第四章 OCA 理論再構築のための 2 条件―(1)成長戦略
4.3 ユーロ圏危機の収束と再発防止に向けた提言
4.4.1 財政協定
ユーロ圏加盟国の財政健全化を目的とする財政協定については、その内容を既に検討し
第四章OCA理論再構築のための2条件―(1)成長戦略85 た。ポイントは、均衡財政を各国の憲法(もしくは基本法)に盛り込むよう義務付けると ともに累積債務を毎年20分の1ず削減することを求めていることにある。怠ればGDP比 0.1%の制裁金を科すことができる。2012年3月初めに英国とチェコを除く EU25カ国が 署名した財政協定(正式名称の邦訳は「経済・通貨同盟における安定、協調、ガバナンス 条約」)は、2013年に発効した。25カ国のうち大半は議会承認で批准手続きを済ませた。
同協定は EU/ユーロ圏内の緊縮ムードを一段と高めるのは確実であり、それでなくとも
EU・IMF から厳しい財政健全化を求められ、マイナス成長にあえいでいる重債務国は景
気立て直しに一層苦労することなりそうだ。一方、金融市場や信用格付け会社には好感さ れよう。
さらに指摘すべきは、緊縮政策が増税や歳出削減を通じて当該国の国民に多大の負担を 強いることである。
財政協定の先行き多難を思わせるエピソードが既にみられる。同協定の調印が行われた 2012 年 3 月初めの首脳会議で、スペインのラホイ首相率いる保守政権は景気後退の深刻 化を理由に同国の 2012 年財政赤字削減目標を「緩和する」方針を表明した。2011 年 11 月の総選挙で下野した前社会労働党政権が約束した対GDP比で4.4%までの削減を5.8%
に緩めると一方的に宣言したのだ。同国の2011年の財政赤字は8.8%だった。その後、E U財務相理事会でこの問題が取り上げられ、スペインの削減目標は 5.3%に設定すること で決着した。
半面、ベルギーは欧州委員会から 2012 年予算について財政赤字削減目標は未達成にな るとして、予算の一部組み換えを求められ、それに従った経緯もある。
今後、ユーロ圏参加国内の財政協定締約国は、法人税の調和、金融取引税の導入、ユー ロ共同債の発行などを進める中核となり、いずれは財政統合や政治統合に向かうと考えら れる。これらの国々が統合を先行して進めることは他の国々にとってユーロ導入のハード ルが高くなることを意味する。一方、ユーロ圏参加国であるにもかかわらず、財政協定を 締結しない国は将来的にユーロ圏にとどまれないかもしれない、すなわち、「ツー・スピ ード式欧州」の固定化であり、財政規律重視の「ドイツ・モデルの欧州化」が定着するこ とを意味する(庄司、2012)。
4.4.2 危機の重債務国対象の管理デフォルトを伴う債務再編
2012 年 3 月、ギリシャが秩序立った債務不履行(デフォルト)を伴う債務再編に踏み 切った。同国は EU に促されて、民間投資家を債務再編に関与させるという「民間部門関 与(private sector involvement=PSI」)、すなわち債務返済の一部免除を求めて民間投資 家(銀行及び保険会社)の代表と交渉してきた。その結果、元本(額面)で 1720 億ユー ロの国債を保有する投資家が要請に応じた。これは元本全体の 83.5%に相当するが目標の
95%に未到達だった。95%は 2020 年までにギリシャの債務残高を対 GDP 比で約 160%
から 120%超まで引き下げるのに必要とされる水準だ。このため、ギリシャ政府は要請に
第四章OCA理論再構築のための2条件―(1)成長戦略86 応じない投資家が保有する元本も強制的にカットすることを決めた。
先進国のデフォルトは初めてだった。ただ、無秩序なデフォルトが避けられたことで、
金融市場には混乱はほとんどなかったという。ギリシャをめぐる不安も後退した。債務再 編直前のギリシャの債務は合計約3500億ユーロだった。
かつてのロシアやアルゼンチン、ウルグアイで起きた債務不履行(デフォルト)は突然、
借金が返済できなくなり、市場が大混乱に陥るという事態を引き起こした。
ギリシャのデフォルト懸念は 2011 年秋口から広まっていた。ギリシャのデフォルトは 同国のユーロ圏脱退につながり、他のユーロ圏諸国にも多大な悪影響を及ぼすだけでなく、
世界経済全体が打撃を被るとの危機感も強まった。しかし、ギリシャ政府は「管理下の部 分デフォルト」で切り抜けた形となった。国債のリスクをヘッジする CDS 発動のリスク も小さいと判断したようだ。
ただ、ギリシャ政府の綱渡り的経済運営は続きそうだ。債務残高を対GDP比で 2020
年までに 120%超に引き下げる前提としての経済再建計画は 2014 年の名目成長率を 2%
超に回復させ、国債の利払いなどを除く基礎的財政収支を 4%台の黒字に改善するという 楽観的見通しに基づいているからだ。
さらに、ギリシャは急速に高齢化する国民に支払う年金の大幅な積み立て不足(いわゆ る隠れ年金債務)という問題を抱えており、中長期的な財政見通しは厳しい。IMF の 2009 年版ギリシャ年次報告は、同国政府による高齢者に対する「過度の年金、医療保険 の支払い」が放置されれば、2050 年までに(隠れ債務を含めた)公的累積債務の対GD
P比を800%まで押し上げるだろうと警告している。
ドイツのメルケル首相や ECB のドラギ総裁は、今回の債務強制カットについて「ギリ シャは特例」としているが、財政の厳しいポルトガルの債務強制カットも市場では警戒さ れるという。今後、重債務国の危機解決に向けた手法として発動される可能性がある。
研究者の中にも「管理デフォルト」を評価する声もある。たとえば、高屋(201224)は、
次のように主張する。
債務再編によって債務国の財政負担が改善され、さらに経済構造改革が行われれば当 該国の経済パフォーマンスが改善され、結果的に債権者の保有する債券の残存価値が 高まる可能性がある。一方的な自発的債務不履行では、債権者間での協調がないため に市場での売り急ぎによって結果的に債務再編よりも大幅な債権価値の下落に直面す ることになる。したがって、債権者も秩序あるデフォルトに応じる方が、次善の策と して有効な手段となる。
しかし、デフォルトにはリスクがあることにも留意しなければならない。南米のアルゼ
24 高屋定美 「欧州金融・経済危機とEU経済ガバナンス―新たなガバナンスの提案」日本
EU学会年報第32号、2012
第四章OCA理論再構築のための2条件―(1)成長戦略87 ンチンは2001年末に景気悪化と財政危機で対外債務の支払いを停止。2005年には民間投 資家の保有する債務を大幅にカットするおよそ800億ドルの債務再編を実施した。この際、
減免に応じなかった、米国の投資ファンドなど一部の投資家らが 2013年 1月時点で、ア ルゼンチン政府を相手取り、米国で保有する国債の元利の全額返済を要求しており、泥沼 の法廷闘争が続いている。
強制的な債務カットを実施したギリシャ政府に対して、「強制削減は不当だった」と法廷 で提起する権利を制限されていない投資家が存在するとされている(日本経済新聞 2013 年 1月7日「市場にアルゼンチン不安」)。
4.4.3 流動性の逼迫を防ぐための欧州版 IMF の設立と ECB による
重債務国既発国債の直接購入
ギリシャなどユーロ圏重債務国への緊急支援を行う EFSFの後継機関となる、欧州安定 化機構(ESM)は 2012年 10 月 8日に発足した。これはドイツ憲法裁判所が ESM は合 憲であるとの判断を前月 12 日に示したことを受けた。極左の野党・左派党などドイツの 一部与野党議員らが憲法裁判所に設立差し止めを求めて提訴していたが、憲法裁は訴えを 却下した。EUは2012年3月初めの首脳会議でこのための「ESM条約」で合意していた。
ESMの融資可能額は7000億ユーロに設定されているが、イタリアやスペインなどユーロ 圏の大国が危機的状況に陥った場合の安全網として、融資可能額を 1 兆ユーロまで増強す べきだとの声も多い。
ESM の果たす役割についての期待は大きく、将来、ESMを「欧州財政管理庁」に発 展させ、デフォルトを選択して財政管理対象となった当該国の予算の執行や徴税管理を担 わせるべきだとの提言も行われている(高屋、2011)25。
EFSFは2013年6月末まで存続したため、EFSFとESMは同時点まで併存したことに なる。EFSFとESMをもとにして欧州版IMFを発足させる構想も浮上した。民間投資家 の負担軽減、国債などの償還期限延長、金利減免、元本削減などの債務再編などについて の議論の場にするという案だ(代田、2012)26。
流動性の逼迫による金融危機を防ぐために、ECBは 2011年 12 月と 2012年 2月の 2 回にわたってEU域内の銀行約800行に合計1兆ユーロ以上の流動性を供給した。LTR O(Long-term refinancing operation)と呼ばれる。これにより、リーマン・ショックの再 来は防止できたとの高い評価もあるが、ドイツ連邦銀行のワイデマン総裁のように、EC Bから資金を得る際に銀行が差し出す担保に質が劣悪なものも入っており、将来、域内の 金融システムにとってリスク要因になる恐れがあると指摘する向きもある。
独連銀が2012年3月13日に発表した決算報告によると、2011年の同行の利益はECB
25 ibid.
26 代田純『ユーロと国債デフォルト危機』p133 税務経理協会、2012