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ユーロ圏危機の 3 つの側面

ドキュメント内 第二章 (ページ 80-84)

第四章 OCA 理論再構築のための 2 条件―(1)成長戦略

4.2 ユーロ圏危機の 3 つの側面

欧州では 2007 年以来、危機が連続している。米国の低所得者向け高金利型(サブプラ イム)ローンの焦げ付き問題に端を発し、2007年8月に仏大手銀BNPパリバを襲ったシ ョックを皮切りとした金融危機は、翌 2008 年 9 月半ばには米証券大手リーマン・ブラザ ーズの破綻をきっかけに一挙に深刻化し、その余波が欧州を直撃した。欧州の金融大手は 巨額の損失を計上し、経営危機に直面、そのうち多数が実質的な「国有化」や「公的管理」

に追い込まれた。株価も大幅に下落した。深刻な金融危機は実体経済に影響を与え、EU 経済は2009年にはマイナス4%成長を記録し、リセッション(景気後退)に陥った。

2008 年にはまた中東欧諸国が国際収支危機に陥り、ハンガリー、ルーマニア、ラトビ

アがIMF/のスタンドバイ取決め(SBA)支援を受けた。そして2010年にはギリシャを発

火点としてソブリン債務危機がユーロ圏周辺諸国(ぺリフェリー)で発生し、ユーロ圏の 信用不安に発展した。本稿執筆時点では危機的状況からひとまず脱出した形となっている。

4.2.1 サルトルの「出口なし」的状況

ユーロ圏危機はユーロ圏の生存をかけた「実存的危機(existential crisis)」とも呼ばれる。

実存主義哲学の代表的論客であるフランス人作家ジャンポール・サルトルは 1945 年に

「出口なし(Huit clos)」という戯曲を発表している。一幕物のこのドラマでは三人の男 女がそれぞれ不幸な死に方をして、地獄に落ちる。政治評論家のガルサンは銃殺、女郵便 局員のイネスはガス中毒、若奥様エステルは肺炎で死んだという設定。三人は扉が開かな いホテルの一室に閉じ込められ、そのうちけんかを始め、イネスはエステルをペーパーナ イフで刺し殺す。しかし、刺されたエステルは「私はもう死んでいるんだから、死にませ んよ」と言ってそのドラマは終わる。ユーロ圏も出口がない状況に追い込まれており、参 加国の間でいがみ合った状況がこの戯曲を髣髴とさせる。2012 年 6 月にギリシャで行わ れたやり直し総選挙で、急進左翼進歩連合のチプラス党首は、「われわれは真っ直ぐ、地 獄に向かっている。それは(ドイツの)メルケル首相のせいだ。緊縮政策のせいだ」と主張 した。チプラス党首は選挙戦で「EU が押し付ける緊縮策は拒否するものの、ギリシャの ユーロ圏からの離脱は求めない」という議論を繰り返した。ただ、ギリシャにとってユー ロ圏からは出たくないが、資金が回らなくなり、ECB が支援を拒否するようになれば、

「不本意な出口」はあるかもしれない。

米ジョージタウン大学のJay Shambaugh教授は、ユーロ圏は、①国債の利回り上昇で 資金調達に苦労するというソブリン債務危機、②銀行が資本不足に陥り、流動性の問題を 抱えているという銀行危機、③ユーロ圏が全体として低成長にあえぐとともに、南北間で

第四章OCA理論再構築のための2条件―(1)成長戦略67 の成長率格差が顕著となってきたという、経済成長をめぐる危機の 3 つの危機に直面して いると分析している(Shambaugh, 2012)。言い換えれば、ユーロ圏の危機は相互に連関 した複合危機である。

同教授によれば、低成長はユーロ圏加盟国が債務返済不能に陥るリスクを増大させる中 で、債務危機を解決しようとしてとられる緊縮政策は経済成長を抑制しているという。一 方、低成長はソブリン債がソルベンシー(solvency, 返済不能)に陥る可能性を高める。

また、銀行は債務不履行となる可能性のあるソブリン債を大量に抱えて弱体化しているこ とから経済成長の足かせとなっていると指摘している。

図4-1 ユーロの三つの危機

(出所 Shambaugh, 2012,5 p 47をベースに日本語バージョンを筆者が作成)

ユーロ圏危機の3つの側面をさらに詳しくみてみよう。

(1)銀行危機:ユーロ圏の多くの銀行は資本不足に直面し、銀行間(インタバンク)

の流動性は抑制されており、将来どれほど損失を計上するか不確実な状況に置かれ ている。

5 Jay C. Shambaugh “The Euro’s Three Crises” Brookings Paper on Economic Activity Spring 2012, p 47

銀行危機

ソブリン債務危機 マ ク ロ 経 済 ・ 競 争 力をめぐる危機

多くの破たん銀行を支 援しようとする国家が 破たん

ソブリン債務のデフォル トが大量のソブリン債を 保有する銀行の破たんに つながる

経済の弱体化と資産価 値の低下が銀行のバラ ンスシートを損なう

弱体化した銀行は貸し出 しの減少により経済を減 速させる

ソブリン債から来るストレ スに対応するための緊縮策 は経済を弱体化させる

成長の停滞は重債務国の 支払い不能を招く

第四章OCA理論再構築のための2条件―(1)成長戦略68 (2)ソブリン債務危機:ギリシャは2012年3月に保有国債を対象にヘアカットを行っ

た。スペイン、アイルランド、ポルトガル、イタリアなど他のユーロ圏周辺(ぺリ フェリー)諸国のソブリン債務についても国債保有者は返済が行われるかどうか懸 念を強めた。

(3)マクロ経済危機:ペリフェリー諸国の低成長と相対的な競争力不足がこれらの国 の債務負担を増大させている。この危機はユーロ圏内における不均質な経済成長レ ベルの問題とも言えよう。ペリフェリー諸国における経常収支の赤字は過去 10 年 間に起きた信用バブルとその後の崩壊、および競争力の喪失の表れである。

ここで、(1)の銀行危機に関連してユーロ圏を米国と比較した場合、銀行セクターの占 めるウエートが大きいことが目立つ。すなわち、ユーロ圏内の企業は米企業に比べて資金 調達において銀行セクターにより依存している。米企業は資本市場からの直接の資金調達 が主流である。また、ユーロ圏の金融機関の資産規模は41兆ユーロで米国の16兆ユーロ の倍以上となっている。これはユーロ圏における金融仲介機能が変調を来たすとグローバ ルな金融仲介がおかしくなることを示している

(2)のソブリン債務危機に関連して、ギリシャは厳しい財政引き締めを行っており、

2010-11 年に基礎的財政収支の赤字を対 GDP 比で 5%圧縮したが、同国の経済は 10% 縮小したので、財政赤字削減努力は帳消しとなった。財政危機を解決しようとして成長

(マクロ経済)危機のみならず、ソブリン債務危機をも悪化させたという好例だ。

(3)の成長戦略に関連して、ユーロ圏ペリフェリーの重債務国だけの問題ととらえず に、ドイツなどユーロ圏中核国も財政出動を行って内需拡大を図れば、重債務国へのスピ ルオーバー効果が期待できる(Shambaugh,2012)6

また、ユーロ圏内の銀行が大量のユーロ圏内ソブリン債を保有することによって生じる

(1)と(2)の連関を断ち切るために、Shambaugh(2012)7は「リスクフリーの共同債

(common risk free bond)」の導入を提唱している。これは、一種の「ユーロ共同債」構 想である。米国における状況と比較すれば、米連邦準備制度理事会(FRB)はカリフォル ニア州債やイリノイ州債などを保有しておらず、保有しているのは米国債である。州債に は(返済されない)というリスクはあるものの、州や都市のレベルで財政危機が起きても、

FRBの金融政策や米国全体の金融システムは脅かされることはない。

4. 2.2 「複数均衡」と「自己実現」-ゲームの理論

ユーロ圏の複合危機、特に財政・債務危機では加盟国の財政再建の見通しについて金融 市場が懐疑的になれば、懸念された通りに問題が拡大する傾向がある。「ユーロ危機劇場」

6 ibid. pp 4-12

7 pp 38-39

第四章OCA理論再構築のための2条件―(1)成長戦略69 は疑心暗鬼に満ちている。IMF調査局長のOlivier Blanchardは2011年末、IMFのブロ グ(IMF, 2011)に、「2011年の回顧:4つの歴然たる事実(2011 in Review: Four Hard

Truths)」8と題した小文を寄せ、その中で過去 1 年間で四つの大きな教訓が得られたと指

摘した。

(1)2008-09 年の金融・経済危機の後、「複数均衡(multiple equilibrium)」を孕 むようになった。すなわち、悲観主義と楽観主義がそれぞれ悪い結果と良い結果を生む という「自己実現的な現象(self-fulfilling outcome)」が世界経済に重大な影響を及ぼ している。われわれは銀行取り付け騒ぎの「自己実現」についてよく知っており、預金 保険制度はこのために編み出された。

(2)不完全で部分的な政策対応は事態を悪化させる。(EU 首脳会議など)ハイレベ ルの会議で解決策についての約束が行われるものの、そのうちの半分しか実現されない

場合などだ。

(3)投資家は財政再建と経済成長に神経質である。すなわち、投資家は財政再建の ニュースに前向きに反応するが、その後、財政健全化が成長率低下をもたらすことに なれば、否定的な反応を示す(より大きなリスク・スプレッドを要求する)。大幅な 財政健全化は必要であり、債務水準は引き下げる必要があるが、メルケル独首相が指 摘するように、こうしたことは「短距離走」ではなく「マラソン」にたとえられるべ きものだ。

(4)市場心理は現実を生み出す。例えば、イタリアでは 2011 年夏、(市場に影響を 与えるようなことは)何も起きなかった。しかし、秋になってイタリアがリスクにさ らされているとの認識が広がると、この認識は消えることはなく、一方、イタリアの 国債市場から流出した「リアル・マネー」は簡単には戻ってくることはなかった。も う一例を挙げると、2011 年後半にユーロ圏では大したことは起きなかったが、金融 市場や専門家がユーロ圏解体の可能性に言及し始めるとそうした認識は定着し、消え ることはなかった。

「複数均衡」と「自己実現」はゲームの理論で使われる概念である。同理論はある特定 のルールや情報環境の下で、互いに影響を与え合う各主体が選択する最適行動の組み合わ せを数学的に分析する手段である。すなわち、各主体が他の主体の行動を予測して動いた 結果、①「良い均衡」と「悪い均衡」の複数の均衡が生じる可能性がある、②事実はそう でなくとも、多数の主体が悪い内容を予測することで「悪い均衡」が自己実現してしまう 可能性がある、ことを示している(山口、2012)9

8 Olivier Blanchard (IMF chief economist) “2011 in Review: Four Hard Truths” IMF Blog Dec. 21, 2011 次のアドレスに掲載

http://blog-imfdirector.imf.org/2011/12/21/2011-in -review-four-hard-truths/

9 山口勝義『ユーロ圏危機における{複数均衡」と「自己実現」-危機対策の明確化と着

実な実行の重要性ー』金融市場2012年2月号 p 9 農林中金総合研究所

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