ここでは,本研究室が提案する光ファイバ無線(RoF : Radio on Fiber)技術を用いたRTD発振器 の超高速変調手法について述べる.RoF技術の適用を提案した背景,RoF技術の概要,THz無線通 信の実現に向けた具体的な適用方法を記す.
5.2.1 RTD の変調技術に関する動向
変調手法は波源そのものを変化させる直接変調と,無変調波を変調器によって変化させる外部変 調の2つに大別される.
これまでに研究されてきたRTD発振器の変調手法の代表例として以下の手法がある.
1. RTDのバイアス直接変調
2. RTDへの光照射による直接変調
3. 光による外部変調
バイアス直接変調は最も容易にTHz波に信号を重畳させるが可能な手法である.現在のところ,
バイアスTの配線最適化により30GHzの変調カットオフで30Gbpsの伝送レートが報告されてお り,また,偏波多重や周波数多重を用いることにより500GHz,800GHzのキャリア周波数において 28Gbps×2チャネル= 56Gbpsの伝送実験が報告されている[15].
バイアスTは,直流(DC)成分と交流(AC)成分を分離,もしくは統合する機能を持ち,インダ クタンスLとキャパシタンスCで構成される.DC側にはACの流入を防ぐためのLが,AC側に はDCをカットするためのC が挿入されており,それぞれの要求値は,動作周波数帯域において ΩL≥50[Ω]および(ωC)−1≈0[Ω]である.バイアス直接変調方式では,入力信号の周波数上限がバ イアスTを構成するL,Cによって決定され,100GHz級の変調の達成は難しい見通しである.な お,現在市販されているバイアスTは50GHzが動作限界となっているが,THzデバイス向けのサ イズを逸脱する大きさである.
RTDに光ファイバからの光を照射することによってTHz出力を変動させる変調方式は,光ファ イバ通信とTHz無線通信をシームレスに繋ぐ手段となりうる.THz動作するRTDの材料として主
流であるInGaAsは光ファイバ通信波長1.55µmを吸収する.光の吸収によってキャリアが発生す
ることによってTHz波に対する損失が増大し,THz出力が低下する.発生したキャリアを引き抜く 電極構造が必要となるが,数十GHzの変調が期待されており,小数素子の簡易構造で高速変調が実
現される可能性を秘めている.
光による外部変調では,半導体への光照射により生成したキャリアにTHz波を吸収させ,その強 度変化により信号を生成する外部変調器の作製が行われた.しかし,光とTHz波のスポットサイズ が大きく異なるために変換効率が低いという課題を持っており,信号の導波路構造が複雑になる.
上記のうちで伝送実験が行われているのはバイアス直接変調方式で,定常発振しているTHzの出 力振幅を変化させるASK(Amplitude Shift Keying)を用いている.
5.2.2 光ファイバ無線技術を用いた超高速 OOK
ASKはPSK(Phase Shift Keying)やFSK(Freqency Shift Keying)に比べ簡易な構成で信号を重畳 することが可能であるという点で優れている反面,1.)振幅変動によるエラーが生じるという雑音や フェージングに弱い,2.)広い帯域を占有してしまう.3.)多値変調を行うためには雑音やフェージ ングの対策も含め受信器側の信号レベル判別に極めて高い精度を要請することになる.という課題 を有している.そのため,現状の無線通信システムではほとんど用いられず,PSKが主流となって いる.
しかし,テラヘルツ無線通信においては未開拓の周波数帯であるTHz帯を広帯域に扱うことがで きるため占有帯域の課題は生じることは無い.
残る2つの課題を解決するために,本研究では報告されたバイアス直接変調方式によるASKとは 異なり,外部変調によってASKの中でも最も単純なOOKを行うことを提案する.
波の存在の有無の2値で情報を伝送するOOKを適用することにより,外乱による影響を考慮し
た0近傍(OFF)とそれ以外(ON)で信号レベルを判断することができさえすれば良いので,受信器
側に要請する精度は緩和することができ,さらに数十GHzから100GHz級の入力信号を生成し変調 を行えば多値変調をせずとも十分大容量な通信が実現可能である.ただし,上述したように直接変 調方式では入力信号の周波数上限が伝送速度上限を制限するボトルネックとなってしまうそのため,
外部変調方式を検討する必要がある.そこで本研究が着目したのが光ファイバ無線(RoF :Radio on Fiber)技術である.
RoFとは,無線通信のための波形を光信号として伝送する技術である.図5.1に光ファイバ無線 システムを構成する基本的なブロック図を示す.波無線信号をレーザダイオード(半導体レーザ)に 注入することで光に無線信号を重畳するし,光ファイバでエンドユーザの近くまで伝送し,受光素 子であるフォトダイオードをによって無線信号を取り出す仕組みとなっている.
図5.1 光ファイバ無線システムの基本構成
光通信と無線通信の双方の技術を用いることにより,ケーブルを敷くことが困難な山間部等の条 件不利地や地下施設等の電波不感地帯の解消に利用されている.特に携帯電話や地上デジタル放送 の分野での期待は大きく,放送波の中継,放送用素材伝送等へ技術導入がなされている.また,災 害時における断線等を想定した光通信に代わる通信手段としての役割にも期待されており,エリア 放送への導入例も報告されている.[66, 67]
本研究では,RoF技術を適用し,RTD発振器に超高速のOOK変調信号を入力することを目指し ている.この方式における変調信号の速度を律速する要因は,無線信号と光の変換(E/O変換)速度 である.
光通信で用いられている波長は1.5µ m帯,周波数にすると200THz程度と無線通信に比べて極 めて高く,位相・振幅の精密な制御が困難なため,一般にOOKが利用されてきた.しかし,近年で は光波の制御技術やデジタル信号処理技術の発展により,光通信においても無線通信と同等の高度 な変調方式・多重方式が実現されている[68].現在,光ファイバに情報を乗せるE/O変換において はニオブ酸リチウム(LN : LiNbO3)を用いたLN-EO変調器においてASK,PSK,FSKで40Gbps, 差動四値位相変調(DQPSK)では100Gbpsが実現されている[69].
一方,伝送されてきた光信号から無線信号を取り出すO/E変換においては,受光素子であるフォト ダイオードの周波数応答速度によって速度が決まる.高速動作の実現に向けて開発されたUTC-PD
では,100GHzを超える周波数での動作が報告されている[9, 36].
上記を踏まえると,UTC-PDとRoF技術を適用することで,100GHz級の変調光電流を生成し,
簡易なOOK変調における数十∼100Gbps級の伝送容量を達成することが期待できる.
図5.2に本研究が目指すRTDを用いたテラヘルツ無線送信器の基本構成とRoFシステムにおけ る適用位置を示したブロック図を示す.以降では,RoFシステムにおけるRF出力部へのRTD発振 器の応用を目指し,UTC-PDとRTD発振器を集積一体化した無線送信器の設計を行う.
図5.2 本研究が目指すTHz無線送信器の構成ブロック図と適用
5.2.3 高速動作を実現する UTC-PD
ここでは,光信号を電気信号に変換するフォトダイオード(PD)の動作原理について説明する.
PDの基本構造はPN接合である.半導体層に光が照射されると,空乏層領域でキャリアが生成さ れ,ホールはp層へ,電子はn層へと輸送されることで電流が生じる.PDの種類にはp層とn層の 間にアンドープであるi層を挿入し,逆バイアス印加時の高速応答性を実現するpin-PD,p層の代わ りにAu等の金属薄膜を接合することで空乏層を薄くすることでキャリアの移動速度を大きくした ショットキーPD,発生したキャリア に高電界をかけ,格子原子に衝突させてイオン化を起こし,さ らに衝突を繰り返すことでキャリアを増倍させるアバランシェ降伏現象を利用したAPD(Avalanche PD)等が存在する.
従来から受光素子として一般的に利用されてきたのはpin-PDであるが,その動作速度の高速化に は限界が存在し,数十GHz程で変調された光には追随することが難しい.pin-PDの動作速度を律 速している要因はキャリアとして生成される正孔である.正孔は電子に比べて重く移動度が小さい ため,周波数の増加につれて蓄積が生じ追随することができなくなる.また,空間電荷効果によっ て出力電流が飽和してしまうことも高出力化に向けた課題として存在する.
上記のホールによる動作速度上限,空間電荷効果による出力限界の課題を回避し,高速動作と高 出力特性を両立させたPDがUTC-PDである.図5.3(a)のような電子,正孔がともに走行キャリア
として働くpin-PDの構造に対し,UTC-PDはキャリア走行層と光吸収層を異なる材料を用いるこ とで分離し,且つ光吸収層をp型にドーピングすることで正孔をキャリアとして使用しない構造と なっている.
図5.3 pin-PDとUTC-PDのバンド図の比較
移動度の小さい正孔を使用しないことでpin-PDを上回る速度での動作が可能となり,同時に空間 電荷効果が起きにくくなるためより強度の高い入射光まで電流が飽和せず高出力となる.
さらに,UTC-PD構造では電子速度オーバーシュートが低い電圧で生じるため低電圧あるいはゼ
ロバイアスにおいても高速動作が実現できることや,光吸収層の薄膜化により電子の拡散距離を短 くし超高速化が期待できるといったメリットが存在し,テラヘルツ無線通信に非常に適した構造で あるといえる.
なお,光吸収層を薄くすると受光感度が低下してしまうというトレードオフが生じてしまう.
これを克服するPD としてMIC-PD(Max- imised Induced Current Photodiode) と呼ばれる構造の
UTC-PDも開発されている.