第6章 臨床場面における共感性
第1節 TATにおける親和傾向と描画特徴との関係(事例的検
討①)一直感性の対象を探る事例的研究一
1 問題と:目的
本節では,第4章における数理統計的な研究(調査研究④)において,TATから得 られる親和傾向と,KFDの描画特徴としての「人物像間の距離」や「人物像の顔の方 向」についての関係を検討し,臨床的な知見を加味することで,共感性と描画との関係 をより明らかにする。事例では,カウンセラーをThと記し,著者を指すものである。
2 事例
事例1 友達のできない性格を変えたいと訴えた事例
(1) 事例の概要
本事例は高校2年生から相談を開始し,その後大学入学後もカウンセリングを継続し,
徐々に対人恐怖が改善した事例である。A子は高校2年の2学期はじめ頃から不登校傾 向になり,その後11月頃から全欠状態となり,3学期になり相談に訪れた。初回面接時 には,f友達が信じられない」「クラスのみんなが自分を馬鹿にする,こんな暗い人問は クラスにいなければいいと思っている」「担任の先生も嘘ばかりつくし,自分みたいなの は学校に来なくていいと思っている」「小さい頃から友達にずっと裏切られてきた。!と
Thに訴えた。対人関孫に悩み,高校生になって自分から友達を作ろうと随分苦労した が,誰も相手にしてくれないと話した。当初,神経症状も強く,水道で手を洗い続けて その手を拭けない,ドアのノブが触れないなどの強迫症状が続いていた。面接が進み,
次第に症状は軽快したが,なお神経症状などが続いた。Thは,心理的支援とともに進 路援助を行い,次第にA子の自己理解がすすみ,通信制高校への進路変更を自己決定し た。「人が苦手な自分には随分楽になった,転校してよかった」と話し,徐々に対人不安 は軽減した。転入先では人爵関係にあまりとらわれずに過ごし卒業した。福祉系専門学 校に進学した後,吟度こそは,じっくり自分の性格を変えたい」と訴えてカウンセリン グの継続を希望した。その後,A子の神経症状は徐々に改善され,対人緊張や対人不安 は続いているものの,クラスでも特定の友人とは話ができるようになるなど,問題の改 善と学校生活への適応がみられ,カウンセリングを終了した。
(2)描画特徴
Table 7・1・1に,事例1〜事例4のKFD(Fig 7・1・1〜Fig 7・1・4)における,全距離 平均(全距離÷全人数),最も親しくない者の顔の向き,最も親しくない相手からの相対 距離,TATの愛情項艮の得点, TATの独立項冨の得点をまとめて示す。
Fig7・1・1はA子が大学入学して数ヶ月後に描いたKFDである。全距離平均(全距離
÷全人数)は,第4章(調査研究④)の被験者全体の平均値に比べて低く,また最も親 しくない相手である父とは平均距離よりも遠くに描かれ,その顔は横向きである。家族 で食事をしているという家族団らんの絵ではあるが,背面像や顔の部分のほとんど描か れていない正面像や横向き像が描かれ,会話のない家族成員間の希薄な交流が伺える。
Table 4・2・1およびTable 7・1・1より, T A Tの愛情得点が比較的低く,独立得点が比 較的高いという,親和性の低さが推察される。
Table・7−1−1 KFD内の距離と:TATr愛情∬独立」得点(事例1〜事例4)
親しくない嶺 TATの TAYの 対象 親しくない者の顔の陶き全貌離単均
からの距離r愛情」得点r独立」得点 事例1
事携2 事例3 屈側4
横向き 横向き 背面 背颪
16。6 壌壌3,◎
40.5 115.0 56.8 47.0 53.8 29.0
侮φ3n◎F◎
4.533
:事例2対人恐怖を伴った不登校の事例
(1)事例の概要
B子は,短大入学後まもなく「自分だけ友逮ができない,大学に入ったら高校とは違 って人との関わりが薄くなって乗り切れるかと思っていたのに,やっぱりクラスがあっ て,何人かの友人のグループができている。自分はどこのグループにも入れないから独
りぼっち,もう大学は辞めたい,授業には出られない。私はもともと人とのつながりが 苦手,中学や高校の時から友達はできない。誰もほんとうの友達などできたことはない。」
などとThに訴え,相談を開始した。
B子の話では,母親は世闇体を重んじるあまりB子の気持ちは聞いてくれず,何事も 押しつけてくるため,高校生の頃から母子間の会話はほとんどなくなっていた。父親は 家では支配的絶対的で,母親は父親に服従的である。兄は両親の期待に添い活発で成績 もよく,B子はなにかと両親から,兄と比較されていると感じていた。 B子の短大生活 への不適応感の訴えも,母親は一一一 paして,そのことを認めたくない態度であった。 B子 は「自分の気持ちは家族の誰にもわかってもらえない,自分も家族の気持ちをわかりた くない」と訴えた。
面接が進む申で,次第に自己受容もすすみ,対人不信も和らいだ。「私は人との関係が 苦手なことはすぐには変わらないから,そんな自分でもできる資格を探したいjと話し た。自分探しを始めたB子には,「無理に短大を続けるよりも,自分の性格にあった資格 を身につけたい」というB子の気持ちを尊重し,進路変更を支援した。B子は「もう一 度やり直したい」と語り,半年の休学の後退学し,コンピュ・一一タ専門学校に再入学した。
その後は,対人関係の苦手な性格にあった学生生活を送り,対人関係苦手意識は依然あ るものの,噂門学校の生活を私なりに楽しんでます」と手紙をくれた。
(2)描画特徴
Fig 7・1・2はB子が大学入学して数ヶ月後に描いたKFDである。最も親しくない相手 である父親は平均距離よりも遠く描かれ,その顔は横向きである。全距離平均(全距離
÷全人数)は,調査研究④の被験者全体の平均値に比べて若干低い。描画全体には田植 えを一緒にしているという家族が協力して一つの作業を行っている場面であるが,B子 は「これは義務なので」と説明した。Table 4・2・1およびTable 7・1・1より, T A Tの愛 情得点が低く,独立得点が高いという親和性の低さが推察される。
事例3進路変更により自己確立していった事例
(1)事例の概要
C子は,短大入学後まもなく,自分rkS wh般受験をせずに推薦入学したこと,自分の 実力を発揮しないまま進路をとったことを後悔し,大学を辞めたいという主訴でThを 訪れた。問題のきっかけは,C子は,小中学校の同級生P子と大学の同じクラスで再会 し,「あなたならもっといいところに行けたのに,どうして私たちのような勉強できない 人と同じところに入学したの」と言われたことで,後悔し始めた。C子はP子には当時 いじめられていたとThに話し,偶然の幽会いから,過去の自分の問題に再び直面する ことになったと考えられた。当初は退学するだけと言っていたC子は,面接を通して次 第に,予備校に通い再受験したいと希望するようになった。「ほんとうは4年生大学で法 律の勉強がしたがったのに受験から逃避してしまった」「やり直さなければもっと後悔す
る」と話した。青年期特有の理想自己が膨大化した姿も考えられたが,Thも自分探し を始めたC子を今ここで支援することが必要と判断し,心の援助とともに進路変更を支
援した。
C子によると,母親はC子とは性格も考え方も異なり,C子の悩みを理解できなかっ た。父親は,家庭は母親任せの仕事人間であり,C子の悩みを聞くことはなかった。両 親とも再受験には反対したが,C子の強い意志とその思いを次第に受け入れ。また, C 子は積極的に他者の援助を求めながらも,自己実現していった。自分の進路変更の意志 をクラスの友人に話していく中で,精神的にも何人かの友人から最後まで支えられたこ とが,自分にとってかけがえのない力になったと後で話した。
予備校に通いめざした大学に再入学し,その後は大学生活に適応した。本事例は,偶 然の巡り合わせがきっかけになり,過去に解決せずに抱えてきた問題が明確化し,進路 変更という形でC子自身が生き直した事例である。面接過程におけるC子は,自分は友 達の悲しみや苦しみなど,他人のマイナス思考がわからない,私はもっとプラス思考と Thによく話した。
(2)描画特徴
Fig 7・1・3はC子が相談開始後2ヶ月後に描いたKFDである。最も親しくない相手で ある父親とは平均距離よりも近く描かれ,その顔は背面である。また,全距離平均(全 距離÷全人数)は,調査研究④の被験者全体の平均値に比べて高い。描画全体には木々 の表現や空の雲や太陽に暖かさを感じられる絵である。
Taも1e 4・2・1およびTable 7・1・1より, T A Tの愛情得点が高く,独立得点が低いとい う親和性の高さが推察される。相談過程で実施した本共感性質継紙の各下位尺度得点を,
Table 7・1・2に示し,否定感情・肯定感情共有不全感が低く,否定感情の不全感が高いと いうC子の特徴を読みとることができるe
Tab且e7−1−2女畢学生の共感姓各下佼尺度得点の平均・標準傭差とC茅・O苧の各下網尺度得点(n・273)
因子名
Fl 選定感情共有不金 ド2 三二感情共有 F3 否定感情共有 F4 否定感情共有不全
平均値 標準傭差 C 子 D 峯
3.06 3.99 3.32 2.95
g.79 0.56 0.65 C.77
2.38 4.Bg 3.12 3.60
3A4
4.1 6 3.1 2
2.80
事例4学業困難を友人たちの支援で改善した事例
(1)事例の概要
D子は,短大2年生の4,月末頃,それまで続けていたバイト先から正社員で店長にな ってほしいと言われ,退学をしてこのバイトを本業にするとのことで,大学には来なく なっており,担任の紹介でThとの面接がもたれた。 ThがD子の気持ちを聞く中で,
次のようなことが明らかになった。D子はもともと小さな頃からの夢だった幼稚園の先 生になりたいという希望のかなえられる道である幼児教育系に入学したものの,放課後 毎日のようにバイトに出るようになり,そのためピアノの練習が十分にできない暇が続 いた。ピアノは大学入学後初めて習い出したため,他の学生にだんだん追いつけなくな
り,結局ピアノの単位を落としてしまった。たまたま担当の先生から「あなたはこれか ら先ピアノを修得するのが難しいのではないか,よほど練習しないと来年もう一度履修 しても単位は出せない1と言われたことをきっかけに,すっかり自信を喪失し,ピアノ に触れることさえできなくなっていた。そのような状況のときに,バイト先から店長の 話がきたことで,初回面接時のD子の気持ちはそれに傾いていた。
その後Thとの面接が進む中で, D子が困難な現実と向かいあう作業が徐々に進み,
ピアノに対する劣等感やこだわりが軽減し,性急に退学して店長になろうとした気持ち にも変化がみられ,自己変容がみられた。D子は「やはり今ここでチャレンジしないま まピアノをあきらめ大学を捨てたらきっと後悔する,バイトはまた機会がある。」と大学 を続ける決意を語った。具体的方策をThからも複数提案し,ピアノも練習方法などを 音楽の先生に相談するなどし,失った自信も徐々に回復した。D子は,学業を継続し,
次年度にはピアノの単位も修得した。
D子によると,D子の家庭は,自営業で両親は忙しく,大学生の姉と兄がいて, D子