本節では,RTD無線送信器のOOK動特性回路解析について示す.RTDの振動モードの毎の伝送 速度上限の律速要因を明らかにしたうえで,弛張振動モードを利用する場合の伝送速度最大化に向 けた設計指針を策定する.
5.3.1 情報伝送速度の上限律速要因
図5.4 安定/不安定状態を利用したOOK変調手法
本研究が提案するOOK手法について説明する.RTDはNDR領域外に動作点を設定すると安定 となり発振は生じない(図5.4(a)).Vp<V+Vo f f <Vv に相当する強度の光の照射中(t>ton) は
UTC-PDからの光電流によってRTDにバイアスが加わり,安定状態にあった動作点がNDR領域へ
と遷移し発振する.(図5.4(b))照射終了後(t>to f f)は再び動作点がNDR領域外の安定点へと戻 り,発振が止まる.つまり変調された光の照射によって図5.4(c)のように発振(ON)/非発振(OFF) が制御されOOKがかかるという原理である.
図5.5に先行研究[8]にて解析された振動モード毎の変調波形を示す.このときの変調手法はバイ アスを変調させた場合のOOKであり,30Gbpsの信号を入力している.正弦波モードは変調信号が 入力されてから立ち上がりまでに時間を要することが分かる.一方弛張振動モードは変調信号に対 する応答速度は速いが,正弦波モードに比べて周波数が遅い.これらの結果から,伝送速度を律速 する要因は,正弦波モードにおいては立ち上がり遅れ時間,弛張振動モードにおいては発振周波数 となる.
立ち上がり遅れ時間は回路構造によって大きく異なるため,正弦波モードにおいて伝送速度の最 適化を行うためには所望の定常発振特性を得ることに加えて遅延抑制のための制限が加わり極めて
厳密な設計が要請される.
一方,弛張振動モードにおいては立ち上がり遅延の短さから理想的にはインパルスラジオ通信方 式と同じく発振周波数が伝送速度上限となる.発振周波数の増加が伝送速度増加に直結するため,
デバイス設計において自由度が高いという利点がある.さらに弛張振動モードは高調波を上手く活 用できれば高出力が得られるため,OOKにおいてはエラーを小さくできる優れた振動モードである と考えられる.
図5.5 振動モード毎のOOK数値実験[8].(a)正弦波モード(b)弛張振動モード
5.3.2 大信号非線形回路解析による UTC-PD 集積位置の検討
伝送速度の律速要因を検討するために5.3.1節ではバイアス変調の数値実験結果を紹介したが,本 節ではRoF技術の適用を想定し,UTC-PDからの光電流注入による外部変調の特性解析を行う.
まず始めに,UTC-PDを集積する位置の検討を行う.UTC-PDからの光電流を注入する配線接続 位置の候補は,RTD(図5.6ポートa-d間),アンテナ両端(図5.6ポートb-d間),外部構造(図5.6 ポートc-d間)である.それぞれのポートに振幅IPDの矩形電流が注入された場合の変調特性を解 析した.回路中のパラメータは表4.1を使用している.
電流注入位置がRTDから遠ざかるほど周辺構造でのロスが生じるため変調をかけるために必要な 電流量は増加する.アンテナに接続刷るモデルでは,信号切替時に大きなオーバー/アンダーシュー トが発生してしまい,過渡応答時間が長くなってしまうため,伝送速度上限の低下が予想される.
上記の結果に加えUTC-PDの出力電流は現状∼10[mA]程度であることを考慮すると,本研究で
取り扱う発振器モデルではRTD近傍にUTC-PDを集積し,直接RTDに電流注入を行う配線をする ことが最適である.
図5.6 UTC-PD集積位置違いの変調特性比較
5.3.3 RTD 弛張振動テラヘルツ無線送信器の構造設計
ここでは,3章で設計したRTD発振器にUTC-PD,および電流注入の配線を付与した無線送信器 構造を設計する.
3.3節より基板の影響を受け放射電磁界は基板方向へと引き込まれるため,図5.7に示すように,
上方からの光照射,THz弛張振動波の背面放射を実現するデバイス構造が望ましい.しかしアンテ
ナ,外部構造の金属部は光を透過しないため,UTC-PDの集積位置は絶縁層が表面に露出している 領域となる.そのため,図5.7の楕円点線部のように適切な線路長の信号線を作製し,RTDの下部 にPDを集積する構造を考案した.なお,UTC-PDの光吸収層に光が届くようにPD上部はリング 電極とした.
図5.7 UTC-PD集積模式図
RTD-PDを作製するための半導体積層構造を図5.8に示す.半絶縁性InP基板上にアンドープInP
のキャリア走行層,pドープInGaAsの光吸収層,表面漏れ電流の抑制のためのワイドギャップ材料 を積層で構成されるUTC-PD層とInGaAs/AlAs系で作製されたRTD層が順に積層されている.
さらに,本研究では UTC-PDをゼロバイアス駆動させるため,アンドープ InP層を結晶成長 技術を用いて若干 N型のキャリア濃度とする.RTD層は例として共同研究先であるドイツの
Duisburg-Essenで作製されたTBRTDの積層構造を示す.
なお,2016年より本研究グループにおいても集積デバイス作製に向けたRTDの作製プロセスが 研究されている[59],
図5.8 半導体積層構造[9, 10]
続いて,COMSOLによる電磁界解析を用いて具体的な構造設計を行う.図5.8に示したように,
UTC-PDを構成する大部分はInGaAsで作製されている.ここでは簡単のため,キャリア走行層と
その下部のコンタクト層をn-InGaAs,光吸収層とキャップ層上部コンタクト層をInGaAsと仮定
し,UTC-PDのモデルを3章で取り扱ってきたRTDと同じL字型半導体メサとした.RTDのメサ
直径を1µm2,UTC-PDのメサ直径を5µm2とし,図5.9のようにRTD-PD間の距離LT L[µm]と厚 さtT L[µm]を構造パラメータとする変調線路を考える.
図5.9 光電流伝送線路の構造模式図
図5.10 構築したCADモデル
信号線路の配置高さが等しくなるようにtT L=0.7[µm]とし,LT Lの長さの最適化を行う.設計可 能なLT Lの範囲は
LT L<D−dRT D
2 +L1−dPD (5.1)
である.dRT D/PDはそれぞれRTD/PDのメサ直径を示し,アンテナサイズD=100[µm],外部構造 線路L1=10[µm],dRT D=1[µm],dPD=5[µm]の場合LT L≤54.5[µm]となる.
伝送線路が長くなるほど電磁界の影響が大きくなることが予想されるため,LT L=50[µm]にお けるPDおよび伝送線路集積時による放射パターンの比較を行う.300GHzの基本波発振を想定し,
基本波である300GHzと現時点で基板付与時に通信方向である-z方向への指向性を保持できる最大 である6次高調波成分1.8THzにおけるパターンを図5.11に示す.+y方向に変調構造が付与され たことにより,伝送線路の影響を受けて放射方向が-y方向に傾くいている.しかし,-z方向に対す る指向性は保たれているため,現在設計を考えているD=100[µm]サイズのデバイスでは線路形状 によって放射が著しく乱れることはないといえる.
また,変調構造付与により出力が低下するという結果になっている.この比較計算においては,
光電流注入が無い状態でRTDが同じ電圧で励振される解析条件のため,アンテナからの放射成分の 一部が変調構造での損失となり出力が低下したと考えられる.伝送線路の短くすることで損失を低 減する,あるいは線路をフィルタ回路となるように設計することで信号流入を防ぐことで出力の低 下は抑制することが可能である.
図5.11 放射パターン比較図
図5.12 光電流伝送線路の構造模式図
電磁界パターンの寄与に加えて重要となる要素は,変調信号の伝達特性である.PDと伝送線路の 接合面をポート1,RTDと伝送線路との接合面をポート2と定義すると,伝送線路の理想的なSパ ラメータは
SSS= [
S11 S12
S21 S22 ]
=== [
0 0 1 1 ]
(5.2) である.これは,UTC-PD の光電流が反射することなく,RTDへと信号が伝達される(S11=0, S21=1)とともに,RTDのTHz振動がUTC-PDに伝達させず安定した光出力,発振特性を得るこ と(S12=0,S22=1)を意味している.
COMSOLの電磁界解析を用いて,伝送線路のSパラメータSSST Lを解析する.PD-RTD変調構造
は図5.11のブロック図に示すような縦続接続された構成となっている.一方,COMSOLで電磁界 解析を行う場合,PDもしくはRTDを励振させるため,解析結果として得られるデータは図5.11 のポート1com- 2com間のPD,伝送線路,RTD(発振器)全てを考慮したSパラメータとなってし まう.
伝送線路の設計を考える際には,接続されているPDとRTD(発振器)の寄与を取り除きSSST Lの みを抽出する必要があるが,Sパラメータのまま操作を行うのは容易ではない.そこで,T パラメー タを用いてSSST L の抽出を試みる.2ポート回路のSパラメータはポートi(i=1,2)の入力波ai と出 力波biに関して以下で定義される.
[ b1 b2
]
= [
S11 S12 S21 S22
]
= [
a1 a2
]
(5.3) 一方,Tパラメータは [
b1
a1 ]
= [
T11 T12
T21 T22 ]
= [
a2
b2 ]
(5.4) で記述され,SパラメータとT パラメータの変換は(5.5)式,(5.6)式で与えられる.
TTT= [
T11 T12
T21 T22
]
=== 1 S21
[
S12S21−S11S22 S11
−S22 1 ]
(5.5)
SSS= [
S11 S12
S21 S22
]
=== 1 T22
[
T12 T11T22−T12T21
1 −T21
]
(5.6) 縦続接続された2ポート回路全体のTパラメータは
TTT =TTTPDTTTT LTTTRT D (5.7) と,各回路のT 行列の乗算で表現されるため,PDとRTDそれぞれ単体のSパラメータを解析し,
(5.5)式によりT パラメータへ変換し,(5.7)式の両辺に左からTTT−1PD,右からTTT−1RT Dをかけることに よって伝送線路のT パラメータTTTT Lを算出し,(5.6)式によりSパラメータへと変換することでSSST L
を求めることができる.
PD,RTDのS パラメータの計算にはF パラメータを用いる.図5.13(a)のように L字型半導 体メサの両端にポートを設定し,インピーダンス解析によりZmesaを求める.等価回路モデルは図
5.13(b)のようなシャント型の回路であり,このときのFパラメータは(5.8)式となる.
FFFPD/RT D= [
A B C D ]
=== [
1 0
1 Zmesa 1
]
(5.8) 50Ω系におけるF パラメータからの変換式を用いると,(5.9)式のようにPD,RTDのSパラメー タが求まる.
S
SSPD/RT D= 1 2+Z50
mesa
[−Zmesa50 2 2 −Zmesa50
]
(5.9)
図5.13 半導体メサのポート設定と回路モデル
図5.14 半導体メサのSパラメータ(a)RTD(b)PD
図5.14にRTD,PDのSパラメータ特性を示す.両モデルともに対称,可逆回路となっているた めS11=S22,S12=S21の関係が成り立っている.RTDの振動はほぼ全て外部へと透過していく.
PDは1THz以上の周波数領域では反射率が大きくなり変調信号が透過しにくくなっているが,ベー スバンド信号が1THzを超えることは現状有り得ず,100GHz程度の周波数は透過するので設計上 問題は無い.
続いて伝送線路のSパラメータを解析する.PD - RTD間の伝送線路長LT Lの長さに関するSSST L
の特性変化について図5.15(a)に示す.変調信号の透過係数S21は高周波まで反射せずに透過できる 特性が好ましい.LT Lの増加によってS21 の低下率が大きくなるため,信号伝送のためには短い線 路を設計すべきである.10µmでは400GHz,50µmでは200GHz,100µmでは100GHz程度まで 反射を考慮せずに伝送可能である.
一方,RTDからの振動の反射係数S22の特性はPDの動作への寄与を抑制するため低周波から大 きいことが望ましい.LT Lの増加によって低周波でのS22は小さくなり,RTDの発振がPDに影響 を与え変調特性の劣化を招き得るため,変調の安定のためには長い線路長を設計すべきである.
上記のトレードオフ関係を考慮し,所望する変調速度とデバイス構造から最適な線路長を設計す ればよい.
LT L=50µmについて,異なるデバイス構造でのSパラメータ計算結果を図5.15(b)に示す.(b-1) はRTDとPDを伝送線路で繋いだモデル,(b-2)は(b-1)の構造周辺を絶縁層BCBで埋めたモデル,
(b-3)はRTDにアンテナ等の周辺構造を付与した発振器をポート2としたもでるである.(b-1)に対
し(b-2),(b-3)はS22の極値をとる周波数が異なる.しかし,(b-2)と(b-3)では係数の大きさは異 なるものの各行列成分の極値点,変動の傾向は一致している.これらのことから,伝送線路の設計