第六章 財政統合 - 残された主要課題
6.1 ばらばらな財政政策
現在の通貨統合の下では、ユーロ導入国の金融政策を統一的に担う欧州中央銀行(ECB)
が設立されたものの、財政政策は各国政府の権限にとどまっているため、ギリシャなど一 部のユーロ参加国では放漫財政が横行し、ユーロ危機につながった。
6.1.1 南欧問題国の財政の脆弱性は危機の前から
IMFは、リーマン・ショックの2カ月後の2008年11月15日に開かれたG20首脳会議 の決定を受けて、世界経済の脆弱性を事前に察知し、それが引き起こす可能性のあるスト レスを予知し、危機への対応で前向きな役割を果たすために「早期警戒演習(Early Warning
Exercise=EWE)」を実施するようになった。この過程で、「財政危機への脆弱性を測る指
数(fiscal crisis vulnerability index)」が編み出された。
EWEは世界33カ国をカバーし、EU27カ国(当時)のうちキプロス、ルクセンブルク、マ ルタを除く24カ国を対象としている。データはIMFの「世界経済アウトルック」の1975
-2010年分を使っている(場合によっては1995年分から使用)。
財政危機(の可能性)を特定する基準としては、①高インフレ率、②大幅なソブリン債 利回りスプレッド、③公的債務の不履行(デフォルト)もしくはスタンダード・アンド・
プアーズ(S&P)の定義に基づく債務再編/繰り延べ(リスケジューリング)、④IMF によ る大規模な支援プログラムが実施されていること、のいずれかとしている。
そして、使用する財政関連のデータ(変数、variable)としては、一般政府総債務、短期 債、景気循環調整済みの基礎的財政収支、政府支出の変化および高齢化関連の政府支出予 想の変化を挙げている。また、マクロ/金融関連のデータとしては、経済全体における純金 融資産、家計と非金融会社の全貯蓄、民間部門の債務、民間部門における金融資産の純取 得分、金融会社のレバレッジ、非金融会社の短期債務および競争力関連のデータとして実 質実効為替レートの変化、単位当たり名目労働コストの変化、経常収支を使用している。
EWEではすべての変数を考慮した「複合指数(composite indicator)」も算出され、財 政危機に関する「早期警戒」が発出される。もちろん、個別の変数は脆弱性の源を特定さ れるために使われる。
IMFはEWEの結果を公表しないが、欧州委員会はEU24カ国分について、「Quarterly Report on the Euro Area 2011 No.3」1の中で概略を明らかにした。それによると、導出さ
1 European Commission Directorate General for Economy and Financial Affairs “Debt dynamics and sustainability in the euro area” in the Quarterly Report on the Euro Area, pp 15-19, volume 10, No. 3, 2011
第六章 財政統合―残された主要課題 147 れた複合指数は結果的に(事後的に)、過去の危機的事象のうち 73%を正確に特定したこ とになるとしている。
図6―1は一部ユーロ圏諸国の2006-10年の「財政危機脆弱性指数」である。
図6-1 財政危機脆弱性指数(2006-2010)
(出所 欧州委員会 Quarterly Report on the Euro Area 2011 No.3, p 10)
縦軸の0.45が「臨界閾値(critical threshold)である。これを下回ると財政危機への脆弱 性に関して安全圏にあることを示す。
グラフによると、オランダ(NL)、ベルギー(BE)、ドイツ(DE)、オーストリア(AT)、
フィンランド(FI)、フランス(FR)の 6 カ国は同期間中、常に安全圏にあった。一方、
スペイン(ES)、ポルトガル(PT)、ギリシャ(EL)は 5年間を通じて、この閾値を上回 っていた。
次に、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、アイルランド(IE)の財政脆弱性指数の1999 年から2010年までの変化を図6-2に示す。
図6-2 スペイン、ポルトガル、ギリシャ、アイルランドの財政脆弱性指数の変化
第六章 財政統合―残された主要課題 148 出所 欧州委員会(Quarterly Report on the Euro Area 2011 No.3, p 18)
EU24 カ国のうち、欧州債務危機の発火点となったギリシャにスポットライトを当てて み よ う 。 事 後 的 で は あ る が 、 ギ リ シ ャ は 2010 年 春 の 危 機 勃 発 に 先 立 ち 、「 不 均 衡
(imbalances)」をためこんできたことが今では明白であるといえよう(欧州委員会、
2011)。.
具体的には、基礎的財政収支や総債務、純債務、高齢化関連公的支出の変化など財政関 連変数のすべてが「危険信号」を発していたという。2009年には対GDP比での総債務の 変化は「赤信号」を発していたと指摘した。
マクロ/金融関連変数では、2007 年から純金融資産、家計貯蓄、民間分野債務が、2008 年からは金融会社のレバレッジに関するそれぞれの変数が危険信号を出していたという。
競争力関連の変数では、ギリシャでは2006年から経常収支(赤字)の対GDP比と単位 当たりの名目労働コストの伸び率が危険信号を発していたとしている。
すなわち、ギリシャでは政府と民間分野が危険水準に達するまで消費を膨らませる中で 債務を積み上げていたことになる。
6 .2 ユーロ圏危機はなぜ拡大したか
この節では、ユーロ圏の信用不安がなぜ拡大したかについて検討する。問題国の財政 政策に密接な関係があるからである。本章のはじめにでも述べたように、ギリシャに端 を発したユーロ圏危機が、南欧を中心とする他のユーロ圏重債務国に広がっていった主 因は、EU/ユーロ圏の「小出し(too little, too late)の対応」にある。ただ、これは EU/ユーロ圏の制度、ガバナンスを考えれば当然の成り行きであると言えるかもしれ ない。すなわち、EU/ユーロ圏は単なる国民国家の集合体でもないし、かと言って米 国のような合衆国あるいは連邦と呼べる政体でもない。政府間主義と連邦主義の間を漂
第六章 財政統合―残された主要課題 149 っているのだ。これに関連して、ユーロ圏加盟国の間で財政主権がプールされるまでに は至らなかったことが危機への対応を困難にした。加えて、EU/ユーロ圏加盟国の間 で徹底的な討議、コンセンサスづくりを重視する「文化的土壌」が根付いていることも スピーディーな対応を難しくした。2010年から 2012年までのユーロ危機の間、首脳 レベルでも徹夜討議は何度もあった。
本章で最初に述べたように、金融市場が危機的状況をあおった側面もある。そしてそ の背景のアクターとして、米二大信用格付け機関(S&Pとムーディーズ)、欧州懐疑 主義を標榜する(ひいてはユーロへの反感を隠そうとしない)英国のメディア、ヘッジ ファンドなど米英の投機筋が挙げられよう。
ユーロ圏の危機的状況が続いた間、S&Pとムーディーズが南欧諸国の格付けを中心 に厳しい格下げを繰り返したことにEU関係者の間で批判が集中した。特に、ポルトガ ルとフランスの格下げに対して両国の政府・中央銀行関係者の不満は根強い。南欧諸国 の格下げが特に、欧州理事会の開催週に頻繁に行われたことは「政治的動機があったの では」と勘ぐる向きもある。英紙の中では、The Financial TimesのEU報道は定評が あり、EU関係者の事実上の必読紙と成っているが、「英国の利益」を反映することも 少なくない。同紙のコラムニスト、Wolfgang MunchauとMartin Wolfの分析は鋭い が、両氏はEUとユーロ圏の批判を「飯のタネ」にしている感も否めない。ただ、同紙 の元ブリュッセル特派員であるTony Barberのコラムは「欧州統合の応援団」のよう な印象を与えることもあり、FT全体としてバランスを取っているのかもしれない。
ヘッジファンドなど米英の投機筋がユーロ危機拡大において果たした役割は小さくな いとされる。ギリシャのパパンドレウ首相とスペインのサパテロ首相(両者とも当時)
はヘッジファンドがユーロの空売りに動いたことで、ユーロ圏危機が悪化したと指摘し ている。また、米国の大手投資銀行Goldman Sachsがデリバティブ(金融派生商品)
を使って、ギリシャの財政赤字の隠蔽に手を貸したとの批判もThe New York Times などで繰り返し報道された。
こうした中で、ユーロ圏危機拡大の現象面での指標となったのが、各国国債(ソブリ ン債)の利回りの動き(上昇)であり、特に独国債との格差(スプレッド)拡大に関心 が集まった。なぜソブリン債なのか。それは2008年のリーマン・ショックが引き金と なった世界金融危機を受けて、グローバル・マネーが国債のような安全な資産へと逃避 を始めた(flight to safety)からだとみられている。
本節ではまず、ソブリン国債の利回りの上昇(独国債とのスプレッド拡大)とリスク拡 大の関係について考察する。
6.2.1 デフォルト・リスクが主因
第六章 財政統合―残された主要課題 150 Favero and Missale (2012)2は利回りスプレッドが生じる主因として、デフォルト(債 務不履行)リスクを挙げ、財政面でのファンダメンタルズ(基礎的条件)については、
デフォルト・リスクの値決め(pricing)には影響しているものの、他国の利回りスプ レッドに関する範囲、すなわち市場が認識するグローバル・リスクの範囲に限られてい るとの見方を示している。さらに重要な点として、こうしたグローバル・リスクは時間 の経過とともに一定ではなく、このことは市場のセンチメントの変化に伴う(危機的状 況の)他国への伝播(contagion)がみられるという明確な兆候だとしている。これは 金融市場が果たしているとみられる財政規律強化を促す役割には不連続性があること を示すものだ。その上で、金融市場が国家の支払い能力維持可能期間を超えて不合理な
(irrational)な動きを示せば、財政規律を促す手段としてのソブリン債に対する利回
りスプレッドの役割は大幅に弱体化すると指摘、ユーロ共同債の発行が経済的に正当化 されると強調している。
6.2.2 独国債に対する利回り格差
ユーロの導入でユーロ圏加盟国はユーロ圏において国債をそれぞれ発行することに なったが、高利回り三カ国(イタリア、スペイン、ポルトガル)の 10 年物国債利回りと ドイツのそれとのスプレッド(格差)をみると、欧州通貨統合以前は、100ベーシスポイ ント(1%)を超えていたのが、統合1年以内に30ベーシスポイント弱にまで縮小した。
しかし、その後、利回り格差は決して縮小することはなく、2008-2009年の金融危機、
2010-2011年の債務危機で、格差は再び統合以前の水準、もしくはそれを上回る水準 にまで広がった。この原因としてFavero and Missale (2012)は、より大きな支払いリ スクがあるとみなされる加盟国はデフォルト・リスクが存在することによるプレミアム を支払わなければならないという信用リスク要因を抱え、薄商いの市場で国債を売却せ ざるを得ない加盟国は“不公正な価格(unfair price)” と高い取引コストに直面する という流動性リスクを挙げている。
図6-3と図6-4はユーロ圏各国の国債利回りスプレッド(ドイツ以外の加盟国の国債と独 国債の利回りスプレッド)を示している。図6-3 は低利回り加盟国、図6-4は高利回り 加盟国。出所は両方ともFavero and Missale (2012)3.
図6-3
2 Carlo Favero and Alessandro Misale “Sovereign spreads in the Eurozone: which prospects for a Eurobond?” summary in Economic Policy, April 2012, pp 231-273 CEPR, CES. MSH, 2012 本論文のテーマはユーロ圏におけるソブリン債の利回りスプレッドの 決定要因を踏まえて、ユーロ共同債の展望を探ることにあるとみられる。
3 Ibid. p 236