第五章 OCA 理論再構築のための 2 条件―( 2 )銀行同盟
5.2.2 金融市場の猛威ー CDS とヘッジファンド
ギリシャにおける財政・債務危機の勃発で、同国国債の利回りが大幅に上昇(価格は 下落)し、国債の借り入れコストがかさむようになったことは前述した。そして、ギリ シャ国債の動向が投機の対象にされているのではないかとの疑念がくすぶっていた。具 体的には、国債のリスクを保証する、保険に類似したデリバティブ(金融派生商品)で ある、「クレジット・デフォルト・スワップ(credit default swap=CDS)」を使って、
利回りを押し上げる手法の投機行動である。国債は発行国の財政状態が悪化すれば、保 険料であるCDSの価格が上昇することに目を付けるのである。デフォルトに近づいて いるなどと当該国の危機を煽り立て、投機目的の投資を繰り返し、巨額の利益を得よう とするのだ。
ギリシャのパパンドレウ首相(当時)は2010年3月、投資家がCDSを悪用し、同 国を投機の「標的」にしていると非難した。一方、投資家の間ではCDS価格と国債利 回りが連動することに注目して、CDS をあらかじめより高い価格で売るオプションを 確保し、その水準まで価格を押し上げようとして当該国経済の脆弱性などについて虚実 ないまぜのうわさを流し続け、CDS 価格が同水準に達した時点で売り抜けるという手 法を明かしたロンドンのヘッジファンドの代表者が2011年11月23日に放映されたN HKスぺシャルの番組で語っていた。
CDSには様々な側面がある。米国の著名な投資家ジョージ・ソロス(George Soros) 氏はかつてCDSは「他人に保険をかけ、その人間を殺すようなものだ」とその悪魔的
第五章 OCA理論再構築のための2条件‐(2) 銀行同盟 143 性格についてコメントしたことがある。すなわち、人を国家に置き換えれば、国家の「倒 産保険」のようなものであり、ある国家の国債を買ったとき、その国家が破たん(債務 不履行、デフォルト)に陥れば、保険金が入る仕組みである。
5.3 銀行同盟は実現するかー“囚人のジレンマ”
銀行同盟の創設に向けて、EU/ユーロ圏諸国が全面的協力に踏み切るかどうかは、“囚 人のジレンマ(prisoners' dilemma)”理論に基づいて説明できる。すなわち、ユーロ圏 において個々の加盟国の最適な選択がユーロ圏全体として最適な選択とならない場合が ありうることだ。ユーロ圏においては、大抵の場合、相互協力に基づく解決策が関連す るすべてのユーロ圏加盟国の見地からすれば最も望ましい結果を生み出すだろう。しか し、こうした最も望ましい結果に関わる費用と便益は不均等に配分される可能性が高い ので、関連各国の間で「補償(compensation)」が必要となる。すなわち、「負担の分担
(burden sharing)」である。ただ、ユーロ圏各国の政府は、各国が「非協力的な解決策」
をとれば、一部の国は、銀行グループの資産と債務の地理的配分やグループの重要性に もよるが、協力を通じた解決策による方が大きな利益をもたらすかもしれない。こうし たことに加えて、他国が非協力的な態度を取った場合には「協力的解決」を目指して誠 実に行動する加盟国が最も損失を被る可能性もあることを認識しているので、各国は「両 賭け」をし、渋々協力するという態度をとることになるだろう。すなわち、重要な情報 を隠したり、資産の囲い込みを行ったりして、「非協力的な結果」が出た場合の損失を最 小限にとどめようとするだろう。この結果、各国間の信頼と協力は「協力的解決」に必 要なものには程遠いという状況となるだろう。
これは、Cihak and Decressin (2007)20の論文に基づく悲観的なシナリオだが、一方 でギリシャ、スペイン、ポルトガル、イタリアの危機的状況に陥った南欧4カ国プラス、
フランス、他方で健全財政を維持し、支援する側に回っているドイツ、オランダ、フィ ンランド、オーストリアの4カ国の間で「囚人のジレンマ」理論的状況を想起できないだ ろうか。ただ、銀行同盟構想をめぐっては単純に「囚人のジレンマ」理論は適用できない だろう。なぜなら、欧州委員会や欧州中央銀行(ECB)などのEU諸機関が同構想を積極 的に推進しているからだ。
欧州銀行同盟は債務危機に直面する南欧諸国にとって、実現すれば危機的状況の緩和 につながる可能性がある。それも創設に向けて短期間のうちに具体的な措置を取る必要 がある。最初のステップは欧州銀行監督機関の設立であり、それと並行して監督対象銀 行のうち最も重要な大銀行(複数)の資本状況を評価する能力を早急に身に付ける必要が あり、この点に関して、「欧州銀行分野タスクフォース(European Banking Sector Task
20 Martin Cihak and Jorg Decressin “The case for a European banking charter” p 22, 2007, IMF working paper
第五章 OCA理論再構築のための2条件‐(2) 銀行同盟 144 Force=EBSTF)」の一時的設立が提案されている(Bruegel, 2012)21。理想的にはこう したプロセスにおいて特定された問題は各国レベルで解決されるのが望ましいが、国の 財政能力が不十分であれば、欧州レベルでの対応となるであろう。こうしたアプローチ を実現するには、関係国においてタスクフォースに情報へのアクセスを可能にし、介入 権限を付与する緊急法の制定が必要となるであろう。
一方、銀行同盟に対しては、独連邦銀行は、「財政統合を伴う裏口からのソブリン債務 のプール化」になりかねないと警戒しており、実現への道筋は不透明だ。
5.4 結語
銀行同盟については、欧州委は2012年9月にユーロ圏諸国の銀行監督の主権限を各国 当局から ECB に移譲する銀行監督一元化案を正式発表した。銀行監督の一元化は 2014 年⒒月に実現した。ECB が不振行の閉鎖などについての最終的発言権を有することにな った。これに先立ち2014年1月までにユーロ圏内の計約6000の全銀行を一元監督下に 置いた。ECBは域内の150行程度の大銀行を直接監督し、残りの中小銀行は各国の監督 当局が引き続き担当するが、何か問題が生じればECBが介入できることになる。非ユー ロ圏のEU加盟国も希望すればECBが主導する単一銀行監督システムに加わることが 可能となる。ただ、英国は参加しない意向を表明している。
銀行同盟の第二の柱は2016年1月1日に実現した。ユーロ圏19カ国の銀行の破たん 処理が一元化された。破たん処理の費用を賄う550億ユーロのユーロ圏の共通基金は同日、
運営を開始した。国ごとに異なっていた破たん処理が統一されることで債務危機の再発を 防ぐ狙いがある。第三の柱である汎欧州預金保険機構構想はまだ実現していない。
EU/ユーロ圏の銀行セクターをめぐる問題は、EU/ユーロ圏だけに影響がとどまるもので
はない。EUは銀行の自己資本比率と流動性に関するグローバル・スタンダードを作成中で あり、これが銀行監督一元化と整合性を持つよう留意する方針である22。すなわち、銀行同 盟構想の行方は間接的に日米など域外国の銀行セクターにも影響を及ぼす可能性が高い。
一方、IMFはEU/ユーロ圏の銀行同盟づくりが中途半端に終わらないように圧力を かけようとしている(IMF, 2013)23。IMFは 2013 年 2 月に公表された討論ペーパー
(discussion paper)の中で、銀行監督の一元化だけにとどまらず、汎欧州破たん処理機構
と汎欧州預金保険機構を必ず構築するよう促した。
ドイツの出方が注目される中で、銀行同盟が結成されるとすれば、財政統合や政治統合 (両統合が実現すると仮定した場合)の前になるのか、それとも後になるのか現時点では予 想はつかない。ただ、「起死回生」策として銀行同盟の結成の必要性にEU/ユーロ圏は迫ら れているのは否定しがたい。
21 Jean Pisari-Ferry “What kind of European banking union?” p 2, Bruegel, 2012
22 欧州委員会COM(2012)510final A Roadmap towards a banking union
23 Rishi Goval et al “”A banking union for the Euro Area” p 22, p 28 IMF Staff Discussion Paper, 2013