第二章 OCA理論のサーベイ はじめに
2.5 OCA 理論の復活と運用
その後、OCA理論は学術的関心の対象として復活を遂げ、こうした傾向は今でも続いて いる。
1980年代半ばから1990年代半ばにかけて、OCA理論は学術的関心の対象として復活を 遂げ、こうした傾向は今でも続いている。
この背景には何があったのだろうか。もちろん、さらなる欧州統合に向けた活発な動き である。特に欧州通貨統合という実験は、欧州域外でも通貨統合への興味を高め、共通通 貨の採用に必要な条件が何であるかという関心を呼び起こしたのであり、OCA理論の復活 につながったのである。さらに計量経済学の技術の発展も追い風となった。
こうした中で、「古い」OCA理論に対峙される「新しい」OCA理論が生まれてきた。OCA 諸特性の新たな位置付けとしては、物価と賃金の柔軟性は、短期的には非対称的ショック による混乱への対応において不可欠である。また、金融市場の統合は、短期及び長期の非 対称的ショックを受けての調整においてより重要な役割を果たしている。財政規律も景気 後退期に見込まれる福祉関連の支出増加などから成る「自動安定化措置(automatic stabilizers)」が効果を発揮する余地を持つことを確実にするために重要な役割を果たして いる。労働力の移動も永続的なショックを受けての調整を容易にする可能性がある。
OCA 特性の再解釈を受けて、次に課題となるのは OCA 理論の現実世界への運用
(operationalizing)である。
欧州通貨統合への関心が再び高まった 1980年代後半から1990 年代にかけて、OCA 諸
第二章 OCA理論のサーベイ 37 特性の実証的研究は計量経済学における技術の進展によって支えられた(Mongelli, 2008)。
これらの研究には、計量経済学の技術を使うことによってOCA諸特性の分析や比較を通じ て、なぜ特定国のグループがOCAを形成する可能性があるかについて評価を下した。換 言すれば、これらの実証研究においては、OCA理論の運用が目的だったのである。
特に注目されるのが、OCA 理論の内生的作用(内生性)に関する研究と一般均衡マク ロ経済分析の枠組みを使ったOCA理論、特にその諸特性の研究である。
2.5.1 OCA の「多様な内生的作用( endogeneities)
OCAの新たなメタ特性としての「多様な内生的作用(endogeneities)はOCA理論を飛躍 的に発展させた。それまでのOCA理論の枠組みは「静的(static)」であり、ある国もしく は地域が通貨統合に参加するに先立ちいかなる経済的特質を満たすべきかを特定しようと するものであった。これに対して「内生的特徴」は、通貨統合への参加の結果として生じ る経済の構造とパフォーマンスの変化に焦点を合わせる動的なものである(Dellas and
Tavlas, 2009)12。内生的作用は二つの経路から現れる。まず、単一通貨の導入後、通貨圏
メンバー相互間の双方向での貿易など経済の開放度が増す。別の経路としては、貿易統合 と所得の相関(income correlation)との間にみられる正の関係を通じてであるとされる。
所得の相関はショックの類似性や生産と消費の多様化などの程度を示す。
貿易統合は産業間貿易の増大と需要ショックの共通化により、加盟国間の景気循環の相 関関係を強めることになる。この結果として、各国にとって固有の金融政策の必要性が減 るのである。
将来のOCAを構成するメンバーの間では、①貿易の範囲、②ショックと景気循環の類似 性、③労働移動の程度、④財政統合システム、の四つの側面(基準)が 1960 年代の初期 OCA理論から注目されてきた。そして、大半の研究者は、欧州諸国が欧州経済通貨統合に 参加するのに妥当かどうかを判断するのに、ベンチマークとしての米国と比較しながら、
欧州諸国の歴史的データにこれら四基準が当てはまるかどうかを精査してきたが、OCA基 準は「共同内生的(jointly endogenous)」性格を帯びているため、こうした方法には問題 があるという。
Frankel and Rose(1998)13はOCAの四基準のうち①と②に焦点を合わせ、実証研究を 行った。その結果、二国間の貿易の緊密度と景気循環の相関の間には正の関係があり、貿 易の統合の進展は景気循環の同期性を高めるとの結論を導いた。
これを欧州経済通貨統合(EMU)に当てはめることにより、ユーロ圏は誕生前に最適通 貨圏でなくても誕生後にはそうなる可能性があることを示すと論じている。この結果とし
12 ibid pp 13-14
13 J. Frankel and A. Rose “The Endogeneity of the Optimum Currency Area Criteria”
abstract, 1998, Economic Journal 108 pp 1009-1025
第二章 OCA理論のサーベイ 38 て、通貨同盟の発足後に貿易統合の進展は景気循環の相関関係の強化に導くとの期待から、
通貨同盟の境界が広がる可能性があることを意味している。
単一通貨の導入により、さまざまな金銭費用が減少したり、消滅したりする。たとえば、
ユーロの導入によって外為相場の変動リスクと通貨ヘッジの費用が除去されるため、直接、
間接の取引費用は減少する。情報収集に関わる費用も減ることになる。ユーロはさらに、
物価の透明性を高め、物価の「(国・地域などによる)差別化(discrimination)」を防ぐこ とによって、EUの「単一市場プログラム」を促進する触媒になると期待されている。その 結果として、域内において競争が促進されるだろう。単一通貨は多数通貨の並存状態下に おけるよりは交換媒体および会計単位の役割を果たすうえでより効率的である。さらに、
単一通貨は市場の力(market forces)により、各国の社会的規範(social conventions)の 収斂を促し、法律、契約、会計の側面で大きな影響を及ぼすとみられている。
さらに、通貨同盟参加国間で共通通貨は(下記に挙げる点に関連して)「より真剣で、永 続的なコミットメント(約束)」とみられている。 具体的には、共通通貨の導入により、
将来において、競争的通貨切り下げが排除され、対外直接投資が促進され、長期的には政 治統合が容易になる可能性がある。加えて、双方向貿易や経済・金融統合が促進され、通 貨圏参加国間での景気循環の同期化がもたらされるかも知れない。
通貨圏の形成はまた、長期的に財産権や非関税貿易障壁、労働政策などをめぐる問題で より広範な経済統合にコミットしようとする意向の存在を示している。
上記のほかにDe Gruwe and Mongelli (2005) はOCAの内生的特徴の源として次の三つ を示し、検討している。
(1) 金融統合もしくは資本市場が提供する保険スキームから生じる内生的特徴 (2) ショックの対称性および生産の同時性から生じる内生的特徴
(3)生産・労働市場の柔軟性から生じる内生的特徴
(1)~(3)の共通点として、通貨統合は、貿易に関連して距離を縮小し、、経済主体
(agent)の貿易へのインセンティブを高めることに貢献する、「境界(border)」の除去を 意味している(Mongelli, 2008)。この場合の境界は、貿易に対する障害を構成しているも のである。
また、OCAの内生性に関する議論は、通貨統合では統合参加国間の非対称的ショックの 頻度は減るとの結論が導き出せる(Dellas and Tavlas, 2009)。
さらに単一通貨の導入は、固定為替相場制度体制下に比べて、貿易をより促進するとの 実証的研究がいくつかある。例えば、通貨統合により、統合参加国間の貿易の流れは統合 前に比べて三倍増加する(Rose, 2000)という試算がある。ただ、Roseはその後、実際に は貿易創出効果はそれほど大きくないと軌道修正し、ユーロ圏の誕生に伴う貿易創出効果
は8-23%にとどまったとの試算を示している。
第二章 OCA理論のサーベイ 39
2.5.2 一般均衡マクロ経済分析
一般均衡マクロ経済分析(general equilibrium macroeconomic analysis)とはマクロ 経済を構成する資本市場、生産物市場および労働市場の全ての市場を同時に分析する検討 方法であり、例えば労働力の移動や拡張的財政政策があらゆる価格や産出量に及ぼす効果 を解明することが可能である。このための一般均衡モデルはWalrus によって始められた もので相互に関連するすべての市場で均衡が成立することを示すモデルである。個別の経 済主体は最適化に向けて行動するとの前提がある。すなわち、生産者は手持ちの技術を使 って利潤の最大化を目指し、消費者は予算制約の下で効用を最大化する。その結果として、
それぞれの市場が相互に関連して全ての市場について均衡が同時に成立することが示され る。
OCA理論では、通貨統合に伴い参加国が独自の金融政策を喪失することが注目される ことから、金融政策の分析のための一般均衡マクロ経済モデルがOCA理論の分析に応用 されるようになった。
例えば Bayoumi (1994)14は一般均衡分析手法を使ってOCAモデルを作成した。
Bayoumiのモデルは、通貨圏内の複数の地域における異なるモノを対象とする小規模なも
のである。このモデルの前提として、①名目賃金の下方硬直性、②金融資産や政府の政策 は考慮されていない、③各地域は一種類の製品の生産に完全に特化している、とする。こ のモデルを運用した結果、Bayoumiは、通貨同盟が同盟内の諸地域の厚生を高めることが 可能である場合、同盟域外の諸地域の厚生損失は明らかであるとの結論を導き出した。
このほかにOCA特性のうち最も注目される特性のひとつである、労働力の自由移動に 関連して、Eichengreen(1998)とHorvath and Fidrmuc(1999)は欧州における労働の移 動性を計測し、共通通貨導入の是非を検討し、Bertola (1992)は労働移動の自由度を高める ことが域内各国の経済成長に及ぼす影響を分析した。
1990年代にはいくつかの「メタOCA諸特性(meta OCA properties)」と呼ばれるもの が、ショックへの政策的対応におけるOCA諸特性間の相互作用に関連して「すべての状況 に対応できる(catch-all)特性」として打ち出された(Bayoumi and Eichengreen, 1996)。
これは、供給・需要ショックとそれに対して経済調整が行われる速度は、政策的対応を勘 案すれば、通貨圏のパートナー諸国間では似通っており、それゆえ自立的政策の必要性は 減少し、名目為替相場に対する直接的コントロールを失う費用は低下するだろうという直 感に基づいている(Mongelli, 2008)。
もう一つ重要な「メタOCA特性」が金融構造の類似性を暗示する、「金融伝達メカニズ ム(monetary transmissio mechanism)」に基づいて打ち出された(Angeloni, Kashyap, Mojon and Terlizzese, 2001)。この論文においては、欧州諸国の金融構造が比較されてい る。それによると、欧州諸国間では、支出における金利感応度、債務が満期に至る構造、
14 Tamim Bayoumi “Formal Model of Optimum Currency Areas” IMF, 1994