第六章 財政統合 - 残された主要課題
6.5 財政規律の強化
6.5.2 欧州セメスター
ところで、EU の安定・成長協定が EU 加盟国の財政政策決定に及ぼす影響はEU レベ ルと加盟国レベルでの財政政策に関する手続きが時間的にちぐはぐなために、限られたも のとなるいう状態が続いてきた。特に、ユーロ圏加盟国における予算は、前提となる経済 予想が毎年秋に発表された後、その年の末に翌年度予算として法制化されるケースが大半
第六章 財政統合―残された主要課題 181 だ。欧州委員会と経済・財務相閣僚理事会(Ecofin)は加盟国政府から経済予想に関する 情報を翌年初めに受け取り、春に評価を下すという段取りになっていた。これは加盟国の 予算が成立した後の評価となり、財政政策の事前評価とは成り得ない。そこで2011年から スタートしたのが「欧州セメスター(European semester)」だ。
これは、毎年1月~6月の半年を 1サイクルとして、各国の財政政策・予算、マクロ経 済の不均衡、構造改革を統合的に監視するもので、具体的には、各国から提出される中期 的 な 予 算 戦 略 を 示 し た 「 安 定 ・ 収 斂 プ ロ グ ラ ム (Stability and Convergence
Programme=SCP)」とリスボン戦略の後継となる「欧州 2020」に掲げた目標(雇用、研
究・開発、気候変動・エネルギー政策、教育・訓練、社会的包摂と貧困対策)の達成に向 けて実施すべき行動を定めた「国別改革プログラム(National Reform Program=NRP)」
を欧州委員会が評価し、閣僚理事会が国別ガイダンスを作成するものだ。
欧州セメスターは EUの判断・勧告の時期を毎年7月に設定し、加盟国の予算編成サイ クルの開始時期とほぼ一致させるものである。これにより、EUによる加盟国の財政・経済 状況の監視がより実効性を有するものになると期待される。2011年から実施され始めた。
図6-7 欧州セメスター:経済監視/経済ガバナンスの統合
(図6-7は JETRO「ヨーロピアン・セメスターの概要と今後のスケジュール」
『ユーロトレンド』2011年4月号p3から収録した)
約6カ月間におよぶ欧州セメスターのスケジュールは、
1) 欧州委員会が毎年1月に「年次成長概観(Annual Growth Survey=AGS)」を提 示する。
2) EU閣僚理事会と欧州議会は年次成長概観に基づき協議を行い、その結果に基づ
第六章 財政統合―残された主要課題 182 き、欧州理事会は毎年3月、EUが直面する主要課題を明確にし、政策に関する 戦略的アドバイスを示したガイダンスを提示する。
3) 加盟各国は、欧州理事会が示したガイダンスを勘案して、中期予算戦略を示す「安 定・収斂プログラム(SCP))」と雇用や研究・イノベーション、エネルギー、社 会的包摂など「欧州 2020」に掲げる目標達成に向けた実施行動を定める「国別 改革プログラム(NRP)」をまとめ、この二つを4月に欧州委員会に提出する。
4) 欧州委員会は加盟各国から提出されたプログラムを評価し、勧告をまとめる。E U閣僚理事会はこれに基づき、6月の欧州理事会に向けて各国別のガイダンスを 作成する。欧州理事会はこのガイダンスを確認する。
5) 欧州理事会とEU閣僚理事会は毎年6月末から7月にかけて、加盟各国が翌年度 予算案を固める前に政策助言を行う。加盟各国はこれに基づき予算案を策定し、
各国議会に提出して通常の予算採択手続きを行う。ただ、各国議会の権限がヨー ロピアン・セメスターによって制約されることはないとされている。
図 6-8 欧州セメスターのスケジュール(2011年)
(図 5-2は JETRO 「ヨーロピアン・セメスターの概要と今後のスケジュール」『ユーロ
トレンド』2011年4月号p6から収録した)
欧州セメスターは始まったばかりであり、その実効性を判断するのは時期尚早であろうが、
欧州財政・債務危機を受けて EU が各国の予算作成プロセスに関与を強めていくのは間違
第六章 財政統合―残された主要課題 183 いないとみられる。
また、EUは加盟国の経済予想については少なくとも今後3年分をカバーし、経常支出、
資本支出、税収を対象とすることを求めている。
EU/ユーロ圏は加盟各国の財務省から提供される財政収支予想を基にユーロ圏各国の「安 定化プログラム(Stability Programmes)」を作成している。これは2014年までのユーロ 圏各国の財政健全化の道筋を示すもので、具体的には構造的な財政赤字を対GDP比で毎年 0.5%超削減し、「債務増加傾向(debt path)」を2012年までには「逆転(reverse)」させ ることを目標としている。欧州委員会によると、ユーロ圏各国で財政健全化は進んでいる が、安定化プログラムに盛り込まれた各国の公的財政債務削減のターゲットを達成するに は、各国は対GDP比でさらに0.5%相当減らす必要があるとしている。また、2014年以降 には高齢化対策費用がかさんでくるのでさらに一段の削減努力が求められるようになると している。
ところで、各国の財務省が提供する予想は各国の独立した「財政協議会(fiscal council)」
がまとめる仕組みになっている。これは予想の取りまとめにおいて政治的バイアスを避け るためだ。財政協議会については次項で詳述する。
EU加盟国はMTOを達成するための枠組みの改革も求められている。これは政治的な理 由から短期的な展望にしか基づかない決定を下したり、過剰にリスクをとったりする傾向 が目立つからだ。
ギリシャ政府が2009年に財政収支やGDPの予想を大幅に修正したのは正確な統計デー タをタイムリーに収集する能力が不十分であったことを示している。
この意味で、加盟国は「中期財政枠組み(medium-term budgetary framework=MTBF)
を作ることで財政状態を強化することが出来る。MTBF は具体的には多年度予算計画の準 備、実施、監視のための手続きであり、これにより財政政策の質の向上が期待される。2009 年時点でキプロス、ギリシャ、ルクセンブルク、ポルトガルの4 カ国を除くユーロ圏参加 国が安定化計画に加えてMTBFを有している。そのうちほとんどは3年間をカバーしてい るが、フィンランドとオーストリアのMTBFは4年間、オランダのMTBFは5年間をカ バーしている。ユーロ圏では単年予算見通しは健全な財政政策の運営においては十分な根 拠に成り得ないという見方が定着しているようだ。
そしてユーロ圏加盟国のMTBFはローリング・ベースに基づいている。すなわち、毎年、
枠組みの対象として新たに 1年が加わるごとに、対象期間全体の財政ターゲットも改定さ れるのである。
6 .5.3 財政協議会
独立した財政協議会(fiscal council)は、マクロ経済や財政に関する予想・分析・評価・
勧告を提供することによって財政状況を改善するための追加的な制度的メカニズムである。
第六章 財政統合―残された主要課題 184 財政協議会は具体的に二つの重要な任務を帯びている。すなわち、さまざまなバイアスを 除去したうえで独立して公共財政に関する「独立した(independent)」予想を提供するこ とと、最低限でも財政ルールが順守されているかどうかの見極めを含む財政政策の評価を 独立的に行うことである(OECD, 2010)39。
政治や企業経営からの独立性は財政協議会に関してはキーワードである。一方、財政協 議会は議会に対して財政目標の達成で民主的責任を負う。資金面でも、独立した財政協議 会の運営は、政治的影響から可能な限り遮断されなければならない。
また、多くの国では、研究機関や大学の関係者、銀行のエコノミストなどが財政政策に ついてコメントを出し続けているが、政府の機密データへの優先的アクセス権を有してお らず、一般市民への説明責任もない。そういう中で、独立した財政協議会の存在意義があ るとされる。
2009年時点で、ユーロ圏参加11カ国で21の財政協議会が存在した。一方、キプロス、
フィンランド、マルタ、アイルランド、スロバキアでは財政協議会はなかった。11カ国の うち 7カ国では財政状況を監視する権限を付与された、独立した財政協議会があった。そ れらはドイツ、フランス、イタリア、スペイン、ベルギー、オランダ、ポルトガルである。
オーストリアなど4カ国には財政予想を提供する財政協議会が存在する。
ユーロ圏内における財政協議会の具体例をベルギーとオランダでみる。
ベルギーでは 1980 年代後半から巨額の財政赤字と公的累積債務の高比率に悩まされて きた中で、欧州通貨統合への参加を目指していたことから二つの独立性を有した財政機関 を設立した。1994年に設立した国家会計機関(National Account Institute=NAI)は予算編 成のためのマクロ経済予測を提供することが任務である。もう一つは従来からあった組織 を改革して誕生した財政高等協議会(High Council of Finance=HCF)であり、1992年か ら地域レベルでの財政策の監視と中期目標の作成を担っている。ベルギーでは財政権限が 高度に地域(ワロン圏とフラマン圏など)レベルに分散化されているので、地域政府間の 調整が重要となっており、その調整役はHCFが果たしている。
オランダでは経済政策分析局(Netherlands Bureau of Economic Policy Analysis、通称 は中央計画局=Central Planning Bureau=CPB)が財政政策分野で顕著な役割を果たして いる。主要な任務は独立してマクロ経済・財政予測を行うことだが、福祉国家としてのオ ランダの状況、労働市場、規制、国際経済など広範囲のトピックについての分析も行う。
さらに、オランダの財政に環境問題や高齢化社会の進展が与える影響や大規模公共事業の 費用・便益分析も守備範囲だ。CPBは勧告は行わないが、毎年秋に発表する予測は政府が 編成する予算の議会提出を視野に入れており、予算の中で提案される財政策措置が経済に 与える影響も試算されている。さらに、オランダ国内の全政党は経済プログラムをCPBに 提出して評価を受ける慣行があり、これにより政党間のプログラムの比較が容易となる。
労使の賃金交渉でも一定の役割を果たしている。すなわち、労使双方ともCPBの経済予測
39 OECD Economic Survey: Euro Area 2010 pp 114-116