第二章 OCA理論のサーベイ はじめに
2.3 初期 OCA 理論
2.3.4 Kenen (1969)
第二章 OCA理論のサーベイ 26 ての基準は、通貨圏の最適な範囲を決定するうえにおいて、純粋に地理的な要素移動性 をめぐる考慮とのバランスをとる必要がある。
McKinnonの論点は次のように要約できる(Dellas and Tavlas, 2009)。
(a) 比較的に開放的な経済は通貨を(他通貨に)ペッグすべきである、
(b)相互に広範囲に交易を行う開放的な諸経済は通貨圏の形成によって便益が得られる。
なぜなら、その(通貨圏の)閉鎖性によって外為相場の変動に対するより大きなバファー を得られるからだ、
(c)大規模な地理圏は比較的閉鎖的になる可能性が大きい。そしてその規模は最適外為レ ジームの決定要因となる。
Mckinnon は最適通貨圏を形成するには「経済の開放性」が重要であるとしているが、
これは最適通貨圏の外部では物価が安定していることを暗黙のうちに前提としているよう にみえる。なぜなら、「外部の不安定性は(通貨圏とその外部地域の間での)変動相場制度 を通じて通貨圏内に直接伝播される」(Ishiyama, 1975)からである。
Mckinnon はその後も最適通貨圏について論考を発表しており、それについては後述す
る。
第二章 OCA理論のサーベイ 27 すると、地域間の労働移動が完全と成るためには、職業間の移動も完全でなければな らない。こうした状況は、労働力が均質であるときのみ(もしくは単一通貨圏に属す るいくつかの地域が非常に類似した技能要件を示すときにのみ)可能となる。結果と
して、Mundell のアプローチは最適通貨圏が常に小規模のものとなるという悲しむべ
き確実性をもたらすことになる。
Kenen は今日、政府の活動は規模の経済を伴っているとし、例として国防や(役所のサ
ービスなど)公的部門の機能を挙げた。そして単一の製品を生産する多数の地域にまたが る効率的な財政システムが必要であり、それは、非最適(non-optimal)であっても、単 一通貨圏と同一の広がりを持つ(coextensive)と強調した。これは換言すれば、単一通貨 圏では財政統合が必要であるとの見方だ。財政統合の程度が進んでいればいるほど、失業 率が低い地域から高い地域への財政移転を通じて「非対称的ショック」を和らげることが できる。
Kenenは最適通貨圏に関して、Mundellの労働力移動の基準は不十分であると指摘する。
労働力移動が完璧にみられることはないので、単一の国に属する多数の単一製品生産地域 の間では、労働力の移動よりも、生産される製品構成の多様性のほうがより基準としてふ さわしいと指摘する。そのうえで、
(1) 十分な多様性がある国民経済は単一製品しか生産されない国民経済のように 頻繁に交易条件を変更する必要はない
(2) 多様性のある国民経済は実際、多様化が進んでいない国民経済に比べて、主 要輸出品への需要の減少は急激ではなく、失業率の上昇も激しくない。
(3) 多様化が進んだ国民経済では、外需と内需のリンク、特に輸出と投資のリン クは、そうでない国民経済に比べて弱いものとなり、海外から国内に輸入さ れる失業の変動は、それに対応する資本形成の変動によって大きく悪化させ られることはないだろう
と、経済が多様化するメリットを列挙した。
対外収支の視点からみると、輸出品目の多様性に反映される経済の多様性は、事前に交 易条件を頻繁に変更する必要性をなくし、それゆえ、事後に国民通貨の外為相場を頻繁に 変えることも不必要になるのであると指摘した。
Kenen(1969)は結論で、多様化が進んだ国民経済にとって固定為替相場制度が最も妥当 であると主張する。具体的には、多様化は外的ショックを事前に(ex ante)平均化する
(average out)するのに役立ち、それに伴い国内の資本形成を安定化させる。多様化は事 後に(ex post), 平均化が不完全であった場合に(国民経済が被った)損害を最小限に抑え るのに役立つと指摘。そのうえで、国内経済活動が連続することによってそれぞれの専門
第二章 OCA理論のサーベイ 28 に特化した労働力にとって雇用機会が最大化されるので、多様化は国内の要素移動性にと って不可欠であるとしている。
一方、Kenen は、多様化した国民経済の弱点も指摘する。それは、輸入物価に関連した 貨幣賃金(money wages)によって表象される金融(monetary)ショックに特に脆弱であ るかもしれないと指摘する。
さらに、固定為替相場制度を採用している、多様化した国民経済は、不完全な労働力の 移動と輸出の変動から確実に生じる頑固な失業多発地域pockets of unemployment)に対 処するため広範囲にわたる財政政策を準備しなければならないと主張する。
結論の最後でKenenは、「私は現状(1969年時点)を限りなく追認することになった」
と半ば自嘲的に言う。すなわち、主要先進国は為替相場制度の変更を避けて、ブレトンウ ッズ体制にしがみつくべきであり、その一方、開発途上国は多様化が進んでおらず、政策 手段に乏しいので、為替相場の変更を頻繁に行うかそれとも全面的に変動相場制度に移行 すべきであるというものだ。
Kenen は経済の多様性の重要性を強調しているが、経済が多様化すればするほど、経済 規模が大きくなればなるほど、外国貿易の必要性は減少する。これは言い換えれば、大規 模で多様化し、外国貿易のGDPに占める割合が小さい国は固定相場制度を採用し、一方、
小規模開放経済国は変動相場制度を維持すべきだという主張と受け止められ得る。現在の ユーロ圏の現状とは齟齬がある。
2.3.5 1960 年代の初期 OCA 理論の総括
Mundell 1(1961), McKinnon(1963)、Kenen(1969)の初期「最適通貨圏(OCA)」理論は、
複数の経済(economies)が通貨同盟(currency union)を形成するのに最適であるかど うかを判断するための特性(characteristics)を特定した。Dellas and Tavlas (2009)10は 以下のように整理している。
労働移動性の程度および/もしくは賃金・物価の柔軟性(Mundell)
非対称的ショックの発生率(Mundell)
(経済の)開放性の程度および/もしくは貿易統合の程度(McKinnon) 経済の規模(McKinnon)
二つの経済の間における経済構造の類似性(Kenen) 製品の多様性の程度(Kenen)
財政統合の水準(Kenen)
10 Harris Dellas and George S. Tavlas “An optimum currency area odyssey” p 9, Journal of International Money and Finance, 2005
第二章 OCA理論のサーベイ 29 しかし、三人が発展させた枠組みはその内部で整合性が保たれているわけではなく、脆 弱性をはらんでいるとDellas and Tavlas (2009)は指摘し、次に挙げるような整合性の欠 如や相互矛盾があると論じる。
例えば、①小規模開放経済はペッグ制が望ましいとされるが、隣接地域との労働移動性 の程度が低い可能性があり、その場合、変動相場制の方が好ましいことになる、②小規模 経済は開放的であればペッグ制が望ましいが、その場合でも比較的に多様化が進んでいな ければ固定相場制の方がベターとなる、などの点だ。
また、Mongelli(2008)は初期 OCA理論の脆弱性と限界を論じ11、初期OCA理論の弱点 や制約は長期間にわたって指摘されてきたとする。以下、Mongelliの主張に沿ってリスト アップする。
(1)OCAの諸特性のうち、いくつかは計測するのは困難であり、あいまいである。
(2)OCA の諸特性を相互に評価するのも困難である。すなわち、OCA 理論には統一 的枠組みが欠如している。
(3)OCA理論の(それぞれの特性に関する)分析的枠組みは新たな理論的枠組みの発 展や実証研究の成果を受けて、根拠が薄弱化しつつある。それゆえに、1970年代 中 盤 か ら 1980 年 代 中 盤 に か け て 、「 知 的 興 味 の 対 象 と し て は 忘 却 の 彼 方
(intellectual limbo)」に追いやられた」(Tavlas, 1993)。たとえば、欧州は完 全な通貨統合に進むべきか、そしてその場合、どの国が参加すべきかなどという 問いへの答えを OCA 理論にエコノミストや政策担当茶は求めたが、見出せなか った。
(4)経済通貨統合の費用と便益を査定するためにすぐ使える理論はない(Emerson
et al, 1992)。 OCA理論は初期段階で重要な識見を与えてくれたが、EUなど特
定地域における経済通貨圏の適格性については狭隘で古ぼけた分析枠組みしか適 用していない。
(5)OCAの特性について行われたてきた研究は後ろ向きのものが多い。すなわち政 策の選好や通貨統合など政策レジームの転換を反映していない。ただ、1990年代 後半になって、一部の研究者は通貨統合の「内生的効果(enndogenous effects)」
の問題を提起し始めた。これはすなわち、単一通貨を共有することは関係国をよ り緊密化させるきっかけになるかどうかということである。.内生的要因について は2.5.1で後述する。
(6)OCAの境界は国境に一致しない場合がある。Mundel 1 (1961)には米加両国の 東部と西部という地域についての言及があるが、複数国で構成するグループの分 析は必ずしも有益ではない。米国の州やドイツのレンダー(州)、スペインやイタ リアの地域などに関するOCA諸特性の研究も行われてきた。
11 ibid pp 4-5