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OCA 理論をめぐるさらなる展開

ドキュメント内 第二章 (ページ 44-50)

第二章 OCA理論のサーベイ はじめに

2.4 OCA 理論をめぐるさらなる展開

OCA理論は1970年代に入り、さらなる展開をみせるが、その後、理論のあいまいさな どが嫌気され、衰退期を迎える。OCA理論が再び脚光を浴びるようになったのは、欧州経 済通貨統合(EMS)へ向けた熱気が高まってきた1980年代後半以降だ。OCA特性を再解釈 し、OCA理論の現実世界への「運用(operationalizing)」が課題となった。OCA 理論は EMUの枠組みを構築するうえで、理論的参照点とはなったが、EMUにそのまま採用され たわけではなかった。1990年代にはいくつかの「メタOCA諸特性(meta OCA properties) が「すべての状況に対応できるcatch-all]特性」として打ち出された。そして、新たなメタ

第二章 OCA理論のサーベイ 31 特性の中で最も注目されるのが「多様な内生的的作用(endoneities)」である。これは通貨 統合への参加の結果として生じる経済の構造とパフォーマンスの変化に焦点を合わせる

「動的(dynamic)」な枠組みである。そして、2010 年からのユーロ危機はユーロ圏におい

てOCA諸特性のうち財政統合と政治統合が不完全であることを如実に示した。

2 .4.1 OCA 理論をめぐる第二期の発展

1970年代にはOCA理論をめぐる第二期の発展がみられた。第二期では、OCA諸特性の うち、費用と便益の特性に関する理論の整備が目立った。さらに、「メタOCA特性」とも 呼ばれる新たな特性が提示され、そのうち特に「ショックの類似性」に関する特性が重要 である。

第二期の発展について、Mongelli (2005)に沿って概観する。

2.4.1.1 Ishiyama (1975)

単一の特性に基づいてOCAを定義することには限界があり、それぞれの国は通貨圏に参 加することの費用・便益をそれぞれの国益と厚生に基づいて仮定すべきであると主張する のはIshiyama(1975)。 Ishiyamaはまた、異なる社会的選好の結果として生じるインフレ 率と賃上げ率の格差および内需管理政策における矛盾は、大半は一時的なミニ・ショック への露出における(諸国間の)違いを含むほかのOCA諸特性よりも重要であると指摘する。

Ishiyamaは旧大蔵省官僚で、IMFに出向中、本論文を書いたと推察される。

本論文のアブストラクトで、IshiyamaはOCA理論に関連して、費用・便益アプローチ に触れており、それは、通貨価値の安定性や投機の除去など固定為替相場制の便益を、金 融政策の独立性の喪失や失業・インフレ相関関係の悪化などと比較するものであると論じ る。そのうえで、外為相場政策の放棄は非常にコストが高くつくものであり、OCA理論は、

小国における外為相場政策や金融改革をめぐる実際的な問題を解決するうえにおいてほと んど役立たないと否定的な見解を示している。

労働力の移動についても、国際的な労働力の移動が一般的に見られないことから外為相 場変動の影響を十分に補うものではないと断じている。

2.4.1.2 Tower and Willet(1976)

OCA 諸特性を比較した場合、量的側面からの重要性(quantative importance)に関し て一般的な意見の一致は見られず、さらなる実証研究が必要だと論じるのが Tower and Willet (1976) だ。

Mongelli(2005)はOCAの便益は主として、通貨の便利さの拡大、競争をより盛んにする、

物価の透明性増大、域内における名目為替相場をめぐる不確実性の消滅などから生じると している。名目為替相場をめぐる不確実性がなくなることで具体的に、域内市場が強化さ

第二章 OCA理論のサーベイ 32 れ、貿易が促進され、投資リスクが軽減され、域内間国境をまたぐ域外からの直接投資の 流入が促進されるという。さらに、金融市場の透明性の増大と厚みが増すこと、取引コス トの節約、単一通貨の国際的流通の促進なども便益として挙げている。

一方、費用としては、新通貨への切り替え費用、超国家機関の創設に伴う行政費用の増 加などを指摘している。また、通貨圏への参加は、国民国家政府が直接使える政策手段の 幅を狭めることになるという。

「出口」の費用にも言及している。すなわち、通貨圏から離脱して変動相場制度に復帰 すれば、貨幣の使い勝手(usefulness)が減じ、資源配分における効率性が損なわれると指摘 している。

2.4.1.3 Mundell (1973)

Mundell (1973)(厳密には Mundell II-a)のタイトルは Uncommon Arguments for Common Currencyと通貨統合を明らかに意識したものとなっている。Mundell II-aは共 通通貨圏が非対称性ショックに対応する困難性を指摘したMundell Iの議論を事実上放棄 し、国際的なリスク共有のための国境を越えた資産保有の形をとる金融統合の役割につい て論議している。すなわち、単一通貨を共有する国々は所得源を多様化し、厚生のポート フォリオを調整し、外貨準備をプールすることによって、非対称的ショックの影響を緩和 できると主張する。こうした主張からは、通貨圏のすべての参加国が金融面で統合されて おり、それぞれが他の加盟国の生産物を所有する権利を有していれば、ショックが類似し ていることは単一通貨を共有する前提条件とはならないという結論に導く。この点は、

Mongelliによれば、単一通貨圏の規模についての議論において重要な意味を持ってくる。

共通通貨は、民間金融市場を通じて相互に保険を掛けている(insure)限り、非対称的シ ョックを受ける国々の間で共有し得ることを示している。

Mundell IIaについて、De Grauwe(2006)は次のように分析、評価している。

Mundell IIaは、(Mundell Iが書かれた)1960年代初めにはみられなかったが、1970 年代初めには表れ始めていた、資本移動の自由がある世界から出発している。資本移動 の自由がある世界では、為替相場は安定化要因であることをやめる。その代わりに、

Mundell IIaによれば、為替相場は不安定な投機活動の標的となる。したがって、為替相

場は、非対称的ショックに見舞われた経済を安定化させるのに使用し得ると示唆する Mundell Iの見解は放棄されることになる。Mundell IIによると、通貨同盟への参加は、

調整メカニズムとしての為替相場の喪失としてではなく、非対称的ショックの源泉を除 去するという便益をもたらすものとしてみなされるべきであるということになる。

De Grauwe (2006)はさらに論を進め、

第二章 OCA理論のサーベイ 33

Mundell IIa によって示された見解は実際、外国為替市場は効率的ではなく、国々を

マクロ経済面での均衡に導くうえで信頼されるべきではないとの考えに基づいている。

とまで言い切っている。

De Grauwe (2006)はさらに、

「新」Mundell理論は通貨同盟を非対称的ショックを減らし、非対称的ショックへの保 険を改善する方法だとみなすようになった。

と指摘、そのうえで、

この分析には重要なひとかけらの真実が確かにある。しかし、この楽観主義を容易 に誇張できることも肝に命じなくてはならない。第1に、非対称的ショックに関する

Mundellの結論はショックが一時的であるときに有効である

第2に、為替相場のボラティリティー(不安定性)は非対称的ショックの独立の源泉

でありうるが、それでも大きなショックが起きたときに為替相場によって調整すること ができればより容易に対処することができる場合がある、ということも依然として真実 である。

ここで、Mundell IIaにおいて、共通通貨の導入が非対称的ショックを緩和できると指 摘している部分を抜き出してみよう。

ある国において、収穫の失敗やストライキ、もしくは戦争は実質賃金(real income) の喪失をもたらすが、共通通貨の使用(または外貨準備の使用)によって当該国は 保有外貨の一部を取り崩してその影響を和らげ、さらに、費用面での調整が将来に わたって効率的に分散されるようになるまで他国の資源に頼ることもできるように なる。一方、もし二つの国が異なる通貨を使用し、変動相場制を採用していれば、

すべての損失の負担は当該国が負うことになる。ただ、共通通貨は一国家全体にと ってショックの吸収役とならない場合がある。それは、外国市場において交換不可 能通貨が投げ売り(dumping)され、減価する通貨を求めて投機的資本の流入を引 き付ける場合だ。(Mundell IIa, p.115)。

1970年代にもう1本、OCA理論関係で主要な論文を発表している。タイトルは“A Plan for a European Currency”であり、これをMundell IIbと呼ぼう(Mundell 1973b)。

この中でMundellは「(ドイツ・マルクやフランス・フランなど当時流通していた)欧州諸

第二章 OCA理論のサーベイ 34 国の通貨が一つに束ねられ(bound together)れば(外国為替市場の)混乱から生じる衝撃 は資本移動によって緩和されるだろう」と論じ、「欧州通貨(European currency)」を誕生 させて、それを「欧州通貨委員会(European monetary committee)に管理させること を提唱した。MundellはIIbの中で、欧州通貨の名称にも言及している。欧州でかつて 使用されたターレス、デュカ、フローリン、リーブに加えてecu, ユーロダラー、ユーロ

ール(Euror, ジスカールデスタン元仏大統領が提唱)などのいずれかとすることも可能だ

が、Mundellはヨーロッパ(EUROPA)を推奨した。

さらに、Mundellは欧州通貨を実現するための五段階のステップというシナリオを描 いている(Mundell 11 b、p.163-164):

第一段階 アンカー(いかり役)通貨を決めてそれを中心に他国通貨を変動させるシス テムを作り出す(後に欧州通貨制度=EMSとして実現)。

第二段階 イングランド銀行(英中央銀行)を中心に(各国中央銀行の代表から成る)委 員会を立ち上げ、欧州通貨政策を立案する。

第三段階 (外貨の)準備プールを作り、(欧州)中央銀行を創設し、金利政策などを担当 させる。

第四段階 欧州通貨にシンボル性を持たせるための名称を付与する(前述のヨーロッ パ)。

最終第五段階 金を用いるかもしくは英国を通じたペッグ制を採用して、欧州域外と のコネクションをアレンジする。

1970 年代に発表された Mundell のシナリオはその後の欧州通貨統合に向けた展開 を考えれば、先見の明があることは否定できない。ただ、英国への期待が大きかっ たようだが。

さらに経済思想の側面から検討すれば、1999年1月1日に欧州経済通貨統合が完成し たことにより、Mundell IIはケインズ主義的思潮が色濃いMundell Iを退けたことにな る。

2.4.1.4 Mundell I と Mundell II の矛盾

Mundell 1 (1961) は為替相場制度をめぐる議論が入り口であるが、事実上、「最適通貨 圏」理論の嚆矢となった。

しかし、Mundellがその後1973年に発表した論文は1961年の論文と核心部分の内容が

大きく異なるものだった。すなわち、1961年論文(Mundell I)は自由変動為替相場制度の 利点を強調しつつ、小規模で同質の通貨圏に傾斜しているようにみえるのに対し、1973年 論文(Mundell II)では異質の国家を包含する広範囲の地域をカバーする共通通貨を提唱、

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