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匂い分離測定装置の設計

第 2 章 匂い分離測定装置の開発と匂いの クラスタリングクラスタリング

2.1 匂い分離測定装置の設計

2.1.1 従来のガスセンサの構造

センサは自然環境や人工物に起こった様々な変化を検知し,別媒体で扱えるように変 化量を電気信号に変換するデバイスである.センサには圧力・温度などの物理量を扱う 物理センサと化学的性質を扱う化学センサが存在する.化学センサの一つであるガスセ ンサは,気相中の化学物質の種類や量を測定するデバイスであり,匂いセンサはガスセ ンサをより高度にしたデバイスと言える.一般に,ガスセンサは分子を認識する分子認 識部と変化量を電気信号に変換するトランスデューサで構成され,これに信号を増幅・

制御・出力する機能が付加されている.トランスデューサがセンサと表現される場合も あるが,ほとんどのセンサはトランスデューサに加え,測定対象に合わせた選択性とし

て分子認識部が付加されている.

 生物の嗅覚では,嗅球以降のターミナルで増幅・制御等の処理を行ってはいるが,主 に受容体が分子認識部とトランスデューサの両方を担っている.トランスデューサの例 として,半導体ガスセンサは可燃性ガスに非選択に応答し,圧電素子を用いたガスセン サも質量センサとして,それ自身は選択性を持たない.化学物質の識別は,検知部に設 けた分子認識部が担っている.そのため,分子認識部の役割は測定対象物質に対する選 択的な吸着とそれに伴う電気的,化学的な影響をトランスデューサに伝送することであ る.分子認識部に続く信号変換には,膜電位や酸化還元電流といった電気信号,質量変 化など数多くの方法が存在している.

 このように,選択性のないトランスデューサだけでは生物の嗅覚のような分子認識能 を持たないため,選択性のある感応膜やフィルタをE-noseや他のセンサデバイスに組み 込んだガスセンサの研究開発が盛んに行われている.ここで,選択性のある感応膜やフィ ルタとしては,吸着剤等の材料のバルク体を利用したものが主流である.しかし単なる バルク材料では,選択性に乏しいという問題だけでなく,吸着特性を制御することが難 しく,測定する匂い物質の分子パラメータを測定することが困難になっている.そのた め,匂いクラスタリングに適した分子パラメータを測定可能なバルク材料を選択する必 要がある.

2.1.2 一般的な匂いセンサシステムの構造

本研究では嗅覚メカニズムを基にしたセンサシステムの構築を目指していく.人間の 嗅覚はpptからppmレベルの揮発性化合物を検知し,匂いの違いを識別できると言われ ている82).そのため,匂いセンサは多様な化学物質を高感度かつ選択的に検出すること が求められるが,現在のセンサデバイスでここまでの感度や選択性を有するものは存在

しない.そこで,本研究で作成する匂いセンサシステムは分子情報を取り出す分子認識 部とトランスデューサを完全に分離した構造を採用する.こうすることで,対象とする 匂いやVOCに合わせた分子認識部を設計しやすく,トランスデューサも目的に合わせ て選択できるため,拡張性の高いセンサシステムを構築できる.具体的には,対象ガス を分離・吸着できる機能性吸着剤を用いて選択的に濃縮させた後,加熱により脱着させ,

トランスデューサで検知するという仕組みである.濃縮効果により,トランスデューサ の性能に依らず高感度な匂い検知が可能になる.

 以下に,本研究で用いる分子認識部とトランスデューサについて述べる.

・分子認識部

 生物の嗅覚では柔軟な分子認識が行われている.多種多様な化学物質に対応するとい う目的のために,受容体は多対多対応での分子認識で,匂い物質の分子構造そのもので なく,部分的な認識部位に相当する分子情報を検知している.匂いセンサにおける分子 認識部の機能として,受容体が認識している分子情報に相当する分子パラメータを測定 できることが必要不可欠である.本章では,匂い物質を選択的に捕えるホスト材料を分 離吸着剤として用いて得られたセンサ情報を基にした分子パラメータの推定について述 べる. ここで,分離吸着剤は選択的な吸着特性により分子をふるいにかけることができ る材料を意味する.

 匂い受容機構の検知部にあたる匂い受容体と嗅粘膜の特性により,生物が匂いを認識 する上で重要なパラメータとして,分子のサイズや極性情報が挙げられる.そこで,サイ ズや極性の強さの違いによって特定の分子を分離できる分離吸着剤を用いていく.一般 に市販されているバルク材料の中で本システムに利用可能な材料として挙げられるのが モレキュラーシーブとGCのカラム用吸着材料(GCCAM: Gas chromatography column

ad-sorbent material)である,それぞれ,匂い物質のサイズや極性の強さによって,吸着能力 が変化する.以下にこれらの特性について説明していく.

1). モレキュラーシーブ

 モレキュラーシーブは,原子及び分子をその直径の差や吸着力の差によって分離 するために用いられる.本研究では,ゼオライト系のモレキュラーシーブ(ユニオ ン昭和株式会社製)とカーボン系のモレキュラーシーブ(Sigma-Aldrich Co. 製)を 用いた.

(a) ゼオライト系モレキュラーシーブ(ZMS: Zeolite molecular sieve)

 ゼオライトは均一な細孔を持つアルミノケイ酸塩の結晶である.その基本 構造はケイ素及びアルミニウムを中心として4個の酸素原子で囲まれたメタ ン型の四面体である.これらの四面体が基本二次構造をとり,それらが様々 な角度で連結した結果,三次構造を形成する.その構造は数多く存在するが,

その中でも今回用いたゼオライトA型およびX型の構造例を図2.1に示す84)

(a)ゼオライトA84) (b) ゼオライトX84)

2.1 ゼオライトの構造

 この結晶性ZMSは多孔質の物質であり,極性の強い物質を選択的に吸着す るという特徴を持っている.ゼオライトの特異的な吸着特性はその結晶構造 と金属カチオンによるものが一因といわれている83).このZMSには3A,4A,

5A,13Xという種類があり,それぞれ,3Å,4Å,5Å,10Åの均一な細孔を

もっていて,この細孔を通ることのできる分子を吸着するという「分子ふる い効果」を持っている83).例えば,ZMS 5Aでは分子サイズが5Å未満である 物質がモレキュラーシーブの細孔内にトラップされ,5Å以上の物質は細孔内 に入り込むことができないためトラップされない(図2.2).この分子ふるい効 果を用いて匂い物質を大きさによりふるい分けできる.

2.2 ZMSの分子ふるい効果67)

(b) カーボン系モレキュラーシーブ(CMS: Carbon moelcular sieve)85)

 CMS粒子は,活性炭の一種である.活性炭とは,石炭やヤシ穀などの炭素 物質を原料として,高温でガスや薬品と反応させて形成される微細孔を持ち,

主として炭素から成る物質である.この微細孔は,炭素内部に網目状に構成 されており,その微細孔の大きい表面積により,その表面に化学物質を吸着 させる.ほとんどの活性炭は90%以上が炭素で,炭素の一部が酸素,水素と の化合物となっている.一般に脱臭剤として用いられ,特に脂肪酸の吸着に 適していると言われている.

 CMSはポリマーを前駆体として熱分解した後に残ったカーボン骨格であり,

対象化合物とCMS粒子の細孔の大きさ・形状により吸着や脱離の特性が決ま る.また,CMSは全般的に高い疎水性をもつため,ZMSが極性を持つ物質を 吸着しやすいのに対し,CMSは極性の弱い物質を選択的に吸着するという特 徴がある.さらに,ZMSと違い,CMSには多くの種類があり,測定できる分 子サイズの範囲も様々である.本研究で使用するCMSの種類と特徴を表2.1 に,Carboxen-1012のSEM画像を図2.3に示す.

2.1 使用するCMSの構造と特徴

CMS Carboxen-569 Carboxen-1000 Carbosieve-G Carboxen-1012

細孔(Å) 5-8 10-12 6-15 19-21

2.3 Carboxen-1012の形状(SEM画像)

2). GCCAM86)

 ガスクロマトグラフィーのカラム内の固定相には,分析対象に応じて様々な吸 着剤が使われている87).匂い物質は極性の近い材料に吸着しやすいため,複数の 極性が異なる材料を用いることで,匂い物質を極性の違いによりふるい分けする ことができる88).本研究では,ガスクロマトグラフィーで使用される吸着剤の中 から,匂い物質から極性情報を取り出すのに有効なカラム用吸着剤を選択してい る.使用するカラム用吸着剤はPEG300,PEG1500(Polyethylene glycol,重合度300,

1500),DOP(Dioctyl phthalate),流動パラフィン (LP)である.その極性の強さは PEG300 > PEG1500 > DOP > LPとなる.PEGとDOPの構造式を図2.4に示 す.PEGは極性物質の吸着に適した材料である.流動パラフィンは炭素数が20以 上のアルカンで構造式は特定できない.

(a) PEG (b) DOP

2.4 使用するカラム用吸着材料

・トランスデューサ

 匂いセンサに組み込まれる代表的なトランスデューサとして以下のようなものが挙げ られる.

1 半導体ガスセンサ89)

 半導体ガスセンサの例として,金属酸化物半導体(MOX: Metal oxide semiconduc-tor)ガスセンサが挙げられる.MOXガスセンサは,還元性ガスである可燃性ガス の吸着による電気抵抗変化によって,ガスの検出を行うセンサであり,検知器とし て家庭や工場などで一般に使用されるガスセンサになる.MOXガスセンサの検知 部の材料としては,SnO2やZnOなどの酸素欠陥によるn型半導体(電子が電荷担 体である半導体)の粒子を焼結させたセラミックが多用されており,これらの半導 体表面での対象物質の吸脱着に伴う電気伝導度の変化を測定している.空気中に置 かれた酸化物半導体の表面には,通常,酸素が吸着している.この酸素は,半導体 から電子を引き抜き負電荷となって吸着しているため,酸化物半導体の表面近傍で