4.3 Li´enard 振動子理論に基づく振動解析
4.3.1 Li´enard 方程式の導出
図4.21 RTD発振器の簡易等価回路モデル
図4.21は最も簡易なRTD発振器の等価回路である.ここでは,この等価回路のパラメータから Li´enard方程式((4.27)式),およびvan der Pol方程式((4.28)式)を導出する.
d2x
dt2 +f(x)dx
dt +g(x) =0 (4.27)
d2x
dt2 +µ(x2−1)dx
dt +x=0 (4.28)
図4.21において,(4.29) - (4.31)式が成り立つ.
it =iRT D+iC (4.29)
E=Rit+Ldit
dt +vRT D (4.30)
iC=CdvRT D
dt (4.31)
ここでは,RTDのI-V特性は動作点(V0,I0)をNDR中心においた場合における(4.32)式の3次 関数の形で表現する.
iRT D=I0−G1(vRT D−V0) +G3(vRT D−V0)3 (4.32) G1,G3はI-V特性にフィッティングするための係数であり,NDR電圧幅∆V に関して(4.33)式の 関係を持つ.
G1=3
4G3∆V2 (4.33)
図4.21の直流成分についての方程式は,今,動作点(V0,I0)に対して(4.34)式で与えられる.
RI0+V0=E (4.34)
RTDに生じる電圧および電流を(4.35),(4.36)式のようにAC/DC成分分離する.
vRT D=V0+v(t) (4.35)
iRT D=I0+i(t) (4.36)
v(t),i(t)はそれぞれ電圧,電流の交流成分である.
(4.35),(4.36)式を(4.30)式に代入し(4.37)式を得る.
RI0+V0+R(i+iC) +Ld
dt(i+iC) +v=E (4.37)
(4.30),(4.37)式を辺々引き算し(4.38)式を得る.
R(i+iC) +Ld
dt(i+iC) +v=0 (4.38)
これは,動作点(V0,I0)を原点シフトすることに相当する.
また,(4.31)式に(4.35)式を代入すると(4.39)式となる.
iC=Cdv
dt (4.39)
動作点が原点シフトされた今,(4.32)式は(4.40)式で与えられる.
i=−G1v+G3v3 (4.40)
(4.39)式をtで微分し(4.41)式を得る.
d2v dt2 = 1
C diC
dt (4.41)
一方,(4.38)式を整理すると
diC
dt =−di dt−R
L(i+iC)−v
L (4.42)
(4.42)式に(4.39),(4.40)式を代入し,さらにそれを(4.41)式に代入し整理すると(4.43)式を得る.
d2v dt2 +
[3G3v2−G1
C +R
L ]dv
dt + R
LC(G3v3−G1v) + v
LC =0 (4.43)
ここで,
f(v) =3G3v2−G1
C +R
L (4.44)
F(v) =
∫ v 0
f(x)dx= 1
CG3v3− (G1
C −R L
)
v (4.45)
g(v) = R
LCG3v3− ( R
LCG1− 1 LC
)
v (4.46)
とおくと(4.43)式は(4.47)式のLi´enard方程式の形に書き直せる.
d2v
dt2 +f(v)dv
dt +g(v) =0 (4.47)
特に,R=0の場合(4.43)式は d2v
dt2 +3G3v2−G1 C
dv dt + v
LC =0 (4.48)
となり,(4.28)式のvan der Pol方程式の形となる.
続いて,(4.43)式に適切な変数変換を施すことによって,完全に(4.27式,(4.28式の形で表現す
ることを試みる.(4.49)式,(4.50)式により,v(t)の方程式をx(τ)の方程式へと変換する.[64]. x=
√ 3G3L
G1L−CRv (4.49)
τ=
√1−G1R
LC t (4.50)
これにより以下の関係が成り立つ.
dv dt =
√G1L−CR 3G3L
√1−G1R LC
dx
dτ (4.51)
d2v dt2 =
√G1L−CR 3G3L
1−G1R LC
d2x
dτ2 (4.52)
(4.49) - (4.52)式を(4.43)式に代入し整理すると,(4.53)式を得る.
d2x
dτ2+ G1L−CR
√LC(1−G1R)
(x2−1)dx
dτ +R(G1L−CR)
3L(1−G1R)x3+x=0 (4.53) ここで,(4.54),(4.55)式の変数変換を行うと, (4.53)式から(4.56)式のLi´enard方程式が導出さ れる.
µ= G1L−CR
√LC(1−G1R) (4.54)
β= R(G1L−CR)
3L(1−G1R) (4.55)
d2x dτ2+µ(
x2−1)dx
dτ +βx3+x=0 (4.56)
特にR=0の場合,β=0となり,(4.28)式の形式と一致する(4.57)式のvan der Pol方程式が導出 される.
d2x dτ2+µ(
x2−1)dx
dτ +x=0 (4.57)
4.3.2 リミットサイクル近傍の引き込み現象
ここまでに,RTD発振器がLi´enard方程式,あるいはvan der Pol方程式の形で記述できることを 示した.ここでは,弛張振動時に形成されるリミットサイクルについて説明する.
(4.56)式において,以下のように関数 f(x),g(x)を定義することで(4.27)式の形に記述する.
f(x) =µ( x2−1)
(4.58)
g(x) =βx3+x (4.59)
Li´enard方程式が以下の5つの条件を満たすとき,(
x,ddxτ)
平面にリミットサイクルが存在し,弛張 振動が生じる.
1. f(x)が偶関数であること 2. g(x)が奇関数であること 3. x>0のときg(x)>0
4. f(x)とg(x)の微分が連続であること 5. F(x) =∫0xf(u)duについて
・0<x<aのときF(x)<0
・F(a) =0
・x>aのとき正かつ非減少 を満たすaが存在すること
上記5つの条件を満たすための制約を考える.1. f(x)は偶関数.を満たすためには,非線形性の 強さを示すµ が実数であることが要請される.このとき,(4.54)式より1−G1R>0が求められ,
さらに5.を満たすaが存在するためにはµ>0であることが要請されるためG1L−CR>0となる.
このとき
F(x) =µ (x3
3 −x )
(4.60)
であり,0<x<√
3のときF(x)<0,a=√
3のときF√
3=0,x>√
3のとき正かつ非減少となる ので5. a=√
3である.また,上記の制約を満たすと(4.55)式よりβ ≥0となるため,2. g(x)は奇 関数である.および3. x>0のときg(x)>0.は自然と満たされる.さらに,
d f(x)
dτ =2µx (4.61)
dg(x)
dτ =3βx2+1 (4.62)
であることから,4. f(x)とg(x)の微分は連続である.ことも満たされる.図4.22に f(x),g(x), f˙(x), ˙g(x),F(x)の計算例を示す.
図4.22 f(x),g(x),d fdτ,dgdτ,F(x)の計算例
以上より,µ>0を満足すれば上記5つの条件を満たすためRTD発振器は弛張振動しリミットサ イクルが形成されるという結論が導かれる.
続いてリミットサイクルの生成を考える.(4.56)式は(4.63)式のように書き直すことができる.
d dτ
[dx
dτ +F(x) ]
+g(x) =0 (4.63)
ここで,
y= dx
dτ+F(x) (4.64)
とおくと,(4.65)式の連立微分方程式が得られる.
dτdx =y−µ(
x3 3 −x
)
dy
dτ =−βx3−x
(4.65)
(4.65)式は,xy平面における速度場である.(4.56)式と(4.65)式は等価な関係となっている.
図4.23に,Li´enard方程式の計算例を示す.このときµ,β はそれぞれ2.73,0.117として計算し ている.複数の初期点からの時間推移を実線で示し,各点における速度を矢印の向きと大きさで示
図4.23 Li´enard方程式計算例 図4.24 原点付近傍の拡大図
している.(4.66)式で表される点線は (dx
dτ,dydτ )
= (0,0)となる点の集合を示しており,この集合を ヌルクラインという.
y=µ (x3
3 −x )
(4.66) ヌルクライン上に初期点が存在する場合位置が変動しない安定した状態をとり,ヌルクライン外 に位置する初期点は安定せず絶えず変動するが,その軌跡は時間推移とともに一つのリミットサイ クルに収束している.
図4.24のヌルクライン近傍の点の拡大図が示しているように.速度ベクトルは,ヌルクラインに 引き込む方向に生じているため,動作点がNDR領域外となるようなバイアスを加えると速度ベク トルが零ベクトルのヌルクラインに収束するため安定状態となる.一方動作点がNDR領域内に設 定すると,電流軌道はNDR領域外のヌルクラインと接触しようともバイアスによって離されるた めリミットサイクル上を動き続けるため発振する.
また,速度は(4.65)式が示すようにµ,β に依存するため,非線形性によって生じる引き込みの 強さと捉えることが可能である.
NDR領域外は引き込みによる影響が大きいため,弛張振動モードはNDR動作点近傍のみを利用 する正弦波振動モードに比べて外乱に強いことが考えられる.