第二章 OCA理論のサーベイ はじめに
2.3 初期 OCA 理論
2.3.2 Mundell (1961 )
2.3.2.4 Mundell 理論の評価
Mundell1(1961)はタイトルが『最適通貨圏の理論』とあるにもかかわらず、変動相場制 の妥当性を固定相場制の妥当性と比較するという一見迂遠な形で論じている。もちろん、
通貨圏の内部は固定相場制に基づいていることを考慮したものだ。
そのMundellの理論がどのように評価されているか見ていく。まず、日本の研究者(田
中素香)による明晰なサマリーを概観する8)。
田中(1996)は、OCA理論は貿易収支不均衡の調整過程の応用とみなし、核心を次のよ うに示している。
AB二つの国民経済が固定相場制で結ばれている場合に、もしA国を「経済的シ ョック」が襲ってその国の貿易収支が赤字に転化したとき、為替相場を切り下げて 貿易収支の均衡を達成するのと、為替相場は固定したままで国内の賃金・価格の切 り下げによって均衡を回復するのとではどちらが容易か、という点にある。
との問題に収斂させる。そのうえで
この調整は、A国内の賃金・価格の調整を通じるよりも名目為替相場の変更を通 じる方がより容易かもしれない。というのは、為替相場は政策当局の裁量によって 直ちに動かせるが、他方、国内価格と賃金はただゆっくりとそして失業の圧力の下 でのみ調整されるからである。しかしもし A 国の労働力が容易に B 国に移動する のであれば、失業は労働力移動によって吸収されるので、為替相場を固定したまま
8 前述の岩村は、『最適通貨圏の理論と欧州通貨統合』(2009)の結語で、[欧州通貨統合という現実に 対峙したときに、OCA 理論の死角が明らかになった]とし、今後の研究が進むべき三つの方向として、
①通貨統合の便益とその発生メカニズム、②通貨統合の政治的側面、③OCA 基準の達成度の「内生性
(endogeneity)」に焦点を合わせることの必要性を強調している。①と③については本論文の第二章で、
②については結論部分で考察する。
第二章 OCA理論のサーベイ 24 のほうが広域通貨の利益を保持できる。
田中はこのようにMundellの理論は労働力の自由移動の範囲を最適通貨圏としたとみて いる。そして固定相場は単一通貨と同じ意味を有すると指摘した。
そのうえでMundellの「労働力移動」という基準は、ケインズ理論に沿って、価格と賃 金の下方硬直性がきわめて小さいという前提の上に立てられていると指摘。もし、賃金・
価格が下方に弾力的に変動するのであれば、労働力移動がなくても均衡の回復は可能であ ると論じている。そこで、最適通貨圏の基準として、①労働力移動、②価格・賃金の弾力 性という二つの基準が立てられるとする。
田中は、EC/EU12 カ国(1995年以前)はこれら二つの基準を満たしていないと米国の 経済学者(B.Eichengreenなど)の研究成果を紹介する。
米国の州境を越える労働力移動は顕著なので米国は最適通貨圏である が、欧州では一国内で労働力移動は顕著であっても言語などの要因のた めに国際労働力移動は限定されている。またEC 各国の賃金は米国に比べて弾力性
をもっていない。そこで EC は最適通貨圏ではないので、単一通貨を導入すると失 業対策に膨大な財政コストがかかる。
これに対する欧州の研究者(例えばGros and Thygesen, 1992)の反論も紹介している。
EC/EUは最適通貨圏であるという主張だ。田中は彼らの反論を次のように紹介している。
①伝統的な最適通貨圏理論は不均衡を引き起こす経済的ショックの性格について あまり詳しく述べていない。EC のように、貿易による相互依存度が高く、しかも 相互に工業品を供給し合っているケースにおいていったん生じた経済ショックが どのように実体化されるかが重要な点であるが、これはあまり明らかにされてこな かった。「国に特有のショック」はECでは考えにくい。
②(国に特有のショック」は国ごとに差異のある理由から生じる。特定の国で生じ る賃金爆発はその主要な形態であるが、非可逆的固定性は各国の節度を強め、その ようなショックを抑制する。
③ 循環的な不況のような「需要側のショック」は価格・賃金の変動によって調整 することが可能である。
田中は、これらの議論の応酬を踏まえて、「経済的ショック」という抽象的な用語によっ て展開されているOCA理論には曖昧さが残ると指摘している。
久保(2003)も Mundell1(1961)に関して、資本と労働の移動可能性、あるいは移動のス ピードに差があるという点をどのように考慮するかについて曖昧さが残ると見ている。そ
第二章 OCA理論のサーベイ 25 して、労働移動については文化、言語などの障壁があることから、資本移動よりスピード が落ちざるを得ないと指摘。また、移動のスピードについても必要な程度を論じていない としている。
さらに、Mundell 1(1961)におけるregion(地域)の定義には曖昧さが残る。「Region(地 域)はその中で(労働力など)生産要素の移動性があるarea(領域)であるが、area間では移 動性はない」としており、異なるレベルでの労働の移動性を峻別していない。また、Mundell は地域を定義するうえで、労働力の移動ではなく、資本移動に重点を置くべきだったかも しれない。
Mundelll (1961)は、「一地域(region)で失業状態があり、この失業状態を解消するた めに他の地域(regions)ではインフレを容認する必要がある)としているが、2.3.1 の
Friedmanについての項でも指摘したように、スタグフレーション下では当てはまらない。
Ronald I. McKinnonは”Optimum Currency Areas” (American Economic Review, 53.
pp 717-725)で、Mundell(1961)は単一通貨領域(the domain of a single currency)の最適 規模を決めるのはどのような経済的特質(economic characteristics)であるのかとの問い かけを行う必要性を強調したうえで、「経済の開放性(the openness of the economy)」の 影響について論議することによって、「最適性」という概念を発展させると述べる。
McKinnon は、経済の開放性を、対外均衡と対内均衡の調和と国内物価の安定の問題に
関連して、交易品と非交易品の比率だと定義している。やや分かりにくいが、これはすべ ての製品は、外国貿易の対象となる製品(交易品)と輸送上の問題から外国貿易の対象と ならない製品(非交易品)に分類されるとの考え方に基づいている。
また、McKinnon は最適性について、金融・財政政策と変動相場が、①完全雇用の維 持、②国際収支の均衡維持、③安定した平均国内物価の維持という三つの目的に最適解を 与え得るために、金融・財政政策と変動相場制をその中で利用できる単一通貨圏を説明す るために用いられるとしている。
McKinnonは「要素移動性に関する結論ノート」で、「要素移動性」には二つの異なった
意味があり、一つは地域間の地理的要素移動性であり、もう一つは産業間の要素移動性だ と指摘。Mundellは最初の解釈を採用しているとの見方を示した。
最適通貨圏に関する彼(Mundell)の議論は概略、各単一通貨圏の中で高度の地理的 要素移動性を有しつつ、通貨圏間の要素移動性を補うために変動相場制を採用すること を目的とするものだ。
McKinnonは通貨圏の最適な範囲についても言及している。
産業間生産シフトを容易にすることに関連して、単一通貨経済の規模と開放性につい
第二章 OCA理論のサーベイ 26 ての基準は、通貨圏の最適な範囲を決定するうえにおいて、純粋に地理的な要素移動性 をめぐる考慮とのバランスをとる必要がある。
McKinnonの論点は次のように要約できる(Dellas and Tavlas, 2009)。
(a) 比較的に開放的な経済は通貨を(他通貨に)ペッグすべきである、
(b)相互に広範囲に交易を行う開放的な諸経済は通貨圏の形成によって便益が得られる。
なぜなら、その(通貨圏の)閉鎖性によって外為相場の変動に対するより大きなバファー を得られるからだ、
(c)大規模な地理圏は比較的閉鎖的になる可能性が大きい。そしてその規模は最適外為レ ジームの決定要因となる。
Mckinnon は最適通貨圏を形成するには「経済の開放性」が重要であるとしているが、
これは最適通貨圏の外部では物価が安定していることを暗黙のうちに前提としているよう にみえる。なぜなら、「外部の不安定性は(通貨圏とその外部地域の間での)変動相場制度 を通じて通貨圏内に直接伝播される」(Ishiyama, 1975)からである。
Mckinnon はその後も最適通貨圏について論考を発表しており、それについては後述す
る。