博 士 (医学) 玉 学 位論 文 題 名
花
低酸素侵襲に対する軽度・中等度低体温の脳保護効果
―選択的神経培養細胞を用いた検討一
学位論文内容の要旨
麻酔 中 をは じめ 、周術期の脳保護法は未だ 確立しているとは言えない 。その理由としてまず挙げら れ るの は 、神 経細 胞の虚血に対する脆弱性で ある。その機序の中心とな ってきたのが、グルタミン酸
―カ ルシウム仮説であるが、この カスケードを標的とした脳 保護薬の多くが、臨床実験ではほとんどす べて が無効という結果に終わっている。一方、最近ではその機序として、ミトコンドリア機能不全とアポ ト ーシ ス との 関連 も注 目 され 始め てい る。 脳保護に関する低体温療法に ついては、1987年にBustoら が 前 脳 虚 血 モ デ ル で 虚 血 中 の 脳 温 を36℃ か ら34℃ に 下 げ た だ け で 、虚 血性 脳障 害が 劇 的に 減少 す るこ と 報告 し、 現在の臨床における軽度・ 中等度脳低体温療法にまで 発展する契機となった。その 後 、多 く の基 礎実 験で そ の有 効性 が追 試さ れ てい るが 、臨 床的 有効性 はその地位を確立するに至っ て いな い 。ま た、 軽度 ・ 中等 度低 体温 によ る 脳保 護効 果の 機序 が代謝 の抑制だけでは説明できない こと は明らかであり、その機序も 未だ解明されていなぃ。そ こで今回私たちは、「軽度・中等度脳低体 温 療法 に 本当 に脳 保護 効 果が ある ので あれ ぱ 、神 経細 胞自 体に 何らか の効果を有するはずである」
と いう 仮 説を たて 、選 択 的神 経細 胞培 養を 用いて、1)虚血性侵襲に対 する軽度・中等度低体温療法 が 神経 細 胞そ のも のに 対 して 本当 に保 護効 果を有するか、2)もし有効 であるならば、その機序は何 か を グ ル タ ミ ン 酸 一 カ ル シ ウ ム 仮 説 と ミ ト コ ン ド リ ア 機 能 不 全 の 両 面 か ら 検 討 し た 。
妊 娠18日のWisterラッ トを イソ フ ルラ ン麻 酔後 、脊 髄 破壊し て帝王切開し胎児を摘出し た。開頭 後に 大脳 を摘 出 し、 前脳 を分 離し た 。得 られ た脳 を物 理 的なら びに化学的に分散した後、 神経細胞 (5xl05個)をポリ―D―リ ジンコーティングの培養皿上に散布した。培養液にはB―27 supplement、N―2 supplement、L― グル タミ ン を添 加し たNeurobasal mediumTMを 用い、37℃、二酸化炭素濃 度5%の環 境 の イ ン キ ュベ ータ ー 内で 培養 を行 っ た。 培養 開始 後14日 目に おけ る細 胞の 分 化同 定の ため に 、 MAP2抗 体 と 抗GFAP抗 体 を用 い神 経細 胞 とグ リア 細胞 の比 率 測定 を行 った 。結 果 、神 経細 胞と グ リ ア細胞における神経細胞の 比率は90。6%であった。
虚 血 性侵 襲と して 、低 酸 素侵 襲を 用い た。 軽 度低 体温 とし て33℃、 中等度低体温として30℃を設 定し た 。30、33、37℃の3温度群に設定した インキュベーター内に窒素を 充填し、酸素濃度を1%以下 に 保 っ た 。 同 じ 脳 か ら 採 取 し た 神 経 細 胞を14日 間培 養後 、 培養 皿3個を 各温 度に 無作 為 に割 り付 け24時 間 低 酸 素 暴 露 を 行 っ た 。 次 に 、 低 体 温 のtime windowを 調 べ るた め、 低 酸素 暴露 開始 の8 時間 、 もし くは12時 間後 に 、そ れぞ れの 温度 に 割り 付け 、合 計24時間 の低酸素暴露を行った。細胞 の生 存 率を 決定 する ため に 、培 養皿 にあ らか じ め撮 影点 を4カ所 設定 し、 低 酸素 侵襲 負荷直前に短 時間 で 撮影 して 細胞 数(500ー1000個 )を 記録 し た。 侵襲 負荷 終了後に トリパンブルー染色を行って 同一 地 点を 撮影 する こと で 死細 胞と 脱落 した 細 胞数 の計 測を 行 った 。
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培養 液 中( 細胞 外) に遊 離 した 内因 性の グル タ ミン 酸濃 度を 測 定す るた め、 各温度下で低酸素 負 荷 を24時 間行 った 後、 グル タ ミン酸の定量 をHPLC一蛍光光度法を用い、 螢光光度計により測定した 。 外 因性 グ ルタ ミン 酸負 荷に よ る細 胞傷 害の 影響 を みる ため 、同 じ 脳か ら採 取し た神経細胞を14日 問 培 養 後 、30、33、37℃そ れぞ れの 温度 下 で、 グル タミ ン酸250pMを30分間 負荷 した 。そ の 後、 グル タ ミ ン 酸 無 添 加 培 養 液 に 交 換 し 、再 び同 じ温 度 のチ ャン バー 内で23時間30分 培養 し、 上 記の 方法 で 細胞 生 存率 を測 定し た。 ア ポトーシスと ネクローシスの鑑別を行うた め、低酸素負荷24時間後に 、 神 経細 胞 をHoechest33342とpropidium iodideで染 色し 螢光顕微鏡下で 観察した。ミトコンドリア 傷 害の評 価としてミトコンドリア膜電 位の消失の有無を測定した。統計学的処理は、ミトコンドリア傷害細 胞 の 割 合 以 外 は 、 各 温 度 間 に お け る ー 元 配 置 分 散 分 析 で 検 定 し 、 有 意 差 を 見 た と き は Tukey−Kramer法を 用 いた 。ミ トコ ン ドリ ア傷 害細 胞の 割 合は30℃ と37℃間 で 対応のあるt検定を 行 った。
24時 間の 低酸 素 負荷 後の 生存 率は 、37℃ に比 較し て、33、30℃に おいて有意に 高かった。また、
8時 間後 に 低体 温を 開始 した 場 合も 、37℃と30℃と の間 に有 意差 が 見ら れた 。し かし 、12時 間後に 低 体 温 を 開 始 し た 場 合 は 、温 度間 で有 意差 を 見な かっ た。 低酸 素 負荷24時 間後 、 培養 液内 に遊 離 したグルタミ ン酸の濃度は、3温度問に有 意差を認めなかった。グルタ ミン負荷24時間後の生存率 は、
温 度 低 下 に 伴 い 生 存 率 は 高く なる 傾向 はあ っ たも のの 有意 差は 認 めな かっ た。 低 酸素 負荷24時 間 後、アポトー シス細胞の比率は、30℃にお いて、37、33℃と比較して 有意に少なかった。ネクローシス 細胞の比率は 、有意差を認めなかった。ミ トコンドリア傷害を起こし た細胞の割合は、37℃でと比較し て30℃有意に 少なかった。
今 回 、 軽 度 ・ 中 等 度 脳 低 体 温 の 神 経 細 胞 自 体 に 対 す る 影 響 を 検 討 す る た め 選 択的 神経 細 胞培 養 を用 い た。 また 周術 期、 特 に麻 酔中 の脳 保 護効 果を 想定 し、 低 酸素 負荷 後の 効果(治療効果)で はなく 、低酸素負荷中の保護効果 (予防効果)について検討し た。本実験でも、低酸素侵襲に対して、
軽 度 な ら ぴに 中等 度低 体温 に 保護 効果 を認 めた 。 また 、こ の効 果 は、 低酸 素開 始か ら8時間 後 に低 体 温を 開 始し ても 残存 し、 低 体温 が虚 血後 早 期で はな く、 虚血 か ら細 胞死 に至 る中途の何らかの過 程で作 用をしている事を示唆した 。
軽 度 な ら ぴ に 中 等 度 低 体 温 の脳 保護 効果 の 機序 につ いて は、 今 まで 多く の基 礎実 験 で色 々な 仮 説 が 提 唱さ れて い るが 、そ の機 序に つ いて は依 然確 定を 見 てい ない 。今 回3温度 間で 低 酸素 後の 細 胞外グルタミ ン酸濃度に有意差を認めな かった。今回のモデルではグ リア細胞がほとんどいないため、
本 研究 での 細胞 外 グル タミ ン酸 濃度 は 、シ ナプ ス前 細 胞か らの 放出 と再 取 り込み の差、すなわちシ ナ プス 前神 経細 胞 での グル タミ ン酸代謝を反映している ものと考えられ、それに対 する軽度・中等度 低 体温 の影 響は ほ とん ど無 いこ とが示唆された。一方、 グルタミン酸負荷に対する 細胞傷害も、低体 温 は有 意に 抑制 し なか った 。以 上より、本実験系ではシ ナプス前ならびにシナプス 後のグルタミン酸
― カル シウ ム仮 説 が、 軽度 ・中 等度 低 体温 の脳 保護 効 果の 主要 な機 序に は ならな いと考えられた。
ー 方、 今回 、低 酸 素侵 襲後 のア ポト ー シス の進 行が30℃下 で抑 制に 働く 事 が示さ れた。また、低酸 素負荷後のミ トコンドリア膜電位消失も 、30℃で有意に抑制された。 以上より、本研究で見られた低酸 素 負荷 後の 軽度 ・ 中等 度低 体温 の神 経 細胞 保護 効果 の 機序 とし て、 少な く とも中 等度低体温ではミ ト コ ン ド リ ア 傷 害 の 抑 制 に よ る ア ポ ト ー シ ス の 進 行 を 抑 え て い る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。
本 研 究 に よ り 、 以 下 の 知 見 を 得 た :1) 低 酸 素 侵 襲 に 対 し て 、 軽 度 (33℃ ) な ら び に 中 等 度 (30℃ ) 低 体 温 は 保 護 効 果 を 有 し た 。2) そ の 効 果 は 、 低 酸 素 開 始 後8時間 でも 見 られ た。3) シ ナプ ス前 なら びに シ ナプ ス後 のグ ル タミ ン酸 ―カ ルシ ウ ム仮 説は 保護効果の主要な機 序にはならな い可能性が示唆された。4) 少なくとも中等度低体温で は、ミトコンドリア傷害の抑 制によるアポトー シスの進行抑制が機序のー っになる可能性が考えられた 。
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さらに、in vivoや臨床研究を行うことにより、軽度・中等度低体温の脳保護効果の役割をさらに解 明することができると期待される。
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学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
低酸素侵襲に対する軽度・中等度低体温の脳保護効果
―選択的神経培養細胞を用いた検討一
麻 酔中 を はじ め、 周術 期 の脳 保護 法は 未だ 確 立し てい ると は言 え ない 。な かで も 軽度・中 等度低 体 温 療 法 に つ い て は 、1987年 に ラ ッ ト で 虚 血中 の脳 温を34℃に 下げ ただ けで 、 虚血 性脳 障害 が劇 的に 減少 さ れる こと が報 告 され て以 降、 多く の 基礎 実験 でそ の有 効 性が 追試 され て いるが、 臨床的 有効性はその地位を 確立するに至っていなぃ。ま た、その機序も未だ解明さ れていない。そこで今回、
選 択 的 神 経 細 胞 培養 を用 いて 、1)虚 血性 侵 襲に 対す る軽 度 ・中 等度 低体 温が 神 経細 胞そ のも のに 対し て本 当 に保 護効 果を 有 する か、2) もし 有効 であ る なら ぱ、 その機序は何かを、遅発性神 経細胞 死の機序として有カ なグルタミン酸一カルシウム 仮説とミトコンドリア機能 不全の両面から検討した。
妊 娠18日 のWisterラ ッ ト を麻 酔後 脊髄 破 壊し て帝 王切 開し 胎 児を 摘出 した 。開 頭 後に 得ら れた 脳 を 分 散 し た 後 、Neurobasal mediumを 用い37℃ 、二 酸 化炭 素濃 度5%の 環境 下で 培 養を 行っ た。
培 養 開 始 後14日 目 に 、MAP2抗 体 と 抗GFAP抗 体 を 用 い 神 経 細 胞 と グ リ ア 細 胞 に お け る 前 者 の 比 率 が90.6%であ るこ とを 確 認し た。 軽度 低体 温 として33℃、中等度 低体温として30℃を設定した 。虚 血 性侵 襲と して 、 低酸 素侵 襲を 用い 、30、33、37℃の3温度群に設 定したインキュベーター内に 窒素 を 充填 し、 酸素 濃 度を1% 以下 に保 った 。ま ず 、各 温度 下で24時 間 低酸 素暴 露の 細 胞生 存率 に及 ば す 影響 を検 討し た 。次 に、 低体 温のtime windowを 調べ るた め、 低 酸素 暴露開始の8時間、もし くは 12時 間 後 に 、 そ れ ぞ れ の 温 度に 割り 付け 、 合計24時 間の 低酸 素 暴露 を行 った 。細 胞 の生 存率 決定 に は、 侵襲 負荷 後 にト リパ ンブ ルー 染 色を 行い 、侵 襲 前の 像と 比較 して 死細胞と脱落した細胞 数の 計 測 を 行 っ た 。 低 酸 素 負 荷24時 間 後 の 培 養 液 中 に 遊 離 し た 内 因 性 の グ ル タ ミン 酸 濃度 をHPLC一 蛍 光光 度法 を用 い 測定 した 。外 因性 グ ルタ ミン 酸負 荷 によ る細 胞傷 害の 影響をみるため、各温 度下 で 、 グ ル タ ミ ン 酸250uMを30分 間 負 荷 し た 。23時 間30分 後 に 、 上 記 の 方 法 で 細 胞 生 存 率 を 測 定 した。アポト ーシスとネクローシスの鑑 別を行うため、神経細胞をHoechest33342とpropidium iodide で染色し螢光 頭微鏡下で観察した。ミトコンドリア傷害の評価としてミトコンドリア膜電位の消失の有無 を測定した。
24時 間の 低酸 素負 荷後 の 生存 率は 、37℃に 比 較し て、33、30℃に おい て有意に高かった。ま た、
8時 間 後 に 低 体 温 を 開 始 し た 場 合 も 、37℃ と30℃ と の間 に有 意 差が 見ら れた 。低 酸 素負 荷24時間 後、 培 養液 内に 遊離 した グ ルタ ミン 酸の 濃度 は 、3温度間に有意差 を認めなかった。グルタミン 酸負 荷24時 間 後 の 生 存 率 は 、 有 意差 は認 めな か った 。低 酸素 負荷24時間 後、 アポ トー シ ス細 胞の 比率
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は 、30℃ にお いて 、37、33℃と比較して有意に少なか った。ネクローシス細胞の 比率は、有意差を認 めな かった。ミトコンドリア傷害 を起こした細胞の割合は、37℃でと比較して30℃有意に少なかった。
低 酸 素侵 襲に 対し て、 軽 度・ 中等 度低 体 温に 保護 効果 を認 め た。 また 、この 効果は、低酸素開始 か ら8時間 後に 低体 温を 開 始し ても 残存 し、 低 体温 が虚 血後 早 期で はな く、 虚血 か ら細 胞死 に至 る 中 途の 過程 で作 用 をし てい る事 を 示唆 した 。今 回3温度 間で 低 酸素 後の 細胞 外グ ル タミ ン酸 濃度 に 有意 差 を認 めな かっ た。 ま た、グルタミン酸負荷に対 する細胞傷害も、低体温は 有意に抑制しなかっ た。 以 上よ り、 本実 験系 で はグルタミン酸一カルシウ ム仮説が、軽度・中等度低 体温の脳保護効果の 主要 な 機序 には なら ない と 考え られ た。 一 方、 低酸 素侵 襲後 の アポ トー シスの 進行が30℃下で抑制 に働く事が示され た。また、低酸素負荷後のミ トコンドリア膜電位消失も 、30℃で有意に抑制された。
以上より、本研究 において、少なくとも中等度低体温ではミトコンドリア傷害の抑制によるアポトーシス 進行抑制が保護効 果の機序とたるうる可能性が 示唆された。
副査の吉岡教授より、 臨床で使われている軽度・中 等度低体温の温度、虚血に よるミトコンドリア傷 害の 機序 、グ ル タミ ン酸 一カ ルシ ウ ム仮 説が 保護 効 果の 主要 な機 序に な らなかった理 由について、
同じ く、 副査 の 丸藤 教授 より 外因 性 グル タミ ン酸 負 荷時 間と 量の 設定 の 根拠、軽度低 体温の保護効 果の 機序 、今 後 の研 究の 方向 性に つ いて の質 問が あ った 。次 いで 主査 の 森本教授より 、混合培養な ど他 の培 養系 で の結 果、 臨床 と基 礎 研究 との 結果 で 相違 が生 じる 理由 に ついての質問 があった。い ず れ の 質 問 に 対 し て も 、 申 請 者 は 本 研 究 の 結 果 や 文 献 を 引 用 し 、 的 確 か つ 丁 寧 に 解 答 し た 。
この 論 文は 、周 術期 の 脳保 護法 とし ての 軽 度・ 中等 度低 体温 療 法の有 効性とその機序を、選択的 神 経細 胞 培養 を用 いて 初 めて 明ら かに した こ とで 高く 評価 され 、 今後臨 床面での応用さらに虚血性 神 経細 胞 傷害 の機 序解 明 へと 発展 して いく こ とが 期待 され る。
審査 員一 同 は、 これ らの 成果 を 高く 評価 し、 大学 院 課程 にお ける 研 鑽や取得単位なども併せて申 請 者 が 博 士 ( 医 学 ) の 学 位 を 受 け る の に 充 分 な 資 格 を 有 す る も の と 判 定 し た 。
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