第 4 章 分子鋳型法を用いた分子認識吸着 剤の開発剤の開発
4.3 MIT を用いた分子認識吸着剤
特性を設計しにくいため,測定できる匂い物質の構造的特徴は極めて少なくなる.そこで 本研究では,選択性のない吸着層の上に分子認識フィルタとなる分子ふるい層を形成さ せた多層型の分離吸着剤として,分子インプリントフィルタリング吸着剤(MIFA: Molec-ularly imprinted filtering adsorbent)を開発した.この分離吸着剤は,吸着層と分子ふるい 層の組み合わせにより吸着特性を制御することが可能で,高いガス分離能が期待できる.
4.3.1 MIFA の構造
MIFAはガスを濃縮する吸着層の表面に,分子の複雑な形状を記憶したMIPフィルタ を堆積したものである.図4.3にMIFAの構造模式図を示す.具体的なMIFAの吸着メカ ニズムとしては,templateと構造が近い分子は,認識サイトの中に染み込んでからMIP フィルタを通過し,吸着層で濃縮される.フィルタの認識サイトは三次元網目構造であ るので,小さ過ぎる分子は通過できるが,構造が異なる分子はブロックされる.本研究 では,MIFAの吸着層として,PDMS(poly-dimethylsiloxane)を選択している.
図4.3 MIFAの多層構造と分子フィルター効果
4.3.2 MIP フィルタ
基板表面に酸化チタンを堆積する研究は多く存在している136)137)138).本研究では表面 ゾルゲル過程により,酸化チタン(TiO2)の単分子ゲルフィルムを化学結合によって吸着 層表面に堆積させる手法139)140)141)142)を採用している.TiO2を接着層として,MIPフィ ルタとなるポリマー/templateの複合体を基板に堆積できる143)144)ため,数ナノメートル のMIPフィルタをPDMS表面に被覆させることができる.そのため,MIPフィルタによ る分子の吸着はほとんど無視できるため,分子の形状を識別できる認識サイトを持つ分 子フィルタとして機能できる.
MIPフィルタの特性はインプリントプロセスとポリマー材料によって大きく異なる.
ポリマー材料が疎水性であれば,認識サイト周辺の網目構造は疎水性になり,分子のフィ ルター効果に大きな影響を与える.そこで,本研究では,1.フレキシブル,2.タフ,3.
ペプチドという性質の異なる3種類のMIPフィルタの開発を行った.
1. ポリアクリル酸(PAA)を材料として,PAA/template複合体をTi-O層の上に堆積す ることで,cross-linkerを持たないフレキシブルなフィルムが形成できる.
2. 従来のMITのように,cross-linkerを用いる共重合によって吸着層の上にフィルタ を成長させることで,壊れにくいタフなフィルムが形成できる.
3. ペプチドを材料としたMIPフィルタを作成する.ペプチドは匂い受容体の構成物 質でもあり,そのため,ペプチドは生物に近い柔軟性を有しているため,自由度の 高い特性設計を行うことができる.また,特定のアミノ酸を組み合わせることで,
親水性・疎水性,酸塩基性といった特性をMIPフィルタに加えることも容易にな る.以上より,ペプチドをMIP材料とすれば,拡張性の高い認識サイトの設計が 可能で,匂い受容体のように柔軟な分子認識が可能になる.
これらの分子フィルタは対象ガスに合わせて設計できるので,高い拡張性とテーラー メイド性を持つ.図4.4に様々な機能性材料を用いて作成した特異的な性質を持つMIP フィルタを示す.
図4.4 様々な特徴を持つMIPフィルタ
4.3.3 認識サイトの形成と吸着の仕組み
MIPフィルタは三次元網目構造をしており,templateの複雑な分子構造を記憶するこ とができる.認識サイトはポリマーとtemplate間に働く分子間力によって形成される.こ のサイトの形成の仕組みを,PAAをポリマー材料とした場合について説明する.
認識サイトはPAAもしくはTiO2とtemplateとの間の分子間力に基づく非共有結合に よって形成される.インプリントされたサイトは周辺のチタンネットワークによってTiO2 内で形成されている145).特に,カルボキシル基(COOH)を持つ脂肪酸がtemplateの場合 には,Ti-OとCOOHの間のカルボン酸結合によって,安定したカルボン酸のサイトが形 成される.また,MIPフィルタの水素結合に基づくサイトはPAAとtemplate間の相互作 用によりPAAフィルム内に作成される.Templateの炭素鎖に相当する疎水性の空孔もま たファンデルワールス力により形成される.炭素鎖の単位構造であるCH2間に働く分子
間力は約6.9 kJ/molほどの弱い力であるが,PAAは長い炭素鎖構造をしているため,全
体のファンデルワールス力は加算的に大きくなる146).これらのサイトによりtemplateの 立体的な形状が維持されていると考えられる.図4.5にTiO2/PAA層で形成された様々な 種類のサイトからなる認識サイトネットワークを示す.図4.5のRはベンゼン環や直鎖 の炭素鎖を表す.
図4.5 MIPフィルタ内の認識サイトを形成する分子間相互作用
図4.5のように,ファンデルワールス力,CH-π相互作用,水素結合などのいくつか の分子間力がPAAもしくはTi-Oと,templateの極性部もしくはπ電子の豊富な領域間で 働く.もしも,templateが構造に極性官能基と無極性官能基の両方を持つ場合,これら の官能基は相補的に分子認識サイトの形成に作用する.一方,無極性化合物がtemplate の場合には,水素結合のような電気的な相互作用は期待できない.そのため,無極性官 能基を持つ化合物に対して高いパフォーマンスを示すサイトを構築することは難しいか もしれないが,アルキル基やベンゼン環を持つ無極性炭化水素は主に,ファンデルワー ルス力やCH-π相互作用に基づいてPAAもしくはTiO2のCH鎖と相互作用する.それゆ え,炭化水素の無極性サイトにおいても強くはないが形成されると考えられる.実際に,
トルエン111)はキシレン134)といった無極性分子に対するMIPも作成されており,極性
分子だけしかMIPフィルタができないわけではない.
次に,認識サイトとtemplateとの吸着について説明する.認識サイトとtemplate分子 の吸着は互いの相互作用によって起こる.サイズの異なる分子と比べ,templateの方が認 識サイトとの全分子間力は大きくなる.そして,正確に空孔にはまる際には,分子間力は 相互作用エネルギーが距離の6乗分の1に比例する短距離力であることから,templateは エネルギー的に最も安定することになる.これらの理由により,templateは認識サイトと 相互作用を起こしやすくなる.結果,認識サイトにはサイズの異なる分子よりもtemplate が浸透しやすく,PDMSにより濃縮されることになる.もちろん,最も認識サイトに吸 着しやすいのはtemplateであるが,サイトよりも大きな分子と比べると,網目構造を通 過できる小さな分子はMIFAに濃縮されやすくなる.そのため,MIFAの認識サイトの フィルター能力にはサイズ依存性も存在している.
4.3.4 吸着層
MIFAの吸着能力はMIPフィルタとの組み合わせではあるが,ほとんどが吸着層の特 性に依存している.例えば,ガラス基板にMIPフィルタを堆積した場合,匂い物質の吸 着はほとんど見られない.
吸着層には,高い吸着能力を有し,MIPフィルタを堆積できるような加工性に優れ た固形物質であることが望ましい.本研究では,シリコンベースの有機ポリマーである
PDMS147)148)149)を使用している.PDMS自体の匂い物質の選択性は低いが,表面にMIP
フィルタを堆積させることで高機能化している.吸着層として,ポリビニルブチラール
(PVB)150)やポリ塩化ビニル(PVC)などのポリマーも利用できる.ここで,以下にPDMS
の特徴と生成方法について記述する.
PDMSはシリコンエラストマーの一種であるため,硬化触媒を加えることで容易に重 合や架橋反応を起こすことができ,ゴム状に硬化する.用途は幅広く,グリス・ゴム・化 粧品・医薬品などに応用されている.物理的性質として無色透明,無毒,不燃,不活性 である.基本的に疎水性であるが,プラズマ照射によって親水性へと表面を簡単に改質 することも可能である151).
PDMSはガス透過性を有しているため,揮発性化合物に対して高い吸着能力を示す.
この性質により,GCと組み合わせたSPMEのファイバー材料としても用いられている.
また,熱に対して安定であるため,加熱によるガス脱着を安定して行える.さらに,加 工が容易であるため,薄膜化も可能である.以上よりPDMSはMIFAの吸着層として応 用が可能であり,匂い分離測定装置への導入も容易であると言える.
本研究では,PDMSエラストマーキット(Dow Corning Toray SILPOT 184 W/C, Dow Corn-ing Toray Co., Ltd.)を用いて,PDMS基板を作成している.はじめに,PDMSプレポリ マーと硬化溶液を質量比10:1で混合し,十分に撹拌する.それから,真空処理により,
撹拌の際にできた気泡を除去する.最後に,PDMS集合体を150◦Cで15分加熱するこ とで硬化させ,PDMSポリマーを得る.本研究では,MIFAの吸着特性を測定する際に は,十分な匂い物質の吸着量を得るため15mm×7.5mm×1.5tのPDMS基板を,匂い分 離測定装置のヒータに取り付ける際には,温度浸透性を上げるため5mm×5mm×0.5t のPDMS基板を使用している.
4.3.5 MIFA の特徴
MIFAのフィルタはtemplateに対して高い親和性と選択性を有している.それゆえ,
MIFAと提案する技術は他のMIP材料と比べ,多くの点で優れている.以下にその利点 を示す.