博 士 ( 医 学 ) 高 丸 勇 司
学 位 論 文 題 名
老 人 斑 ア ミ ロ イ ド に 存 在 す る 80kDa 抗 原 の 解 析
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
1.はじめに
老人斑はアルツハイマー病(AD)の代表的な病理変化のーっであり,これまでに様々ナょ側面 から膨大な研究がなされてきた。近年アミロイドの主要な構成成分としてロ/A4蛋白が同定さ れ,ロ/A4蛋 白の沈着にはじまる一連の過程によって,ADの主な病理変化が統一的に説明で きると考えられるようになった。しかしその詳細にっいては明らかではなく,解決すべき問題も 多く残されている。一方,アミロイドはロ/A4蛋白だけから構成されているのではなく,それ 以外にもいくっかの蛋白や酵素が存在することが報告されている。これらの成分は老人斑の形成 に関与していると推測されているが,詳しい役割にっいては不明のままである。したがって老人 斑アミ口イドに関与する新しい成分とその役割を知ることは,老人斑の形成過程を明らかにする 上で重要な手がかりを与えるものと考えられる。
このような立場から我々は老人斑アミ口イドのより多くの構成成分を明らかにするために,老 人斑を認識するモノク口―ナル抗体(mcAb)を樹立し,抗体が認識するエピトープの解析を行つ てきた。本研究では,老人斑アミロイドに80kDaの蛋白が存在し,その蛋白を同定したところ SP―40,40であ る こと が明らかになったので, その意義にっいて考察を加え 報告した。
2.方 法
1)モ ノク口一ナル抗体:AD患者脳の脳ホモジネートあるいは粗精製したアミロイドを免疫 原とし て,老人斑アミロイドあるいは老人斑関連構造物を認識する12ク口ーンのマウスmcAb を樹立 し実験に用いた。
2)反 応抗原の検索,精製,同定: 脳ホモ.ジネートあるいは正常ヒト血漿蛋白(NHP)と,
mcAbと の反応をウエスタンブロッティングで検討した。エピトープが判明していなかった抗 体のう ち,2っの抗体が脳ホモジネ 一卜およびNHPの成分と反応 した。そこで,NHPを用い て反応 抗原の精製を行った。
NHPを ポ リ エ チ レ ン グ リ コ ー ル#4000(PEG) を使 っ て 分 画 し, 反 応 抗 原 を多 く 含 む 分 画を 選 択 し た 。 次に 反 応 抗 体含有IgGを結ム ロさせ た免疫 アフィ ニテ ィーカ ラムを 作成し た。PEG反 応 分 画 を 循 環さ せ て 反 応 抗原 を 特 異 的 に吸 着 さ せ ,3Mチ オ シ ア ン化 ナ ト リ ウ ム 加PBSで 溶出 さ せた 。溶出 液中の 抗原 蛋白に っいて ダイレ クト ・マイ クロシ ークエ ンスを 行い ,N未 満か らの ア ミノ酸 配列 を分析 した。 さらに 蛋白質 デー タベー スを検 索して ,既 知の蛋白質のアミノ酸配列 と の相同 性を 調べた 。
3) 免疫 組 織 学 的 検討 : AD,ア ル ツ ハ イ マ一 型 老 年 痴 呆(SDAT) , 成 人 ダ ウ ン症 , グ ァ ム
. パーキ ンソ ンデメ ンチア コンプ レック ス, 正常対 照の大 脳皮質 凍結 切片を用いて,関節螢光抗 体 法によ る螢 光染色 を行っ た。
$ .結 果
1) 脳ホ モ ジ ネ ー トな ら び にNHPと の 反 応 :こ れ ま で エ ピト ー プ が 明 らか でなか った抗 体の う ち の2っ の 抗 体 (Az 172/4,Az 520/3) がと も に , 非 還 元条 件 下 の 脳 ホモ ジ ネ ー ト およ びNHPの 分 子 量 約80kDaの 抗 原 と 反 応 して い た 。 脳 ホモ ジ ネ ― ト にお け る 反 応 抗原 は ,1¥THP に 比べや や移動 度が 大きか ったが ,疾患による量的,あるいは質的な相違は明らかではなかった。
2) 反 応 抗 原 の 精 製 , 同 定 : PEGを 使 っ たNHPの 分 画 で は ,5〜15%分 画 に 反 応 抗原 が 存 在 し て い た 。こ の 分 画 を 用い て , 反 応 するmcAb Az 172/4を 結合 さ せ た 免疫ア フィニ ティ一 カ ラ ム に よ り精 製 を 行 っ た。 アフィ ニテ ィ精製 された 反応抗 原は ,非還 元状態 では分 子量約80 kDa付 近 に や や 幅 の 広 い 単 一の バ ン ド と し て, 還 元 す る と約40kDaの3〜4本の バ ン ド と して 検 出され た。次 にア フィニ ティー カラム から の溶出 液を還 元条件 下で電 気泳 動し,ダイレクトマ イ ク ロ シ ー クエ ン ス を 行 った 。その 結果N末端 から 順にほ ぼ等量 の2っずっ のアミ ノ酸 が同定 さ れ , ヘ テ口な2っ のコン ポーネ ントの 存在 が明ら かにな った。 蛋白 質デー タベー スによ り検索 し た と こ ろ , 正 常 ヒ ト 血 漿 蛋 白 で あ るSP―40,40の ア ミ ノ 酸 配 列 と 完 全 に 一 致 して い た 。 3) 免 疫 組 織 学 的 検 討 : SP―40,40を 認 識す る 抗 体 に よる 免 疫 染 色 で は,ADやSDATの 全 例 の脳に おいて 種々 の形態 のアミ 口イド 沈着 構造物 か染色 された 。瀰慢 性老 人斑,ア口ミ口ド・
ア ンギオ パチー では 陽性率 は低く ,定型 的老 人斑ほ ど陽性 率が高 かった 。ま た,背景となる組織 が 広 範 か っ 瀰漫 性 に 染 色 され て い た 。 連続 切 片 を 用 いた 検 討 で は , 抗GFAP抗体 で陽性 となる 老 人 斑 周 囲 の星 状 膠 細 胞 が抗SP―40,40抗体 によっ ても同 様に染 色さ れた。 しかし ,対照 脳で は 背景の 組織を 合め て全く 染色は みられ なか った。
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4.考 察:
以 上 の結 果から,老人斑アミI口 イドにSP―40,40が存在する こと,SPー40,40はADや SDAT脳において星 状膠細胞で蛋白として発現されることが明らかとなった。また,初期病変 とみなされる瀰漫性老人斑では陽性率が低いものの老人斑アミ口イドの集塊が形成されるにっれ てアミロイド斑に強く局在しており,SP→40,40は老人斑形成に密接に関与していることが示 唆された。
SP〜40,40は動物種を越えて極めてよく保存された,生体にとって不可欠な多機能蛋白であ ると考えられている。老人斑形成との関係では,補体系の活性化と制御に関する役割と,細胞傷 害の際に組織修復に関する役割の2っの機能が注目される。
老人斑アミ口イ ドには補体の古典的経路に属 するClq,C3,C4などの存在が指摘されてお り,SP−40,40は活性化された補体系の制御のために出現している可能性がまず考えられる。
第2に,細胞傷害,あるいは細胞死によって引き起こされる組織修復の過程で出現する可能性 が挙げられる。中枢神経系などにおける細胞の変性や細胞死に際し,病変局所でSP―40,40が 発現されるという知見が集積されており,組織損傷や細胞死の鋭敏な指標となり修復機転の発動 を促すと想定されている。
このようにSP―40,40は,老人斑形成と細胞 傷害・細胞死というAD脳における2っの主要 な現象のいずれにも関与している可能性があり,AD病変成立に重要な役割を担っていると考え られる。さらに詳細な発現機構を明らかにして行くことは,ADの病理過程を理解する上て多く の示唆を与えるものと考えられる。
学位論文審査の要旨
老人斑はアルツハイマー病(AD)に特有かっ重要な病変である。すでに老人斑アミロイドの 主要構成成分としてロ/A4蛋白が同定されているが,その他にもいくっかの蛋白や酵素が存在 することが報告されている。しかしこれらの成分の役割については不明のままである。老人斑ア
格雄 三 輝信 下橋 山石 西 授授 授 教教 教 査査 査 主副 副
ミ ロ イ ド に関 与 す る 新 しい 成 分 と そ の 役割 を 知 る こ とは , 老 人 斑 の形 成 過 程のみ なら ずADの 病 因を明 らかに する上 で重 要な手 がかり を与え るも のと考 えられ る。そ こで我 々はアミロイドの よ り 多 く の構 成 成 分 を 明ら か に す る た めに , 老 人 斑 を認識 するモ ノク口 ーナ ル抗体(mcAb) を 樹 立 し , 工ピ ト ― プ の 解体 を 行 っ て き た。 本 研 究 で は,老 人斑ア ミ口イ ドに80kDaの 蛋白が 存 在 し,そ の蛋白 を同定 した ところSP―40,40であ. るこ とが明 らかと なり, 併せてその意義につ い て考察 を加え た。
方 法と結 果
1)mcAb: AD患 者 脳の 脳 ホ モ ジ ネー ト あ る い は 粗精 製 し た ア ミ口 イ ド を 免疫原 として ,老 人 斑 ア ミ ロイ ド あ る い は老 人 斑 関 連 構 造物 を 認 識 す る12ク ロ ー ンの マ ウ スmcAbを樹立 し実 験 に 用いた 。
2) 反 応抗 原 の 検 索 ,精 製 , 同 定 :脳 ホ モ ジ ネ ート あ る い は 正 常ヒ ト 血 漿 蛋 白(NHP)と , mcAbと の 反 応 を 検 討 し た と こ ろ ,2っ の 抗 体 (Az 172/4,Az 520/3) か 約80kDaの 抗 原 と 反 応 し た 。 そ こ で ,NHPを 用 い て 反 応 抗 原 の 精 製 を 行 っ た 。NHPをPEG#4000を 使 つ て 分 画 し ,反 応 抗 原 を 多く 含 む 画 分 (5 ‑‑15% ) を 選 択 し, さ ら にAz 172/4含有IgGを 結合 さ せた免 疫アフ ィニテ ィ. 一カラ ムで精製した。粗精製された抗原は,非還元状態では分子量約80 kDa付 近 に 単 一 の バ ン ド と し て , 還元 す る と 約40kDaの3〜4本 の バン ド と し て 検出 さ れ た 。 次 に 粗 精 製し た 抗 原 蛋 白に っ い て,N末端 からの アミノ 酸配列 を分析 した 。その 結果N末端 から 順 に ほ ぼ 等量 の2っ ず っの ア ミ ノ酸が 同定 され, ヘテ口 な2っのコ ンポー ネント の存 在が明 らか に な っ た 。蛋 白 質 デ ー タベ ー ス により 検索し たとこ ろ,正 常ヒ ト血漿 蛋白で あるSP―40,40の ア ミノ酸 配列と 一致し た。
3)免 疫 組 織 学 的 検討 : ADな どの 大脳皮 質の凍 結切片 を用い て, 間接螢 光抗体 法によ る螢 光 染 色 を 行 った 。SP←40,40を認 識す る抗体 によっ て,種 々の形 態の アミ口 イド沈 着構造 物が 染 色 さ れ た 。し か し す べ での ロ /A4蛋白沈 着を染 色す るわけ ではな く,定 型的老 人斑 ほど陽 性率 が 高かっ た。ま た,背 景と なる組 織が広 範かっ 瀰漫 性に染 色され ていた 。連続 切片を用いた検討 で は , 老 人 斑 周 囲 の 抗GFAP抗 体 陽性 星 状 膠 細 胞が 抗SP―40,40抗体 に よ っ て も同 様 に 染 色 さ れ た 。 し か し , 対 照 脳 で は 背 景 の 組 織 を 含 め て 全 く 染 色 は み ら れ な か っ た 。 考 察 :以 上 の 結 果 から ,AD脳 にお い てSP―40,40は 星 状 膠 細 胞で 蛋 白 と して発 現され ,ア ミ 口イド の集塊 が形成 され るにっ れて老 人斑に 強く 局在す ること から, 老人斑 形成に密接に関与 し ている ことが 強く示 唆さ れた。
SP―40,40は 動 物 種 を 越え て 極めて よく保 存され ,多 臓器か ら発現 される ,生体 にと って不
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可欠な多機能蛋白であると考えられている。老人斑形成との関係では以下の2っの機能が注目さ れる 。老 人斑アミロイドには補 体の古典的経路に属するClq,C3,C4などの補体成分の 存 在が指摘されており,SPー40,40は活性化された補体系の制御のために出現している可能性が 考えられる。第2に,細胞傷害によって引き起こされる組織修復の過程で出現する可能性が挙げ られる。中枢神経系などにおける細胞の変性や細胞死に際し,病変局所でSP一40,40の発現量 が増 加す る とい う知 見が 集積 さ れており,修復機転の発動 を促すとも想定されている 。 このようにADの脳内 で産生されているSPー40,40は,老人斑形成と細胞傷害・細胞死とい うAD脳に おける2っの最も重要 な現象のいずれにも関与して いる可能性があり,ADの病 変 成立に重要な役割を担っていることが示唆された。
以上の発表に際し各教授より質問を受け回答した。
石橋輝雄教授。1) シークエンシングを行ったのはどのバンドか。―還元条件下で40kDaに 見られた数本のバンドである。2)複数のバンドを一括して分析したのはなぜか。―抗体がその いずれのバンドとも反応していたためである。3)脳から抗原を精製・分析したか。一行ってい ない。4)アミ口イドに存在するSP―40,40は,脳由来,血管由来のいずれと考えられるか。
一脳由来と考えられる。
西信三教授。1)正常ではこの蛋白はどこで産生されているか。→種々の臓器で発現され分 泌されている。2)対照脳では免疫染色で陽性構造がみられなかったのに,ウエスタンでは抗原 が認められているのはなぜか。―実際に脳蛋白中の含有量に差がないのかどうか。調整方法を変 えて検討したい。
本研究は,老人斑を 認識するmcAbを樹立し,反 応抗原を精製して,蛋白成分SP―40,40 の存在を認め,その意義にっいて検討したもので,老人斑形成の機序の解明に寄与するところが 大きく,博士の学位に値するものと判定された。