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財政統合ー切り札としてのユーロ共同債

ドキュメント内 第二章 (ページ 173-193)

第六章 財政統合 - 残された主要課題

6.4 財政統合ー切り札としてのユーロ共同債

ユーロ共同債の発行によって、欧州債券市場の流動性を増やし、金融市場における投機 的行動を抑制することによって金融市場への大規模なショックからユーロ圏を保護し、金 融市場の規律を強化し、ユーロ圏参加国政府の資金調達を保証し、ユーロの国際的地位を 高めることが可能とみられる。

さらに、ユーロ共同債の発行はドイツも含めていかなるユーロ圏加盟国の国債市場より 一層厚みと流動性を備えた債券市場を生み出すことになる。これにより利回りもさらに下 がり、借り入れコストが低下すると期待される。ユーロ圏の域外国は、ユーロ共同債の保

第六章 財政統合―残された主要課題 161 有を通じてユーロ建ての準備資産を増やすと予想される。

一方、ユーロ共同債の導入に伴う不都合な点もいくつか挙げられよう。そのうち最大の 点は、財政放漫国に対する規律がききにくくなり、財政健全国の信用への「ただ乗り(free ride)」が懸念されることだ。換言すればモラルハザードの問題である。さらに、ユーロ共 同債は財政支援を禁じた、リスボン条約125条の「非救済条項(no-bailout clause)」に抵 触する恐れもある。加えて、ユーロ圏内における「政治的実行可能性(political viability)」

が問題となってくる。

ユーロ共同債の発行に参加しようとするユーロ圏加盟国は国家統計及び国家財政に対す るより厳しい精査を受けることになるだろう。株式市場に上場する企業がより厳しい財務 報告義務を課せられるように。そして、財政状況について「粉飾報告」を行うユーロ圏加 盟国は「権利停止処分」を受けることになるだろう。

さらに「財政放漫国」によるモラルハザードを防ぐためにユーロ共同債プロジェクトに 参加するユーロ圏加盟国に対しては、発行残高の対GDP比や年間の発行純増分に制限が加 えられるなどの措置が考えられる。

あくまでも仮定の話だが、もしユーロ圏内にユーロ共同債が導入され、国債と共存する

「二元システム」が構築されていたならば、ギリシャ債務危機への対応が容易になったで あろうということは十分想像できる。すなわち、ギリシャの抱えるすべての債券がソブリ ン債務としての借り換えの対象になることはなかったであろう。大半は、ユーロ共同債の 借り換えになったであろう。言い換えれば、どの債権者(国債保有者)がリスクにさらさ れているかが明白となったであろう。

ギリシャの危機的状況が 急雲風を告げる中で、ユーロ共同債発行のための制度的整備 がスピーディーに行われていたならば、ユーロ圏諸国はギリシャのソブリン債をほとんど 即座にユーロ共同債でもって借り換えることが可能となり、金融市場の安定につながって いたであろう。

後述するが、ユーロ共同債発行構想を実現するに先立って不可欠とみられる構想参加国 の財政規律は、2012 年 3月にEU25 カ国が「新財政協定」という強力な財政規律実行メ カニズムで合意し、2013年に協定が発効したことで大幅に強化された。さらに、EUによ る加盟国財政の監視システムである「欧州セメスター」も2011年に始動した。

ここでより基本的なことに立ち返り、債券とは何かについて考察してみよう。

そもそも債券は「国、地方公共団体、公団、長期信用銀行などが、資本調達手段として 発行する有価証券」と辞書15に定義してあり、具体的に国債、地方債、社債などが例示され ている。

本論文で問題となるのは国債である。

今回のユーロ危機の発火点となったギリシャでは放漫財政が続き、政府の歳出が歳入を 大幅に上回る状態が続き、その差額、すなわち財政赤字を国債の発行などで埋めてきた。

15 小学館『大辞泉』

第六章 財政統合―残された主要課題 162 財政赤字の帰結としては、①現在の支出の一部が直接的に将来世代の負担となる、②財 政赤字をカバーするための国債発行は国民貯蓄を減少させ、実質利子率を上昇させて、将 来世代の生活水準を低下させる、③財政赤字をカバーするための対外借り入れによる債務 が増加し、将来の生活水準を低下させる、などの点が考えられる。

ギリシャの債務危機は、同国政府が2008年の財政赤字の対GDP比率を過少申告すると いうごまかしが2009年の政権交代後に発覚したことがきっかけだ。これにより、大手信用 格付け会社によるギリシャ国債の格下げが相次ぎ、証券市場では同国債をめぐって債務不 履行(デフォルト)の懸念が高まって、投機筋の執拗な攻撃を受けるようになったという 経緯がある。

市場関係者はどのようにみているだろうか。

ジュネーブでヘッジファンドを経営するフィリップス・ジャブレ氏は、「お金を貸してい る国債投資家たちは心配になれば売る。そして金利が上がる。金利が上がれば債務がどん どん大きくなってしまう。市場はこうした負の連鎖を作り出しているわけではない。加速 してはいるだろうが」と述べる16。そうした「加速」が時間をかけて議論する民主主義の時 代を揺るがしている。政治のスピードが市場のスピードについていけないのだ。

本節ではユーロ圏債務危機を解決する有力な手段として2010年以来、議論の対象となっ ているアイデア「ユーロ共同債(common eurobonds, ユーロ共通債との日本語表記もある)」

をめぐるさまざまな提案について考察する。

ユーロ共同債はユーロ圏各国が共同で債券を発行することにより、ユーロ圏全体の信用 で各国が必要な資金を調達できるようにする手法である。現在は、ユーロ圏各国がばらば らに国債を発行しているため、財政の弱い国が市場から狙い撃ちにされているとの問題意 識が背景にある。実現すれば、ユーロ圏各国が個別に発行するより債券の発行規模は大き くなり、流通量も増加するため、米国債市場に匹敵する巨大な国債市場が誕生するとの期 待感もある。

ただ、リスボン条約は財政健全国が弱い国の信用も補完して借金の返済を共同で負担す る手法を禁じており、ユーロ共同債構想の実現には条約改正が必要となる。

6.4.1 ユーロ共同債構想をめぐる歴史

ユーロ共同債構想をめぐる動きを年代順にたどってみよう。

1990年代後半:Giovanni Group(ユーロ関連の資本市場の推移について欧州委員会に 助言するグループ) がユーロ圏内ソブリン債の発行を調整するための一連の可能なオ プションを提示

2008年9月:欧州プライマリー・ディーラーズ協会(EPDA)が「欧州共通政府債(A

16 朝日新聞2011124

第六章 財政統合―残された主要課題 163 Common European Government Bond)」と題する報告書を発表。ユーロ導入以来ほぼ 10年経過したにもかかわらず、ユーロ圏政府債市場はばらばらであると指摘し、共同発 行の是非について論議。

2009 年:欧州委員会が公表した「EMU@10」報告書の中で、共同発行問題を取り上 げる。

この後、ユーロ圏ソブリン債務危機が深刻化したことを受けて、一部ユーロ圏諸国に おける流動性の制約に対処する潜在的に強力な手段として、ユーロ共同債の発行が脚光 を浴びるようになった。

2011年7月: 欧州議会が欧州委員会に対してユーロ圏の経済ガバナンスに関する法 案作成作業の一環として、共同債発行の妥当性について調査するよう要請。

ユーロ共同債の発行は長期的な可能性として考えられてきたが、最近の論議はソブリン 債市場の緊張を緩和するための短期的恩恵の可能性に焦点が合わされてきたようにみえる。

ところで、ユーロ共同債発行の影響は技術的側面を超えて、国家主権をめぐる問題や経 済統合、政治統合のプロセスにも関わってくるようになった。すなわち、経済政策の調整 やガバナンス、高度の経済コンバージェンス、そして場合によっては EU 条約改正に関連 してくるのだ。

ユーロ共同債が成功する条件としては、参加国の財政規律の一段の強化、政治的安定性、

通貨当局(ECB)による支援の予見可能性も必要となってくる。特にモラルハザードを回 避し、持続可能な公的財政を保証し、競争力を強化し、有害なマクロ経済面での不均衡を 減らすためには、財政監視と政策協調を一段と強化することが不可欠となる。

ここで前述のユーロ共同債構想をめぐる歴史を念頭に置きながら、議論の流れの転換点 がユーロ誕生にあったことを指摘する。すなわち、ユーロ誕生以来、ユーロ共同債の論理 的根拠はユーロ圏ソブリン市場やより広範な金融市場において流動性を高めることによる 市場の効率性向上がもたらす恩恵に焦点が合わされてきた。しかし、最近ではソブリン債 危機が続いていたことから、議論の焦点は「市場の安定をめぐる側面(stability apects)」

にシフトしてきた。こうしたことを背景にユーロ共同債の主要な恩恵は、

1)流通市場での国債高利回りに苦しむ重債務国は低利回りのユーロ圏参加国の信用力 に寄りかかることができるので、現在のソブリン債務危機を緩和できる可能性があ る。

2) ユーロ共同債はユーロ圏の金融システムを将来のショックに対してより強靭なもの にし、金融安定を促進できる。(しかし、こうしたプラスの影響は、一部参加国の間 での財政規律の強化に向けたインセンティブ喪失をどのように防げるかにかかって いる)。

3)ユーロ共同債は、重債務国の銀行が銀行間市場で借り換え(リファイナンス)を行う 場合や、ECBのユーロシステム(Eurosystem)のファシリティーを利用する場合、

しっかりした担保となり、所属国の信用格付けの悪化に伴う脆弱性を補うことがで

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