3.4 動特性解析に向けた等価回路設計
3.4.3 ボウタイアンテナの等価回路設計
ここでは,ボウタイアンテナの等価回路を設計する.
図3.127 ボウタイアンテナの等価回路モデル(a)先行研究(b)簡易モデル
図3.127(a)は先行研究で取り扱われてきたモデルである.Rant,Lant はそれぞれアンテナ金属部
のインピーダンスである.Rradは放射抵抗,Crad はアンテナ金属間上方に生じるフリンジキャパシ タンスとして計算される.放射キャパシタンスである.放射部の等価回路はRTDから見ると微分回 路となっている.Lgap,Cgapは金属間に生じる容量および相互インダクタンス成分である.ここま では全て物理的解釈の可能な回路トポロジーであるが,Rgapはフィッティング精度向上のために導 入されたものである.
そこで本研究では,物理的解釈の困難なRgapを含むブランチを取り除いた図3.127(b)のような回 路トポロジーを検討する.表3.7に同定されたパラメータセットを示す.この場合におけるアドミ タンス,放射効率のフィッティング結果を図3.128,図3.129に示す.丸線が電磁界解析の計算結果 であり,実線がPSOによるフィッティング結果である.
表3.7 ボウタイアンテナの狭帯域回路パラメータ表
パラメータ Rant[Ω] Lant[pH] Rrad[Ω] Crad[fF]
値 2.545 13.77 36.0 1.54
図3.128 アドミタンスフィッティング 図3.129 放射効率フィッティング
ここで,等価回路を用いた放射効率の定義を行う.ポートa-a’間を電圧V で励振したとき,反射
図3.130 等価回路における放射効率の計算
を考慮したインピーダンスZANT のアンテナへ正味印加される電圧Vin,流れる電流Iinは反射係数 Γを用いて
Vin=V(1+Γ) (3.15)
Iin= Vin
ZANT
(3.16) である.これより,入力電力Pinは
Pin=Re[Vin∗Iin]
2 (3.17)
となる.一方,出力電力は放射抵抗Rrad に加わる電圧vradを用いて Pout= |vrad|2
2Rrad (3.18)
これらを用いて,放射効率ηを(3.19)式で定義する.
η=Prad
Pin
(1− |Γ|2)
(3.19) 1THz近傍第一ピークまでのアドミタンス,放射特性はおよそフィッティングが可能であるが,
ピーク後の特性にはほとんどフィッティングが出来ていない.図3.127(b)の回路トポロジーはRLC 直列の形となっており,これは一般に知られているダイポールアンテナの直列共振RLC等価回路と 同じである.実際に,2×Lant,Crad の値を用いて共振周波数 fresを計算すると
fres= 1 2π√
2×LantCrad =773[GHz] (3.20)
となる.
一方,表3.7のパラメータを固定して,図3.127(a)の先行研究で検討された回路トポロジーを用 いてPSOフィッティングを行った.その場合におけるアドミタンス,放射効率のフィッティング結
果を図3.131,図3.132に,パラメータセットを表3.8に示す.
図3.131 アドミタンスフィッティング 図3.132 放射効率フィッティング
表3.8 先行研究におけるボウタイアンテナの回路パラメータ表
パラメータ Rant[Ω] Lant[pH] Rrad[Ω] Crad[fF] Rgap[Ω] Lgap[pH] Cgap[fF]
値 2.545 13.77 36.0 1.54 99.8 8.00 0.381
図3.132の回路構成は,アンテナ励振部から見るとRLC直列回路が2本並列に接続されているも
のである.各ブランチの回路パラメータ値が異なることでそれぞれが共振特性を示しアドミタンス 特性のフィッティング精度は向上したと判断できる.しかし,それぞれの共振特性の足し合わせで
は1.5THz近傍のアドミタンスが一定値に落ち着いている領域を表現することが困難である.また,
放射特性に関してはgapブランチ導入による改善は見込めなかった.
以上の考察から,本研究では新たに図3.133に示す回路構成を提案する.
先行研究で導入されたgapブランチを第二共振モードのRLCであると捉えた.RLCはRant と Rrad のようにそれぞれ放射性の成分と損失性の成分を含んでいる.従って,フィッティングを行う 周波数範囲に含まれる共振モードの数に併せてRLC直列ブランチ数を増減させれば良い.図3.133 中の各パラメータの添字i(i=1,2, ...)は,共振モードを示しており,ここでの計算対象は2つの共 振モードを持っているのでブランチを2つ用いてフィッティングを行っている.
さらに,1.5THz近傍の周波数無依存のアドミタンスは(60π)−1であり,自己補対アンテナ特性が
現れている領域と判断し,自己補対アンテナ特性を表現するブランチRscとCscを接続した.添字の
scは”self complementary”の略でありCscの接続は放射ブランチが微分回路で表現されることに由
来している.
この回路構成を用いてPSOフィッティングを行った.なお,本解析では暫定的に全ての成分を放 射性であると仮定している.
図3.133 自己補対アンテナ特性を考慮したボウタイアンテナ等価回路モデル
図3.134 アドミタンスフィッティング 図3.135 放射効率フィッティング
表3.9 ボウタイアンテナの広帯域回路パラメータ表
パラメータ R1[Ω] L1[pH] C1[fF] R2[Ω] L2[pH] C2[fF] Rsc[Ω] Csc[fF]
値 34.58 28.2 1.50 155 34.3 0.09 60π 0.519
アドミタンス,放射効率のフィッティング結果を図3.134,図3.135に,パラメータセットを表 3.9に示す.
アドミタンス,放射特性ともに優れたフィッティングを実現できている.放射特性が低周波側で 高めに見積もられているが,これは各ブランチの抵抗成分がRantとRrad のように損失成分と放射性 成分に分離されていないためである.成分分離により更なる高精度化が期待されるが,本研究では 分離手法の確立までは踏み込まないでおく.
3.4.4 外部構造の等価回路設計
続いて,外部構造の等価回路を設計する.始めに,図3.53に示した等価回路モデルでのフィッ ティングを試みる.この等価回路は,外部構造に求められる機能を最小限の要素で示したモデルで ある.インピーダンス,アドミタンスのフィッティング結果を図3.136,図3.137に,パラメータ セットを表3.10に示す.キャパシタンス成分を含まない回路構成であるため,1THz程度で現れる 共振特性を無視した線形特性でインピーダンスフィッティングをせざるを得ない結果となっている が,アドミタンス特性は共振特性を除き大まかなフィッティングがされており,動特性の傾向を知 る程度の目的であればこの回路構成で良いとも判断できる.
図3.136 インピーダンスフィッティング 図3.137 アドミタンスフィッティング
表3.10 外部構造の狭帯域回路パラメータ表
パラメータ Rb[Ω] Lc[pH] RL[Ω] LE[pH]
値 50 20 20 86.8
より厳密な等価回路構成として,図3.138のように,LC並列型の共振ブランチが提案されてい る[58].この等価回路モデルを用いてPSOを行うと図3.136,図3.137のように,共振特性を含め てフィッティングが可能である.このときのパラメータセットを表3.11に示す.
この等価回路モデルを用いても共振以降の周波数においてインピーダンス実部のフィッティング ができていないが,これはボウタイアンテナのフィッティングの議論と同様に,共振ブランチを増 やすことで合わせることが可能である.
図3.138 共振特性を考慮した外部構造の等価回路モデル
図3.139 インピーダンスフィッティング 図3.140 アドミタンスフィッティング
表3.11 外部構造の広帯域回路パラメータ表
パラメータ Rb[Ω] Lc[pH] RL[Ω] LE[pH] Rr[Ω] Lr[pH] Cr[fF]
値 50 20 20 95.2 35.7 20.5 1.00
3.4.5 動特性解析に向けた RTD 発振器の等価回路モデル
図3.141 狭帯域等価回路モデル
最後に,3.4.2節- 3.4.4節の結果より,発振器の動特性を解析するための等価回路モデルを示す.
図3.141にアドミタンス特性を表現するために最小限必須となる要素のみで構成された等価回路モ
デルを示す.この等価回路モデルでは,およそ0.8THz程度までのアドミタンス特性を表現可能で ある.おおよその動作周波数,出力の見積もりが可能であり,特性傾向を把握する目的においては 優れたモデルであるが,アンテナの放射特性表現が不十分であるため,弛張振動モードにおける高 調波成分を考慮した厳密な出力計算は困難である.また,RL1,LE1,RL2,LE2はアンテナ両端に接続
される外部構造の抵抗,インダクタンスを表しており,回路的には並列合成でRL,LE として1本の ブランチで表現可能である.その数値実験は次章にて紹介する.
図3.142 広帯域等価回路モデル
一方,図3.142には放射特性や共振特性を考慮した広帯域な等価回路モデルを示す.3THz程度ま
でのアドミタンス,放射特性を表現可能である.図3.141のモデルに比べてより厳密な動特性を見 積もることが可能であるが,一方でパラメータの増加により特性を決定する主要因の特定が困難に なるというリスクも存在する.
したがって,本研究においては最小要素で表した回路を用いて大まかな特性傾向の把握,デバイ ス設計を行い,設計したデバイスの構造パラメータを図3.142の回路を用いて抽出し解析を行うこ とで詳細な仕様を設計していく.
3.5 まとめ
本章では弛張振動モードの利用に向けた視点から,自己補対形状による広帯域性を持つボウタイ アンテナとRTDを集積した発振器モデルの基礎特性解析,バイアス回路,発振制御のための周辺構 造や基板を付与した場合の電磁界的影響の解析,発振器単体および高出力化に向けたアレイデバイ スの構造設計を行った.
アンテナサイズには放射ピーク周波数と放射パターンが乱れる速度にトレードオフ関係存在する ことに加え,サイズ拡大に伴いインピーダンスが増加し,RTD発振器の動作周波数の低下が生じる.
放射ピークを基準にしたサイズ設計が必ずしも最適とはならず,弛張振動モードをテラヘルツ帯で 利用するデバイスの設計に向けては,発振器の全体構成を考慮した動特性解析によりテラヘルツ帯 で動作することを保証した上で高出力化が見込めるサイズを見積もる必要がある.
アンテナ両端に外部構造を付与することで自己補対特性が改善され,広帯域性および指向性とも に優れた特性を示すことが明らかとなった.
基板形状に依存して電磁界特性が細かく変動する.全体的な傾向としては基板の誘電率が高く基 板方向に電磁界が引き込まれるため基板方向放射の通信システムを想定すべきである.
発振器を円周上に等間隔配置した対称性を持ったアレイ構造により,高出力化,高指向性を達成 した.注入同期機構の導入が今後の課題である.
また,回路解析に用いるためのデバイスの等価回路をPSO法により高精度でフィッティングし た.弛張振動の高次高調波を考慮するため,従来のフィッティング限界であった0.8THzまでの周 波数から等価回路モデルを改良することで3THzまで対応可能にした.