2.5 RTD の非線形 I-V 特性の理論予測
2.5.3 Transfer Matrix 法を用いた透過確率計算
ここで,(2.16)式のPseudo-Voigt関数を(2.36)式に代入して書き直すと,(2.39)式となる J=
∫ ∞ 0
[ξL(Ez,V) + (1−ξ)G(Ez,V)]×S(Er(V),V)dEz (2.39) ローレンツ関数の積分計算は(2.40)式,ガウス関数の積分計算はΓGが十分に小さいと仮定して
(2.41)式のように表され,最終的に共鳴トンネル電流IT は(2.42)式で与えられる.
∫ ∞ 0
L(Ez,V)dEz= 1 π
[π
2+tan−1
(2Er(V) ΓL
)]
(2.40)
∫ ∞ 0
G(Ez,V)dEz=1 (2.41)
IT(V) =A× [
1−ξ+ξ π
(π
2+tan−1
(2Er(V) ΓL
))]
×em//kBT 2π2h¯3 ln
1+exp
(EF−Er(V) kBT
) 1+exp
(EF−Er(V)−V kBT
)
(2.42)
ただし,ローレンツ関数,ガウス関数の近似は適用するモデルによって適宜変更する必要がある.
また,A[m2]はメサ面積を含むフィッティングパラメータである.
一方,熱電子放出成分Ithはリチャードソン・ダッシュマンの式より(2.43)式で与えられる.B,n はフィッティングパラメータである.
Ith(V) =B [
exp ( V
nkBT −1 )]
(2.43) 以上より,RTDの非線形I-V特性は共鳴トンネル電流IT と熱電子放出Ithの和として数式モデル 化する.
IRT D(V) =IT(V) +Ith(V) (2.44)
図2.17 単一障壁への進行波,後退波
各領域のポテンシャルエネルギーが
Ui=
0 i=1(z<0) U0 i=2(0≤z≤L) 0 i=3(L<z)
(2.45)
で与えられているとき,シュレーディンガー方程式は以下の通りである.
[
− h¯2 2m∗
d2 dz2+Ui
]
ψ(z) =Ezψ(z) (2.46)
まず簡単のため,各領域における電子の有効質量は等しいものとする(m1∗=m∗2=m∗3).領域j (j
= 1,2,3)の波動関数をz正方向の進行波A+i ejkizとz負方向の後退波A−i e−jkizの重ね合わせで ψi(z) =A+i ejkiz+A−i e−jkiz (i=0,1,2) (2.47) と表す.ここで,ki は領域ごとの電子の波数である.
ki=
√2m(Ez−Ui)
h¯ (2.48)
また,z=0,Lにおける境界条件は以下のように与えられる.
ψ1(0) =ψ2(0) (2.49)
ψ2(L) =ψ3(L) (2.50)
dψ1(0) dz
z=0
= dψ2(0) dz
z=0
(2.51) dψ2(L)
dz
z=L
= dψ3(L) dz
z=L
(2.52)
これらは,(2.53)式で表される確率流密度SSSが境界で連続になるという条件から導き出され,具体的 には⃝1 波動関数が連続する((2.49)式,(2.50)式),⃝2 電子波の運動量が連続する((2.51)式,(2.52) 式)という表現になる.
SSS=− i¯h
2m∗(ψ∗∇ψ−ψ∇ψ∗) = h¯
mIm(ψ∗∇ψ) (2.53)
(2.47)式- (2.52)式より
A+1 +A−1 =A+2 +A−2 (2.54)
A+2ejk2L+A−2e−jk2L=A+3ejk3L+A−3e−jk3L (2.55) k1
(A+1 −A−1)
=k2
(A+2 −A−2)
(2.56) k2
(
A+2ejk2L−A−2e−jk2L )
=k3
(
A+3ejk3L−A−3e−jk3L )
(2.57) (2.54)式,(2.56)式より
[ A(+)1 A(1−) ]
= [
1 1
k1 −k1
]−1[
1 1
k2 −k2
][
A(+)2 A(2−) ]
= 1 2
[1+kk2
1 1−kk21 1−kk21 1+kk2
1
][
A(+)2 A(2−) ]
(2.58) 同様に(2.55)式,(2.57)式より
[ A(+)2 A(2−) ]
=1 2
(
1+kk3
2
)
e−j(k2−k3)L (
1−kk32)
e−j(k2+k3)L (
1−kk32)
ej(k2+k3)L (
1+kk3
2
)
ej(k2−k3)L
[
A(+)3 A(3−) ]
(2.59) 従って(2.58)式,(2.59)式よりA1とA3の間の関係式
[ A(+)1 A(1−) ]
=1 4
[1+kk2
1 1−kk21 1−kk21 1+kk2
1
]
(
1+kk3
2
)
e−j(k2−k3)L (
1−kk32)
e−j(k2+k3)L (
1−kk32)
ej(k2+k3)L (
1+kk3
2
)
ej(k2−k3)L
[
A(+)3 A(3−) ]
(2.60) が示され,障壁への入射(A+1)に対する,反射r(A−1),透過t(A+3)の振幅係数が計算される.ここで,
A+1 =1,A−1 =r,A+3 =t,A−3 =0として図2.19の単一障壁の透過確率を求めていく.
[ 1 r ]
= 1 4
(
1+kk2
1
)(
1+kk3
2
)
e−j(k2−k3)L+ (
1−kk21)(
1−kk32)
ej(k2+k3)L (
1−kk21)(
1+kk3
2
)
e−j(k2−k3)L+ (
1+kk2
1
)(
1−kk32)
ej(k2+k3)L
t (2.61)
これより第一行から透過係数t が求まり,電子の確率密度 |ψ|2 に対するトンネル確率T(Ez) は T(Ez) =t(Ez)t∗(Ez)より
T(Ez) = [
1+ U02
4Ez(Ez−U0)sin2
√2m∗(Ez−U0)L h¯
]−1
(2.62) またEz<U0,すなわち障壁ポテンシャルより小さいエネルギーの電子についてはsin iθ=i sinhθ の関係を用いて
T(Ez) = [
1+ U02
4Ez(U0−Ez)sinh2
√2m∗(U0−Ez)L h¯
]−1
(2.63)
と表せる.
一方,領域毎の有効質量が異なる場合は境界条件が
ψ1(0) =ψ2(0) (2.64)
ψ2(L) =ψ3(L) (2.65)
1 m∗1
dψ1(0) dz
z=0
= 1 m∗2
dψ2(0) dz
z=0
(2.66) 1
m∗2
dψ2(L) dz
z=L
= 1 m∗3
dψ3(L) dz
z=L
(2.67) となり,同様の計算過程によりEz<U0のとき
T(Ez) = [
1+[γU0−(1−γ)Ez]2 4γEz(U0−Ez) sinh2
√2m∗2(U0−Ez)L
¯ h
]−1
(2.68) と表せる.ここで,γ=m∗2/m∗1 である上記のような簡易な単一障壁であれば境界条件から透過確率 を求めることが可能であるが,シュレーディンガー方程式の厳密解を求めるためには極めて複雑か つ高度な数学を用いる必要があり,種々の条件で常に透過確率を計算することは困難である.
そこで,簡便な透過確率の計算手法として,WKB(Wentzel - Kramers - Brillouin)近似が知られて いる.
図2.18 バイアスのかかった山型ポテンシャル
ポテンシャル全体を∆zの微小区間に分割することで∆zの間では一定の山型ポテンシャルと考え,
全体を積分することで透過確率を求める手法であり,透過確率は(2.69)式で与えられる.
T(Ez) =exp [
−2∫ L
0
√2m∗(U(z)−Ez)
¯
h dz
]
(2.69) しかし,準位Ezの透過確率を求める際にポテンシャルの高さU(z)に対してEz=U(z)となる転 回点近傍や,ポテンシャルが急激に変化する点の近傍ではWKB近似は成り立たない.RTDは複数
の半導体材料を重ね合わせた超格子構造であるため,ヘテロ界面の急激なポテンシャル変化や転回 点が多く存在することになりWKB近似による透過確率の計算は不適切となる.
上記の理由からWKB近似でRTDの透過確率を計算して構造設計を行うことは困難であるため,
本研究ではRTDの構造起因の透過確率計算にコンピュータによる数値計算を用いたTransfer Matrix 法を採用する.Transfer Matrix法では,図2.19(a)のような印加電圧V に依存する任意のポテンシャ ル形状の空間プロファイルU(z,V)を,図2.19(b)のようにN個の微小な矩形ポテンシャルに分割近
似し,(2.70)式で表現する.
図2.19 ポテンシャルの微小分割
U(z,V) =
U1(V) z0≤z≤z1 ...
Ui(V) zi−1≤z≤zi
...
UN(V) zN−1≤z≤zN
(2.70)
i番目の領域におけるトンネル方向(z方向)の1次元波動関数について成り立つ.時間に無依存な シュレーディンガー方程式は,(2.71)式である.
[
− h¯2
2m∗+Ui(V) ]
ψi(z) =Ezψi(z) (zi−1≤z≤zi) (2.71) i番目の領域とi+1番目の領域の間での境界条件は以下の式で与えられる.
ψi(zi) =ψi+1(zi) (2.72)
dψi(zi) dz
z=zi
= dψi+1(zi) dz
z=zi
(2.73) これを行列形式に整理すると(2.74)式となる.
[ A(+)i+1 A(i+1−) ]
=M(i) [
A(+)i A(i−) ]
(2.74)
ここで,M(i)はTransfer Matrix(伝送行列)を示し,(2.75)式で与えられる.
M(i)=1 2
(
1+kki
i+1
)
ej(ki−ki+1)zi (
1−ki+1ki )
e−j(ki+ki+1)zi (
1−ki+1ki )
ej(ki+ki+1)zi (
1+kki
i+1
)
e−j(ki−ki+1)zi
(2.75)
電子波の入射領域(i=1)から出射領域(i=N)のトータルの伝送行列は各領域毎のマトリクスの 乗算で表現できる.
M(Total)=M(N−1)M(N−2). . .M(2)M(1) (2.76) したがって電子波の入射,出射間の関係は(2.77)式で表現される.
[ A(+)N A(N−) ]
=M(Total) [
A(+)1 A(1−) ]
= [
M11(Total) M12(Total) M21(Total) M22(Total)
][
A(+)1 A(1−) ]
(2.77) 領域1から領域Nへの透過係数t(Ez,V),および入射領域での反射係数r(Ez,V)は,
t(Ez,V) = A(+)N A(+)1
(2.78)
r(Ez,V) = A(1−) A(+)1
(2.79) で定義されるため,透過確率T(Ez,V),反射確率R(Ez,V)は(2.80)式,(2.81)式で与えられる.
T(Ez,V) =t(Ez,V)t∗(Ez,V) =
A(+)N A(+)1
2
(2.80)
R(Ez,V) =r(Ez,V)r∗(Ez,V) =
A(1−) A(+)1
2
(2.81) また,量子力学における確率流Jは波動関数ϕについて以下のように定義される.
J≡ h¯
2m∗j[ψ∗(∇ψ)−(∇ψ∗)ψ] (2.82) 着目した領域について電子波が消滅する物理がなければJ=1で保存され,入射波の確率流と出 射波の確率流が保存されているという条件から,以下の関係式が得られる.
R(Ez,V) +kN k1
T(Ez,V) =1 (2.83)
以上のTransfer Matrixを用いた数値解析により,RTDの透過確率T(Ez,V)の計算を行うことで,
構造起因の共鳴準位を見積もることが可能となる.
以降ではTransfer Matrixを用いて計算を行った際の精度について説明する.
ここでは,
A(N−)=0 (2.84)
この仮定の下における透過確率,反射確率は(2.77)式より,
T(Ez,V) =
det(M(Total)) M22(Total)
2
=
k1
kN · 1 M22(Total)
2
(2.85)
R(Ez,V) =
M21(Total) M22(Total)
2
(2.86) となる.
シュレーディンガー方程式から得た透過確率((2.62)式)と比較するため図2.17の単一障壁につい て解析を行う.障壁層の厚さLを変化させた場合の計算結果を図2.20に示す.このときポテンシャ
図2.20 単一障壁における透過確率計算(a)L=2[nm] (b)L=10[nm] (c)L=30[nm]
ルの分割幅は∆z=0.3[nm]とし,電子の有効質量は全ての領域で同じと仮定している.
(c)L=30[nm]においては(2.62)式で表される解析式とTransfer Matrix法の計算結果が一致して いるが,(a)L=2[nm] , (b)L=10[nm]においては計算結果に誤差が生じている.そこで,L=2[nm]
においてポテンシャル分割幅∆zを0.1[nm]刻みで変化させて計算を行った.
障壁層の厚さLを分割幅∆zで割った余りα =L%∆zによって計算結果が異なり,α が大きくな るほど誤差が大きくなることが分かった.
この結果から,一つのポテンシャルの透過確率の計算精度を向上させるためには障壁層の厚さを 分割幅で割った余りα を小さくすればよいと言える.しかし,本研究で対称としているRTDは異 なる膜厚の半導体材料を積層するため,全ての層に対してα=0とすることは必ずしも可能ではな い.そこで,本研究では取り得るα の最大値を最小にすることが誤差を抑えることを目途とし,分 割幅を可能な限り小さく設定する.
この最小の分割幅は人工的に制御可能な原子の厚み1ML≒0.3nmとする.
図 2.22(a) に示す二重障壁構造の熱平衡状態における透過確率の計算例を図2.22(b) に示す.
0.29[eV]と0.92[V]において透過確率が1となり,この準位において電子の存在が可能な量子化さ
れた共鳴準位が生じている.
図2.21 L=2[nm]におけるポテンシャル分割幅∆z変化時の透過確率計算
図2.22 透過確率計算例(a) [5]のRTD構造(b)準位依存の透過確率