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数値ルールの根拠を問う

ドキュメント内 第二章 (ページ 166-173)

第六章 財政統合 - 残された主要課題

6.3 数値ルールの根拠を問う

前節では、ユーロ圏の信用不安がなぜ拡大したかについて、ソブリン債の利回りの上 昇とリスクの拡大の関連から検討したが、この節ではそもそもソブリン債の利回りの上 昇の背後にある重債務国の窮状、すなわち財政赤字および公的累積債務がマーストリヒ ト条約で規定されている数値基準を大幅に上回っていることが問題視されている点に までさかのぼる。そして、さらにこれらの数値基準の妥当性は何であるのか問うてみる。

6. 3 .1 数値ルールの根拠は薄弱

安定・成長協定(SGP)改革問題に絡めて、De Grauwe(2009)6(邦訳『通貨同盟の経 済学』, 田中素香、山口昌樹訳、勁草書房)は、3%および 60%の数値ルールの妥当性につ いて議論し、科学的な根拠は薄弱との結論を導いている。

まず、ユーロ圏8カ国と英国およびスウェーデンの合計10カ国において1990年代初め のリセッション期間中の財政赤字の増大に焦点を合わせ、GDPの最大年間下落幅を図に示

5 朝日新聞2012811日、「財政再建 険しい道」

6 Paul De Grauwe

第六章 財政統合―残された主要課題 154 している(図6-6)。

図6-6 財政赤字とGDPの年間最大下落率

(『通貨同盟の経済学』p.325)

.

これによると、リセッションの間に 6 カ国(フィンランド、フランス、スウェーデン、

スペイン、ポルトガル、英国)では財政赤字が3%以上となった。すなわち、リセッション の期間であれば、GDP の 3%以上に相当する財政赤字の増大は例外でも何でもない。De Grauwe (2009)7はそのうえで次のように論じている。

(安定・成長)協定は財政赤字の最大限度をGDPの3%に置いているので、リセッシ ョン中に十分な弾力性を確保するために、つまり、GDPの3%限度に達することを回 避するために、諸国は平均して財政黒字を出さなければならないということになる。

この暗黙の要求は、政府は長期間にすべての債務をなくすべきだということを意味し ている。しかしながら、なぜ政府は債務を全く保有すべきでないのか、妥当な経済的 理由は存在しない。

(中略)

安定・成長協定は各国財政へのルールの適用において行き過ぎだというのが、われ われの結論である。EMU 各国の財政政策の弾力性の欠如は、ルール信奉者が強調す るデフォルトや緊急支援のリスクより大きくさえあるほどのリスクを創り出している。

(中略)通貨同盟が通貨同盟の無い状態と比べて財政の規律喪失とデフォルト及び緊

7 De Grauwe 『通貨同盟の経済学』pp 323-324

第六章 財政統合―残された主要課題 155 急支援のリスクを増大させるという証拠はほとんどないのである。

このような安定・成長協定の欠陥は、De Grauwe(2009)によると、2002~04年に深刻な 問題を引き起こした。

さて、2012年初頭のEU・ユーロ圏首脳会議で合意が成立した「新財政協定」は、2010 年以来のユーロ圏危機を受けて、財政規律を再び強化するものである。新協定には英国と チェコが参加していないため、直ちにEU条約に盛り込まれることはないが、5年以内に挿 入を目指すことになる。

6.3.2 安定・成長協定への批

新財政協定とは逆の方向性から、De Grauwe(2009)8は「安定・成長協定」を批判してい る。

諸国がその債務レベルやそのときの経済状態に関わりなく、数値制限に従うべきだ という考えは「馬鹿げている(stupid)」(この単語は2002年、プロディ欧州委員会委 員長が仏紙ルモンドとのインタビューでこのルールを表現するのに使った)。財政赤字 の限度として用いられている3%という数字は科学的基礎を持たないのであり、経済 状態がこのようなルールの恣意にさらされるとき、知的な人々が制約として受け入れ るとは思えないのである。

そのうえで、3つのレベルで弾力性を高める必要があると指摘した。それらは、①財政赤 字が過度かどうかの判定は個々の国の債務レベルに基礎を置くべきである、②財政状態の 分析は景気調整済みの財政赤字を基礎にするべきである(GDPの景気循環運動が財政赤字 に及ぼす効果は除外されるので、残るのは構造的財政赤字である)、③景気循環を通じての 財政赤字ゼロの要求を改める、というものである。

安定・成長協定はギリシャやイタリアなど重債務国にとって債務レベルを急速に引き下 げるのに有益な戦略かもしれないが、債務比率が60%以下の国に対してその比率を引き下 げるよう強制するほどのもっともな経済的合理性はなく、政府を強制して新たな債務を発 行できなくする制約に閉じ込めてしまえば、将来、長期間にわたって収益をもたらす投資 を減少させるインセンティブを創り出すことになり、これは経済成長の低下や福祉の切り 下げにつながることになると論じている。

さらに、De Grauwe (2009)は、通貨統合参加により、自国通貨放棄の影響にも触れて、

通貨同盟参加国は参加以前に持っていたのと同様な「中央銀行による財政支援(monetary financing)」へのアクセスを喪失してしまうため、予算制約が強まり、巨額の財政赤字を出

8 De Grauwe 『通貨同盟の経済学』p326

第六章 財政統合―残された主要課題 156 すインセンティブは低下していると指摘した。

De Grauwe(2009)9は「安定・成長協定」は過度の硬直性を有するとしてこのように手厳

しい批判を展開している。

もっともな科学的根拠を持たない数値制限(3%)に国々を縛り付ける、しかもそれは 基礎にある経済状態や債務レベルとは関わりなく適用されるというのは経済的に無意 味である。同じように、財政均衡を賦課する、つまり新しい債務の発行を長期的制約と して禁止することも経済的に無意味である。

6.3.3 数値ルール擁護論

前項では、De Grauwe(2009)による、数値ルール順守を義務付ける安定・成長協定に対 する批判を紹介したが、もちろん擁護論も存在する。

まず、財政の自動安定化装置の影響は典型的にGDPの3%以下であり、安定・成長協定 は諸国が均衡財政を達成していれば、財政における十分な弾力性を可能にするとButi and Sapir (1998)10は主張する。

また、安定・成長協定は、財政政策の実行における柔軟性を犠牲にして財政規律を重視 し過ぎているのではないかとの問いかけに対しては、もし通貨統合参加国が構造的均衡に ついて妥当なターゲットを設定し、自動安定化装置が好況時にも不況時にも機能させるよ うにあらかじめ最適化を図っていれば、安定・成長協定の3%の制約は悪影響をもたらさな いだろうと論じる。そのうえで、財政が均衡もしくは財政黒字に近い状態で安定化すれば このターゲット近辺で自動安定化装置が機能するための十分な余地が生まれるだろうとし、

米国の一部の州で実施されている厳格なルールとは異なり、安定・成長協定は、自動安定 化装置が機能することを可能にし、それにより経済活動において景気循環の変動の安定化 に資するとしている。

6.3.4 ユーロ圏の債務水準

欧州委員会によると、ユーロ圏の債務水準は、日米と比較して格別高いわけではない。

2012年の予測では、日米を大幅に下回ってさえいる。

9 De Grauwe 『通貨同盟の経済学』p331

10 Marco Buti and A. Sapir (eds) “Economic policy in the EMU-A survey by the European Commission Services” Oxford University Press, 1998

第六章 財政統合―残された主要課題 157 表 6-1 日米ユーロ圏の公的債務比較(対GDP比)ユーロスタット統計から筆者作成

ユーロ圏 米国 日本

2007 66.2% 62.3% 167%

2011 87.7%

2012(予測) 88.5% 102.4% 215.9%

ユーロ圏11では公的累積債務の対GDP比は60%以下と規定されているが、米国ではパー センテージではなく、金額が定められている。すなわち、国債限度額の法定制度(statutory limit on federal debt)であり、「1917年第二次自由国債法(Second Bond Act of 1917)に よって初めて設定された。同法の下では、連邦議会が財務省に発行権限を与え得るととも に、総額の規制を導入し、政府はその枠内で国民に国債を売り出して、資金調達を行う。

当初、短期債、中期債、長期債ごとに別々に限度額が設定されていたが、1939年にほとん ど全ての国債をカバーする総合的限度額へと変わった(渡瀬、2012)12

2011年夏に、米国では連邦政府が国債発行限度額を突破しそうになり、限度額引き上げ の承認を連邦議会に求めたが、審議が難航し、現行限度の有効期限切れ間際になって、よ うやく承認されたことから、承認に至る過程で金融市場が大荒れとなった。米国の連邦財 政赤字は2012年まで4年連続、1兆ドルを突破する勢いだ。

日本の公的債務のGDP比率は突出しているが、国レベルのバランスシートを見ると、純 債務ベースでは372兆円で、GDP比では 80%に満たない。もちろん、日本政府は財政再 建を進める必要はあるが、「日本が第二のギリシャ」になる恐れがあるという議論はバラン スシートを反映したものではないと言えるのではないか。

ユーロ圏、日米以外のOECD諸国をみると、ニュージーランドは政府の純債務を対GDP

比で20%以下に抑えるターゲットを設定しており、英国は、リーマン・ショックが引き起

こした金融危機以前には、純公的債務限度を同40%以下としていた。ポーランドはEUに 属しているが、憲法で総債務を60%以下、ターゲットを50-55%と設定している。

すなわち、ユーロ圏における 60%おルールに確固たる科学的根拠があるわけではなく、

あくまでも目安としての意味合いが強いと推察できる。

OECD(2010)13によると、公的債務に関する「歴史的経験」は限られているので、債務の

11 ユーロ圏の公的累積債務(対GDP比)の推移をみると、2012年は89.3%、2013年は 91.1%、2014年は92%、2015年は90.7%だった。

12 渡瀬義男 『アメリカの財政民主主義』pp210-221、日本経済評論社、2012

EU/ユーロ圏内の財政統合を巡る議論では、加盟国間で費用の公平な分担をいかにして確 保するかという問題や加盟国間の連帯の必要性などに重点が置かれているようであり、「財 政民主主義」の視点が不十分のようにみえる。

13 OECD Economic Surveys: Euro Area 2010, pp 92-93

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