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ドキュメント内 八丈島の言語調査 (ページ 176-180)

       }   溝極的独立

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   一一iS 3

.各村のぽかの付村に対する独立度を次のような計算によって調べ拠。

      ( 163 )

       あ・棚四一醇璽購魏等等墜騰嚇

      潜極的に独血を示す團数        十

      グルt一一プの対立を濃遍的に示す回数     ・   たとえば、

       15

      1.

      e..

       ×2)十       81十 k5

      20

    ヒうして、各村の独立慶ぽ次のように表わされる。

      o e.36       1g e33       K o.」rr3

      一 N e.41. ,       , s o.34

   Kがめだって独立度の高いことが注目される。

(6)結 論

 以上、5か村の言語的:語よぴ言語的以外の違V・ないし麗係として関らが にされたことは、吹の事項である。 .     

 (.!j今¢)交通と昔の交通

 (2) ぽかの村に対する主観的意識  (:D 共通語を話す度合

 (紛 言語の構黒戸特徴による村相五の類似度     嘗瀞の構澁的特微による村の独立度

 さて、大賀癖:3:今も昔も交逓の起点であって、内地からの精坤的・物質 酌丈化の流入t−1のびとつである。その上.今も昔も行政。斑法の中心地で ある。ほかの籾 がらは、 「V、い言葉」としてあがめられているe共通語を 話す度合は五つの村のうちもっとも高、・。したがって、大賀郷では.上の

(1)、(2)、(3)が相互に臆係がある。        .        (二164)

 大賀螂と三根とは、地域的に:も接近し、坂上に対する坂Fの2か赫で為 る。ほかの村からも、大賀郷と三根とは似ていると考えられてV・る。言語 の構造的乙1萄致について亀、爾村はもっとSb類似度が高い。

 三三は。昔の交通の絡点である。簸かの村からはすいぶん変って猛る営 葉だと言われる。共通語を話す度合は.K一薮値から見ると、もっとも低 XtA e鷺語の構邉的特徴によっても樫立峻亀つとPti独立している。樫立で

は、王の(1)、(2)、(3)、(4,)が相五に:蘭係がある。

 申之郷は、樫立と似ているが、樫立ほど変ってはいないと、ぽかの村では 考えられている。共通語を話す度合は、K−i数穂から見ると、大賀郷と傾

¢程変に蘇・.e謙鯵購蜘や噛綴によると・瞭撹噸似度はプ(賀繊三根        /のそれと洞じ程度に:高い。

 末吉が、ほかの村から、変っていると考えられてbるごとは.今の楽題

.において、末吉が絡点であることと考えあわされる◎まだ、ぽかの村から  1一標準語」になりやすhと亀されていることは、嗣村の「共通語を話す慶

合」がそれほど低くなV・ことと比較される◎

 以上のように、各村における、いくつかの言語的違いと嘗語朗以外の盛塞 bとは寝接な關係をもっていることが明らかである。

 しかし、各村の言語の違いを以上のようにして比較することがは減して 正しいかどうか、発然問題がなV・というわけではなV・。今繍の研究に驚い ては、その結果はわれわれの堀待;こ遠くないばかりか、ほとんど一致さ究

・したが、他の場合について、との:搬iを検討する必要がある蔦とは言う褻 でも癒い。とこには、ひとつの試みとして提1:1.5しだ次第であるり

 最:後に、わ勲われは、(1)「はしがき2て蓮べたような、一般的に言語 洌二会の言語鮒比較をbかにすべきfl tS.という問題につbて、ふ旋たつζ考え 黛こととする。

 (i)言語履:会粗互の、ひとつひとつの言藷的i旧いについて、bかなる        ( i65 )

菟のをwa 一一の言語(lamgue)の変異と認め。いかなる匙のをことなる言語

(icmgite)の1隊徴と認めるか。

 われわれは、これに対して。棚別的なものよりも体系的.法翔的な亀の を重く見ることに:したのであったが、実際には、個別的な誌の(語V、)亀 体i系的、湿i期的な竜の(留韻、:文法)亀結果として紡一であった。

 (紛.言語砒会呼応の需語的蓮;いの慶合はV・かにして測るか。

 われわれは、鵜鋤疎いむξ蓄じるしに棚彬約類似礎、L獅?二幅とを見た のであるが、村相互に共通する(蓬;わない)部分さ叢う都分との麗係につ いて亀考えるべきではないかゆすなわち、ある村とある村とは、違う応分       う ドが多いか、蓬:わない部分が多いか、と うヒとを見なけ身窒ばならない。た 議えぱ、内織の任意の一一地点と八丈島の5か村とを比較するならば、八丈

島の5か村棚互の間のほうがs5か村のうちの掛る村と内地の任意の一地

点との開に比べて、喪う部労がすくない、とV・う場合が起りうるのではな

v・か。

 (滋) 言語就虚威万:4)言語白へ違∵、と/...て1いかなるものをと)/あげるか。

 われわれは、雨露のlli渉造尻漏辱のほかにいろいろなものをと砂あげたが、

露 語の簿i㌫罫懇: ハそのも4〕,についても、箋もっとと1ラあげるべきものがある のではたV賄eたとえばイントネーションなど。

 動烈,か勲は次の調査喪でにこのような聞題の玲論的考察を十分類つく

!.、冠し∀調.縮瓢よってその理論に関する実験茗試みるようにしなければ 翫らないと考えるのである。

V{.今.後の調査のために

 :=こでは、八丈島の言語の誌面的轟li査聚休につV・て反省し、今後の調査 6夜めにいくつかの指針と課題とを提供しようと思う。

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