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キプロス危機再考

ドキュメント内 第二章 (ページ 76-80)

第四章 OCA 理論再構築のための 2 条件―(1)成長戦略

4.1 キプロス危機再考

本節ではキプロスが金融危機に陥るに至った過程と2013年3月にクライマックスを迎 えた金融危機への対応について再考してみる。

キプロスが同じく地中海の小さな島国であるマルタとともにユーロ圏入りしたのは 2008年1月 1日だ。前年からの米国の低所得者向け高金利型(サブプライム)ローンの焦 げ付き問題がくすぶる中、2008 年 9 月には米大手投資銀行リーマン・ブラザーズの経営 破たんを契機とした欧州金融・経済危機が小国キプロスを直撃した。キプロス経済はリセ ッションに陥り、2009 年のGDPは 1.9%縮小し、特に観光業と海運業が打撃を被り、そ の結果、失業率も上昇した。2010-12 年も経済は低迷し、成長率は 2009 年以前の水準に は戻らなかった。商業地の価格は約30%下落し、銀行の不良債権比率も 2011年までには 6.1%に達した。

キプロスの人口は約 87万人とEU諸国の中で際立って少なく、。経済規模も小さいが、

オフショア銀行業の規模が大きい。キプロスのGDPは240 億ドルだが、同国の銀行セク

ターは1,200億ユーロの預金を集めており、そのうちおよそ半分はロシア企業からだ。

キプロスの銀行は不良債権が増大するにつれて、苦境に陥った。同国にはギリシャ系の 人口が多いこともあり、キプロスの銀行はギリシャ国債に巨額の投資をしていたため、

2010 年以降のギリシャの債務危機で、保有債券の価格が下落(利回りは上昇)したため、バ ランスシートは急速に悪化していった。キプロス第二位の民間銀行であるライキ銀行

3 Jay C. Shambaugh “The Euro’s Three Crises” Brookings Paper on Economic Activity, 2012. この論文は日本のEU研究者の間ではほとんど話題にならなかったが、ジョー ジ・ソロスの見解や欧州委員会のPeter Bekxが2012年⒒月30日に東京のEU駐日代表 部で行った講演(演題 “The European sovereign debt crisis and the future of the euro”)

の中でBreaking the negative feedback loopと題したスライドで、ソブリン債務危機、銀 行危機、低成長・不況の間の負の連鎖について言及している。

第四章OCA理論再構築のための2条件―(1)成長戦略63 (Laiki Bank, キプロス人民銀行=Cyprus Popular Bankとも言う)の元最高経営責任者(C EO)であるEfthimios Bouloutas氏は、同行はキプロスがユーロ圏入りする前年の2008 年初めの時点で既に実質的に経営破たんしていたことを認めた。キプロスの民間銀行はギ リシャ債務危機のあおりで、2011 年には保有ギリシャ国債のうち最大 50%をヘアカット

(haircut)の対象とされ、巨額の損失を被った。こうした中でキプロス政府は銀行セクター

を支援するための流動性を供給することができなかったので、EUに支援策の実施を要請 した。

2011 年 7 月にキプロスの海軍基地で起きた大規模な爆発事故の同国経済への影響が心 配されるようになり、主要な信用格付け機関はキプロスの格付けを2カ月後の 9月に引き 下げた。これにより同国の長期国債の利回りが 12%を超え、同国政府は銀行セクターの 経営をもはや安定化させることはできないのではないかとの懸念が広がった。

キプロスは 2012 年 1 月以降、財政赤字をカバーし、国債の借り換えを行うために、ロ シアから供与された25億ユーロの緊急融資に頼るようになった。

しかし、この融資ではキプロスの銀行を増強するための資本注入を賄うことができず、キ プロスは追加融資を要請せざるを得ないとみられるようになった。

2012 年 3 月に米大手格付け会社のムーディーズはキプロスの格付けを「ジャンク債(投 資不適格債)」にまで引き下げ、政府は銀行セクターの損失をカバーするために同セクター への資本注入を必要としていると警告した。同年 6 月には英米系の格付け会社フィッチが キプロス国債をBB+まで引き下げたことから、同国債はECBに担保としては受け入れら れなくなった。キプロス政府はEUの金融安定化のための安全ネットである EFSFもしく

は ESMを使った支援を要請した。キプロス政府はEUへの要請に当たって、ギリシャの

債務危機で圧迫されている銀行セクターを自力で支援することは困難になっていると指摘 した。

その後、キプロス政府とEUの間で断続的に協議が続いた。

キプロス危機が一挙に注目されるようになったのは13年3月15日のことだった。EU 首脳会議に出席するためにブリュッセル入りしたアナスタシアディス大統領の随行団は首 脳会議の合間に断続的に支援交渉を行っていたが、夕方になっていきなリ、100 億ユーロ の支援の条件として 58 億ユーロ分をキプロスの民間銀行の預金に課税して捻出すること を求められたからだ。キプロス政府にとっては寝耳に水の支援案だったが、ユーロ圏の中 で支援側に回ることが多いドイツ、フィンランド、オランダ、スロバキアなどの間で既に 合意されており、「キプロス包囲網」は形成されていた。

ユーロ圏では、資金難に陥った銀行を救済する際、まず、銀行の株主、次いで銀行が発 行した債券の保有者にヘアカットという形で犠牲を求めるのがこれまでのやり方だった。

預金者は保護されるのが原則だった。

この背景にはキプロスの民間銀行預金の3分の1以上が、ロシアの企業、個人投資家の 保有であり、こうした「ロシア・コネクション」への反発があったとみられる。さらに、キ

第四章OCA理論再構築のための2条件―(1)成長戦略64

プロスは 10%という低率の法人税と緩い規制で、海外から資金を呼び込む「オフショア銀

行センター化」し、金融機関の総資産額は国内総生産(GDP)の5-8倍に達し、EU関係 者は懸念を表明していた。言い換えればキプロスの「金融バブルつぶし」が事実上画策され ていたのだ。キプロスは一種の租税回避地(タックス・ヘイブン)としてロシアなどから 不透明な資金が流れ込み、「資金洗浄」が行われていたと EU 関係者は不信を募らせていた。

しかし、アナスアシアディス大統領には交渉の席を蹴って帰国するという選択肢はなか った。同国第二の民間銀行であるライキ銀行(キプロス・ポピュラー銀行)について、欧州 中央銀行(ECB)からユーロ・システムの緊急流動性支援を受け取る要件をもはや満たさ ないと宣告されたからだ。ECB と欧州委員会および国際通貨基金(IMF)はユーロ圏危機 への対応で「トロイカ」を形成しているが、今回は欧州委とIMFの間で足並みの乱れがあ った。欧州委は銀行預金課税に難色を示したが、預金課税を求める IMF をユーロ圏最大 の経済国ドイツが支持したのだ。ドイツは、欧州委がこれまでのギリシャ支援で再三、結 果的に誤った予測を出したことに苦りきっているとされる。

キプロス議会は 3 月 19 日夜、EU からの支援を受ける条件であった銀行預金の課税法 案を反対多数で否決した。同法案は 10 万ユーロ超の預金に 9.9%,それ以下に 6.75%の税 をかけ、58 億ユーロを徴収する計画だった。ユーロ圏を含むEU域内では、一人当たり 10 万ユーロまでの預金は保護されることが決められており、これは銀行同盟の下での汎 欧州預金保険機構創設の出発点となるとみられていた。

それではなぜキプロスで銀行課税案が浮上したのだろうか。前述したが、ギリシャ系住 民の多いキプロスの銀行はギリシャ国債を大量に保有してきた。そのギリシャの債務危 機・信用不安がキプロス金融危機の直接の契機である。経済危機が長い間、表面化しなか ったのは、ロシアによる多額の融資が背景にある。ロシアの富裕層は税金を回避するため に、キプロスにペーパー・カンパニーを相次いで設立するとともに、多額の資金をキプロ スの銀行に預けた。EUが金融支援の条件として、大口預金の半分近くを税金として取り 上げるようにキプロス政府に要請したのは、元来、マネーロンダリング(資金洗浄)を経た 不正資金である疑いが強いのに、なぜEUの資金で保護しなければならないのかという見 方があるようだ。

課税案はその後撤回されたが、3 月 25 日にキプロス支援策で合意が成立した。キプロ スへの支援額は当初計画通り 100億ユーロとなった。新支援策は、最大手キプロス銀行と 第二位ライキ銀行の 10 万ユーロ超の高額預金者への負担強制が盛り込まれた。ライキ銀 行は閉鎖されることになった。ライキ銀行を含むキプロスの全銀行で 10 万ユーロ未満の 預金保有者は全額、預金が保護されることになった。一方、ライキ銀行やキプロス銀行で 10 万ユーロ以上の預金保有者は、10 万ユーロを超える部分は凍結され、課税ではなく、

いわゆるヘアカットの対象となることになった。ヘアカットから得られる収益はライキ銀 行の解体費用とキプロス銀行の資本増強のための資金に充当される。ロイター通信による と、ライキ銀行の高額預金者(一人当たり 10 万ユーロを超える部分)の負担は総額で 42 億

第四章OCA理論再構築のための2条件―(1)成長戦略65 ユーロに上ると試算されており、これはEU/IMFがキプロスに対して支援の前提条件の一 つとして調達するよう求めた 58 億ユーロの約 70%に上る。高額預金者の 10 万ユーロを 超える部分の預金削減額は最大40%とみられている。

さらにキプロス銀行とライキ銀行の株主資本と債券については「債務減額」されること になった。最終支援案は、bailou(支援)であると同時に、事実上、株主、債券保有者、高 額預金保有者による銀行の損失を負担するというbailinを伴っている。

経営不振に陥っているキプロスの銀行は 680 億ユーロの預金を有しており、そのうち 380億ユーロは10万ユーロを超える口座の合計である。

難産の末、支援策がまとまったことで、キプロスは国内の銀行の破たんを回避すること ができ、ユーロ圏内から追放される最初の国となる運命を辛くも免れた。

支援パッケージを実施するための最終条件は、その後、トロイカ(欧州委員会、ECB,

IMF)の覚書に明記された。そして同覚書は4月30 日、キプロス下院によって承認された。

その骨子は:4

1.ライキ銀行の閉鎖を受け入れるとともに、全銀行セクターの資本増強 2.キプロス国内の銀行におけるマネーロンダリング対策の実施

3.キプロス政府の財政赤字を削減するための財政健全化

4.競争力を回復し、マクロ経済の不均衡を除去するための構造改革 5.国有企業の民営化計画

となっている。

米財務省は、キプロス支援について、「キプロスが金融安定化と成長のための土台を築 くことは非常に重要である」と歓迎の意向を表明した。

ECB のドラギ総裁は 4 月4日、ECB理事会後の記者会見で、(今回のキプロスをめぐ る混乱の)教訓として、将来、危機に陥った銀行を支援するための資金調達に関して、犠 牲になる資産の序列(pecking order)を明示する必要があると語った。その上で、10万ユー ロ以下の少額預金に対して課税するという当初の案は「間違いであった」ことを認めた。ま た、今回のキプロスへの対応は、ECB のユーロ政策において「転機」を画するものではな いとし、あくまでも例外的措置であったと強調した。

民間銀行の視点に立てば、ユーロ圏内で民間銀行が資金不足に陥り、その国の政府に資 金注入する余裕がなければ、EUに支援を要請した場合、銀行の大口預金者は預金カット という犠牲を強いられる局面が今後も出てくる可能性が十分あることが明白となった。そ して残った部分についてもユーロ圏外への資本逃避を防ぐため、一定期間、凍結される可 能性があることも分かった。

ユーロ圏内民間銀行にとってキプロス・ショックの第一の教訓は、資本の増強が必要で あるということだ。換言すれば、最も安全な銀行は、財政力が強い国に本拠を置く銀行で あるということだ。さらに、そうでない民間銀行にとって活路はユーロ圏内で銀行同盟が

4 Eurogroup statement on Cyprus, annex March 24,2013

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