,今回の実験系を用い て,ACE阻害薬の薬剤間での効果の差を検討し得るかという点にっいて質問がなされた。また,
古舘教授より,renlnの血中濃度測定の有無にっいて質問がなされた。更に,小山教授より,肥 大心では個々の心筋細胞の肥大に加えて大小不同がみられたり,それらに血液を供給する冠微小 血管の異常がみられるが,そのために虚血や再灌流の影響を強く受ける可能性にっいて質問がな された。これらに対し,申請者は概ね妥当な回答を行った。その後に行われた宮崎,古舘両審査 教授との試問においても,概ね妥当な回答がなされた。
本研究は,高血圧性心肥大の突然死の原因として,致死的虚血性不整脈が高頻度である可能性 を示唆し,その発生機序を電気生理学的に解明するとともに,予防として心肥大退縮の重要性を 明 ら か に し た も の で あ り , 有 意 義 な 研 究 と 考 え ら れ , 学 位 授 与 に 値 す る 。